第77話 残された者たち
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オクタンティス王国の王都アルバの郊外にある墓地に、俺――岡崎修司は来ていた。こっちの世界の墓は日本みたいな墓じゃなく、海外にあるようなプレート型だった。そしてそこには、俺たちを黒龍から救い出してくれた雨霧阿頼耶の名前がユルド語で刻まれていた。墓の前には真新しい花が手向けられている。
一体誰が花を?
心当たりがなかった俺はとりあえずその疑問を棚上げし、ジッと墓を見詰める。
「本当に、死んじまったんだなぁ」
アレからもう一ヶ月近くが経つ。
「なぁ、阿頼耶。クラスメイトのアイツら、ほとんどが閉じこもっちまったんだ」
クラスメイトたちはあの時の黒龍がトラウマになったみたいで、初めの頃は外に出ることも嫌がって自室に閉じこもっていた。それぞれに付いている従者の言葉にも耳を傾けることはなかった。だが、それを見かねた北条が全員を集めて言った。
『阿頼耶君が死んでしまった。それはとても悲しいことだし、怖くてみんなが動けなくなっても仕方がないと思う。けど、僕たちは勇者なんだ! こんな所で立ち止まってはいられない! 魔王を倒して、必ず地球に帰るんだ! 彼の死を無駄にしてはいけない! 死んでしまった阿頼耶君の分まで生きて、みんなで地球へ帰ろう!!』
全員の前で言った北条君の演説が脳裏に蘇る。
正直なところ、阿頼耶の死を利用したような演説に胸糞悪くなったが、その効果はあったみたいだ。大半はまだ部屋の中で閉じこもっているが、徐々に外に出て行動するヤツが増えてきた。
外に出たのは、俺を入れて十人ほど。北条、椚、姫川はもちろんのこと、その中には阿頼耶とパーティを組んでいた佐々崎、長瀬、結城もいた。
「信じられるか? あの長瀬と結城が、もう立ち上がったんだぜ?」
北条、椚、姫川、佐々崎はまだしも、長瀬と結城が外に出てきたのは驚いたなぁ。
こう言っちゃなんだが、あの二人は引っ込み思案で臆病な性格をしているから。
「なのに、他のヤツらよりも早く立ち直るなんてなぁ」
何が起こるか、分かったもんじゃないな。
……そう。何が起こるなんて、分かりゃしない。
「何で……死んじまったんだよ、阿頼耶」
俺に嫌な役を押し付けといて、自分は死ぬなんて、ずりぃだろ。
「あの二人は、どうするんだ。アイツらは、お前のことが好きだったんだぞ」
お前はそのことに気付いてなかったみてぇだけどよ。それでも、アイツらを置いて逝っちまうのは無責任だろ。
お前が死んだことで、あの二人は変わったぞ。
椚は前に比べて、委員長としてよりも個人として活動することが多くなった。まったく面倒を見ないわけじゃねぇけど、一から十まで面倒を見ることはなくなった。姫川は見ただけなら前と変わりねぇけど、笑顔を浮かべる回数は減って、その笑顔もどこか作り物めいたものになっていた。
そして二人とも、ほぼ毎日ダンジョンに潜ってはボロボロになるまで戦って戻ってくる。まるで、阿頼耶の背中を追っているように見えた。
死ぬ気は、ないと思う。あの二人が、せっかく救ってもらった命を無駄にするような真似はしねぇはずだ。
……ただ、なぁ。
「お前のこと、本気で好きだったみてぇだからなぁ」
死んじまった好きな人の後を追う、なんてことにならなきゃ良いんだけどなぁ。
あの二人の状態は、危うい。一歩踏み外せば、そのままどこまでも落ちて行ってしまうような……そんな危うさがある。
「しばらくは様子見ってとこか。今は何を言っても聞く耳を持たねぇだろうし」
死んだアイツの代わり、ってわけじゃねぇけど、あの二人が精神的に安定するまで支えるのも、親友の役割ってとこか。
そして不意に、パキッと小枝を折るような音が聞こえてきた。
「誰だ!」
音のした方を向き、【悲恋の勇者】の称号からフェイルノートを呼び出して構えた。矢筒を持っちゃいねぇが、フェイルノートは魔力で矢を作るから矢筒は必要ない。本来なら、【魔矢の腕輪】っていう魔道具で作り出すんだが、さすが聖弓ってとこか。俺から魔力を吸い上げ、勝手に矢を形成してくれる。
姿は見えねぇな。隠れてんのか? 隠れる所が多いから、どこにいるのかまでは分からねぇな。けど、確かにこっちを窺っているな。
「いるのは分かってんだ。大人しく出てこい。じゃねぇと射るぞ」
「ま、待って。私よ」
「……お前、佐々崎か」
出てきたのは佐々崎だった。まさかこんな所で会うとは思ってもいなかった俺は戸惑いつつもフェイルノートを消して警戒を解く。
「悪ぃ。お前とは思わなくて」
「いえ、こっちこそごめんなさい。邪魔しちゃ悪いと思って、隠れていたの」
「そうだったのか。こんな所で会うなんて思わなかったぜ」
「あら。これでも何度かお墓参りには来ているのだけれど?」
そう言う佐々崎の手には花束があった。
なるほど。じゃあここにある花は佐々崎が持ってきたのか。
花を取り換えて屈んだ佐々崎は両手を合わせて冥福を祈る。
こいつもまた、阿頼耶が死んだことで変わったヤツの一人だ。事情を聞いて、阿頼耶が黒龍に立ち向かった理由が佐々崎が言った「助けて」にあることは知っている。
阿頼耶はあんな性格だから、「助けて」と乞われたら自分のことなんて蔑ろにして動くことは、俺も椚も姫川の理解していた。
だから佐々崎を責めることはしないんだが、どうにもこいつはそのことを気にしているみたいで、俺たち三人と話す時はどこか申し訳なさそうな態度を取る。
「今日もあの二人はダンジョンに潜ったの?」
閉じていた目を開けて佐々崎は俺に聞いてくる。
誰のことかは聞くまでもない。椚と姫川のことだ。
「あぁ。「阿頼耶を殺した犯人を突き止めるまで、さよならは言わない」だと。あそこまで一途なんてな。阿頼耶が羨ましいぜ」
まぁそれも、アイツの献身あってのことだと思うけどな。
「雨霧君を殺した犯人。三人は、その姿を見ているのだったわよね?」
「あぁ」
頷いて、俺はあの時のことを思い出す。
あの竪穴に阿頼耶が落ちる時、ローブで姿を隠していたから正体は分からないが、俺たちはアイツに向かってナイフを投げるヤツが壁面にいたのを見た。
阿頼耶が俺たちのところに来るまでにさんざん邪魔されていたが、あの魔術もあのローブの野郎がやってやがったんだろうな。
「実のところ、椚と姫川がダンジョンに潜ってんのも、その犯人に関する手掛かりがないかを探すためだからな」
痕跡は見付からないかもしれない。アレから一ヶ月近くが経っていて、未だに何の手掛かりも掴んじゃいないんだ。おそらくもう、誰がやったのかなんて分かりゃしねぇ。
それでも、あの二人は諦めねぇんだろうな。
まぁ、俺個人としても、阿頼耶を殺したヤツをみすみす見逃すつもりはねぇんだけどよ。
「で、お前は大丈夫なのか? 椚がクラスメイトたちの面倒を見なくなった分、その皺寄せはそっちに来てんだろ?」
訊くと、佐々崎は苦笑を浮かべて肩を竦めた。
「これで良いのよ。椚さんと姫川さんは雨霧君のために。私はクラスメイトのために。明確な目的がなければ人は頑張れないもの。それに、椚さんは確かに真面目で責任感が強いし、誰かの上に立つだけの器量もある。けれど彼女は委員長なんて役職に縛られているよりも、自由にしていた方が性に合っているんじゃないかしら」
それだけじゃねぇだろ、佐々崎。本当はお前、あの二人の贖罪のために椚の仕事を代わりにやってんだろ。
「少なくとも最終的な目的は一致しているし、あの二人なら没頭し過ぎて目的を見失うってことにはならないでしょ」
予想はできても、それを真正面から聞き出すことはできない。俺は佐々崎の言った言葉に思考を切り替える。
最終的な目的――魔王を倒して地球に帰る、か。
「今のままじゃ、魔王を倒すなんて無理な話だな」
「そうね。どれだけの力を持っているのかは分からないけど、今のままじゃ一般の騎士たちにだって負けるわ」
「まだまだだなぁ。こんなんじゃ、魔王を倒すなんて夢のまた夢。何年かかることやら」
俺たちは弱い。それこそ、勇者じゃない阿頼耶よりもだ。
一体どれだけの時間をかければ成せるのかなんて分かりゃしない。けど、果たさなきゃならねぇ。俺たちは生かされた。他ならない阿頼耶の犠牲によって。なら、それに報いなきゃならねぇ。
じゃなきゃ、何のために生かされたのか、分からねぇ。
「……行くか」
「……そうね」
決意を新たに、俺たちは墓場を後にする。
やってやるぜ、阿頼耶。お前が繋いでくれたこの命。無駄にしねぇためにもな。
第3章 捕らわれた奴隷編 完




