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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第86話 妖精女王ティターニア

 『シルワ大森林』の中にある妖精王国アルフヘイムは大きく七つの都市に分かれており、その首都である森都メグレズはアルフヘイムの中心に位置する。その森都メグレズには、一本の巨大な樹木がある。


 いや、巨大なんてものじゃない。天を見上げてもその頂点は見えず、左右を見ても幹の終わりが見えない。


 世界樹ユグドラシル。


 北欧神話に登場する世界を支える大樹で、他の神話でも類を見ない壮大なスケールを誇る。世界を支えるというだけあって、その姿は“圧巻”に尽きる。言葉も出ない。



「凄いな」



 訂正。一言だけは出た。どうにか振り絞って出した一言を聞いたセツナが言う。



「さすが世界樹の名を持つだけはありますよね。霊木としても最上位に位置すると聞いてはいましたが、納得です」


「霊木?」


「神聖な力を宿した樹木のことです。魔術を使う際に必要な発動体にも触媒にも使える素材なので、魔術師が使う杖や魔法弓兵が使う魔法弓などにも使われていますね。希少性はピンキリで、ランクの低いものだと温室で栽培できるものから、このユグドラシルのように強力な霊木もあります」



 魔術師は必要な詠唱を唱え、そして術式名を口にすることで魔術を行使しているが、実を言うとそれだけでは魔術を使うことはできない。


 魔術素材から作られた、発動体や触媒が必要だ。一例を挙げると、樹木の魔物であるトレントから取れる枝や、魔石や魔水晶なんかも魔術素材となる。


 その魔術素材を使って作成されたものが、魔法剣や魔法銃のような、魔法○○と付く武具類だ。これを発動体と呼び、そこからさらに大規模な魔術を行使するのに必要となるものを触媒と呼ぶ。


 ただ、俺やセツナたちのような生粋な術師タイプではない戦士タイプの魔術師は、戦闘系スキルと魔術系スキルの両立が難しいから数が少ないので、たいてい市場に出回っているのは魔法杖だ。


 こういった事情があるため、魔術師は常に発動体を携帯している。


 俺だったら神刀『極夜』と龍殺しの魔剣『バルムンク』。

 セツナだったら魔法銃『コメット』。

 ミオだったら魔剣『モラルタ』と『ベガルタ』。

 クレハだったら数々の魔法暗器。


 一応、他にも発動体は持っているが、俺たちの主要武器だとこんな感じだ。



「皆さま、こちらです」



 ユグドラシルを見てボーッとしていると、横合いからセリカさんに促された。彼女が示す先にあるのは、ユグドラシルの幹を背にして建設された王城だ。あそこにティターニア女王がいる。


 あまり目上の人を待たせるものじゃないよな。

 観光は謁見の後にもできることだし。


 頷き、俺たちは城門を潜って城内へと入った。城に入ると、中にいた警備の人に自分たちの武器と、俺とセツナとミオは【虚空庫の指輪】を預けることになった。これは前日にブルーベルさんから聞いていたので素直に応じたのだが。



「……一体どれだけ持っているんだよ、クレハ」



 服の中に隠し持っている暗器を出すクレハだったが、その姿を見て俺は呆れた声を出す。


 両腕に装備したリストブレードを始めとして、針型手裏剣、ワイヤー、鎖分銅、飛爪(フェイチャオ)(縄の先に拳大の鉤爪が付いたもの)、鎖竜吒(くさりりゅうた)(鉄鎖の先に錨のような金具を付けた捕具)、チャクラム、ナイフ、カランビット、プッシュダガーナイフなどなど。


 出てくる出てくる、暗器の数々。一体どうやって隠し持っていたのか不思議なほど出てきた。あまりの量に武器を預かる担当官の顔も思わず引きつっている。



「どうやって隠し持っているんだか」


「あら。嫌ですわ、兄上様。女の懐をまさぐるなんて、そんな大胆な真似をしてはいけませんわ。どうせするなら、今晩ゆっくりと致しません?」


「その言い方は誤解を招くしここぞとばかりに誘惑してくるのは止めなさい」



 言いながら俺にしな垂れかかってくるばかりか、捕食者のような笑みを浮かべてこちらを誘惑してくる。こんなところで暗殺者の本領を発揮しないでもらいたい。


 彼女を無理やり引き剥がすと、クレハは少し残念そうな顔をした。



「つれないですわね、兄上様は。わたくしのこと、お嫌いですか?」


「時と場所を弁えろって言っているんだよ」


「あら、では弁えれば誘惑してもよろしいということですわね?」



 揚げ足を取るのは止めてください。



「いいから。さっさと武器を全部出しなさい」


「分かりましたわ」



 肩を竦めてクレハが服を翻すと、ガシャガシャと音を立ててさらに暗器を出した。

 まだそんなに持っていたのか。総数にして三十近く。よくもまぁそれだけ隠せていたものだ。

 呆れを通り越して感心してくる。



「これで全部ですわ」



 ドヤァと自慢げな顔のクレハ。暗殺者からしたら、これほど大量の武器を隠し持てることは自慢になるのだろうが、一般人からしたらただの『歩く凶器』でしかないからな?


 本当に彼女、二百歳を超えているのか? 何だか反応が子供っぽいんだけど。


 思わず溜め息が出るが、ともあれこれで準備は整った。

 丸腰状態になった俺たちは、セリカさんの案内で謁見の間へと向かう。


 腰に極夜がいないことで少しソワソワするが、いざとなったらカルロスと戦った時のように空間を超えて手元に召喚できるから問題ないな。


 それにしても、城って廊下も豪華だよな。オクタンティス王国の王城の廊下も高そうな絵画や銅像や鎧が飾ってあったし。王侯貴族はこういったところに金をかけることで威厳を示すって何かの本で読んだことがあるけど……正直、理解はできないなぁ。


 こんなことでしか保てない威厳なんてあってないようなものだろ。


 そんなことを思いながら先導するセリカさんを追って歩いていると謁見の間へと辿り着いた。



「ティターニア様はすでにお待ちです。皆さま、準備の方はよろしいですか?」



 彼女の言葉に俺を含めて全員が頷く。

 さぁ。聖戦時代から生き続けている『生きる歴史』とご対面といこうか。








 謁見の間にいる人数は少なかった。一番奥にいるティターニア様の他には、彼女から見て右側に騎士鎧に身に着けた初老の男性土妖種(ドワーフ)と豪華な魔術師のローブを纏う中年の男性森妖種(エルフ)。左側には俺と同じくらいの年齢に見える森妖種(エルフ)の少女に、モノクルを掛けた三十代くらいの暗森妖種(ダークエルフ)の男性がいるくらいだ。


 少女はちょっと分からないが、他はおそらく騎士団長、宮廷魔導士、宰相だろう。


 たった四人のみという、警備体制の緩さに疑問を抱きながらも、俺たちはそのまま前に進み、ティターニア様から少し離れた位置で跪く。


 と、ここで一つ問題が生じた。龍族(ドラゴン)であるクレハは種族柄、『これだ』と認めた相手以外には跪くことはしない。そのため、彼女は立ったままだ。



『ど、どういたしましょう、兄上様』



 念話で彼女からヘルプが来た。どうやらクレハもクレハで焦っているらしい。


 しかし、これはマズいな。このままだと不興を買ってしまうか? とはいえ、無理やり跪かせるわけにもいかない。


 どうしたものかと悩んでいると、ティターニア様からお声が掛かった。



「アナタは当代の黒龍王の娘、クレハ・オルトルート・クセニア・バハムートですね。構いません。龍族(ドラゴン)が跪かない種族だということは理解しています。立ったままでいることを許しましょう」



 その言葉に、クレハのみならず俺たちも心の中で安堵した。


 ティターニア様が理解ある人で良かった。こんな所で機嫌を損ねるなんてことになりたくないからな。



 妖精女王ティターニアは妖精族(フェアリー)妖精種(ピクシー)らしい。妖精種(ピクシー)と言えばイタズラ好きで有名で、虫の羽根を生やし、手のひらサイズの小人のような体が特徴的な実に可愛らしい種族だ。


 妖精、と聞いて真っ先に思い浮かべるのがこの姿だろう。


 なので俺が予想していたティターニア様の姿も、小さな姿なのだろうと思っていた。けれど、俺の予想はあっさりと裏切られた。



「面を上げなさい」



 下げていた頭を上げ、声の主を視界に捉える。

 その姿は全然小さくなんかなかった。人と同じくらいの大きさだ。


 玉座に腰掛けているため正確には分からないが、身長はおそらく百八十cmほどで、外見年齢は二十代後半に見える。見る角度によって色彩を変える流れるような長髪と蝶の羽根が特徴的だが、それよりも印象的なのはその美貌だ。


 委員長や姫川さん、それにセツナ、ミオ、クレハも絶世と言えるほどの美少女で美女だが、目の前にいる女性はそれを遥かに超えている。


 森をイメージしているのか、緑色を基調とした露出の低いドレスを身に纏っているが、内側から盛り上げつつも華奢な印象すら与えるスタイルは情欲と庇護欲を掻きたて、妖艶さと儚さを兼ね備えていた。頭の上にある王冠でさえ、彼女の『美』を引き立てる小物にしかなっていない。


 例えるならば幻想の住人。絵本の登場人物。理想の淑女。

 その『美』の前ではどんな美辞麗句を並べても陳腐だと評価されかねない。


 一目見ただけで心を持っていかれそうな、そんな他者を魅了するような美しさ。常人ならば、彼女が一言言っただけで平気で人殺しをしてしまうほどの引力がある。ただ、露出の低いドレスや、使用人も当然いるだろうにセットしていない髪、宝石の類も着けていないことから察するに、これでも抑えている方なのだろう。


 抑えていてこの美しさなのだから、空恐ろしくもあるが。


 人外の美しさ(・・・・・・)とはまさにこのことを言うのだろう。危険な『美』だ。気を緩めればこちらが飲まれかねない。


 改めて己を律した俺はティターニア様を見据える。すると、ティターニア様は何故か「ほう」感心したような声を漏らした。



「わらわを直視したにもかかわらず、即座に持ち直すとは。大した精神力ですね」



 本来なら「お褒めに与り、光栄です」とでも言うべきなのだろうが、相手はこちらの世界で信仰の対象となっている人物なので、軽率に口を開くわけにはいかない。向こうが発言を許可するまでは黙っておくことにする。


 するとティターニア様は言葉を続ける。



「発言を許可しましょう。わらわたちの同胞を連れてきてくれたことに、まずは礼を言います。大儀です」



 許可が出たので俺は返事をする。



「はっ。勿体なきお言葉です」


「その働きに見合った褒美を与えましょう。何が良いか、申しなさい」


「ありがたき事にございます。しかし、失礼ながら我々は護衛対象を送り届けただけ。褒美を得るに値しないものと愚考します。褒美ならば、今回の一件に尽力したフェアファクス皇国護国騎士団第八部隊の皆様に与えるのが筋かと」



 あまり失礼にならないよう言葉に気を付けて反論すると、ティターニア様は笑みを浮かべた。



「取り繕う必要はありませんよ。ここにいる者は皆、誰が事件解決に尽力したのかを知っている者のみですから」


「え?」



 驚いて、ティターニア様の両脇に控える四人を見る。すると、全員が笑みを浮かべて「分かっている」と示すように頷きを返してきた。


 なるほど。この謁見の間にいる人が少なかったのは、真実を知る人のみを集めたからか。

 どうやら気を利かせてくれたらしい。



「もう一度聞きます。褒美は何が良いですか?」


「……実は、ティターニア様にお聞きしたいことがあります」



 意を決し、俺はティターニア様に【勇者召喚の儀式】について問うたのだった。

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