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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第88話 その頃の重職たち

 



  ◇◆◇




 時間は少し遡り、阿頼耶たちとの対談を終えたダンデライオン・ガリアーノは自らの屋敷へと帰っていた。



「クソッ!」



 彼は荒れていた。


 帰って早々、着ていた上着を脱いだ彼は八つ当たりにリビングの床へ投げ捨て、乱暴にソファーへ腰掛ける。


 すると、周りにいた使用人たちが流れるような動作で投げ捨てられた上着を回収し、酒が注がれたコップと酒瓶をテーブルに置いた。彼が苛立って帰ってくるのはよくあることなので、使用人たちもどう動けば良いのか承知していた。



「何故この私が、あのような小僧の顔色を窺いながらへこへこ頭を下げなければならんのだ!」



 彼が荒れていた理由はそれだった。


 相手がティターニア女王との謁見がかなった人物とはいえ、エルダーエルフである自分よりも格下の種族に頭を下げて下手に出るという行為は彼のプライドを傷付けた。


 ダンデライオンはあの謁見の場にはいなかったこともあって、【鴉羽(からすば)】のメンバーが、この世界でただ一人しかいない半人半龍の異世界人、魔道の申し子としても有名なフェアファクス皇国の第三皇女の人間族(ヒューマン)、極めて珍しい二つのユニークスキル保持者の獣人族(シアンスロープ)、龍国ドラグニアの姫である龍族(ドラゴン)という、決して無視できない情報を知らなかった。


 なので、人間族(ヒューマン)が三人、獣人族(シアンスロープ)が一人のパーティだと思っていた。知っていれば、もっと別の感想を抱いていただろう。いや、少なくとも阿頼耶の髪と眼の色から彼が異世界人であることはダンデライオンも理解しているが、それでも彼は『異世界人は利用価値のある駒』という考えに至っていた。



「それもこれも、お前がしっかり動かないからだ!」



 苛立ちがおさまらないダンデライオンは、リビングにいた自身の娘――ブルーベル・ガリアーノに向けて怒鳴り上げた。その怒声にビクリと肩を震わせる。



「も、申し訳ありません、お父様。雑務はセリカに任せれば良いとのご指示でしたので」


「馬鹿が! ティターニア様と謁見がかなう相手だぞ! ならばお前自身がヤツらと接触し、良好な関係を築くべきであろうが! それなのに王城までの案内をアレに任せて関わりを得る機会を逃がしおって! お前がヤツらと良好な関係を築いていれば、わざわざ私が必要以上に頭を下げることもなかったものを。この愚か者が!!」



 叫び、ダンデライオンは感情のままにテーブルに拳を叩き付ける。その衝撃で、テーブルの上に置いていたコップが倒れ、中に入っていた酒がぶちまけられた。幸いにして、同じくテーブルに置かれていた酒瓶は栓をしていたので、倒れただけで済んだ。


 阿頼耶たちを自分より下の種族と見下してはいるものの、ティターニア女王と謁見がかなう人物など、各国の王族を除けば武力と権威の象徴とも言える勇者くらいなものなので、その重要性は理解している。だからこそ、ダンデライオンは怒りを露わにしていた。


 使用人たちが取り換えるために倒れたコップと酒瓶を下げて、テーブルを拭き始めると、腹を立てているダンデライオンに一人の女性が声を掛けた。



「あらあら、ダンデライオン様。そんなに怒ってはお体に障りますよ。まずは落ち着きなさって」



 おっとりとした喋り方をする彼女の名前はサフィニア・ガリアーノ。ダンデライオンの妻であり、ブルーベルの母親だ。彼女は森妖種(エルフ)なのだが、そもそも中位種であるエルダーエルフの数は少ない。同じ中位種でもさらに上であるハイエルフなんてもはや伝説上の種族だ。


 そのため、種を途絶えさせないためにもエルダーエルフが森妖種(エルフ)と結婚するというのは、よくある話であった。この二人も、まさしくそういった事情で結婚した仲だ。



「これが落ち着いてなどいられるか! 貴様も貴様でこのような失敗作を産みおって!」



 妖精族(フェアリー)巨人族(ギガース)龍族(ドラゴン)天族(エリオス)魔族(アスラ)のような長命種は寿命が長い代わりに総じて出生率が低く、個体数も少ない。加えて中位種であるエルダーエルフと森妖種(エルフ)の間に子供が生まれたとしても、その子がエルダーエルフである確率は極めて低い。


 ダンデライオンとサフィニアもその例に漏れず、二人の間に生まれたのは森妖種(エルフ)のブルーベルのみ。それ以降は妊娠の気配がないという結果になっている。


 選民意識の高いダンデライオンからしたら、相手がどれだけ人格者であろうと、有能な人材であろうと関係ない。エルダーエルフを産めなかったという理由だけで全てが台無しで、看過できない汚点であった。


 チッ、と苛立たしげに舌打ちをしたダンデライオンはブルーベルに視線を向ける。



「これ以上の失態は許さん。精霊祭で開催される武闘大会で優秀な成績を残し、近衛侍女の役職に就け。それができなければ廃嫡だ」



 その言葉に、ブルーベルとサフィニアのみならず使用人たちにも動揺が走った。


 廃嫡とは簡単に言えば家督相続権を失うことだ。これを行えるのは現家督を持つ者のみであり、勘当に次いで重い罰則と言えよう。


 種としての絶対数が少ない森妖種(エルフ)だと、女性が家督を継ぐというのも珍しいことではない。しかしその一方で、兄弟姉妹がいない家が大多数なので、人間族(ヒューマン)の貴族のように下の子供が代わりに家督を継ぐことができないし、どの家も子供不足に悩まされているので、養子を迎えることもできない。


 なので廃嫡はそれすなわちお家断絶をも意味している。


 ティターニア女王と謁見がかなった相手と縁を結ぶための手段を誤ったからといって廃嫡など、完全にやり過ぎな対応だ。使用人たちも動揺するのも当然と言える。


 だが、それを指摘できる人物などこの場にいようはずもない。


 ブルーベルの返事も聞かず、ダンデライオンはリビングから出て行ってしまった。それの背中を見送ったブルーベルは、ギリッと奥歯を噛み締める。



(何で、私がこんな目に合わなくちゃならないの。全部アイツが悪いんじゃない)



 そう思いながら、ブルーベルはこの場にいない従姉妹のセリカのことを考える。



(アイツがいなければ、私が直接【鴉羽(からすば)】の人たちを相手にしていたはず。アイツのせいでいつもいつも私が理不尽な目に合ってる。半森妖種(ハーフエルフ)の分際で)



 セリカに【鴉羽(からすば)】の面々を案内するように言ったのはブルーベル自身だし、そもそも半森妖種(ハーフエルフ)だからと森都メグレズの郊外に住む羽目になったセリカの方が理不尽な目に合っている。


 だから彼女の思考は八つ当たり以外のなにものでもないのだが、バイアスがかった彼女の思考はそのことに気付かない。


 それに、どう思おうがブルーベルは武闘大会で好成績を残す以外の道はない。



(……負けられない)



 冷や汗を垂らしながら、ブルーベルは決意を固める。その姿を見て、サフィニアは悲しそうな顔をした。








 それから時間が経ち、阿頼耶とセツナが入浴に関して無用な言い争いをしているちょうどその頃。


 妖精王国アルフヘイムの女王にして、全ての妖精族(フェアリー)の頂点に君臨する妖精女王ティターニアは、自らの王城の地下の――その最下層に足を運んでいた。


 王城の地下はアルフヘイムでも限られた者しか入れない立ち入り禁止区域だ。外部の者はもちろんのこと、要職に就いている者でもティターニア女王が認めた者しか入ることを許されない。ここはその中でもティターニア女王と【精霊の巫女姫】しか入ることを許されておらず、どのような理由があろうとも入れば死罪となる。


 そんな場所だからか、ティターニア女王は従者も連れずに一人で最下層の長い石造りの廊下を歩いている。


 明かりは壁に備え付けられた照明効果のある魔道具だけなので足元はよく見えないが、彼女はドレス姿だというのにしっかりした体幹で歩いている。地面が綺麗に舗装されているからというのも理由の一つだろうが、それよりも彼女がここを歩くことに慣れているからだろう。


 しばらく歩いていると、八畳ほどの開けた場所に出た。先ほどの廊下よりも明るい。照明の魔道具が廊下よりも多く設置されているから――ではない。


 廊下がある側とは反対。ティターニア女王の正面に、淡い光を放つ魔法陣が描かれた石壁があるからだ。壁一面に描かれた魔法陣は実に精緻で、最早芸術とすら言える。


 この場所は聖戦が終戦となったのとほぼ同時期に造られた場所であり、劣化することも風化することもなく今もなお現存している、今では再現不可能な失われた技術で造られた場所だ。魔術的にも建築技術的にも学術的にも、その価値は計り知れない。


 目の前の魔法陣を見ていたのは僅かな間だ。ティターニア女王はその魔法陣に手を置き、呪文を唱える。



「――――」



 唱えた言語は公用語であるユルド語でも、天族(エリオス)が使うエノク語でも、精霊魔術を使うのに必要な精霊語でも、ましてや地球のどの言語でもない。それはまだ、神が現世で生活していた時代。神代と呼ばれる、遥か昔の時代に使われていた言葉だ。


 呪文を唱えると魔法陣の光が一時的に増し、ガコン! と何かが外れる音がした。すると、魔法陣が描かれた石壁は上から下まで一直線に線が入り、地面を引き摺る重量感がある音を鳴らしながら左右に開いた。


 先ほどの魔法陣はこの扉を施錠するための鍵のような役割をしているらしい。ただし、魔法陣の強固さは宮廷魔導士レベルでも到底解除できない代物だ。


 開いた扉のその先には、地下だというのに広々とした空間がある。一見すれば礼拝堂のような場所だった。


 規則正しく並べられた木製の長椅子の数々。窓には色彩豊かなステンドグラスがはめ込まれているが、地下の圧力に耐え切っていることと、ステンドグラス自体が光を放っていることから、普通の素材ではないだろう。


 左右の壁には同じ絵が描かれている。黒い大きな影とそれに従う者たち、そしてそれに立ち向かう神々しい神々と英雄たちの姿だ。当時の聖戦を描いた壁画だろう。聖戦時代の壁画なんて、歴史学者が見れば狂喜乱舞したかもしれない。


 天井を支える支柱も、また手の込んだ造りで見事なものだ。


 その礼拝堂の中央をティターニア女王は歩く。中央に敷かれた赤い絨毯が厚めなのか、足音は響かない。歩みを進めたその先は、本来ならば神の似姿が置かれているのだが、そこには石の台座に突き刺さり、蔦が巻き付いている一振りの剣があった。


 この場に阿頼耶がいたなら、「封印されていたバルムンクと同じ状態だ」と思ったことだろう。


 そして、それは正しい。術者も封印方式も全く異なるが、この剣もバルムンクと同じく封印されているのだ。


 封印されている聖剣は黄金の柄をしているロングソードだ。封印状態であるため聖剣特有の輝きは失われており、銘も分からないが、ティターニア女王はこの聖剣の元の持ち主が誰なのか知っている。そもそも、その当人からこの聖剣を託され、五千年もの間ここに封じているのだから。


 それに手を伸ばすティターニア女王だったが、直後に剣から雷が飛来し、彼女を直撃する。雷といってもそれは少し痺れる程度の威力だったのでダメージはほとんどないが、明確な拒絶の意思があった。もしも雷撃を無視して無理やり手に取ろうとしたならば、その威力は増してティターニア女王をもってしても感電死してしまうだろう。


 とはいえ、あの聖剣に触れることができたとしても、その封印を解くことができなければ意味がない。そしてその封印は、ある人物でないと解除できないように設定されている。


 直撃した右手を一度見てから、まだ帯電している聖剣に視線を向けたティターニア女王はフッと笑みを浮かべる。



「今日、貴方たちの息子さんに会いましたよ」



 向けた言葉は聖剣にではなく、あの聖剣を託してきた二人に対してのものだった。



『無理を言っているのは、重々承知している。けれどお願いだ、ティターニア。僕たちは行かないといけない』


『だから私たちの代わりに、来たるべきその日まで、この聖剣を預かっていてほしいの』


『大丈夫。必ず僕たちの息子が、ここへやって来るから。僕のスキルは知っているだろう?』


『後は任せたわ、ティターニア。そしてできれば、私たちの息子の手助けをしてあげて。私たちじゃ、できることは限られているから』



 当時の、あの男女の言葉を思い出す。



「あれから五千年。永遠に近い寿命を持つ、ハイピクシーであるわらわとしても短くはない時間を待つことになりましたが……あの二人の言葉通り、わらわの所に来ましたか」



 阿頼耶は彼女のことを妖精種(ピクシー)と思っていたが、実をいうとそれは正しくない。正確には彼女の種族はハイピクシーという、妖精種(ピクシー)よりも二つ上の中位種だ。彼女の体が他の妖精種(ピクシー)とは違って人と同じ大きさなのも、それが影響しており、彼女の寿命も本来なら八百年のところを永遠に近い長さにまで伸びている。



「フレネル辺境伯のバジル殿から名を聞いた時は「もしや」と思いましたが、一目見て二人の息子さんだと確信しましたよ。人が良さそうな顔付きは父親に、でも頑固そうな目は母親によく似ています」



 言いつつ、彼女は長椅子の一つに腰掛ける。


 ティターニア女王は、二人から自身の子供の名前を聞いていた。だからこそ、阿頼耶がその息子だと当たりを付け、それを確定させるために謁見を許したのだ。



「しかし、まさか【勇者召喚の儀式】に巻き込まれてこちらに渡ってくるとは」



 これはティターニア女王も予想外のことだった。


 彼女はてっきり神々の手によってか、もしくは神隠しのような自然現象でこちらに渡ってくると思っていたからだ。少なくとも、彼自身は神隠しでこちらに来たと語るであろうと予想していた。


 その方が一番自然な形だからだ。


 しかし予想は外れ、彼は【勇者召喚の儀式】に巻き込まれて召喚されたと語った。


 何もティターニア女王は阿頼耶が話したことを信じていないわけではない。


 というのも、彼女には【看破】という魔眼系スキルを持っているため、嘘を吐けばすぐに分かるのだ。だから阿頼耶の言っていることは真実だと分かるのだが、かといって国のトップを務めている以上、納得できるだけの客観的証拠を提示してもらわなければそう簡単に頷くわけにはいかなかった。


 頷いてしまえば、貴族たちから不満の声が上がってしまう。


 国のトップであり、聖戦時代から生きている信仰の対象とも言えるティターニア女王であれば、その一言で口煩い貴族も封殺することもできるが、国を治める者が上から理不尽に抑え付けるなど(時と場合にもよるが)良くない行為だ。無駄に不穏分子を生み出しかねない。



「しかも本来はありえない四十一人目として召喚された、ですか。これを他の者たちに納得させるのは、少々骨ですね。全く、ままならないものです」



 嘆息を吐くティターニアだったが、言葉とは裏腹にその声音に困ったような色はない。



「彼の身分を証明するためにも、精霊祭が終わり次第、彼にはここへ来てもらう必要がありますね」



 さてどんな理由をこじつけてここへ連れて来るか。ティターニア女王は少し楽しそうな笑みを浮かべて思考に没頭するのだった。

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