第83話 少しは懲りてください
今話は、阿頼耶が馬鹿をやらかします。
支部長から依頼を受けてから数日が経ち、準備を整えた俺たちは解放された森妖種たち十名とアルフヘイムからの使者であるブルーベルさんとその護衛役のセリカさん、それと御者さんを合わせた総勢十七名という大所帯でアルフヘイムへと向かっていた。
「さすが、速いな」
「一週間かかる距離を数日で済む速度ですもの」
膝の上で丸まっているミオを撫でながら、後ろへと飛ぶように流れる景色を馬車から見て呟くと、クレハが同意を返してきた。
実を言うと、馬車に乗ったのはついさっきだ。それまでは森の中を通らなければならなかったので、馬を走らせることができなかった。なので、全員を馬車に乗せて馬を引いていたのだ。
けれど、アルフヘイムの国境近くなると専用の街道があるようで、今はそこを馬車で駆け抜けている。
その専用の街道は、普段は幻術で隠蔽しているようで一見すればただの森にしか見えないが、幻術を解除すると道が現れるようになっている。
これはアルフヘイムの住民でなければ解除できない仕様になっているため、自然とアルフヘイムの住民と一緒でなければ通ることができない。なので、定期的にアルフヘイムと他国を行き来している者がいるらしく、その人物に依頼してアルフヘイムへ行くのが常なのだとか。
今回は使者兼護衛役であるセリカさんが開けてくれた。
いや、幻術ってのは凄いね。言われてもそこに道があるって分からなかった。
ちなみに、この街道は『妖精の脇道』と呼ばれており、精霊祭が始まると幻術は解かれ、誰でも来ることができるようになるらしい。
「おかげで近付いてくる魔物も少なくて済みますわ」
「そうだな。それに近付いて来たとしても、あの二人が先んじて仕留めているしな」
言いながら荷台の前方に視線を向けると、遠距離攻撃ができるセツナとセリカさんの二人が、御者さんの両サイドから近付いてくる魔物を魔法銃と魔法弓で仕留めていた。
「こんな速度で移動する馬車に向かって来るからどれだけ強い魔物が来るのかと思っていましたが、案外弱い魔物ばかりですね。どれも一撃で倒せます。少し拍子抜けですね」
「それも仕方ありません。強い魔物はわざわざこの馬車に近付こうとは思わないでしょう。弱い魔物ほど、逆に怯えて向かって来るものです」
「あぁ、じゃあこれは錯乱した結果というわけですか」
魔矢(魔力で作られた矢のこと)を射って、魔弾を打ちながら二人はほとんど外すことなく魔物を倒しながら会話をする。
セツナの【銃術】スキルのレベルは5になっていたから驚きはしないが、セリカさんの弓術もかなりのものだ。変異個体種である黒ミノタウロスに追われていた状態でも無傷で生き延びていたから、相当な手練れなのかもしれない。
う~ん。やっぱり気になるな。どれ、ちょっと鑑定してみるか。
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セリカ・ファルネーゼ 215歳 女性
レベル:62
種族:妖精族/半森妖種
職業:精霊魔術師、弓師、魔術弓兵、猟師、手芸作家、演奏家、酒造家、軽業師
HP :1360/1360
MP :1952/2020
筋力:910
敏捷:971
耐久:1120
スキル:
レアスキル:
生産系スキル:
服飾系手芸
コモンスキル:
騎乗系スキル:
馬術Lv.4
戦闘系スキル:
弓術Lv.5、短剣術Lv.4、投擲術Lv.4
生産系スキル:
解体Lv5、酒造Lv.4、狩猟Lv.5、弓作りLv.4、栽培Lv.4
知覚系スキル:
気配察知Lv.4、魔力感知Lv.4
魔眼系スキル:
鑑定Lv.2、看破Lv.4
魔術系スキル:
精霊魔術Lv.4
補助系スキル:
演奏Lv.5、家事Lv.5、軽業Lv.4
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……ちょっと多芸過ぎやしません?
え? 何このスキルの多彩さ。弓術の腕前もさることながら精霊魔術師としても一流で、なおかつ弓も酒も作れるし音楽も手芸も家事も狩りもできて馬にも乗れるの?
万能かよ。しかもほとんどのスキルのレベルが熟練者相当の4や5だし。
比較のために後ろで解放された森妖種たちと話しているブルーベルさんのステータスを見てみたが、彼女ほどの多彩さはなかった。それでもスキルレベルは高かったけど。
もしかして、このレベルの高さと多彩さで護衛役に選ばれたのか? 冒険者ならBランク相当だしな。あり得そうだ。
魔術関係に親和性が高い種族だからかな。今は魔矢を射っているから少し減っているが、魔力値が他のステータス値よりも高い。レベルが四十になったセツナより五百ほど上だ。
「如何なさいました、兄上様?」
考え込んでしまったのでクレハが心配になったようだ。俺の顔を覗き込むようにして見て来た。
「いや、ちょっと彼女のステータスを見たんだけど」
「セリカさんのですか? 何か気になることでも?」
「随分とスキルが多彩でレベルが高いなって思ってな」
疑問を口にすると、彼女は「あぁ」と納得した声を漏らした。
「長命種にはよくあることですわ。長い時間を生きますから、人間族よりも研鑽する時間が長いのです」
「だからその分スキルレベルも高くなるし、スキルも多く獲得できる、ということか?」
「その通りですわ。まぁ、スキルを多く獲得できるのは、その人の素質にもよりますけど」
スキル獲得にはそれに必要な条件の他に、素質も影響するらしい。その人に素質がなければいつまで経ってもそのスキルは獲得できないし、素質が高ければ早く獲得できるというわけだ。
そう考えると数々のスキルを獲得している俺もそこそこ高い素質があると結論が出そうなものだが、俺の場合は【創造神の加護】の効果でスキルが恐ろしく獲得しやすくなっているからな。参考にはならない。
「兄上様のお話の通りですと、セリカさんはかなり優秀みたいですわね」
「だから彼女が護衛役に選ばれた?」
「おそらくは。しかし、少し疑問があります」
「というと?」
「アルフヘイム全体で見ると極々一部ですが、混血種はあまり歓迎されないのですわ。特に森妖種の中位種であるエルダーエルフで構成された長老会たちからは。長老会とは人間社会でいうところの公爵に相当する貴族のようなものですわ」
「つまり、貴族のお偉いさんは混血種に対して偏見を持っている、と。あれ? でも彼女は半森妖種なんだよな?」
「えぇ。だから疑問に思ったのですわ。アルフヘイムの使者の護衛という重要なポストに、ハーフが選ばれるわけがありませんもの。まぁ、わたくしも又聞きした情報で、しかもかなり昔のことですから、どこまで正しいかまでは。もしかしたら、今ではそんな偏見もなくなっているのかもしれませんわね」
「……だと良いんだけどな」
人種差別は根深いからな。地球でも未だに黒人差別、ユダヤ人差別、アジア人差別、日本人差別が横行している。そう簡単になくなるものじゃない。
差別はどの世界にもあるってことか。
「異世界っていっても、こういうところは地球とそう変わらないんだな」
「兄上様?」
ポツリと零した言葉にクレハは首を傾げたが、俺は「何でもない」と言って誤魔化した。
「それはそうとクレハ。リハビリの方はどうなんだ?」
「えぇ、問題ありませんわ」
頷き、クレハは全身に魔力を流してみせた。
魔力不整脈のせいで魔術や龍力を用いた術――龍術が使えなくなっていたが、治療後はそれも使えるようになってきていた。今も魔力は淀みなく流れている。
「まだ中級の魔術しか満足に使えませんが、リハビリを続ければ上級の魔術もまた使えるようになるでしょう。龍術はまだ満足には使えませんが」
クレハが使える魔術は無属性、火属性、闇属性、暗黒属性の四つで、元々は上級まで使えたらしい。龍術も【龍の爪撃】や【龍の咆哮】も使えたようだが、そちらはまだ充分ではないようだ。
「そういえば龍族は人化していると龍族特有の技は使えないんだよな? 龍術とか、魂に干渉する技だとか」
「えぇ。人化することでステータスが制限されるので、筋力などのステータス値も大幅に下がりますし、使用できるスキルも減りますわ」
「見た目もステータス上も人間族と変わりないってことか」
「それでも龍族の特徴は出ていますけれどね。ほら、わたくしの目。人間族とは違うでしょう?」
そういう彼女は自身の瞳を指差す。彼女の瞳は当人の言う通り、人間族とは違って金色で縦長の瞳孔をしている。これが龍族特有の瞳ということか。
「たしかに綺麗な金色の目だな」
「……」
「どうかしたか?」
「い、いえ。何でも、ありませんわ」
「?」
何やら赤面したクレハは頬に両手を当てて顔を背けてしまった。
「っと、話しているうちに日が暮れてきたな」
「え? え、えぇ。そうですわね。この辺りで野営をした方が良いでしょう」
「だな」
頷き、俺は御者さんに馬車を止めてもらって野営の準備を始めることにした。荷台から続々と森妖種たちとブルーベルさんが降りてくる中、セツナとセリカさんも武器を収めて下りて来た。
「野営ですか?」
「あぁ。クレハとセツナは引き続きみんなの護衛を頼む」
野営時にはセツナが持っていた結界を発生させる長距離旅行用のランタンを使えれば良いんだけど、今回は人数が人数だからな。こんな大人数を丸々囲い込むほどの性能はない。
「分かりました。先輩はどうするんですか?」
「ミオと一緒にこの周辺を見て回って来る。魔物がいるなら掃討して、安全を確保しておきたいからな」
「そうですね。先輩、ミオちゃん、よろしくお願いします」
「あぁ。任せろ」
「……バッチコーイ」
……ミオ、どこでそんな言葉を覚えたんだ?
それからしばらくして、周囲の安全が確認できた俺とミオはみんなの所へと戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい……って、何を持っているんですか?」
戻った俺の手元を見て、セツナは首を傾げる。俺が持っているのは、安全確認の時に見付けた沢山のキノコや山菜だ。
「その辺りで見付けてな。食えるかと思って取って来たんだ」
「出ましたよ、先輩のゲテモノ思考」
ゲテモノ思考とは心外な。食えそうだから採って来ただけだ。
「山菜はどれが食えるか分かるんだが、キノコは守備範囲外でな。セツナ、どれが食えるか分かるか?」
「私が分かるとでも?」
「だよな」
初めて会った時も、山菜に詳しくなさそうだったからな。となれば、ここはミオに訊くか。彼女は奴隷として売られるまでは自分で食べるものを採っていたみたいだからな。
そう思って隣にいるミオに視線を向ける。
彼女の首にはもう【奴隷の首輪】はない。違法奴隷の件で彼女は報酬として得た金で自分自身を買うことで奴隷から解放されたのだ。別に、違法奴隷たちと同じように無条件で【奴隷の首輪】を解除することはできたけど、彼女は違法奴隷じゃない。だから筋を通すためにも“建て前”が必要だったのだ。
面倒なことだけどな。
「ミオ、どれが食えるか分かるか?」
「……ん。分かる。……これは食べられる。これは食べられない。こっちも毒があるから無理。それは食べられる」
肯定したミオの指示のもと、俺とセツナは食べられるものと食べられないものを選り分けた。その結果、大抵のものが食べられると分かったのだが、一つだけミオにも判断できないものが出てしまった。
「うーん。これだけは分からない、か」
「……ん。私も見るの、初めて」
「見た目は普通のキノコなんだけどな」
ミオも見るのが始めてはこのキノコは時に毒々しさもなく、普通の見た目をしている。
……仕方ない。食って確かめるか。
一口齧ってみると、中々に美味かった。これは当たりかな?
「「「「あっ」」」」
キノコを口にした俺を見て、セツナたちが思わず声を漏らした。……って、今パーティメンバー以外の声もあったな。
そちらを見ると、セリカさんが俺の方を見て「やっちまった」と言いたそうな顔をしていた。
「一体どうし……はぅ!?」
何故彼女がそんな表情をしたのか気になって訊こうとしたが、直後に激しい腹痛が俺を襲った。ガクッと俺は膝から崩れ落ちる。
「うお……おおおおおおおお」
「どうして何の迷いもなく食べているんですか、このお馬鹿!!」
腹を抑えて蹲っていると、セツナに怒られた。
「た、食べられるかと思って……」
「一体何を根拠にそう思ったんですか!!」
あ、待って。そんな近くで叫ばないで。腹に響く。
呼吸を整えて腹の調子をどうにかしていると、セリカさんがこちらへやって来た。
「食べてしまいましたか」
「セリカさん、このキノコが何なのか知っているんですか?」
俺の背中を摩りながらセツナが問うと、セリカさん「えぇ」と首肯した。
「それはシンダググゾダケと言って、毒性のあるキノコです。ただ、症状は下痢と嘔吐と腹痛が中心となりますので、安心してください。すぐに症状も治まります」
「ぐぅっ!! はうぅぅぅぅ!!」
「…………すぐに、治まります」
そんな呆れたように二度も言わないでくれ。セリカさんって死んだ魚のような目をしているし無表情だから思わず身構えてしまうんだよ。
しかし、どうしたものかな。これ、治まるまで我慢するしかないのか? 地味にツラいんだけど。
――【毒耐性】スキルを獲得しました。
そう思っていると、スキル獲得のアナウンスが聞こえた。その効果が出たようで、徐々に腹痛が治まってきた。
問題なさそうなのでゆっくりと状態を起こすと、背中を摩ってくれていたセツナが目を丸くした。
「先輩? 大丈夫なんですか?」
「あぁ。【毒耐性】スキルを獲得したから」
「……まさか毒キノコを食べただけで【毒耐性】を獲得するなんて」
「俺も意外だったが、不幸中の幸いだ。……うん。これなら食中毒も怖くないな!」
「少しは懲りてください!」
笑って言うも、呆れたセツナにガチギレされてしまったのだった。




