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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第1章 名も無き英雄編
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第8話 責任と義務

 



   ◇◆◇




 目が覚めた俺――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)の視界に映ったのは、汚れ一つない真っ白な天井だった。


 見覚えがある。城内で俺に割り当てられた部屋だ。

 ここ二週間ずっと見てきたのだから見間違うはずもない。


 何が、あったんだっけか。


 たしか、午前中に騎士団長、午後には委員長と話して、その後は立川たちに喧嘩を売られて……あぁ、思い出した。

 俺はまた



「負けたんだな」



 ポツリと口に出したことで『負けた』という事実が現実味を増して胸に染み渡り、同時に悔しさが込み上げてきた。


 負けることは始めから分かっていた。地球でも立川たちに勝てなかったのに、今ではアイツらは勇者で俺は一般人だ。勝てる見込みなんて万に一つもない。考えるまでもなく、子供でも分かるようなことだ。けどそれでも。負けると分かっているからって悔しくないわけじゃない。


 異世界に来たら少しくらい何か変わるかと思っていたんだけどなぁ。


 ふと、何気無しに室内を見渡してみる。

 机の上にはこの二週間で山のように積み上がった大量の本と、様々なことを書き留めた紙の束が散乱している。そろそろ整理した方が良さそうだ。もう日は傾いているようで、窓から見える空は茜色に染まっており、そこから射し込む赤い陽光が窓際に座るリリア姫を照らして…………ん?



「……こんな所で何をしているんですか、リリア姫?」


「あら。もっと驚いてくださるものだと思っていたのですけれども、存外アマギリ様は反応の薄いお方なのでございますのね」



 いやいや、内心はかなり焦ったぞ?

 なにせ、勇者じゃない俺をわざわざリリア姫が殺しに来たのかと思ったからな。



「じゃなくて。騎士団長から聞いたんですけど、リリア姫は先日まで体調を崩していたんですよね? こんな所にまで来て大丈夫なんですか?」


「えぇ。これくらいは問題ありません」



 ニッコリと笑みを浮かべるリリア姫。その笑顔に無理をしている様子はなく、どうやら本当に体調は万全のようだ。



「私のことよりも、アマギリ様の方は如何ですか?」



 言われて、俺は自分の体を見下ろす。


 そう言えば怪我をしていたはずなのに全く痛みがない。

 体に包帯も巻かれておらず、治療を受けたような形跡は見た感じだとない。

 脇腹を貫かれたはずなんだが、その痕もないし。アバラや肩の骨も折れていたのに、ちゃんと繋がっている。



「とりあえず問題はなさそうです。治療をしてくれたんですか?」


「我々ではなく、アマギリ様のご友人のサナ様が聖杯の力を使って治療を行いました」


「聖杯の力?」



 たしか、姫川さんのスキルに【勇者聖杯(ブレイブ・グレイル)】ってのがあったな。

 そのスキルの効果なのか?



「聖杯は治癒系スキルの最高峰で、極めればこの世の全ての怪我や病を癒すこともできると言われています」



 全ての怪我や病気を!?

 それは凄いな。そんな存在がいれば、病気で死ぬことはないし、瀕死の怪我を負っても大丈夫ってことじゃないか。魔王討伐には持って来いの治癒スキルだな。


 しかもそれを受け継いだのが姫川さんって言うのも、また納得だ。彼女みたいな優しい子には、ピッタリのスキルと言える。



「サナ様は、ずっとこの部屋でアマギリ様を看ておられましたよ。今は夕食時なので、お食事をしていただいていますが」


「そうですか」



 相変わらずというか、心配性なのは変わってないな、姫川さんは。



「――俺のことなんて放っておけばいいのに」


「何か仰いましたか?」


「いえ。何も」



 っと。危ない危ない。

 思わず声に出してしまった。



「それで、リリア姫は何の用があってここに来たんですか?」


「それを話す前に一つよろしいですか?」


「何ですか?」


「私に敬語は不要なので、どうぞタメ口でお話ください」


「は? いやいや、姫相手にさすがにそれは」


「でしたら2人の時だけで構いませんので、フランクにしてはもらえませんか?」



 食い下がるリリア姫の目を、俺はジッと見詰める。

 顔はニコニコと笑っているが、目は真剣な眼差しを俺に向けていた。


 ……これは、下手に意固地になるよりはこっちが折れた方が楽そうだな。



「分かったよ。ただし二人の時だけだからな」


「えぇ。さすがに弁えていますので、ご心配なく」



 弁えているってんなら、別に俺が敬語で話してもいいじゃねぇかよ。



「はぁ。それじゃあ改めて聞くが、何の用があってここに来たんだ? ただお見舞いに来たってわけじゃないんだろ?」


「無論、お見舞いですよ」


「そういうセリフは友達同士なら不自然じゃないんだがな。――良いからさっさと本当のことを言え」



 俺とリリア姫はそんな間柄じゃない。召喚を行ってすぐに体調を崩したから仕方ないが、今日この日までリリア姫と関係を深めてないから、彼女に対する好感度は良くも悪くもない。いや、召喚した張本人ってこともあるから、若干マイナスかな。



「つれないですね、アマギリ様は」



 そう言って肩を竦めるリリア姫だったが、俺が半眼で睨んでいると観念したのか、居心地が悪そうに頬を掻くと居住まいを正した。と思ったら頭を下げ



「此度は、誠に申し訳ありませんでした」


 謝罪の言葉を述べてきた。

 ……は? 何で?



「それは、一体何に対しての謝罪だ?」



 本気で分からん。

 召喚云々に関してはすでに召喚初日に謝ってもらっているし、それ以外にリリア姫から謝られるようなことをされた覚えはないんだが。



「訓練場のことはお聞きしました。何でも、他の勇者と揉め事があり、このようなことになったとか」



 揉め事、ね。

 まぁ間違いじゃないけど。



「本来ならば無用な諍いは、訓練を担当していたシュナイゼル殿が止めるべきだったのです」



 シュナイゼル?

 あぁ、宮廷魔導士の名前か。確かそんな名前だったな。


 俺が一人で納得していると、リリア姫は続けた。



「でしたのに、彼はそれを怠り、あえて見逃した。宮廷魔導士や騎士団の不始末は、国の不始末です。ですから、こうして謝罪を」



 それを言っちまったらリリア姫じゃなくて国王が謝罪するべきじゃないのか?

 まぁ、国の最高権力者がそう簡単に頭を下げるものじゃないし。こんな些末なことにわざわざ顔を出すわけもないんだけど。



「別にリリア姫が気にすることじゃないだろ。俺と立川――争った他の四人の勇者とは向こうの世界でも仲が悪かったし、今回はその延長線上の出来事だっただけだ。だから、リリア姫は全く関係ないし、謝るのは筋違いってヤツだ。――ていうか謝られても正直困るから迷惑だ」


「……アマギリ様は優しいのか辛辣なのか、分からないお方ですね」


「ハッキリと迷惑だと言うヤツを優しいとは言わないから、辛辣なヤツってことで良いんじゃないのか」



 リリア姫は顔を引き攣らせるが、俺の知ったことではない。

 そんな俺の態度に溜め息を吐いた彼女は気を取り直して話を続けた。



「ですが、それでも何かお詫びをさせていただけませんか。我が国の宮廷魔導士が仕事を果たせず、あまつさえアマギリ様に大怪我を負わせてしまいましたので」


「詫びって言われても……」



 あー、なら、こっちの世界での知識もそれなりに蓄えてきたことだし、そろそろ次の段階に進める意味合いでも、アレをお願いしてみるか。



「だったら、ちょっとだけお願いがあるんだけど」


「えぇ。なんでしょう?」



 ……何でそんな期待に染まった目をしてるんだ?

 期待されても応えてやれんぞ。



「俺たちが城の外に出ることは可能だよな」


「えぇ、そうですね。罪に問われるようなことをしなければ、基本的に何をしていただいても構いません」


「けど、街の外――王都からは出ることができない」



 俺の言葉に、リリア姫の眉がピクリと反応した。



「アマギリ様は、ここから去りたいのですか?」



 おっと、やっぱりそういう反応するか。

 勇者じゃないとはいえ、召喚失敗の証拠である俺を王都から出すのは気が引けるだろうから、引き止めてくることは想定の範囲内だ。

 だからここで畳み掛ける。



「ここを出るとか、そういう話じゃなくて、冒険者をやってみたいんだ。みんなに秘密で」


「冒険者、でございますか? しかも秘密に?」



 リリア姫は小首を傾げる。


 こちらの世界のことを調べて、冒険者という職業があることは調査済みだ。冒険者は自由を信条とする者たちの集まりだ。どこかの組織に属しつつ自由に動ける。情報を集めるという意味でも、生き抜くという意味でも、冒険者になればどっちも達成できる。一挙両得というヤツだ。



「今回のことで分かったと思うけど、俺のことを快く思ってないヤツが多いんだ」



 多いというか、ほとんどだけど。



「そんな中で訓練やら生活やらするのはキツい」


「そのために冒険者で活動することを名目に王城から一時的にでも離れると?」


「冒険者として活動すれば嫌でも戦闘技術は鍛えられるしな」


「では、活動を秘密にするのは何故ですか?」


「俺のことを嫌っているヤツらに、わざわざ教えたところで面倒なことになるだけだろ?」



 とまぁ本音を交えた建前はこんな感じだが、本当の本音はもちろん情報収集や戦闘経験を積むためだ。ここを本格的に出るためには何としても必要になるから、どうにか許可は欲しい。


 リリア姫の様子を見る。

 彼女は目を閉じ、『ん~』と唸りながら考えていた。


 やっぱ、そんな簡単にはいかないのかね?

 どうやって説き伏せようか考えていると、リリア姫が目を開けた。



「分かりました。それが叶うように取り計らいましょう」


「え? 大丈夫なのか? ていうか、できるのか?」



 俺が言うのも何だが、かなり無茶なことを言ったと思うんだが。

 姫様の権限でもちょっと難しいんじゃないのか?



「これが勇者でしたらさすがに無理でした。ですが、幸か不幸かアマギリ様は勇者ではないので。今は父上も貴族も勇者との縁を結ぶのに躍起になっています」



 俺なんぞ相手にしている暇はない、ということか。

 この二週間、王族や貴族の動きに注視していたけど俺を始末しようとする動きがなかったのはそのせいか。

 いや、まだ安心はできないか。俺じゃあ王城の内部事情まで知ることなんてできない。

 俺の知らないところで暗躍しているかもしれない。

 リリア姫の言葉を信じるなら、まだ猶予はあるかもしれないが。



「……私の言葉が信じられませんか?」



 俺が判断に悩んでいると、リリア姫が訊ねてきた。



「どうしてそう思うんだ?」


「アマギリ様がずっと疑いを持った目をしておられましたので」



 マジ?

 確かに疑ってはいたが、まさかそれが表に出ていたとは。



「女という生き物は視線に敏感なのです。覚えておいた方がよろしいですよ」



 リリア姫の言葉に俺は極まりが悪そうに後頭部を掻きながら『肝に銘じておくよ』とだけ返した。



「では、アマギリ様の信用を得るために一つ情報をお教えします」


「情報?」


「アマギリ様を殺そうと画策している者がいます」


「――――」



 それはあまりにも突然で、衝撃的な言葉だった。

 まるで頭を金槌で殴られたような衝撃だ。



「……一体、どうして」



 胃が縮こまる。

 喉が渇く。

 背中に冷や汗が流れる。


 マズい。マズい! マズい!!

 どこでミスをした!


 この二週間、俺はただひたすら訓練を行っていただけで、後は蔵書室で本を読み漁っていただけだ。そんな目立った行動はしてない。

 なのにどうして!



「どうして自分にそのことを教えるのか、ですか?」



 リリア姫が俺の顔を覗き込む。

 彼女の瞳に映る俺の顔は酷く緊張していて、動揺していた。



「ご安心ください。アマギリ様を殺させたりはしません。そのために、こうしてお教えしたのですから」


「俺の存在は、そっちからしたらお荷物みたいなものだろ。始末こそすれ、守る理由はないはずだ」



 それが王族ならなおさらのこと。

 しかもリリア姫は勇者召喚の儀式を執り行った張本人。彼女こそ、俺を殺しそうなものだけどな。



「責任がありますので」


「責任?」


「皆さまをアストラルへ召喚してしまった責任です」



 リリア姫の言葉に俺は引っ掛かりを感じた。


 召喚してしまった(・・・・・・・・)


 ちょっと待て。その言い方だと、まるで召喚なんてしたくなかったみたいじゃないか。

 俺が抱いた疑問を感じ取ったのか、リリア姫は苦笑を浮かべて言葉を続けた。



「何も王城内の全てが勇者召喚を行いたかったわけではないのですよ。私や騎士団長、数人の貴族は最後まで召喚に反対していました」


「貴族の中にも反対者が?」


「えぇ。『他国どころか異世界の者に助けを乞うなど恥だ』とかなんとか。騎士団長は『この世界のことはこの世界の者でどうにかするべきだ』と仰っていましたけど」



 さすが騎士団長。セリフがマジ男前。

 にしても、貴族も反対していたのか。


 まぁ、異世界人に助けられるなんて恥だって考えそうと言えば考えそうだけど、それを声高にするなんてな。そういうのは、思っていても口にしないものだと思っていたんだが。



「ですが、反対をしたところで意味はありませんでした。国王が、父上が反対した貴族たちを見せしめに殺したのです」


「殺したって……反対した貴族全員をか!」



 いくらなんでもやり過ぎだろ!



「無論、父上がやったという証拠はありません。ですが、タイミングなどを含めた様々な要素を加味した結果、父上が行ったことは明白。故に他の貴族や騎士団は歯向かうことができなくなったのです。私も、勇者召喚の儀式を行える『巫女姫』なので拒否すれば良かったのですが……」



 見せしめに誰かを殺された後じゃあ、反対するのも難しかったってことか。



「つまり、国王の暴虐で勇者召喚は行われたってことか。なら、リリア姫に責任なんてないじゃないか」


「いえ。私の父上が起こしたことなので、娘の私に責任がないことにはなりません」


「息苦しい生き方だな」


「自覚はしています」



 そうかい。

 まぁいい。

 リリア姫が責任を感じて、巻き込まれて召喚された俺の身を案じているのは分かった。

 けど、一つ気になることがある。



「俺が勇者じゃないから然程注目されてない。なのに殺そうと画策しているヤツがいる。これはちょっと矛盾してないか?」


「ですね。詳しく言いますと、穏健派の貴族はアマギリ様のことは注目していないのです」


「穏健派はということは過激派がいるってことか? その過激派の貴族が俺を殺そうと?」


「今すぐどうこうするという話ではありません。召喚されてからまだ二週間。行動に移すには早計ですからね。少なくとも後1か月ほどは手を出してくることはないでしょう」



 ふむ。

 猶予としては後一ヶ月。余裕を見て二週間から三週間と見た方が良いだろう。



「分かった。とりあえずはお前のことを信じてみる」


「本当ですか!?」



 いや、だから何でそんなに喜んでるの?!

 一喜一憂し過ぎじゃないか?



「とりあえずは、な。それで話を最初に戻すけど、俺を冒険者にしても問題ないのか?」


「えぇ。それなら大丈夫です。一人くらい、王都を離れて活動したって不都合はありません。穏健派の貴族はもちろんのこと、過激派の貴族もアマギリ様を監視しているわけではないので。――さすがに、どのような依頼を受けるのかは教えて頂きたいのですが」



 動向を知る上でも、俺がどんな依頼を受けて、どこに行ったのかを最低限知る必要があるってわけか。まぁ、ここが妥協点かな。


 俺が了承の意味を込めて頷くと、リリア姫はホッとしたように息を吐いた。



「大袈裟だな。俺は勇者じゃないんだぞ? 何をそんなに緊張しているんだか」


「緊張くらいします。どうもアマギリ様は、ご自身を過小評価されておられるようですね」


「過小評価も何も、正当な評価だと思うけど」


「そうは仰いますが、私は全ての勇者様の中でもアマギリ様に一番興味を持っているのですよ?」


「それは、俺が召喚に巻き込まれたヤツだからだな?」


「違います」



 ……そんなハッキリ否定しなくても。

 泣くぞコラ。



「三つほど、アマギリ様が他の勇者様がたの中でも違うと感じた理由がございます」



 言いながら、リリア姫は指を順に立てていく。



「まずは召喚を行った儀式場。皆さまは『ここはどこだ』『家に返せ』『異世界ってなんだ?』と取り乱していました。当然ですよね。いきなり別の場所に召喚されたのですから、それが普通のことです。ですがアマギリ様は騒ぎ立てることなく、冷静に現状を見極めようと周囲を観察していました」


「……」


「次に謁見の間。周囲にいた貴族や騎士たちに意識を向けつつ国王の話を鵜呑みにするのではなく、疑いの目を向けて聞いておりました」


「……」


「そして決断の時。他の勇者様がたのように流されている素振りはありませんでした。何かを決めたのか、そうではないのかまでは分かりませんでしたけれど。ですが、少なくともアマギリ様は周囲に流されて簡単に魔王を倒そうと決断なさっておりませんでした」


「……」


「ですから、わたくしは興味があるのです。勇者様がたの中でただ一人、現実を見据えていたアマギリ様に」


「……買い被りだよ」



 まいったな。

 まさかそんな所まで見られてるなんて。

 気付かれないようにしていたつもりだったんだが、そう上手くはいかなかったか。



「周りのみんなが慌ててたからな。それで逆に冷静になっただけだ」



 あながち嘘じゃない。


 アレクシアと『聖書の神』から事前に話を聞いていなかったら、きっと俺もみんなと同じように取り乱していたはずだ。だから俺は他のヤツらと変わらない。いや、一人だけ有利な情報を得ていて、しかもそれを話す気がない分、他のヤツらより最低かもしれないな。


 そう考えていると、扉をノックする音が響き、俺が返事を返す前に扉が開けられた。



「……阿頼耶君?」



 そこにいたのは姫川さんで、彼女は手に水桶を持っていた。

 夕飯を食べ終えて、また看に来たのか?

 水桶から視線を彼女の顔に向けると、姫川さんは俺とリリア姫を交互に見て――



「あ、阿頼耶君がリリア王女様と浮気してる!?」


「浮気なんてしてないしそもそも誰とも付き合ってないんですけど?!」



 口を開いたと思ったらいきなりなんてこと言うんだ、この天然娘は!



「浮気ってどういうことよ、阿頼耶! アンタいつの間にそんなふしだらな男になったのよ!」


「誤解だし浮気なんてしてないって言ったよな、委員長?!」


「浮気かぁ。阿頼耶も大人になったなぁ」


「お前は何を染み染みと言ってんのかねぇ、修司! 浮気じゃなくてリリア姫と少し話してただけだ!」



 全く。ぞろぞろとやって来たと思ったら酷い言いがかりだ。



「じゃあ、二人で何をしてたの?」



 ムスッとした顔で姫川さんは聞いてくるが、彼女持ち前のほんわかとした雰囲気のせいで全く怖くない。


 って、姫川さん?

 何でわざわざ部屋の隅にあった椅子を引っ張ってきて俺とリリア姫の間に割って入って座ってんの?



「それよりも、怪我の方はどうなのよ?」



 言いながら委員長も椅子を持ってきて、更に姫川さんの隣に座って俺とリリア姫の距離を開ける。

 一体何なの、キミら?



「姫川さんのスキルのおかげで怪我は何ともないよ。リリア姫とは、そのことについて詳しく話をしてもらっただけだ。ですよね、リリア姫?」


「そうでございますよ、サナ様、ユウリ様。今回のことで謝罪に来たのです。その後、少々お話を」


「えー! 何それズルい! 私なんて最近全く阿頼耶君と話せてなかったのに! 私も阿頼耶君とお話したいー!」



 いや、何がズルいんだよ。


 って、腕をブンブン振って駄々を捏ねるな!

 子供か!



「分かった分かった。また今度話す機会を作るから」


「本当!? ヤッター!」



 軽く頬を紅潮させ、姫川さんは心底嬉しそうに笑みを浮かべる。


 あまりそういう反応はしない方がいいぞ。

 俺はともかく、他の男子だったらその気があるって勘違いするからな。


 そんな姫川さんはさておき、リリア姫の言葉に『へぇ』と感心した声を漏らした修司は、姫川さんたちとは反対の扉側に座った。



「真面目なんスね、リリア姫様は」


「いえいえ。当然のことですよ、シュウジ様。今回の件は我々にも原因がありますので」


「シュナイゼルさんが止めないといけなかったのに止めなかったからって話ッスよね。シュナイゼルさん、あの後に厳罰を食らったって聞いたんスけど、本当なんスか?」



 え? 何それ、聞いてない。



「厳罰というほど厳しいものではございません。が、何も罰則がないわけにもいかないので、シュナイゼル殿には一ヶ月ほどの減給にさせていただきました」


「阿頼耶は死にかけたのよ? それなのに減給って、軽すぎない?」


「私もそう思うのですが……」



 チラチラとリリア姫は遠慮がちに俺の方を見てる。


 あぁ、そういうことね。

 俺が勇者じゃないから罰則が軽くなったんだろう。

 被害を受けたのが俺じゃなくて他の誰かだったなら、もっと罪が重く……それこそ宮廷魔導士という職から降ろされていたかもしれない。けど実際に被害にあったのは俺だ。俺が死んだとしても大勢に影響はないし、むしろ向こうからしたら死んでくれて万々歳って感じになるからな。


 罰則を与えたのは、それでもちゃんとしておかないと他の勇者たちから信用を得られなくなるからだろう。



「まっ、勇者じゃない以上は当然の処置ってことか」


「何か言った、阿頼耶?」


「何でもねぇよ、委員長」



 数式の答えのごとく決まった返事をほぼ即答で委員長へ返す。その返事が気に障ったのか委員長は不満げな顔をしていたが、追及する気はないようだ。



「そう言えば阿頼耶君。どうしてあの時、立川君たちから逃げなかったの?」


「あ、それは私も気になります。何故アマギリ様は最後まで立ち向かわれたのですか?」



 と、姫川さんとリリア姫が問うてくる。

 何でって言われても、そんな大した理由じゃないんだけどな。



「ただの意地だよ」



 そう。ただの意地だ。

 それだけで他には何もない。


 こんな所に来てまで、立川たちの好きなようにされるのが我慢ならなかった。女子である委員長の背中に隠れていることが酷く惨めに思えた。だから必死に抗った。


 今思えば冷静さを欠いた行動だ。本来なら下手に抗わずに適当に流してしまえば大怪我をせずに済んだだろう。命あっての物種。そんなことは分かってるはずなんだけど、感情の方が追い付かない。男がプライドに生きる生物である以上、これは避けようがないのかもしれないな。



「意地かー。男の子って、そういうのに拘るよね。理屈に合わないっていうか、非合理っていうか。……女の私には分かんないや。優李ちゃんは分かる?」


「なんとなく、のレベルでだけどね。でもほとんど理解できないわ」



 姫川さんはともかく、委員長は剣道をしてて戦いっていうのを知ってるから、譲れない気持ちを理解できるんだろう。ただ、それがプライドになるとやっぱり性別の差で理解が及ばなかったようだ。



「男の子にはそういうプライドがあるっていうのは理解してるわ。けど阿頼耶。あの場面は、あそこまでして意地を通す場面だった?」


「そう聞かれると弱いな」



 けど仕方ない。退くという選択肢が取れなかったんだから。

 3人を心配させてしまったことには心が痛むが、後悔はしていない。



「全く。あまり無茶はしないでよ? 死んだら元も子もないんだから」



 向こうの世界でだったら、まだ鼻で笑うこともできたんだけどな。

 魔術なんていう常軌を逸した殺戮手段が個人で手に入れることができるこの世界だと、笑い飛ばすこともできない。



「大丈夫です。もしもの時は私が責任を持ってアマギリ様をお守りするので!」



 薄い胸を張ってドヤ顔をするリリア姫。

 なにやらやる気に満ち満ちているようだが、俺は守ってなんか欲しくない。

 てなわけで、ここは丁重にお断りしよう。



「阿頼耶君は私が守るの! リリア姫の出る幕なんてないんだから!」



 と俺が発言する前に、ぎゅっ!と姫川さんが俺に抱き着いてきた。

 彼女が小柄なこともあって胴体に腕を回す形で抱き着かれたわけだが、彼女は体型のわりに胸が大きいというロリ巨乳であるため、自然とその柔らかな膨らみが俺の体に押し付けられることになるわけで。



「い、いきなり抱き着くなよ、姫川さん!」


「あらサナ様。私はアマギリ様を召喚に巻き込んだ責任があります。なのでアマギリ様を守るのは私の義務なのですよ」


「そんなこと言ったら私は友達で幼馴染みだもん! 義務とか何とか言って本当は阿頼耶君に近付くのが目的なんでしょ! このムッツリスケベ!」


「何をどう解釈したらムッツリスケベになるんですか! 人聞きの悪いことを仰らないでください! わ、私はただ本当にアマギリ様のことを心配して……」


「ふーんだ。阿頼耶君のことは私がよく分かってるもん。ぽっと出のリリア姫なんて、そうそう信用なんてしてもらえないんだから」


「…………アマギリ様は私のことを信じてみると仰ってくださいましたよ?」


「え? 嘘っ?! それってどういうことなの、阿頼耶君!」


「その前にお前らは俺の話を聞きやがれ!」



 俺を無視して会話を進めてんじゃねぇよ!



「椚は混ざんなくていいのか? 阿頼耶、取られちまうぞ」


「えぇっ!? い、いや私は別にそんな……取られるとかそういうのは」


「そっちはそっちで喋ってないでこっちの状況をどうにかするのを手伝え!」



 ていうか病み上がりなんだから大人しくゆっくりさせろよ、テメェらぁぁ!



 結局。この後、久々ということもあってか姫川さんが中々会話を止めてくれず、日が落ちてからもずっと四人で話し込んだのだった。

ちなみに真のヒロインは次回か次々回で登場予定です。

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