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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第80話 恋愛って何だっけ?

今話はちょっと恋愛面重視で。

 



  ◇◆◇




 時間は少し戻って昼食を終えた後、先輩と別れた私――セツナ・アルレット・エル・フェアファクスはミオちゃんとクレハさんと買い物に行きました。今は買い物を済ませ、エストさんの喫茶店で小休憩中です。



「これで一通りの買い物は終わりましたね」


「……ん。終わり」


「ですわね。しかし、ごめんなさいね。わたくしの荷物までセツナさんの【虚空庫の指輪】に入れてもらって」



 仕方ないですよ、と言って私は紅茶を一口飲みます。



「ミオちゃんは先輩からのお下がりを貰っているからまだしも、クレハさんはまだ【虚空庫の指輪】を持ってないですからね。拠点となる家もまだですし、しばらくは私のに入れておきましょう」


「助かりますわ」



 顔を緩ませて笑みを浮かべ、クレハさんはコーヒーを飲みます。私はどうにもコーヒーは苦手なんですよね、苦すぎて。先輩も飲めるみたいですけど、よくあんな苦いものが飲めますね。


 ミオちゃんは、注文したチョコレートパフェに釘付けですね。甘いものが好きなのか、夢中で食べています。



「……うまー」



 幸せそうで何よりです。

 さて、買い物も終わって一息吐いたことですし、そろそろ本題に入りましょうか。



「お二人とも、先輩のことが好きですよね?」


「「っ!?」」



 私の言葉に、ミオちゃんは喉を詰まらせ、クレハさんはコーヒーを吹き出しそうになりました。そこまで驚かなくても良いと思うんですけど。



「い、いきなり何を……」


「隠さなくても良いですよ。時々、お二人が熱っぽい目で先輩を見ていることには気付いていましたから」



 指摘すると、思い当たる節があったようで、二人は気まずそうに顔を逸らしました。

 そんな二人を見て、私はくすりと笑みを浮かべます。



「私も、先輩のことが好きなんです。あの人を幸せにしたいと、そう思っています。あの人は自分のことには酷く無頓着で、すぐ無茶をしてしまいますから。だから、私以外にも彼のことを信じ、支え、幸せにしようと思ってくれる人がいるのは大変喜ばしいことなんです」



 そこまで言って、私は一度言葉を切って二人の反応を見ます。

 二人は目を逸らすことはやめて、私の話に集中して聞いています。すると、クレハさんが口を開きました。



「まさかそのようなことを言われるとは思いませんでしたわ。てっきり、彼を譲るつもりはないと仰るかと」


「言いませんよ、そんなこと。あの人は否定しますが、彼は間違いなく英雄と成る器です。そんな人を独占して束縛するなんて愚の骨頂でしょう。それに、あの人の行く道は険しい茨の道です。そこを進むのは生半可なことじゃありません。きっと彼一人ではどうにもできないことがあります。その時に、私だけじゃなく、お二人にも先輩を支えてほしいんです」



 彼は止めたって止まらない人だから。

 自分のことなんて顧みない人だから。


 誰かを救うためなら自分の命すら懸けてしまうくせに、それに見合うだけのものを要求しない。


 あの人は人を救った末に得られるものについてちゃんと考えた方が良いと思います。結局、領主の件も手柄を全部騎士団にあげちゃいましたし。



「そうですわね。たしかに兄上様は自分がどうしようもなくボロボロなのに、そんなことはどうでもいいとばかりに戦いに行きますものね。正直、見ていてひやひやしますわ」


「……それに、お師匠様はすごいお人好し。そこに付け込まれて騙されないか、心配」



 二人の意見に激しく同意です。そんな彼が不利益を生じないためにも、私たちでカバーしないとなんです。



「というわけで、みんなで先輩のお嫁さんになりましょう」


「「えっ!?」」



 あれ? なんでそんなに驚くんです?

 話の流れで分かりそうなものなんですけどね。



「ま、まさかそこまで話が進むとは思いませんでしたわ」


「……予想外」


「でも、嫌なわけじゃないですよね」


「「……それはまぁ」」



 歯切れの悪い返事の割に顔はまんざらでもないって感じじゃないですか。

 何だかんだ、二人も先輩と一緒になりたいんですね。



「じゃあ決まりですね。先輩を篭絡するために頑張りましょう。あの人、察しは良いのに自分に向けられる好意だけはありえないほど鈍いですからね。その辺りも踏まえて愛情を示していきましょう」


「ですが、兄上様は異界勇者のことを気にしておりますわよ? そちらに意識を持っていかれているのでは?」


「……同感。復讐することを考えているから、恋愛に意識を向ける余裕はないかも」



 でしょうね。先輩、クレハさんが【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】をオクタンティス王国に向かわせるのは復讐するためかと聞いた時に肯定していましたし。



「だからこそ、ですよ。たしかに今の先輩は復讐と救済に意識が向いています。だから彼は自分の身が傷付くことを厭わない破滅的な行動を取るんだと思います。……それじゃダメなんですよ。復讐しても構いません。救済をやめる必要もありません。ただ、私たちが彼の手助けをすれば、その分だけ彼の心に余裕ができるはず。その時に恋愛へ意識を向けさせることができればこっちのものなんです」



 初めから、すぐに彼を幸せにできるだなんて思っていません。これは、数年単位の長いスパンで見た計画なんです。

 ……計画というには少々大仰でしょうか?



「なるほど。ですからセツナさんは兄上様にあれほどべったりしているのですわね。ちなみに、これまではどういったことをなさっていたんですの?」


「えっと、そうですね。たとえば……」



 ここ最近ですと、できる限り一緒に寝たり、外では腕を組んだり、依頼を受けたり、先輩に殺されそうなレベルで特訓されたり、ミオちゃんの件で奔走したり…………って、あれ? 今思えば恋愛らしい恋愛はあまりしてないような?



「クレハさん、恋愛って何でしたっけ?」


「え? いえ、そんなこと聞かれましても」



 む、むむむっ!

 これはいけません! 先輩をデレさせないといけないのに恋愛要素が少ないです!!



「皆さん! 今すぐ先輩の所へ行きますよ! エストさん! ご馳走様でした!」


「え!? ちょ、セツナさん!?」


「……ま、待って!」



 テーブルの上にお代を置いて勢いよく席を立った私は「はいはーい、まいどありッス」というエストさんの声を聞きながら飛び出すようにお店を後にしました。








 カルダヌスの図書館に辿り着いた私は図書館を見上げます。この世界の識字率はあまり高くなく、ここが交易都市であっても辺境にあることが影響して、図書館自体も小さく、利用者も少数です。皇都の図書館はもっとずっと大きくて、利用者も多いんですけどね。


 主な利用者といえば、商人の子供とか王侯貴族とかの上流階級の人や、魔術師や錬金術師などの専門性の高い職業の人、それとギルド職員といった人たちくらいでしょうか。


 こうして例を挙げたら読み書きできる人はそれなりに多そうですが、それでも全体で見ると少ないです。


 中に入ると、やはりというか中は閑散としています。軽く見渡すと、物寂しさを感じる図書館の端っこで先輩は本の山をいくつも作っていました。


 人が少ないのに何であんな隅に座っているんでしょうか? もっと広々とした所で本を読めばいいのに。というか、先輩は何かを調べているのでしょうか? あんなに本の山を作っているくらいですから、物語本ではないと思いますし。



「ちょうどいい機会ですし、わたくしはここでミオちゃんのお勉強を見ていますわ」


「え? 一緒に行かないんですか?」


「えぇ。せっかくなので、いろいろと読んでみたいですし。その合間にでも」



 そうですか。

 となると私だけで行きますか。



「ミオちゃんはそれで良いですか?」


「……ん。良い」


「分かりました。じゃあ行ってきますね」



 二人に言い、私は先輩の所へと行きました。


 よほど集中しているみたいで、先輩は私が隣の席に座ったにもかかわらず気付かずにそのまま本を読み進めています。


 これ、悪戯しても気付かないんじゃないですか?


 そう思って試しに髪の毛でも触ってみようかと手を伸ばしましたが、それと同時に先輩は読んでいた本を閉じて積み上げた山の上に置いて溜め息を吐きました。


 悪戯しようとしたのがバレたかと思って反射的に手を引っ込めましたが、どうやらそういうわけではないようで、そのまま先輩は思考の海に沈みました。



「まぁ、国家機密のことだから、本で調べた程度で分かるわけもないか。となると、それを知っていそうな人物に聞くのが一番だな」



 ブツブツと先輩は呟きます。


 先輩ってアレですよね。考え事に没頭するとそれが口から出ることがありますよね。でも、一体何について考えているんでしょう? 国家機密って言いましたけど、そんなレベルのことを調べていたんですか?



「どうしたものかな」



 お手上げだ、と言わんばかりの先輩に私は声を掛けました。



「何がです?」


「【勇者召喚の儀式】について知りたいんだけど――って、何でお前がここにいるんだ?」


「一通り買い物が終わったんでこっちに来たんです。そうしたら先輩が本の山を沢山作っていたんで、どうしたのかなって思って」


「そうか。ミオとクレハは?」


「あっちでクレハさんがミオちゃんに読み書きを教えていますよ。それで、何を悩んでいたんですか? 【勇者召喚の儀式】がどうのって言っていましたけど」


「【勇者召喚の儀式】の詳細を知りたいんだが、リリア・メルキュール・オクタンティスに聞けるわけないからどうしたものかなと」



 なるほど。調べていたのは【勇者召喚の儀式】についてですか。



「それは……難しいですね」



 私は先輩に、彼が予想しているように今代の【召喚の巫女姫】であるリリア姫に訊くのは難しいということと、先輩があの国に行くのは得策ではないこと。そして、他の手段として妖精王国アルフヘイムの女王である妖精女王ティターニア様に訊くことを伝えました。救世主の息子なら謁見も可能だろう、と。


 しかし、先輩からそれを証明する方法がないということを突き付けられました。



「そうなると、手詰まりですね。すいません、先輩。お役に立てなくて」



 せっかく役に立てそうだっていうのに、力になれなくて落ち込んでいると先輩が頭を撫でて慰めてくれました。



「元々、そう簡単に分かることじゃないって思っていたから、そう気にするな。とはいえ、さっさと帰還方法は探さないとな」



 帰還方法、という言葉を聞いて、頭を撫でられたことで胸に沸き起こった温かな気持ちが吹き飛びました。



「先輩は、やっぱり……」



 元の世界に帰りたいんですか?

 そう思っても、それを言葉にすることはできませんでした。



「ん?」


「あ、いえ。何でも、ないです」



 聞き返されましたが、それでも私は聞けませんでした。


 やっぱり先輩は、地球に帰りたいと思っているんでしょうか? 向こうにはご両親もいらっしゃいますし、向こうでの生活もあるでしょうから、帰りたいと思うのが自然な流れだと思います。


 もしかしたらとは、思っていました。彼は私たちとは別の世界から来た異世界人。なら、いつか別れの時が来るんじゃないか、と。


 先輩の幸せを考えるなら、先輩が帰りたいと望むなら、そのお手伝いをするべきです。彼の望みを捻じ曲げてまでこちらの世界に残ってもらっても、意味がありませんから。


 その、はずなんですけど……それでも、私は先輩と一緒にいられないのは、嫌だなぁ。


 先輩はどうしたいのか。それはここで聞いてしまえばすぐに分かることでしたが、それを訊く勇気がない私は別のことに話題を変えます。



「それより先輩、副業は何にするか決めたんですか?」


「鍛冶をやろうかなって思っている」


「鍛冶ですか?」



 ちょっと意外ですね。先輩は術式を組み替えるという離れ業を簡単にやってのけるので、魔術方面で副業をするのかと思っていました。



「どうせなら自分が使う武器を自分で造ってみるのも良いかもなって思ってさ」



 使う武器まで自分で用意、ですか。先輩はどれだけ自分一人であれこれやろうとするんですか。



「だから積んでいる本の山の中に鍛冶に関するものも混ざっていたんですね」


「そういうこと。まぁ、俺に鍛冶ができるかどうかにもよるんでだけどな」



 そう言って先輩は鍛冶に関する本を読みましたが、直後に顔を引きつらせました。



「先輩、どうかしましたか?」


「いや、その……【鍛冶】スキル、獲得したみたいだ」



 ……………………まったく、本当に、この人ときたら。



「……先輩、規格外なのも大概にしてください」


「俺のせいじゃないのに」



 ガックリと項垂れる先輩を見て、私は苦笑を浮かべました。




  ◇◆◇




 セツナさんに連れられて図書館に来たわたくし――クレハ・オルトルート・クセニア・バハムートはミオちゃんに勉強を教えつつ、兄上様とセツナさんの様子を少し離れた場所から見ていました。



「ねぇ、ミオちゃん。アレ、どう思います? どう見ても顔が近過ぎるように見えるのですけれど」


「……お師匠様とセツナさんは、いつもあんな感じ」


「……デフォルトでイチャイチャしているではありませんか。頭まで撫でられちゃって。アレで恋仲じゃないのですから驚きですわ」



 セツナさんは「恋愛って何でしたっけ?」とか困惑気味に言っていましたけど、ちゃんと兄上様との距離を縮めているではありませんか。羨ましい。



「うかうかしてはいられませんわね」


「……ん。お師匠様と、イチャイチャする」



 二人の天然イチャイチャっぷりを見ながら、わたくしたちは改めて意気込むのでした。

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