第76話 押しかけの暗殺者たち
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「まさか本当に自殺したなんて」
はぁ、と俺――雨霧阿頼耶は溜め息を吐いた。その後ろにはセツナとミオもいる。今、俺たちがいるのは領主の館だ。迎賓館にて会議をしていたところにやって来た騎士からの報告を受けて、地下二階の牢屋へと訪れていたのだ。
牢屋に入れていたシーザーは報告の通り死んでいた。致死性の毒を飲んだようで、体中には紫色の斑点が出ており、見るも無残な有り様だった。空気感染の危険性もあるため、すぐに出てきたところだ。
「アラヤ君は、あの状態を見てどう思いマシタ?」
一階に辿り着き、玄関に向かっていると、前方を歩いていた支部長が聞いてきた。
「現場の状況から考えて、自殺で間違いないでしょう。魔術で眠らせるとかならまだしも、あの警備の中、騎士たちの意識を保ったまま気付かれることなく侵入し、シーザーを始末するなんて無理です。服の中に隠し持っていたのか、それとも奥歯にでも仕込んでいたのか分かりませんが、それを使用して自殺した。そう考えるのが自然でしょう」
「やはり、キミもそう思いマスカ。困りまシタネ。いろいろと聞きたいことがありまシタノニ」
残念そうに呟く支部長。こうなってしまっては、協力者を見付けることは不可能になった。シーザーに与していた冒険者たちに聞くという手もないことはないが、あまり成果は期待できないだろう。所詮は使いっ走りのような扱いだった連中なのだから、協力者と面識があったとは思えない。
「協力者の捜索は断念せざるを得まセンネ。今後は、これまでに売られてしまった違法奴隷たちの捜索と保護、それと罪を着せられた人たちへの謝罪と贖罪デスネ。まぁ、これは領主となったバジル様の仕事になりマスケド」
「ギルドとしての今後の方針は?」
「基本的には不干渉デス。我々は国の政治に関わることを禁じていマスカラネ。しかし、正式に要請があればその限りではありまセン」
つまり、基本的には領主がこれまでの不祥事に関する補填を行い、騎士団は可能な限りそれに協力する。もしもの場合、正式な依頼があればギルドもこれに協力すると、そういうことか。
なら、俺たちはこれまで通りに依頼をこなしていけば良いだけか。
玄関まで着くと、エストやヴァイオレット令嬢、部隊長、バジルさん、ブライアンさんが待っていた。重要人物であるので地下二階には行かず、ここで待ってもらっていたのだ。本当は支部長にも待ってもらいたかったのだが、半ば無理やりついて来てしまった。地下牢で見たことを支部長は彼らに話すと、そのまま解散してしまった。
後はそれぞれの仕事、ということなのだろう。
このまま宿屋に帰るか、と思っていた時だった。解散したと思っていたヴァイオレット令嬢がこちらにやって来た。
「ちょっと良い?」
「構わないけど、どうかしたのか? 保護した人たちに何か問題が?」
「いいえ。そっちは問題ないわ。仮住まいの方も準備できているから。用があるのは……」
ちらりと、ヴァイオレット令嬢はセツナの方を見る。しばらくジーッと見ていたヴァイオレット令嬢の視線に居心地が悪くなったのか、セツナは俺の後ろへと移動して、フードを深く被ってしまった。
それを見たヴァイオレット令嬢は周囲を見渡し、会話が聞こえないことを確認してから言った。
「やっぱり彼女は、セツナ殿下なのね?」
「……」
思ったより早くバレてしまった。
髪の色を変えてフードを深く被って姿を見せないようにしていたから大丈夫だと思っていたけど、どこかのタイミングで顔を見られたのかもしれない。ヴァイオレット令嬢は転生者だから、髪の色が違うことも染髪している可能性を思い浮かべるだろうしな。
ギュッとコートが掴まれる感覚がした。微かに震えているのは、きっと気のせいではないだろう。
「あぁ、彼女はセツナ・アルレット・エル・フェアファクス。この国の第三皇女だ」
ここまで来てシラを切るのは無理だろうと判断し、正直に答えることにした。
肯定した俺の言葉にヴァイオレット令嬢は目を見開いたが、あらかじめ予想していたからか、すぐに動揺は収まった。
「……ここにいるってことは、呪いは解けたのよね? どうして、教えてくれなかったの?」
悲痛なその声に、セツナの震えが増した。
「ご、ごめんなさい」
「……友達だと思っていたのは……私だけだったの?」
そうか。少しの間の付き合いだったけど、ヴァイオレット令嬢はセツナのことを友人だと思っていたのか。
ならばやはり、きちんと謝らないといけない。
「すまない」
「……一体、どういうつもりなの?」
頭を下げた俺に、ヴァイオレット令嬢は訝しげな声を出す。
「彼女に正体を隠すように言ったのは俺なんだ」
言った瞬間、ヴァイオレット令嬢は俺の胸倉を掴んできた。
「どういうことよ! こっちはずっと心配していたのよ!? 呪われて、行方不明になって! 死んだんじゃないかって、気が気でなかったんだから!」
胸倉を掴まれたことで顔を上げさせられた俺の目に、ヴァイオレット令嬢が今にも泣き出しそうな顔をしているのが映った。当然だよな。彼女からしてみれば、信じてもらえなかったということになる。傷付いて当たり前だ。
「セツナは悩んでいたよ。ヴァイオレット令嬢に教えた方が良いんじゃないかって、悩んでいた」
「悩むくらいなら言ってよ! 何で、何で言ってくれなかったの!」
「彼女は呪われて、信じていた友人たちに裏切られたんだ。そう簡単に話せるわけないだろ? 人間不信になっていてもおかしくはないんだ」
「――っ!」
俺の言葉に思うところがあったようで、目を見開いた彼女は悩ましげな顔をした後、俺の胸倉から手を放して頭を抱えた。彼女の苦悩がこちらまで伝わってきそうだ。しばらくうんうん唸っていた彼女は「うがああ!」と天に向かって淑女らしからぬ叫び声を上げた。
「あーもう! 分かった! 分かったわよ!」
今にも頭を掻き毟らんばかりの勢いだったが、自分の中で折り合いを付けることができたらしい。
「阿頼耶さんの言うことも最もだわ! 確かに、裏切られたらそうそう他人を信じられなくなるものね。言わなかったことは水に流すわ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
大人だな、ヴァイオレット令嬢は。いくら俺の言うことが正しかろうとも、だからといって納得できるかどうかはまた別問題だ。俺と変わらない年齢だっていうのに、そうやって感情だけに流されることなく対応するなんて……俺も見習いたいものだ。何だかすぐにキレることがあるからな。
そこまで考えた俺は、ふとあることに思い至った。
「ん? あぁ、そうか。十六歳の時に向こうで死んで、五歳の時に前世のことを思い出したっていうなら、精神年齢は二十七さ――」
「阿頼耶さん? 何か言ったかしら?」
「何でもありませんごめんなさい」
だからそんな怖い笑顔を向けないでください。
平謝りすると「まぁいいわ」とヴァイオレット令嬢はセツナの腕を取ってずるずると馬車の方へと連れて行く。
「心配させたんだから、一体何があったのかきっちり話してもらうからね」
「え? えっと……え? えぇ? あ、あの! 先輩! せんぱーい!」
「頑張れ、セツナ」
「そんなぁ!?」
セツナが助けてほしそうに手を伸ばしていたが、俺は手を振って見送る。
すまんな、セツナ。だが説明に関しては俺じゃなくセツナがすべきだ。それに心配させたのも事実だし、諦めて質問攻めにあってくれ。
「アレだと、話が終わるまでしばらくかかりそうだな」
「……ん」
左側にいるミオが小さく頷く。
「ミオはこれからどうする?」
「……みんなの所に、行ってくる」
「ルーク村の人たちの所か。俺も一緒に行こうか?」
訊くと、ミオは首を横に振って断った。
「……大丈夫。もう、いじめられることも、ないし。話は、しておきたい、から」
これはまだ未定で、俺の予想だけど、ルーク村の住人たちを含めた保護された人たちは帰る場所へ戻るための準備ができ次第、このカルダヌスを出立することになるだろう。だからその日まで、ミオは彼らと少しでも話をしたいと考えているようだ。
「分かった。気を付けてな」
「……ん」
頷き、彼女は小走りで駆け出す。関係の修復、というか改善されるのはまだまだ先になるだろうけど、良い傾向にあるのは確かだ。
そんな彼女の後ろ姿を見送ると、ふと覚えのある気配を感じた。
この気配って、まさか……いや、そんなはずはない。だって、アイツらはもうこの街にいる理由はないはずだ。
そう思って感じた気配の方――背後を向こうとしたが、それよりも先に囁くような女性の声がした。
「そのままの状態でお聞きくださいませ」
言われ、俺は後ろを振り向くのを止めた。
「実は、お話ししたいことがありますわ。無礼は承知ですが、以前ご案内した開発区の廃墟までお越しくださいませ」
言うだけ言って、女性の気配が消える。どうやら先んじて指定した場所へ向かったようだ。辺りを見渡すと、周囲にいる騎士たちは特に何の反応もしていない。どうやら、彼女のことに気付いていないらしい。
こんな開けた場所で、俺の背後にいたっていうのに、それを周囲に気付かせないなんてな。
「全く。相変わらずとんでもない隠形だよ――クレハ」
女性の名を口にして、俺は苦笑を浮かべた。
指定された北の開発区にある廃墟へと来た。中に入って広場まで移動すると、そこにはクレハと、彼女が率いる【灰色の闇】の面々が勢揃いしていた。
「突然お呼び立てして、申し訳ありませんわ」
「いいさ。けどまさか、まだこの街にいるとは思わなかったよ。残っていたのは、さっき言っていた“話”ってヤツか?」
話とは一体何だろうか? もう今回の件に関しては解決したのだから、改めて話すようなことはないはずなんだが。
俺の問いに頷いた瞬間、クレハを含めた全員が揃って跪いた。
その行動に俺はギョッとする。
「待て待て待て!! いきなり何をしているんだ!! お前たち龍族は『これ』だと認めた相手以外には膝を折らないんじゃなかったのか!?」
「えぇ。だからこうして、アナタ様に頭を垂れているのでございますわ。この度の一件で、わたくしたちは思ったのです。アナタ様になら、わたくしたちの命を預けるに足る人物だと。ですから、わたくしたち【灰色の闇】はアナタ様の目となり、耳となってお役に立ちたいと考えているのですわ」
「……」
えっと? つまり、何だ? 彼女たちは俺配下の暗殺者になりたいってことか?
「……せっかく自由になれたんだぞ? わざわざ俺なんかの所に来なくても、好きな所に行けば良いのに」
「あら。好きにしていますわよ? わたくしたちは納得して、アナタ様の配下に加わりたいのです」
「って、言われてもなぁ」
どうしたものかと後頭部を掻いて悩んでいると、クレハが言葉を続ける。
「諜報活動に長けた者がいれば、何かと便利ですわよ?」
「うっ」
「暗殺はもちろんのこと、裏工作、密偵、拷問もできますわ。物事を円滑に進めるためにも、必要なものでは?」
「……うぅむ」
確かに彼女の言う通り、裏の仕事ができる者がいるのは心強い。表の仕事も重要ではあるが、俺の誓いを果たすには裏の仕事の方にも比重を置かなければならない。でないと後手に回って、救えるものも救えなくなってしまうから。
それに正直なところ、彼女たちは仲間に欲しい。けど、部下や配下という立場というのはちょっとなぁ。
「俺は、部下や配下扱いはしない。仲間として扱うぞ」
「はい。それで充分ですわ。これからよろしくお願いしますわ」
俺の意を汲んでくれたのだろう。彼女と、【灰色の闇】の面々は立ち上がり、頭を下げた。
「さて、となれば今後アナタ様のことは何とお呼びしましょうか。正直、配下になる気満々だったので、主様と呼ぼうと思っていましたが、それでは嫌なのですわよね?」
「そうだな。できれば、違う呼び方にしてくれるとありがたい」
「では兄上様で」
「……」
何がどうしてそうなった。一体どこに兄要素がある?
「ちょっと待ってくれ。何で兄と呼ぶんだ?」
「だって、カルロス兄の魂と融合したのでしょう? ならば、兄と呼ぶのは当然ではございませんか」
「強引過ぎるだろ!」
確かに俺は彼女の言うように、カルロスの魂と融合した。その影響で半人半龍になっているわけだが、だからといって年齢が加算されているわけではない。十七歳のままだ。クレハの年齢が何歳なのかは詳しく知らないが、明らかに俺より年上だろう。それなのに俺のことを兄と呼ぶのはおかしすぎる。
「あら。頼りがいのある人物も兄と呼称しますでしょう? 何も間違ってはおりませんわ」
独自の解釈で論破しようとするんじゃない。いろいろと間違っているだろ。
「アンタらも何とか言ってくれ!」
「「「「「よろしくお願いします、兄様!!」」」」」
お前らもかよ!! 良い笑顔で言いやがって!!
「あーもう。……勘弁してくれ」
俺は天を仰ぎ見て、そう呟いた。




