第74話 話し合いという名の無駄な時間
午後になり、支部長の要請で迎賓館に訪れた俺たち三人はその一室で話し合いに参加することになった。
俺から見て右手側の複数人用のソファーに座っているのはヴァイオレット令嬢。その背後には付き人として従者が二人立っている。その内の一人はマリーさんで、もう一人は面識がない。
ヴァイオレット令嬢の隣に座っているのはエストだが、彼女は付き人はおらず一人だ。
ヴァイオレット令嬢とエストの正面で俺から左手側の個人用のソファーに座っているのは壮年の男性。フェアファクス皇国護国騎士団第八部隊隊長のクレイグ・ユアン・フィッツジェラルドだ。その後ろには二人の騎士が立っており、二人とも兜は取っている。ただ、その内の一人は事あるごとにこちらを射殺さんばかりの形相で睨んできていて、はっきり言って居心地が悪い。
おそらく彼が、支部長の言っていた騎士の一人なのだろう。
対するもう一人は、何故かキラキラとした目で見ている。いや、本当に何で? 今日初めて会ったよな? なのに何でそんな憧憬の目でこっちを見ているんだ? わけが分からないし、これはこれで別の意味で居心地が悪い。
俺たちの目の前に座っているのは老年の男性、ブライアン・クリフ・カーライル。その後ろにはバジル・マレク・カーライルと使用人が二人いた。ブライアンとバジルはまだ体調が良くないのか、少し辛そうにしていたが、話をする分には大丈夫そうだ。
そして俺たちの方には支部長のラ・ピュセルが座り、その両サイド後方に俺とレスティが立っている。さらに俺の背後にはセツナとミオもいて、セツナに関しては騎士団もいるので念のためにフードで顔を隠してもらっている。
この面子が集まったところで、俺から今回の事件の顛末をを一通りの説明を終えると、今後のことについての話し合いが行われた。……そのはずだった。
「ですから、今回は冒険者であるアラヤさんたちのおかげで解決したのです。それを……」
「ふん。だからなんだ。こちらだって解決することくらいできた。それを横取りしたのはそちらであろう。であれば、こちらが得るはずだったものを貰うのが当然だ」
「勝手なことを……。それでも栄えあるフェアファクス皇国の騎士ですか」
「はっ。卑しい冒険者に払う敬意なんぞないわ」
方針の話し合いのはずが、いつの間にか手柄の取り合いになっていた。
言い争っているのは、騎士団側の付き人――俺たちを睨んでいた騎士と、冒険者ギルド側のレスティだ。最初こそ部隊長と支部長、ブライアン、ヴァイオレット令嬢、エストが主軸となって会話をしていたのだが、途中でその騎士が口を挟み、それにレスティが反応して言い返し、今のような状況になってしまった。
事件の顛末を説明してから、俺は一度も口を開いていない。これはセツナからの忠告で、こういう場面だと俺はあくまで説明のためだけに呼び出されたので、自分たちより目上の――部隊長や支部長たちから許可が出るまでは口を挟んではいけないらしい。
だからあの騎士が口を挟んだことは不敬であり、部隊長が注意しなければならないなのだが、レスティがそれに応戦してしまったため、収拾がつかなくなっているのだ。
これじゃまるっきり時間の無駄だな。こんなことなら、要請に応じず宿屋の部屋で寝ていれば良かった。
仕方がないので、念話でセツナと謝礼の話をすることにしよう。無駄に終わるかもしれないが。
『謝礼の話、どうしようか?』
『……いや、あの、先輩? なに普通に話し合いを無視して念話してきているんですか? ちゃんと聞いておかないと』
『聞いておく価値があると思うか?』
『……』
返事がない時点で彼女も無価値だと思っている証拠である。まぁ、一応【並列思考】スキルを使って会話の内容は把握しているから心配はいらない。
『えっと、それで、謝礼の件でしたっけ? 普通に考えればお金が良いんじゃないですか? あって困るものじゃありませんし。……あ、そうそう。先輩、ミオちゃんのことなんですが』
『ん? ミオがどうかしたのか?』
『実は今後どうするか聞いたんですよ。今回の件で謝礼をもらったら、ミオちゃんを解放してあげるだけのお金は確保できると思っていたので』
仕事が速いな。いつの間に聞いたのやら。
周囲に念話をしていることを気付かれないように正面を向きながら会話を続ける。
『ミオは何て?』
『一緒にいたい、だそうです。ルーク村の人たちと一緒に村に戻る選択肢もあるって言ったんですけど、それでも私たちと一緒にいたいと』
『……そうか』
ミオとルーク村の人たちは、【奴隷の首輪】を解除したその時に会話をしている。遠目でルーク村の人たちが何度もミオに対して頭を下げていたのを見たので、完全に仲直りとはいかずとも一応の折り合いは付けられたらしい。その上でミオがここにいたいというのなら、これ以上俺がどうこう言うのは間違いか。
『なら、盛大に歓迎会をしてやるか』
『ふふふっ。そうですね』
『ミオが俺たちのパーティに加わるってなると、そろそろ拠点を考えないとな』
『いつまでも宿暮らしというわけにもいきませんからね。すぐには無理だとしても、お金を貯めてパーティ共有の一軒家を借りられたらベストでしょう』
『となると物件を見る必要があるな。どれくらいの規模だといくらになるのかとか調べないと』
事故物件とかに引っ掛からないように気を付けないとな。幽霊とか雨漏りとかその他諸々、どうにかするってなるとそれだけ金がかかるし。
「アラヤくんはどう思いマスカ?」
カルダヌスに不動産屋ってあるのかなと考えていると、支部長が俺に会話を振ってきた。
「どう思う、ですか?」
見渡すと、全員が俺の方を見て反応を窺っていた。こうやって注目されるのはあまり好かないんだけどな。
はぁ、と溜め息を吐いた俺は支部長に確認を取る。
「それは、忌憚なく言ってよろしいので?」
「えぇ。お願いしマス」
「では言わせて頂きますが、全くの時間の無駄ですね」
遠慮なんてない俺の言葉に反抗的な騎士が「なっ!」と何かを言い出そうとしたが、俺は構わず言葉を続ける。
「先ほどから聞いていればずっと手柄の話ばかり。そんなくだらないことに時間をかけている場合ですか。最も優先すべきは、売られてしまった違法奴隷たちをどうやって見つけ出し、そして救い出すかでしょう。私はその話をするためにこうして集まったのだと思っていたのですが、違うのですか?」
問うと、口を挟んだ騎士とレスティが気まずそうな顔をする。声には出さないが、正論であると認めているらしい。
感情を乗せず、淡々と言葉を続ける。
「売られてしまった違法奴隷たちを取り返し、日の当たる世界に戻してやる。それができるなら誰の手柄だろうとどうでもいいことでしょう。それともアナタ方は、救済対象よりも手柄の方が大事だとでも言うつもりですか? そう仰るなら、私がここに残る理由はありません。私は私で動かせていただきます」
「ふ、ふん。そう言って、結局は手柄を独り占めしたいだけだろう。お前だけが動けば、手柄はお前だけのものになるからな。この卑しい冒険者め!」
「論点をすり替えるなよ、騎士サマ。俺は手柄が誰のものかなんて話は一度もしていない」
「っ!?」
またしても口を挟んできた騎士に睨みを利かせて言うと彼は押し黙った。
「アンタが何故そんなに冒険者を毛嫌いしているのかなんてどうでも良いし興味もない。けれど、アンタの感情一つで貴重な時間を消費するな。アンタの個人的な事情なんて、売られてしまった違法奴隷たちにとっては何の関係もないことだ。仮にも騎士だというのなら自国民を救い出すために尽力しろ。それが出来ずして何が騎士だ」
一度嘆息を吐き、言葉を続ける。
「それとも【制約の巻物】で契約するか? 手柄は全て騎士団のものとするって。俺はそれでも一向に構わない」
【制約の巻物】とは、魔術的処理が施された羊皮紙を用いた契約のことだ。魔術的な拘束力があるため、その契約は絶対とされ、破れば相応の罰が下される。
つまり、それだけこちらが本気だということだ。
「貴様の負けだな、キース」
「クレイグ部隊長! しかし俺は――!」
「黙れ。貴様の要望を聞いて口を出さないでおいたが、本来ならば我々が話し合いを行っている中で口を挟むなど言語道断。切って捨てられても文句は言えぬのだぞ」
「――っ」
上司であるクレイグ部隊長に凄まれたせいで、騎士――キースは悔しそうな顔をして黙った。
「私の部下が失礼した」
「いいえ、私の方こそ、付き人が失礼しまシタ」
「そちらのキミ――アラヤくんと言ったか。部下が無礼を働いたな。今回の立役者はキミだというのに」
「いえ。こちらこそ、言葉が過ぎました」
とはいえ、「忌憚なく言え」とは支部長からのオーダーだったからな。別に言うつもりもなかったんだが、上司からの指示なら仕方がない。
その後は話も本筋に戻って、これまでに売られてしまった違法奴隷たちをどうするかの話し合いが行われた。
「ではこれまでに売られた者たちの行方については」
「それはこっちの売買契約書から知ることができるッスよ」
「その契約者からさらに別の人へ売られた可能性も考えないといけまセンネ」
「であれば私の商会の情報網で調べましょう。よっぽどのことがない限り辿ることはできるはずです」
とんとん拍子に話が進む。
結局のところ、フレネル辺境伯領の新しい領主はバジルがなり、彼は弟のシーザーが起こしたこれまでの不祥事の尻拭いをすることになった。詳しく言えば、売られた違法奴隷たちを買い取るための代金や保護した後の面倒などだ。
エストは今回の件を皇族へ報告と、何か情報が入ったら知らせるということ。
ヴァイオレット令嬢は引き続き、違法奴隷たちのための一時避難場所の確保だ。
騎士団はエストからの情報をもとに違法奴隷たちの捜索となる。
俺の方はというと、彼らで対処できないことがあった時に手を貸す、ということで話は落ち着いた。
「加担していた冒険者に関してはこちらで厳罰に処すとして、問題はシーザー・マレク・カーライルの処遇デスネ」
「すぐに処罰、は難しいだろうな」
「領主になった一年前ならまだしも、それ以前から彼は不祥事を起こしていたみたいッスからね。それこそ、彼一人ではできないようなことをいくつも」
「誰かが手助けしていた、ということですか? ブライアン様とバジル様は何かご存知で?」
「いいや。私は知らないな」
「私も同じく」
六人の会話を聞きながら、俺は思考を巡らせる。
協力者、か。その存在がいるのはまず間違いないだろう。話を聞く限り、シーザーは領主になる以前から違法奴隷売買を始めとした不祥事を起こしていた。それも内密に。それを成すには、彼一人では無理だ。
そうなると、シーザーを尋問して話を聞く必要がありそうだな。協力者がいるのなら、彼を助けに来ないとも限らない。彼を餌に、その協力者を誘き寄せるのも手かもしれない。
……いや、今回の騒ぎはすでに街の住民たちにも知れ渡っている。その協力者とやらもすでに逃げているかもしれない。
そうなると厄介だ。追跡は時間経過と共にその成功率がぐんっと下がる。標的が目の前から消えた瞬間を基準として、二分以内なら単純な駆け足勝負で決まり、それ以上なら聞き込みや人海戦術がものを言う。
まだその協力者がこの街にいるのか、それともすでに逃走しているのか。その判断はできないが、逃げていると考えた方が自然だろうな。シーザーからその協力者の名前や容貌を聞いて指名手配したとしても、見付けるには相応の時間がかかる。最悪の場合、見付からないなんてことも充分にありえる。
尋問するなら、俺の【神武不殺】スキルが役に立つだろうか? あのスキルは相手のHPを5で固定したままにするから、どれだけ攻撃しても殺すことはない。
それを使えば効率的に情報を吐かせることができるのではと思い、提案しようとしたその矢先、部屋の扉が勢いよく開かれた。
そちらを見ると、一人の騎士が血相を変えていて、余程慌てていたのか、肩で息をしていた。
「ご、ご報告します! 地下牢にて捕らえていたシーザー・マレク・カーライルが自殺しました!」
その騎士の報告を聞いて、俺たち全員は目を丸くする。
協力者に繋がる手掛かりが、途絶えた。




