第90話 隠せていると思っているのは当人だけ
それから小一時間ほどが経った。
いくつかの露店を見て周り、今はセツナが興味を惹かれた魔道具を見ているところだった。
「……」
彼女は【魔弾の薬莢】という魔弾を撃つために必要な薬莢型の魔道具を手に取って、目を皿のようにして色んな角度から観察している。さすがに店頭で魔道具解析用の魔法陣を使って、魔道具に刻まれた術式を浮かび上がらせることなんてするわけにはいかないからだ。
彼女が見ているのは三十八口径の薬莢らしいのだが、正直違いはよく分からない。一応店頭には三十八口径以外の実弾用の弾丸や魔弾用の薬莢が並べられているが、どれも同じに見えてしまう。
というか、セツナが使っている魔法銃【コメット】の口径が三十八口径だってことも今知ったくらいだ。
「どんな感じだ?」
「品質は良さそうですね」
訊いてみると、彼女は視線を【魔弾の薬莢】に向けたまま答える。
「実弾を撃つ薬莢は真鍮製の金属薬莢なので正しい手順で行えば何十回と再利用できるんですが、【魔弾の薬莢】の場合は耐久性の関係で、連続で三回も使うとヒビが入って使い物にならなくなるんです。でもこの【魔弾の薬莢】はここにある説明文の通りだと、連続で五発も使えるみたいなんです」
加えて、金属薬莢は一発ごとに処理をしないといけないが、【魔弾の薬莢】の場合だとそういった処理はなしで連続使用ができるらしい。セツナのコメットの装弾数は六発なので、魔弾なら実質十八連発できるということになる。
それだけでも充分に凄いのだが、今セツナが手にしている【魔弾の薬莢】を使えば三十連発できるようになるのか。
「魔石の純度も申し分なし。造りも、軽く見たところ術式も問題なさそうですね」
「解析用魔法陣を使って確認もしていないのに分かるのか?」
「詳しく見るには術式を浮かび上がらせる必要がありますけど、大まかな出来を見るだけなら、目に魔力を集中させることで見ることができますよ」
言われて、試しに目に魔力を集中させてみると、彼女の言うように薄っすら術式が見えた。しかし、解析用魔法陣を使って術式を浮かび上がらせる時とは違い、全体的にぼやけていて何とも見えにくい。
「【術視の魔眼】というスキルがあれば、解析用魔法陣を使うことも目に魔力を集中させることもなく術式を見ることができるんですけどね」
何とも便利なスキルがあるんだな。けれど、ないものねだりしても仕方がない。
ていうかセツナよ、あれだけぼやけた術式で出来具合を把握できたのか?
相変わらず、魔術に関しては末恐ろしい実力の持ち主だな。
「すいません。五十発入りを十ケースほどください」
購入を決めたセツナは店員に声を掛けて個数を伝えるが、……え? 五百発もいるの? 銃なんて専門外だからよく分からないけど、オクタンティス王国で弾薬を買った時も同じくらい買っていたし、これが普通なのかもしれない。
カウンターへ向かって支払いを済ませているセツナを見ていると、俺たちの背後から小さな光の球体がセツナの方へ飛んでいき、彼女の周囲を漂い始めた。
「精霊か」
「ですわね」
俺の言葉にクレハが同意を返す。
そもそも精霊とは一体どういった存在なのか。
簡単に言えば、自然に宿る霊的な存在のことを精霊と呼称している。地球でもアストラルでも、この意味合いは同じだ。また精霊にも『格』というものがあり、下位だと動物や子供並みだが高位になればなるほど自我がはっきりして、同時に力をつけていく。
そういった精霊を畏れ敬う信仰を『精霊信仰』と言い、その対象は生物・無機物を問わずこの世の全てのものに宿っていると考えられている。ちなみに、日本の固有信仰である神道も精霊信仰の一種とされている。
こちらのアストラルに存在する十四種の魔術の一つである精霊魔術とはすなわち、この精霊信仰に則した魔術のことだ。
精霊祭は、精霊を招き、精霊を饗応し、自分たちの生活を支えてくれている精霊に感謝する祭事だ。その影響なのか、周囲には時折、精霊の姿を目にする。ただ、その多くは小さな光の球体だ。
「下位の精霊か?」
「えぇ。向こう側が姿を見せようとしない限り見えませんけど、精霊祭なので祭りの音に惹かれて姿を見せているのかもしれませんわね」
クレハの言葉に納得していると、ミオがセツナへ駆け寄り、それに気付いたセツナがミオと共に精霊たちと戯れ始めた。店員が品物の準備や会計を済ませるまでじゃれつくつもりのようだ。
「随分と精霊に好かれているみたいだな」
「おそらく、セツナさんの魔力が精霊にとって心地良い波動を放っているのでしょう。精霊のような霊的な存在は純度の高い魔力を好みますから」
「そうなのか?」
「それは綺麗なものですわよ? よほどの実力者でないとあそこまでの純度にはならないのですが、並々ならぬ努力をしたのでしょう」
詳しく聞くと、魔力の純度が高くなればそれだけ魔術の威力や精度が上がるのだとか。そして、その方向性にもよるが、高純度になればその魔力は神聖属性や暗黒属性を帯びるようになるらしい。ただ、人間の身でそこまで純度の高い魔力を得ることはできず、会得できるのは天族、魔族、龍族、神族のみだ。
まぁ、神族は生まれた時から神聖属性も暗黒属性も使えるらしいけど。
セツナの方を見ると、下位精霊たちはセツナとミオの間を行き交いしており、楽しんでいるようだった。
「あの様子ですと、もしかしたら【精霊魔術】のスキルも獲得するかもしれませんわね」
「本当にありえそうだから笑えないな」
ただでさえ五つも魔術系スキルを獲得しているんだぞ? 人間族だから神聖属性と暗黒属性の魔術系スキルを獲得することはできないが、それ以外の全てを獲得したら本当に笑えない。天才の領域を軽く超えることになる。
「才能があって努力家で、魔術が大好きで情熱もある、か。上達しない方がおかしいな」
「それは兄上様も同じではなくて? 普段の鍛錬のみならず、毎晩セツナさんとミオちゃんが寝静まった頃にベッドから抜け出して、宿の裏手で稽古をしているではございませんか。兄上様も充分、努力されていますよ」
「そりゃどうも…………ちょっと待て。何でお前がそのことを知っている?」
「あら。気付いていないとでも? わたくしは暗殺者ですわよ? それくらいは気配ですぐに分かりますし、それでなくともわたくしは龍族ですから深夜は起きていますわ」
そうだった。クレハは龍族だから必要な睡眠時間は一時間で足りるんだった。そのせいで俺がベッドから抜け出していることに気付いていたのか。
きまりが悪くなって後頭部を掻くと、クレハがクスクスを笑った。
「そう恥ずかしがらずとも良いのでは? 努力をすることは悪いことではありませんのだから。そもそも、兄上様はただでさえ日中でもわたくしたちを相手に実戦形式の模擬戦をしたり、討伐依頼を受けたりして戦闘経験を積んでおりますのに、なにゆえ深夜にも刀を振るっておられるのでございますか?」
「……あの状況で寝られるとでも?」
カルダヌスでも、そしてこのアルフヘイムでも、セツナは当然の如く俺の布団に潜り込み、ミオもそれを真似して一緒に寝ているのだ。
「女の子と一緒に寝るなんてことをして、平然としていられるわけがないだろ」
「だから夜中に刀を振ってわざと疲れて寝ようと? 【胆力】スキル、しかもLv.6を持っている者のセリフじゃありませんわね」
「それとこれとは話が別だ。というか、お前もお前でどうして人様のベッドの下で寝ているんだよ」
そう。何故かクレハは普通にベッドで眠らず、俺たちが使っているベッドの下に潜り込んで眠っているのだ。知った時は物凄い罪悪感に襲われた。
「だって、暗くて狭い所の方が落ち着くんですもの」
そんな、頬に手を当てた状態で笑みを浮かべて言われても困るんだが。暗くて狭いってなると、諜報活動中ならそういった所にずっといることもあるだろうから慣れているんだろうな。
だからといって、普段の生活からそんなところで寝てほしくはないんだけど。
「それに、兄上様に文句は言われたくありませんわ。休みだというのに街中でドブ攫いの依頼をしていた時には目を疑いましたわ」
うっ、とクレハの指摘に思わず言葉が詰まる。
「しかもそれ以外にもお使いの依頼、ペットの散歩代行、飲食店の給仕、外壁の補修作業もして。雑務依頼を受けすぎではなくて?」
「だって、魔術を使えば短時間で終わるし」
「どれもこれも、Bランク冒険者のやる仕事じゃありませんわよ」
「だって、誰もやりたがらないから依頼が溜まっていたし」
「休みだとわたくしたちに言ったクセに自分は仕事をするとか仕事中毒者ですか」
「だって、レスティにどうしてもって頼まれたし」
「お人好しにもほどがあるのではなくて?」
「だって、断る理由がないし」
「……断る理由がなければどんなことでも引き受けるのですか、兄上様は」
さすがにそこまで無節操じゃない。
「断る時はちゃんと断るんだけどなぁ」
「それ、今までで何回ございましたか?」
少し考えて、そう言えばないなぁと思い出すと、それがクレハに伝わったようで、呆れたように溜め息を吐かれてしまった。
「兄上様、困っている人を見捨てることができず、頼られたら断らないのはアナタ様の美点ですが、その調子だといつか騙されますわよ?」
「まぁ、その時はその時で仕方がない。俺の見る目がなかったってだけの話さ」
「少しは気にしてくださいな」
「痛っ」
ケラケラ笑って言ったが、クレハに脇腹へ肘打ちされてしまった。
「一応、俺にもメリットはあるんだけどな」
攻撃された脇腹を摩りながら言うと、「どのような?」と問いが返ってきた。
「カルダヌスの人たちと仲良くなれるし、塩漬けの依頼をこなせばギルド側の印象も良くなる」
「……たしかに、兄上様は街中で誰かとすれ違う度に声を掛けられていましたわね」
雑務依頼をこなしまくったおかげで、すっかりカルダヌスの人たちとは顔馴染みになったからな。市民と仲良くなることは悪いことじゃない。信頼は一朝一夕で得られるものじゃないからな。
「一応、兄上様も考えているのですわね」
「そんなに考え無しだと思っていたのか?」
「後先考えずに求められるがままに他人を助ける救済馬鹿とは思っていますわ」
「どんな評価だ! しかも馬鹿は余計だ!!」
思ったより散々な評価に、俺は思わず叫んだのだった。




