第71話 モラルタとベガルタ
◇◆◇
私――セツナ・アルレット・エル・フェアファクスはミオちゃんと共にルーク村の戦士たちと戦っていました。私は魔法銃コメットと魔術を併用し、ミオちゃんは双剣と『雷霆』を使って、どうにか人数を八人から三人へと減らしました。
倒したルーク村の戦士たちは生きてはいますが、全員の意識は奪っています。かなり厳しかったですが、殺してはいけませんから。
とはいえ、こちらもかなり消耗してしまいました。私は左腕をやられてしまい、全く動く気配もなく、魔力ももう底を尽きそうです。回復薬や魔力回復薬もすでに使ってしまっていて、もう手持ちにもありません。
そしてミオちゃんの方も、私が何度か初級の回復系光属性魔術【治癒】で回復したのですが、それでも『雷霆』の使い過ぎの影響もあってかなり疲弊しています。
現状、私たちは戦闘中に移動しているため、ロビーではなく中庭で戦っています。張り直した【猟犬の檻】は、魔力残量が足りなかったせいですぐに崩れてしまいました。
「その傷でよくもまぁそこまで持ちこたえられるな。まさかたった二人で五人も倒すなんて。……チッ。これだから獣臭ぇ獣人は使い物にならねぇ。ちったぁ人間様の役に立ちやがれってんだ」
今もなお高みの見物を決め込んでいる【グリフォンの爪】のリーダーであるバッカスさんの言葉に、私は憤りを覚えました。
「何でそんな酷いことが言えるんですか! 獣人だから何ですか! 人間だから何ですか! 人間がそんなに偉いんですか!!」
「はっ! んなもん、当たり前だろうが! 人間がこの世で一番上等な種族だ! 他の種族なんざ、俺たち人間様に使われてりゃ良いんだよ!」
「ふざけたことを言わないでください! 獣人だろうが、エルフだろうが、個々に意志を持った存在です! それを蔑んで……ましてや道具のように言うなんて以ての外です!」
「そういうのを綺麗事って言うんだよ、クソガキ! この世は、結局は弱肉強食だ! 強いヤツが弱いヤツを従える! そういう風にできてんだよ!」
言葉と同時に、残り三人の戦士たちが攻撃を仕掛けてきました。私は振り下ろされてきた剣をコメットの銃身で受け止め、すぐに押し込んで弾きます。そのまま彼の剣に向けて魔弾を三発撃ち込むことでその手から剣は離れて遠くへと飛びます。
その一瞬の隙を突いて回し蹴りを腹に食らわせますが、それだけでは戦闘不能には陥らず、少し後方へと飛んだだけでした。と、次は横合いから別の人が攻撃をしてきました。私は銃口を向けて引き金を引きますが、カチンと撃鉄が鳴るだけで魔弾は発射されませんでした。
弾切れ!? こんなタイミングで!?
「くっ!」
迫り来る刃を、私は体を捻って躱そうとしましたが、避け切ることができずに左肩を切られます。痛みに歯を食い縛りながら、私は風属性魔術を使って切り付けてきた戦士を吹き飛ばしました。
同時に私も後方へと跳んで、コメットをホルスターへと戻して代わりに剥ぎ取り用のナイフを抜いて構えます。ナイフで剣を捌きますが、所詮は剥ぎ取り用。戦闘用のものではないのですぐに無理がきます。そう長くはもたないでしょう。
「そらそらどうしたぁ!! 大層な口を叩いた割には手も足も出ねぇじゃねぇか、小娘ぇ!! えぇ!? 口先だけの大ぼら吹きかぁ!?」
彼の言葉に言いたいことは沢山ありますが、手も足も出ないのは事実です。
「この世には二種類存在する! 使うヤツと使われるヤツだ! 分かるか!? あぁ!? つまり力こそが全てだってことだ! 力のないヤツにはなんの価値もねぇ! 使ってもらえるだけありがたいと思いやがれ!! 使ってくれてどうもありがとうございますってなぁ!!」
喜悦が浮かんだ顔で、「ハッハハハハ!!」と大口を開けてバッカスさんは嗤う。カッと頭に血が上って、叫び返そうとした時でした。
「いい加減に、して!!」
耳を劈く、声が響きました。
今のって、ミオちゃんですか? あんな大声を張り上げるなんて。
「弱くても、力がなくても、それでも私たちは必死に生きて、きた! 今日が、辛くても……明日はマシかもって、そうやって、毎日生きてきた!」
私たち、と言っていましたが、彼女の言葉は自分自身のことを言っているように聞こえました。
「それなのに、何で奴隷に……なんて、されなくちゃ、いけないの! 何も! 何も悪いことなんて、してないのに!」
それは心からの叫び声のようでした。彼女が心の底で溜め込んでいた、不満の表れでした。
「好きで、スキルを獲得、したわけじゃない! 好きで、独りになったんじゃ、ない!!」
彼女の過去を聞いていた私には、その言葉が心に響きました。そう、ですよね。誰も好きで、独りになんてなりませんよね。
ルーク村の戦士の皆さんは、それを聞いてどう思っているんでしょうか。【奴隷の首輪】は自我までは奪わないので、彼女の言葉は聞こえているはずです。何かしら、思ってくれてはいると良いんですけど。
「叩かれば、痛いし、馬鹿にされたら、傷付く! 私にだって、心がある! 意思がある! 道具なんかじゃ、ない!!」
「よく言った」
突如聞こえた声と共に、ゴォッ! と中庭が炎で包まれます。これは、中級の火属性魔術【大いなる火炎】!? それにこの魔力は……まさか先輩!?
驚いて声のした方を向くと、館の方からこちらへと歩み寄る先輩の姿が目に映りました。
「この世は弱肉強食。それもまた一つの社会の在り方なんだろう。否定はしないさ。事実、強いヤツが弱いヤツを搾取するなんてよくある話だしな」
ザッ、ザッ、ザッと地面を踏み締めながら歩いて言葉を紡ぐ彼の服はぼろぼろになっていますが、傷は治っているようでした。おそらく、回復薬を飲んだのでしょう。
「なら、お前ら自身が弱者の側になったとしても文句はないよなぁ?」
言い切ったと同時に、先輩は何かを投げました。くるくると回転するそれはミオちゃんの目の前に突き刺さりました。刺さったのは似たような意匠で作られた二振りの剣で、どちらも何やら禍々しい雰囲気を醸し出しています。
って、ちょっと待ってください! アレって魔剣じゃないですか!
何で魔剣なんてものがこんなところに、しかも二振りもあるんですか!?
というかどこから持ってきたんですか、先輩!!
予想もしない彼の行動に瞠目していると、先輩はミオちゃんに向かって叫びました。
「その剣を取れ、ミオ! お前ならそれを使える! その理由を、お前は理解しているはずだ!」
なっ!?
「一体何を言っているんですか!! 魔剣は【魔剣適性】がなければ一瞬で呪われてしまうほど強力な呪われた剣なんですよ!?」
しかも【魔剣適性】スキルは、獲得条件が未だに分かっていなくて、確率だけでも十億人に一人だと言われるほど獲得が困難なエクストラスキルです。そう簡単に手に入れられるものじゃないんです。
しかし、そんな私の思いとは関係なく状況が動き出します。
何はどうであれ、魔剣を使わせるわけにはいかないと判断したのか、バッカスさんが命令を出し、戦士がミオちゃんに向かって攻撃を仕掛けます。対するミオちゃんはミスリルの双剣を放り出して、魔剣へと手を伸ばします。
そして、私は信じられない光景を目にしました。伸ばしたその手で二振りの魔剣を握り締めたミオちゃんは地面から引き抜いて、襲い掛かる戦士の剣を防ぎました。
いいえ、防ぐだけじゃありません。体格的にも筋力的にも不利であるにもかかわらず、ミオちゃんは戦士の剣をへし折ってしまいました。
「なにっ!?」
バキン! と甲高い音を立てて折れた剣に戦士は驚愕の表情を浮かべます。
一瞬の隙。それを見逃すことなく、ミオちゃんは『雷霆』を放ちます。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
雷撃が戦士を包み、それが収まると彼は気を失って地面へと倒れました。
これは、どういうことなんでしょうか。ミオちゃん、ちゃんと自分で判断して攻撃しています。それはつまり、魔剣に飲み込まれていないということに他なりません。
「はあぁぁ!!」
すると、今度は残りの二人もミオちゃんに襲い掛かりましたが、二振りの魔剣を巧みに操り、二人を行動不能にしました。
「チッ! こりゃ高みの見物ってわけにはいかねぇな!!」
獣人の戦士たちが全員倒されたのを見て焦ったのでしょう。【グリフォンの爪】のメンバーの一人である斧使いの人が飛び出します。ミオちゃんはそれを右の魔剣で迎撃しますが、一体どういうことなのか。彼女が振るった剣に斧がぶつかった途端、斧使いの人がそのまま跳ね返されたように吹き飛びました。
二度三度と地面をバウンドした斧使いの人はそのまま転がり、動かなくなりました。おそらく気絶したのでしょう。
「な、あ?」
その結果に、残るメンバーたちが目を見開いて驚いています。もちろんそれは私もで、驚いていないのは先輩くらいなものでした。
「人間に対してその威力を上げる魔剣モラルタと、獣に対してその威力を上げる魔剣ベガルタ。ケルト神話に登場する英雄ディルムッド・オディナの持つ二振りの剣だ」
説明しながら、先輩が私の隣に立ちます。
「人間に対して威力を上げる。……じゃあ斧使いの人が吹き飛んだのはその効果によるものなんですね。でもどうしてミオちゃんは魔剣を扱えるように?」
見た感じ、呪いの影響を受けているようには見えません。
「簡単なことさ。魔剣を扱うに必要な【魔剣適性】スキル。ミオはそれを獲得していたってことだ」
「っ!? え? で、でも、いつの間に!?」
「さぁな。けど、あの二振りの魔剣がミオの方へ行こうとしていたから、さっき【鑑定】スキルでミオのステータスを確認したら【魔剣適性】スキルを獲得していた」
だから先輩は、ミオちゃんに魔剣を渡したんですね。
先輩の行動に納得していると、彼は【虚空庫の指輪】からあの二振りの魔剣よりもさらに禍々しさが増した剣を取り出しました。これってもしかして、話に聞いていた魔剣バルムンクですか?
話に聞いていた以上に威圧感と禍々しさが凄いですね。
バルムンクから感じる圧力にゴクリと喉を鳴らしていると、先輩が【グリフォンの爪】たちに向かって切っ先を向けます。
「まさか落ちた先の地下二階が宝物庫になっていて、そこに魔剣が保管されているとは思わなかったが、不幸中の幸いだった。さて、お互いに三人ずつなわけだが、こちらは魔剣使いが二人。逃がすつもりはないから、精々覚悟することだな」
「「「っ!?」」」
先輩の放った言葉の直後、【グリフォンの爪】の三人は一斉に逃げようとします。が、そこで私と先輩は同時に魔術を展開しました。
「「――【大気の重圧】!」」
中級の風属性魔術【大気の重圧】は対象に空気の圧力をかける束縛系の魔術です。その魔術に当てられ、三人は地面に突っ伏すように倒れました。
「コイツに「大層な口を叩いた割には」とか何とか、あれやこれやと耳が腐るようなことを言っていたくせに、いざ自分たちが劣勢になったらトンズラか。え? 自分の言葉に責任も持てないクズが。生かしておく価値はないな」
言いながら、先輩はもう一つ【大気の重圧】とは別の魔法陣を展開します。そのことに、私は驚きました。魔法陣を複数展開するという行為はそこそこ難しい技術ではありますが、訓練さえすればできないことではありません。事実、私もできます。
しかしそれは同じ属性の魔術なら、という前置きが付きます。それなのに先輩が新たに展開したのは闇属性です。まさか風と闇の、違う属性の魔術を同時展開するなんて。今回の事件でまた強くなったようです。
「どうやらその装備はそれぞれ、斬撃強化、筋力増強、命中率上昇、魔力補助の効果が付いているみたいだが、あまり役には立たなかったな。――【刺し貫く闇枝】」
魔術が発動され、先輩の目の前に円形の闇が現れます。そして、そこから闇が枝分かれするように【グリフォンの爪】たちに殺到し、弓兵と魔術師、離れたところで気を失っている斧使いの心臓を貫きました。けれど、ギリギリのところでバッカスさんは力づくで【大気の重圧】から逃れ、闇の枝を回避してしまいました。
「この……クソガキどもが」
闇の枝を掠めた頬からは血が流れていますが、それを拭うことなくバッカスさんは鬼のような形相でこちらを睨みます。
「……クソッ!」
悪態を吐いたバッカスさんは、そのまま館の方へと逃げて行ってしまいました。
「逃がしません!」
「待て、セツナ」
逃げたバッカスさんを追おうとして、けれど先輩に止められてしまいました。
「追わないんですか? 逃げられてしまいますよ?」
「もちろん、追うさ。けど問題ない。アイツの魔力は覚えたからな。どこに逃げても、必ず見つけ出せる」
そんなことが? もしかして【魔力感知】スキルのレベルが上がったんでしょうか?
「それに、セツナの怪我の治療もしないとな」
「え? あっ!」
いけない! 先輩がまた常識外れのことをするから怪我をしていたことをすっかり忘れていました。
思わず私は怪我をした左腕を隠しましたが、それを見て先輩は「はぁ」と溜め息を吐き、私に回復薬を渡してきました。
「今さら隠しても無駄だ、馬鹿。無茶し過ぎだ」
「それ、先輩にだけは言われたくないです」
回復薬を受け取りつつ言い返し、飲んで左腕を回復します。完全に治ってはいませんが、動かす分には問題ありませんね。
「ミオは大丈夫か」
「……ん。大丈夫」
こちらに近付いてきたミオちゃんにも先輩が訊ねると、彼女は頷いて問題がないことを示しました。無理は……してなさそうですね。いきなり魔剣を使うなんて驚きましたが、大丈夫そうですね。
お互いに問題がないことを確認して、私たちは館の方へと向かってバッカスさんを追い掛けました。
「そう言えば先輩、クレハさんたちはどうしたんですか? 一緒じゃないんですか?」
「置いてきた」
「置いてきた!?」
え? 本当に置いてきちゃったんですか!?
「囚われた五人を解放するまでが契約内容だからな。アイツらの仲間を【隷属術式】から解放した以上、アイツらがこの件に関わる理由はない」
「…………」
嘘、ではないですね。それも理由の一つではあるんでしょう。けれど、まるっきり本当のことでもないですよね。
本当は、これ以上こっちの都合に付き合わせたくないだけのくせに。
本当は、やっと解放された仲間たちと一緒に居させたいだけのくせに。
「何だ?」
「いいえ。何でもないですよ」
まったくもう。敵には容赦しませんけど、仲間にはとことん甘い人なんですから。
ただまぁ、そういう不器用さは嫌いじゃないですよ。
 




