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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第89話 精霊祭、一日目

お祭りデート回です。

 



  ◇◆◇




 翌日。精霊祭が始まる今日。俺――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)は森都メグレズにある広場の噴水へ向かっていた。祭りの日でも俺の格好は変わらず、黒のシャツにスラックス、そしてコートといった姿だ。


 本当は祭りなのだからもっとラフな格好をした方が良いんだろうけど、そういうのはよく分からないので結果的にいつもの格好になってしまった。


 現状、俺は一人で噴水へ向かっている。今朝になってセツナ、ミオ、クレハの三人から「十時頃に広場の噴水へ来てください。そこで待ち合わせしましょう」と言われて、三人は先に出てしまったのだ。


 何が目的なのかは分からないが、特に拒否する理由もなかったため、こうして時間になったから向かっているわけだ。


 祭りというだけあって、行き交う人々は妖精族(フェアリー)だけでなく、人間族(ヒューマン)獣人族(シアンスロープ)の姿も多く見かける。


 中には冒険者の姿もあった。見た感じ、Bランク上位といったところか。恐らく精霊祭に合わせて来た商人や一般人がシルワ大森林を通るための護衛で雇った者たちだろう。自分たちも楽しもうと精霊祭を満喫しているようだ。


 屋台で買い食いしている人たち、的当てやくじ引きで遊んでいる人たちなどを見遣りながら、目的地である噴水へと近付いていく俺だったが、何だが人だかりが出来ていることに気付いた。


 何かイベントでもやっているのか? 広場だし、大道芸や吟遊詩人の演奏とかがやっているのかもしれない。


 そう思ってその人だかりの中へと入ったけど、その中心にいる人物を見て俺は言葉を失った。



「……これは一体どういう状況なんだ?」



 そこにいたのは、いつもとは違った服装に身を包んだセツナ、ミオ、クレハの三人だった。三人が着ているのはいわゆる浴衣で、セツナは白地に赤い薔薇の模様、ミオは水色の下地に朝顔の模様、クレハは黒地に紅葉の模様が描かれていた。


 言葉を失うほど三人の姿は魅力的で、そのせいで周囲の注目を浴びているのが嫌でも分かった。



「おい、すげぇな。あの三人」


「めちゃくちゃ美人じゃん」


「誰か待ってんのかな?」


「フリーなんじゃね?」


「お前、声掛けてみろよ」


「っざけんな。お前がやれよ」



 と、野次馬の男たちがヒソヒソと声を潜めて言い合っていた。


 分からなくもない。セツナもミオもクレハも、種類こそ違うが百人いれば百人が振り返るほど圧倒的な美貌を持つ女性だからな。祭りという絶好の機会を使ってお近づきになりたいと考え、調子に乗った男が彼女たちに声を掛けたとしても不思議ではない。


 地球でもそういった事例はよくあることだ。


 けれど、いまだに誰も彼女たちに声を掛けようとはしない。それはきっと、野次馬たちの声が聞こえているだろうにもかかわらず彼女たちが素知らぬ顔で無視を決め込んでいるからだろう。


 どことなく、声を掛けづらい雰囲気を出している。


 ……ていうかちょっと待ってくれ。俺、こんな目立つ状況であの三人に声を掛けないといけないの?

 どんな羞恥プレイだよ。声を掛けた瞬間に嫉妬の目を向けられるじゃないか。


 念話で三人に集合場所を人気のない場所に変えてもらおうと思った時だった。何かに気付いたようにセツナがこちらを向き、ばっちりと目が合った。



「せんぱーい! こっちです!」



 やめろぉ! そんな弾けるような笑顔でこっちに向かいながら手を振らないでくれ! 物凄く恥ずかしいから!


 そんなセツナの反応を受け、ミオとクレハも満面の笑みを浮かべてセツナの後に続く。

 先ほどとは打って変わって愛嬌のある反応に周りの視線が俺へと向けられ、男たちは渋面になった。



「何だ、あのガキ」


「あの三人の何なんだ?」


「まさか彼氏とか? いやそれはねぇか」


「あんな何の取り柄もなさそうな冴えない野郎が、あんな上玉と付き合えるわけねぇしな」



 全部聞こえていますよ、男性陣。

 本当のことだから反論できないけどさ。


 嫉妬のこもった視線で見られることにげんなりしていると、俺の所まで来たセツナがスルリと自然な動作で俺の右腕で自分の腕を絡めてきた。



「待っていましたよ、先輩。随分と遅かったですね?」


「一応、時間通りには来たんだけどな。ていうか、何で腕に抱き着いてきているんだ?」



 って、いつの間にかクレハまで俺の左腕に抱き着いてきたし、ミオはコートの裾を掴んできた。

 何なの? 三人とも、いつにも増して距離感が近くない?



「さぁ? どうしてだと思います?」



 クスクスと笑いながら、三人の行動に唖然としている周囲の男たちに向けて、セツナは挑発的な視線と笑みを浮かべる。その反応で、セツナたちはわざと彼らに見せ付けるように抱き着いてきたのだと分かった。


 言外に、アナタたちなんて眼中にありませんと言っているのだ。



「火に油を注がないでほしいんだけど」



 下手をすれば逆ギレした男たちに絡まれて、七面倒臭いことになりかねない。



「だって、さっきからジロジロ見てきて気持ち悪かったんですもの。そのクセ、わたくしたちの待ち人が来たら来たで見下した目を向けるのがとても不愉快でしたから」



 その言葉に、周囲の男性たちはさすがに分が悪いと思ったのか、矛先がこちらに向かわないうちに退散しようとぞろぞろと解散していった。


 そんな彼らを見ながら、俺は深い溜め息を吐いた。


 嫉妬の目から逃れられたのは良いが、この精霊祭の間に、彼女たちに言い寄る男が出そうだと考えると気が重い。



「彼らの反応はある意味当然だけどな。俺が平凡な見た目をしていることは事実だし、俺にそんなに魅力はないことは俺自身がよく分かっているから」


「先輩の自己評価はそうだとしても、私たちは先輩の魅力をよく知っています。それに私たちが誰と親しくしようが私たちの自由です。周りが嫉妬しようが知ったこっちゃないですし、どうこう言われる筋合いはないですね」


「……見た目でしか判断できないオスなんて、大したことない。たかが知れている」


「ミオちゃんの言う通りですわ。むしろ「俺は三人の女性とデートしているんだぞ。どうだ羨ましいだろ」と堂々としているのが、男の度量ではなくて?」


「どこのプレイボーイだよ」



 俺にそんなことができるわけないだろ。

 今まで誰とも付き合ったことがないのに、そんなことを求められても困る。



「それよりも先輩。ほら、どうですか?」



 言いつつ、セツナは俺から離れてアピールするように浴衣を見せる。それに続いて、ミオとクレハも同じように俺に自身の浴衣姿を見せてきた。



「よく似合っているよ」



 少なくとも、言葉を失うほど魅力的に感じるくらいには。小っ恥ずかしいから、それは口には出さないけど。



「浴衣という、ヤマトで祭りの日に着られるものらしいです。どうやらカルダヌス経由でこちらでも取り扱っているみたいで、せっかくなので三人で着てみようってなったんです」



 あぁ、と納得する。

 その着替えのために別々で待ち合わせをしようって言ったのか。



「地球でも夏祭りでは定番の衣装だな。向こうでも浴衣姿の人は良く見かけるよ」


「そうなんですね。先輩も浴衣の方が良かったでしょうか? 一人だけいつもの格好というのもアレですよね」


「俺は別にいつもの格好でも構わないよ。こっちの方が武器を持っていても不自然さはないから。とはいえ、三人もちゃっかり武装しているみたいだけど」



 セツナとミオの手を見ると、二人の右手中指には【虚空庫の指輪】がはめられている。そこに魔法銃コメットや魔剣モラルタとベガルタを入れているんだろう。おそらくクレハもクレハで、あの浴衣の内側には大量の暗器を隠し持っているに違いない。



「本当はちゃんと装備したかったんですけどね。ただでさえ下着でも線が浮き出てしまうのにコメットを装備なんてできませんでした。クレハさんのように隠し持つ技術があれば良かったんですけど、仕方ありません」


「……ん。残念」


「長年かけて磨き上げた技術ですもの。そう簡単に習得されたら困りますわ」



 冗談交じりに笑って言うが、彼女が言うとシャレにならない。何せ、彼女が言う『長年』は、きっと数十年なんて規模じゃない。百年単位の研鑽を表している。たしかに、その年数の研鑽を簡単に習得されたら、彼女からしたらたまったものじゃないだろう。


 ともあれ、面子は揃った。

 いつまでもここにいる理由はない。



「そろそろ行こうか」


「そうですね。せっかくの精霊祭ですから、目一杯楽しみましょう」


「……ん。行こう」


「精霊祭はわたくしも初めてですから楽しみですわ」



 意気揚々な三人を連れ、俺はその場を後にした。

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