第78話 登録と派遣
第4章 精霊祭の妖精編、スタートです。
フェアファクス皇国フレネル辺境伯領の領主シーザーが起こしていた事件を解決し、今後の話し合いが行われた日から二日がたった。俺――雨霧阿頼耶と、セツナ、ミオ、クレハは冒険者ギルド・アルカディア、カルダヌス支部に訪れていた。
「それではクレハさんの冒険者登録と、クレハさん並びにミオさんをアラヤさんのパーティへ正式に登録します」
「えぇ。よろしくお願いします、レスティさん」
受付嬢レスティの言葉に俺は頷く。ギルドに来た目的は、俺たちの仲間になったクレハの冒険者登録と、クレハとミオを正式に俺たちのパーティに登録するためだ。
冒険者登録したのはクレハだけで、他の【灰色の闇】のメンバーはまた後日行うことにしている。何せクレハ合わせて二十人もいるからな。一度に登録しては手間がかかる。そんなに急ぐ必要もないし、折を見て登録していけばいいだろう。
「それで、クレハさんの場合はアラヤさんとは別でパーティを作成するということでよろしいんですよね?」
「えぇ、お願いしますわ」
レスティの言葉にクレハは頷く。
実をいうと暗殺集団【灰色の闇】は暗殺ギルドに所属しているわけじゃない。どうしてか理由を聞いたら「わざわざ所属する理由がなかったので」だとか。よくそれで仕事ができたなと思ったが、仕事をこなしているうちにどんどん依頼が舞い込んでくるようになったらしい。
これからは俺たちと共に行動するため、冒険者ギルドにだが、登録することにしたようだ。
その際、俺たちは話し合って、クレハをリーダーとした【灰色の闇】はそのまま残し、クレハのみ俺たちのパーティに所属するという形を取ることにした。これは連絡や情報のやり取りをやり易くするためだ。
全員一緒のパーティだと、情報の整理が面倒になるからな。
「パーティ名は【灰色の闇】。登録するメンバーはまた後日に。……それはそうと、アラヤさんのパーティ名はどうしますか? まだ未登録ですが。それにクレハさんが別でパーティを組むのであれば、クランを立ち上げるのも良いかと思いますよ」
ふむ。パーティ名か。そういえば何だかんだでまだ考えてないんだよな。面倒臭くて。
けれど、ミオとクレハが仲間になって人数も増えたんだから、いい加減名前を決めないとな。
そしてクランか。確か、所属するメンバーの数が二桁以上もしくは複数のパーティが所属している状態をそう呼ぶんだったか。
確かに、俺たちはクレハ配下の暗殺者たちを合わせれば二十三人もいる。クランを立ち上げるのが自然だろう。
「いや、クランは今のところ考えてないからいいです」
クランは複数のパーティが所属するから、各パーティは平等の扱いとなる。けど俺たちの場合は、リーダーであるクレハが俺たちのパーティに参入するという少し異質な形だ。わざわざクランを立ち上げる必要はない。
これ以上メンバーが増えたなら、その時に立ち上げれば良いだろう。
「にしても、パーティ名か。……参考までに聞きたいんですけど、他の人たちはどうやってパーティ名を決めているんですか?」
「そのパーティ共通の目的とか、目標とか、憧れとかですね」
「目的や目標は何となく分かりますけど、憧れですか?」
「はい。例えば、ここを拠点に活動しているCランク冒険者パーティの【リリー】は、百年前に活躍していたエルフのAランク冒険者リリウム・カッシーニに憧れて、それに近い名前のリリーをパーティ名にしています」
「なるほどな」
リリーのリリウムも百合の花の別称だ。そこに関連付けたのだろう。
そういったものなら簡単に浮かぶんだろうけど、憧れなんて特にないし、パーティ共通の目的や目標になぞった名前にすればいいんだろうけど……そういえばこの面子って、何を目的に集まっているんだ?
「「「「……」」」」
後ろを振り返って三人を見ると、どうやら思っていることは同じようで、全員で首を傾げる。
どうにも俺たちって、これといった目的も目標もなく“何となく”で一緒にいるよな。俺は基本的に来るもの拒まずだし、みんなは望んでパーティに参加しているだけだし。
これって、実はかなりマズいんじゃ? 何かしら目的や目標を決めていた方が良いんじゃないか?
少し考えて、俺は考えを振り払う。
…………やめよう。これ以上考えてもドツボにはまりそうだ。
さすがに受付カウンターにいたままでは他の人たちの迷惑になるので、一旦離れて隅で話し合うことにした。
「パーティ名、どうしようか?」
聞くと、三人が思案する。
「そうですね。先輩は半人半龍なので、龍に因んだものはどうでしょう?」
「……お師匠様の武器が刀だから、剣関係も、良いかも」
「兄上様は黒のイメージがありますから、それも入れたいですわね」
……あの、皆さん?
何でそこで俺関係に焦点を絞るの?
普通にみんなに共通するもので良いと思うんだけど?
「なぁ、三人とも。別に俺個人に関係するものじゃなくても……」
「「「却下」」」
「何で!?」
却下する理由、なくないか!?
即座に却下してきた三人に肩を落としている間に、彼女たちは話し合いを始めた。
「やっぱり、象徴となるものが……」
「それならなおのこと……」
「いえいえ。であれば……」
……完全に俺は置いてけぼりである。
おかしくない? 俺、仮にもリーダーだよな?
何でリーダーの意見をガン無視して進めちゃってるの?
威厳がないからか? まぁこんな見た目だし、威厳なんて欠片もないのは承知の上だけどさ。
まぁ、これで決まるなら、良いか。俺の方にパーティ名の候補があるわけでもないし。考える手間が省けたと思おう。
そんなこんなで、白熱した三人の話し合いの末、【鴉羽】という名で決まった。
「……何で鴉?」
「ほら、先輩の使い魔って鴉の姿をしているじゃないですか」
「理由になってないんだけど」
「イメージしやすい名前が一番ですからね」
「だから理由になってないんだけど!」
結局パーティ名は【鴉羽】で決定した。
どうやらパーティにはそれを表す紋章のようなものも登録するらしいのだが、これはまた後日にした。ついさっき名前が決まったばかりなのだ。紋章なんて御大層なもの、すぐに浮かぶわけがない。
諸々の手続きが終わった後、俺たちはギルドから出て近くにある飲食店で昼食を取ることにした。その食事中、俺はクレハに話を振った。
「クレハ。俺がこちらの世界に来た経緯は前に教えたな」
「えぇ。オクタンティス王国が行った【勇者召喚の儀式】に巻き込まれて、こちらに転移してきたのでしたわね」
クレハとミオには、セツナにも話した内容をそのまま伝えている。なので、彼女も俺が聖戦時代の救世主の息子だということも、【勇者召喚の儀式】に巻き込まれただけだから勇者ではないということ、クラスメイトに裏切られて死にかけたことも知っている。
「本来ならすぐにでも他国へ公表するものなのですが、隣国であるこのフェアファクス皇国でその噂は少し耳にしていた程度なので、正式にはまだ発表されていないのでしょう」
やっぱり噂くらいは流れていたか。まぁ、オクタンティス王国の王都アルバ限定ではあったが、王城にこもることなくアイツらは外に出ていたからな。それを見た商人やら他国の密偵やらが伝えていてもおかしくはない。
それに、正式に発表するのも時間の問題だろうな。北条の話だと、しばらくしたら式典をするらしいし。
「それで、その経緯がどうかなさったので?」
「【灰色の闇】の数名を、オクタンティス王国へ向かわせてほしい」
俺の言葉にクレハのみならずセツナとミオも目を見開いて驚いた。
「それは……勇者たちの動向を探れ、ということでございますか?」
「正確には勇者たちと王国の動きだな」
あの国はきな臭い。
魔王が戦争を仕掛けてきている。だから世界を救うためにも魔王を倒してほしい。そんなことを言っていたが、実際に国外に出たら魔王に関する話なんて聞かない。魔王がそれほど切迫した状況になるほど武力侵攻をしてきているなら、周辺諸国でその噂を耳にするはずなんだ。
これはセツナに聞いたことなんだが、オクタンティス王国の西側――つまりフェアファクス皇国とは反対の位置には技術大国として有名なサムンドラ技国という国があり、そこからさらに海を挟んだ西の大陸に魔王がいる魔国(正式名称は魔国領だとか)が存在するらしい。
もう分かるだろう。オクタンティス王国が魔王軍の侵攻を受けているなら、サムンドラ技国は滅んでいるはずだ。けれど今もサムンドラ技国は健在だ。なら、魔王軍の侵攻も魔王の討伐も真っ赤な嘘ということになる。魔王討伐が嘘だとするなら、あの王国には別の目的が存在するのだろう。
それが何なのかをはっきりさせたい。
まぁ、それ以外にも目的はあるけど。
「動向を探るのは、復讐するためでございますか?」
「……それもあるし、それだけじゃない」
俺は持っていたスプーンを置く。
「『クラスメイト四十人を地球へ帰す』と、一人の勇者と約束をした。それは守るつもりだから、地球への帰還方法は探すし、分かればアイツらに教えてやるつもりだ。そのためにも、アイツらには一ヶ所に集まっていてもらった方が楽なんだ。どこかに行かれて、一々探すのは面倒だしな」
一旦言葉を区切り、水で喉を潤してから「けれど」と続ける。
「だからと言って俺を殺そうとしたアイツの行いをチャラにするつもりはない。それとこれとは話が別だ。俺はそこまで、お人好しでも甘くもない。きっとアイツは、今も平気な顔をしてのうのうと生きている。それを思うと、俺は……腹立たしくて仕方がないんだ」
そこまで言った俺は、話すほどにささくれ立ってしまった心を落ち着かせるように息を吐いた。
「とはいえ、オクタンティス王国は人間至上主義の国だ。そこに他種族のヤツらが行くにはリスクが伴う。だから、嫌なら断ってくれて良い」
大事な仲間を危険に晒してまでやってもらおうとは思わない。彼女らが断るなら、俺自身が単独で動けば良いだけだ。元々、彼女らには関係のないことで、俺の自分勝手な我が儘なんだから。
だがそんな俺の思いとは裏腹に、クレハはにっこりと笑った。
「断るなんて滅相もありませんわ。兄上様に頼って頂けるなんて光栄です。二名ほどオクタンティス王国へ向かわせましょう。――イザベル」
「くひひ。お呼びでしょうか、クレハ様」
彼女が名前を呼ぶと、机の下から赤紫色の髪をした女性――イザベル・ヒュドラが這い出てきた。
彼女は【灰色の闇】のナンバー2であり、赤龍に分類され、強力無比な猛毒と九つの頭を持つヒュドラの系譜だ。そのため、毒や薬の扱いは【灰色の闇】の中でもトップであるとか。
にたぁ~とした笑顔と笑い方から不気味な印象を抱くが、常識的な人格の持ち主であるらしい。
彼女は【隷属術式】によって捕まっていた五人の内の一人である。アレから特に体に異常もなく、至って健康であるとクレハから聞いていたが、見た限り大丈夫そうだな。
……ていうか、ちょっと待て。お前いつからそこにいた?
「先ほどの会話は聞いていましたわね? メンバーを選定し、すぐオクタンティス王国へ向かいなさい。異界勇者と王国の情報を重点的に集めるのです」
「なら、ヘルマンとカミラを向かわせましょう。あの二人、前回の失態をどうにか返上したいと言っていましたから」
ヘルマンとカミラって、イザベルと同じように【隷属術式】で捕まっていたヤツらだよな。そのことを失態だと考えて、名誉挽回したいのか。
「その二人の冒険者登録とパーティへの参加をすぐにさせましょう。そうすれば【念話】による会話が可能になりますから、タイムラグなしで情報のやり取りができるようになります」
彼女の言葉に納得する。どうやら【念話】には距離の概念がないようで、結界に阻まれていなければ問題なく会話ができるらしいから、イザベルの言うようにリアルタイムでオクタンティス王国の情報を知ることができる。
イザベルの判断は適格だ。
「すまない。迷惑をかける」
「くひひ。どうぞお気になさらず。我々は兄様の手であり足であり耳であり目です。兄様のお役に立てるなら、迷惑なことなんて一つもございません」
「……そうか。けど、あの国はいろいろと危険なのは確かだ。だから自分の身を第一に考えて、危険だと判断したら迷わず撤退するように二人にも言っておいてくれ」
「くひひ。お心遣い、ありがとうございます。そのように伝えておきましょう」
にたぁ~と口元を歪めて笑い、イザベルは姿を消す。
こうして、オクタンティス王国への派遣はヘルマンとカミラの二人で決まったのだった。




