第87話 貴族との対談
謁見が終わり、宿へと戻った俺たちだったが、ゆっくりと休むことはできなかった。戻ってすぐ、俺たちの所に大勢の人たちがやって来たからだ。
訪れる人たちはアルフヘイムのお偉いさん方で、謁見には参加できなかった王城勤務の貴族たちだ。どうやら彼らはどこかで俺たちのことを嗅ぎ付け、ティターニア女王陛下にお目通りが叶った俺たちと少しでも縁を持ちたいと考えているようだ。
「いやはや、同胞をここまで送っていただき、【鴉羽】の皆様には感謝の念が絶えません」
今目の前にいる男性もその一人だ。見た目は若い男性の森妖種に見えるが、彼はそれよりも上の中位種であるエルダーエルフであり、各種族に存在する長老会の内、森妖種を代表する長老会に所属している者たちの一人だ。
そもそもこのアルフヘイムの組織体系は一般的な王政とは少し異なる。
女王であるティターニア陛下をトップとし、上から順に【精霊の巫女姫】アザレア・フィオレンティーナ・ニコレッティ、宰相や騎士団長といった要職に就いている王城勤務の貴族、各種族の長老会、各種族の族長、そして国民となっている。
族長より上が貴族扱いされるが、長老会だけはどういうわけかエルダーと名が付く中位種だけが所属できることになっている。
目の前にいる男性の名前はダンデライオン・ガリアーノ。
ブルーベル・ガリアーノさんの実父だ。
「まさかティターニア様が直々に感謝の意を表すとは思いませんでした」
「そうですね。国のトップとして、実に誠実な対応だと思いますよ」
「まさに! えぇ! まさにそうでしょうとも!」
この人も他の人たちと同じように、こちらを立てながらもティターニア様と何か接点があるのかと探りを入れてきている。こういうのは疲れるんだよな。こちらの情報は出さないように、けれど失礼な対応にならないように気を張らないといけないから。
まぁ一つマシな点は、ティターニア様との接点なんてそもそも存在しないから、それに気を付ける必要はないってことか。
ったく。明日から精霊祭が始まるからって群がってきやがって。
謁見が終わった直後なんだから少しは休ませてほしい。あーもう、セツナかクレハと交代したい。
「そうそう。護衛として寄越したアレはお役に立ったでしょうか?」
「護衛、ですか?」
誰のことを言っているのか一瞬分からなかったが、次の一言で理解した。
「あの半森妖種のことですよ」
「あぁ。セリカ・ファルネーゼさんですか」
「えぇ。アレは私の妹の娘でしてね。つまり私の姪になるわけですが、きちんと役目を果たせたのか心配でして」
へぇ。セリカさんの伯父は長老会の一員なのか。もしかして結構いい所のお嬢さんだったりするのかな? 死んだ魚のような目をしていて、どこか無気力で陰気な雰囲気をしているから、全くそんな風には見えなかった。
「それはもう。十二分に果たしてくれましたよ。中々優秀な方ですね」
「いやはや。それはそれは。あの半森妖種も、思った以上に役立ったようで何よりでございます。アレが任務に失敗すれば、私が困りますので」
彼の言葉に引っ掛かりを覚えた。
護衛任務が果たせたのか聞いてきたのは、てっきり姪を心配してのことだと思ったが……どうやらそういうわけではないらしい。
「お恥ずかしい話、アレは半森妖種だからか、長老会の姪という自覚が足りないようでして、怠けてばかりいるのですよ。アレは何かと物を作るのが好きなのですが……それも下手の横好きでして。どれもこれもガラクタレベルの作品なのです。そんなものを作るくらいなら、もっと身を粉にして働くべきです。ただでさえ普段は森都の郊外にある自宅で好き勝手しているのですから。今回、ティターニア様からお声が掛かったのも、きっとそれが理由でしょう。アナタもそうは思いませんか。我々には我々の、半森妖種には半森妖種の果たすべき義務と役割がある。嘆かわしくもアレは人間族の血を半分も流している。ならばせめて我々の役に立つよう動くべきなのです。我々の役に立てるとあれば、アレも本懐でしょう」
と、ダンデライオンさんは長々とセリカさんのことを酷評していく。
護衛をしていた彼女の仕事ぶりを見るに、彼女に不備があったとも、手を抜いていたとも思えない。セリカさんは真面目に、誠実に仕事をこなしていた。なのにどうしてこうも彼はセリカさんを酷評するんだ?
懐疑的に思いながらもそれを顔に出さないように注意して、俺はダンデライオンさんの話を聞いたが、結局、話が終わるまでダンデライオンさんはセリカさんのことを名前で呼ぶことはなかった。
それから数時間が経って、ようやく俺たちは質問攻めから解放された。
「やっと終わった」
テーブルに突っ伏し、「はぁ~」と深い溜め息を吐く。
本当に疲れた。謁見が終わってから何時間もいろんな貴族の相手をすれば嫌でも神経が擦り減る。
「お疲れ様でした、先輩」
言いながら、俺を慰めるように頭を撫でてくるセツナ。それに便乗するように、いつの間にか【獣化】スキルで子猫状態になったミオが顔にすり寄ってきた。
「全員だんまりで俺にだけ対応を任せるとか酷くない?」
「それについては謝ります。すいません。けど、私とクレハさんは姫という身分なので迂闊に喋っては『国の言葉』として受け取られかねませんし、私に至っては正体を隠しています。ミオちゃんは敬語が苦手なので、先輩にお願いするしかないんです」
「それはそうなんだけどさ」
俺だって、別に会話が得意ってわけじゃないんだけどな。それどころか他人と話すのは苦手な方だし。できれば一日中喋らずに過ごしたい。
先ほどから俺の顔面に体を擦り付けて『匂い付け』をしているミオがそれをやめ、俺の頬に肉球を押し当ててきた。
ごめんなさいって言っているつもりなのだろうか?
何となしにミオの喉の下を指先で掻いてやると、気持ち良さそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。するとそのまま寝転がったのでお腹を撫でるとくすぐったそうに身をよじった。可愛い。
「それはそうと、【勇者召喚の儀式】について聞けなかったのは残念でしたわね」
ミオとじゃれて癒されていると、宿に戻る途中で買ったコーヒーをクレハが淹れてくれた。
「まぁな」
と言いつつ、上体を起こしてコーヒーに口を付ける。
あ、良かった。砂糖もミルクも入っていない。甘い物は好きなんだが、どうにもコーヒーと紅茶はストレートじゃないと飲めないんだよな。
クレハの言う通り、結局ティターニア様との謁見では【勇者召喚の儀式】について教えてもらうことはできなかった。なんでも、「さすがにそんな重要なことを話すわけにはいかない」とのことらしい。
無論、俺が召喚に巻き込まれてこちらに来た四十一人目だということも話したが、それを証明できなかったので却下されてしまったのだ。
「代わりに、Aランク蔵書の閲覧許可を貰えただけでも良しとするか」
Aランク蔵書とは、簡単に言えば『国家機密にはならないが、一定以上の地位がないと閲覧できない、一般には出回っていないレベルの蔵書』のことだ。本来ならBランク冒険者という、俺の公的な地位では閲覧は叶わないのだが、特例として認めてもらえた。
オクタンティス王国では蔵書室で調べ物をしていたが、それでも読める内容は制限されていたせいで、現時点で確認されている勇者系スキルの数や弱点といった詳細なデータを知ることはできなかった。精々が、どのような効果があるかくらいで、その規模も効果範囲も分からなかったのだ。
Aランクではどの程度まで分かるのかは不明だが、少なくとも歴代の異界勇者が最後にどうなったかくらいは分かるかもしれない。俺が今まで読んだどの本でも、地球に帰ったとか、アストラルに残ったとかいろいろと書かれていて、明言されていなかった。
さすがにAランクの蔵書には明言されているだろう。……されているよね? されてないかな? されていなかったらどうしよう。
あ、ちなみに聖戦時代の英雄である救世主たちは全員、聖戦で命を落としたか、行方不明になったらしい。ただこれも誰が戦死して、誰が行方不明になったのかは歴史学者の中でも意見が割れている。
ともあれ、俺はそのAランク蔵書の閲覧許可を貰えた。アルフヘイム国内にある図書館ならどこでも利用できるのだが、明日から精霊祭が始まるので、許可証の発行はその後になるそうだ。
まぁ、元々精霊祭を楽しむ予定でもあったから、のんびり待つことにしよう。
「精霊祭は一週間、か。」
「先輩は何か気になるものがあるんですか?」
セツナの言葉に頷きを返しながら、俺は帰り際にセリカさんから貰った紙をテーブルに広げる。これは精霊祭の何日にどこでどんなイベントが行われるのかとか、どこにどんな出店が出ているのかとかが書かれているパンフレットのようなものだ。
「やっぱり四日目から最終日までの四日間でやる武闘大会かな。アルフヘイムの住民じゃないと参加できないって話だけど、どんな人が出場するのかは興味がある」
【精霊の巫女姫】の護衛を勤めている近衛侍女という大役の選抜も兼ねているという話だし、かなりの実力者が出るのは間違いないだろう。
「私としては、魔道具関連の出店が気になりますね。私の知らない術式があるかもしれませんし」
「わたくしは工芸品が気になりますわね。アルフヘイム産の工芸品はどれも価値が高いですから」
『……私は、美味しいものが、食べたい』
猫化状態だから喋れないようで、ミオは念話で主張してきた。
ふむふむ。セツナは魔術関係で、クレハは工芸品。それでミオは食べ物系と。
「なら、それを中心で見て周るか」
「ラ・ピュセルさんとレスティさんのお土産も買うのを忘れてはなりませんわよ、兄上様」
あ、そういえばそうだった。
「何が良いかな?」
「私はあのお二人の好みは知りませんから何とも。……精霊祭を見て周りつつ、良さそうなのを買ってはどうですか?」
う~ん。それが一番良いか。どんなのが良いのか、聞いてくるべきだったな。
まぁ、セツナの言うように精霊祭を見て周りながら決めればいいだろう。
そう結論付け、俺たちは夕食と風呂を済ませることにした。
夕食を済ませ、後は風呂だけになった。高級宿屋だからか、備え付けられている風呂場には湯船もあり、風呂好きの日本人としてはこの上なく嬉しいものだ。
こちらの世界では庶民は水で洗うのが常だけど、上流階級の人は風呂に入るらしい。オクタンティス王国にいた時はかなり豪華な風呂場を使わせてもらったが、いつ殺されるか気が気でなかったから安心して入浴できなかったし、オクタンティス王国から出て今日まで桶に溜めた水で体を洗っていたから、昨日は随分と久々にゆっくりと風呂に入れた。
「それじゃあ先輩、お先に入らせてもらいますね」
と、セツナの言葉に「分かった」と返すが、彼女に続いてクレハとミオも着替えを持って準備していたので首を傾げた。
「今日は三人で入るのか?」
確かに風呂場は広かったから、三人くらいなら入れるとは思うけど……昨日は一人ずつ入っていたよな?
「はい。先輩の世界の言葉にあるんですよね。えっと、たしか……裸の付き合い、でしたっけ? せっかくなのでそれをやろうと思いまして」
「……」
……それは本音を言い合える関係っていう精神的な意味での『裸』であって、身体的な意味合いでの『裸』ではないんだけど。
「……まぁ、三人がそれで良いなら、別に良いけど」
「それじゃ、入ってきますね」
そう言って三人で風呂場へと入って行ったが、ひょっこりとセツナが扉から顔だけを出してきた。
「覗いちゃダメですよ?」
「覗かないからさっさと入ってこい」
いたずらっ子のように舌を出したセツナはそそくさと風呂場へと引っ込んだ。
全く。俺を一体何だと思っているんだろうな、アイツは。
それからしばらくして、精霊祭のパンフレットをもう一度読みながら「やっぱり女性の風呂って長いなぁ」と思っていると、何の前触れもなく勢い良く風呂場の扉が開いた。
驚いてそちらを向くと、寝間着姿のセツナが眉間に皺を寄せて立っていた。
目が合う俺とセツナ。その後ろにはクレハとミオがいるが、二人は何故か苦笑を浮かべている。
訳が分からない状況に困惑していると、セツナはずんずんと俺に近寄り、目の前にあるテーブルにバン! と両手を叩いた。
「先輩!」
「は、はい!」
え? 何? 何でご立腹なの?
「何で覗きに来ないんですか!!」
「……………………………………………………………………………………………………………………」
何かまた変なことを言い出したぞ、コイツ。
「こっちは今か今かとずっと待っていたのに! 結局三人で仲良くお風呂を満喫するだけで終わっちゃったじゃないですか!」
「……別にそれで良いじゃないか」
「良くないです!」
どの辺りが!?
「そもそも、風呂に入る前に「覗いちゃダメですよ?」って言ったのはセツナだろ」
それなのに覗かなかったからって怒られるのは釈然としないんだけど。
「そんなの“振り”に決まっているじゃないですか!!」
「分かるかぁ!!」
どこのお笑い芸人だ! そんなの分かるわけないだろ!
「いつもは察しが良いんですからこれくらい察してくださいよ!」
「どう察しろっていうんだよ! 無茶言うな! ていうか、そもそも覗きなんて不誠実な行為をするわけがないだろ! この前だって、うっかりセツナとミオの裸を見てしまった時だって、吹き飛ばしたじゃないか!」
「それはいきなりだったからですよ! 前もって準備していればいつだってウェルカムなんですよ!」
「ウェルカムじゃねぇよ! 少しは恥じらいを持て!」
頼むから、そのオープンな性的価値観をどうにかしろ!!
ちなみに、エルフの人たちの名前は花や植物の名前で統一しています。
セリカ → 芹のこと。
ブルーベル → 釣り鐘のような形の青い花を付ける小さな植物。
アザレア → ツツジの一種。
ダンデライオン → タンポポのこと。




