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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第3章 捕らわれた奴隷編
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第70話 その胸にある“熱”

 龍殺しの力を内包した暗黒属性の魔力を刀身に纏わせた俺は顔を少し上に上げる。そこには他のメンバーたちによってワイヤーで拘束された五人の暗殺者が宙吊りになっていた。彼らは血走った目でこちらを睨み付け、獣のような呻き声を上げ続けている。



「……」



 両手でバルムンクを握り、意識を集中させる。俺がやろうとしているのは、バルムンクの持つ龍殺しの力を使って、あの五人の力を削ぐこと。しかも殺すことなく、だ。言葉にすれば、たったそれだけのこと。しかし難易度はすこぶる高い。殺すことなく、しかし動けなくするほど力を削ぐ。これはクレハを治療した時以上の繊細な作業となる。


 何せ扱っているのは魔剣だ。【魔剣適性】スキルのおかげで使用者である俺が魔剣によってそう易々と呪われることはないが、だからといって一から十まで言うことを聞いてくれるわけではないし、こちらの意図を汲み取って力を調整してくれるなんて気の利いたことなんてしてくれはしない。隙あらば使用者を呪って破滅させるのが魔剣なのだ。


 これがアスカロンのような、龍殺しの力を持った聖剣ならば、また話は違うのだろうけど。



 ――……せ。



 バルムンクの力を高めるごとに、頭の中で何かの声が聞こえてくる。



 ――……ろせ。



 声は次第にはっきりと聞こえてきて、俺の心を侵食しようとしてくる。



 ――ころせ。



 それは純粋なまでの殺戮の意思。



 ――目の前にいるのは倒すべき龍だ。



 呪詛にも似たその声が求めるのは、ただただ敵を鏖殺(おうさつ)することだけ。



 ――殺せ。全てを殺せ。邪魔するものは全て敵だ。敵は皆殺しだ。生かしておく価値はない。



 声の正体が何なのか、それは考えるまでもない。これはバルムンクの声だ。どうやらこいつも【意思を持つ武器インテリジェント・ウェポン】であるらしい。


 極夜よりも人間味のあるその声は呪いを帯びていて、禍々しく、どろどろとしており、なるほど確かに、これは魔剣だと納得できた。このバルムンクが持つ呪いはいわゆる精神崩壊。精神を犯し、心を蝕み、自我を壊し、使用者をただの殺戮兵器にするだけのものだ。こんなものに晒されてしまえば、適性のない者など一溜まりもない。


 しかし、残念ながら俺は【魔剣適性】スキル保持者だ。精神干渉してきたところで、意味はない。



『黙れ』


 ――ぬぅ!?



 その思念一つで、バルムンクの呪詛を封殺する。



『随分と自分勝手なことを言うじゃないか。殺せだと? 誰を斬るかは俺が決める。お前に指図される謂れはない』


 ――ぐ、ううぅぅ!! まさか、この我が……!!



 一言ごとに圧を込めていく。その度にバルムンクは苦悶の声を漏らす。



『魔剣だから許されるとでも思ったか? 今までの使い手はどうだったか知らないが、俺はそんな勝手は許さない。分かったら……引っ込んでいろ!!』


 ――……くっ! むぅ……仕方あるまい。



 力技でバルムンクを捻じ伏せると、主導権が完全にこちらへ渡ったのを感じた。どうやらとりあえずは主と認めてくれたらしい。不服そうな気配がするから、あくまで一時的にといった感じだろうけど。


 意識をバルムンクから外界へと戻す。


 現状は変わらず、操られている五人がワイヤーで束縛されている。バルムンクとのやり取りは数秒ほどの時間しか経っていないようだ。


 では早速取り掛かるとしよう。


 高めた魔力が吹き荒れている。それから逃れるように、暗殺者たちは五人を束縛しながらも手で顔を覆ったり、距離を取ったりしているので、魔力を一つに束ねて周囲への被害を抑える。そこからさらに力を調節する。今のままでは強過ぎる。あまり高め過ぎるとあの五人のみならず、周囲に展開している他の暗殺者たちまでも殺しかねないが、かといって弱過ぎると半端に傷付けてしまい、かえって危険だ。


 バルムンクを振り上げ、右足を前に出す。上段の構えだ。


 暗黒属性の魔力は強くなったり弱くなったりと揺れ動いている。もっと扱い慣れていれば一定値に留めることもできるのだろうが、生憎と今の俺にはそれだけの実力はない。高めるだけなら、アクセルをべた踏みすれば良いようなものだから楽なんだけどな。


 実力がないから、ここぞというところを見極める。見逃さぬよう集中する。強から弱へ。弱から強へ。行ったり来たりする魔力の流れに意識を集中し、そして……最高のタイミングで振り抜く!!


 結果は一瞬で現れた。


 振り抜いたバルムンクの動きに従って鋼色の魔力が五人に襲い掛かるが、それは一度彼らの姿を覆ったと思ったらすぐに霧散する。すると、そこにいた彼らは気力も体力も消耗したように疲弊して、ぐったりとしていた。



「まさか……あんな、一瞬で……」



 目の前の結果を見て、何が起こったのか察したクレハが驚愕の声を漏らす。バルムンクを【虚空庫の指輪】へと収め、彼らに近付くと、拘束していた者たちがワイヤーを操って五人を床へと下ろしてくれた。



 ――【神武不殺】スキルを獲得しました。



 その途中で、スキル獲得のアナウンスが聞こえた。


 神武不殺ってたしか、武の真髄は殺すことにあらずっていう考え方のことだったよな。それがスキルと何の関係が……




神武不殺

 どれだけ攻撃しても、相手の残HPが5で固定されるスキル。



 【鑑定】スキルの結果を見て思わず溜め息が出そうになる。何かまた変なスキルが手に入ってしまった。いや、まぁ、今更驚きはしないけどさ。


 頭を振って、仲間の暗殺者たちによって床に寝かせられた五人の傍に寄る。意識はあるみたいで彼らは俺に視線を向けるが、体は動かないようだ。



「まさか龍殺しの力をあんな風に使うとは思いませんでしたわ。あの一瞬で五人を殺さずに行動不能にまで消耗させるとは……」


「力は力でしかない。要はそれをどう使うかだ」



 五人の傍で片膝を着いて状態を診る。外傷はないが、動けるようになるまではまだしばらく時間がかかりそうだな。


 なら、この五人が動けないうちにやることをやっておこう。


 五人に手のひらを翳し、魔力を送って彼らを縛り付けている【隷属術式】に介入する。



「アラヤさん? 一体何を……っ!?」


「黙っていろ」



 悪いが、説明も何もかも後回しだ。問答無用でやらせてもらう。


 何せ、昼間のクレハの治療と今のバルムンクの制御で、精神的にもうへとへとだし、ここ数日動きっぱなしで、しかも上の階での戦いで体は傷だらけで、あまり余裕はないんだ。彼らへの対応を後回しにして、また襲ってこられたら面倒だ。だからここで、面倒事は処理していく。


 ……あぁ。やっぱりこの【隷属術式】とやらは【奴隷の首輪】の術式を参考にしているようだ。術式の構成が似ている。【奴隷の首輪】よりも強固な作りになっているが、然して問題なく改竄できるな。



主人(マスター)権限を雨霧阿頼耶へと変更。干渉式に記載の隷属解放プロセスを簡略化。それに伴い、各種公式を改変」



 基幹式、属性式、魔力式、起動式、制御式、干渉式、改変式と順に書き換えていく。一度【奴隷の首輪】を書き換えているため、それと似た術式である【隷属術式】を書き換えるのにそう時間はかからなかった。



「“イザベル・ヒュドラ、ヘルマン・ニーズヘッグ、カミラ・リンドヴルム、アウグスト・リヴァイアサン、黄龍(おうりゅう)晴信(はるのぶ)”」


 クレハから聞いていた、隷属させられている五人の名前を呼び上げる。すると、それに呼応するように五人の首にある痣が薄ぼんやりと光を放って浮かび上がった。俺は犬歯で人差し指を噛み切って指先に血を滲ませ、その浮かび上がった首輪のような痣に見せ付けるように指し示す。



「“往くべき場にも往けず、自らの自由もままならぬ汝に自由を与える。我が名は雨霧阿頼耶”」



 ぎしりと、浮かび上がった痣が軋みを上げたような音がした。浮かび上がった五つの痣はその軋みの音を何度もさせ、ついにはヒビが入り、それが全体へと広がっていく。



「“流転する運命の車輪は止まり、縛り付ける隷属の歯車は崩れゆく。地を駆け、海を渡り、空へと翼を広げよ。今ここに、我が(めい)にて……汝を放つ!!”」



 書き換えた解放のためのプロセス。そのための呪文を唱え終わった途端、浮かび上がった光を放つ痣は弾けるようにして消え去った。



「っ!?」


「アラヤさん!!」



 すると、ふらっと眩暈がした。その場に崩れ落ちそうになるが、すんでのところでクレハが抱き止め、支えてくれた。



「だ、大丈夫でございますか?」


「あぁ。大丈夫。少し、眩暈がしただけだ」



 いかんな。魔力を使い過ぎたか、はたまた疲れが出たか。なんにせよ、少々無理がたたったようだ。



「理解していると思うが、あの五人を縛り付けていた【隷属術式】は解除した」


「っ!? ではやはり、先ほどの詠唱は!!」


「あぁ。彼らを解放するためのものだ。【隷属術式】そのものに介入して、改竄させてもらった。今頃、領主は彼らが手元から離れたのを感じ取って慌てているんじゃないかな?」



 言って、足に力を入れてしっかり立ち、彼女から離れる。上階へ昇るための階段を探そうと歩き出した途端、俺は腕を掴まれた。



「お待ちになって! アナタ、そんな体で行くつもりなのでございますか!?」



 信じられないものを見るような目で見てくるクレハに、「あぁ」と納得した。



「そうだな。まずは回復薬(ポーション)を飲んで回復しないといけないな」


「な、何を見当違いなことを! そういうことを言っているのではありませんわ! アナタ、もう限界なのでしょう?! それなのに、まだ戦おうとなさるのですか?!」


「それは俺個人の問題であって、救いを求める者たちを見捨てる理由にはならない」



 限界だからなんだ。その程度のことで足を止めて良いわけがない。限界が来ても、それでも成し遂げないといけないんだ。



「無茶ですわ! アナタはもう戦える体ではありません! わたくしたちが、後を引き継ぎます。だから、アナタはお休みになってくださいませ」



 彼女の言い分は、理解できる。きっと俺の行動は間違っていて、彼女の方が正しい。けれど、正しさがいつだって最善であるわけではない。



「戦えない体だからって、それが戦わなくていい理由になるのか?」


「っ!?」


「俺に力が足りないのは、今に始まったことじゃない。華麗に誰かを救えるような無敵の英雄なら良かったんだけど、理不尽をどうにかしたいってそう思っているのに、俺にはいつだって必要な力が足りていない。自身の無力さを嘆いて、もどかしさを抱える弱者()にできることは、精々が前に進むことなんだ」


「……」


「泣いている誰かを見るのが嫌だから、その理不尽をどうにかしたいから、こうやって抗うしかないんだ。力がないからって、戦える体じゃないからって、そう簡単に足を止められるものじゃない。他の誰かがやってくれるからって、俺がやらなくていいことにはならない」



 どうしようもないのだ。止められないのだ。六年前、()()()に立てた『どうしようもない理不尽を前に泣くことしかできない誰かを救う』という誓いが、この胸に宿る“熱”が、俺という一つの存在を突き動かす。それは最早、宿業(カルマ)とも言える俺の存在理由(レゾンデートル)なのだ。



「気遣ってくれて、ありがとう。でも、俺は行く。アナタは、その五人についてやってくれ」



 俺は一歩を踏み出す。俺が、“俺”で在ることを示すために。




  ◇◆◇




 傷付いた体に鞭打って、心も疲弊しているというのに再び戦場に身を投じていく彼の背中を、わたくし――クレハ・オルトルート・クセニア・バハムートは見続けました。


 わたくしは、間違ったことは言っておりませんわ。彼はもう休むべきです。でも、彼は、自分の足で立って戦うことに特別な意味を見出しています。


 理解が、できませんでしたわ。


 彼が来たとされる異世界――地球という場所は争いのない平和な世界であると耳にしたことがあります。そのような平和な場所から来た少年が……いいえ、たとえこのアストラルの生まれだとしても、たかが十七年しか生きていない少年があのような考え方をするなんてあり得ませんわ。


 一体、どのような人生を歩めば、あのような考え方をするようになるのでしょう。あれではまるで、今まで何度も絶望を見てきて、その度に自身の無力さに慟哭したような口振りではありませんか。


 けれど彼は、それでも立ち止まらない。自らの弱さを言い訳にして逃げ出さない。それはなんと……なんと気高く眩しいものでございましょう!



「……敵いませんわね」



 目を伏せてからもう一度彼の後ろ姿を見ます。ぼろぼろの姿だというのに、その背中は大きく、逞しく、眩しく映りました。まさしくそれは英雄の背中。数多の羨望と希望を集める器に足る姿。


 その姿を目に焼き付けるたびに、胸が熱くなるのをわたくしは自覚しました。その感情の名を、わたくしは知っている。この世に生まれてから二百二十七年。このような感情がわたくしの中にもあるのだと、初めて知りましたわ。


 暗殺者である以上、自身を冷徹に律することは簡単なことですわ。けれど、えぇ。これだけは無理ですわ。この感情は制御なんてできなくて、どれだけ精神を平常に保とうとしてもあっさりと砕いてきて、顔が熱くなってきて、ポーカーフェイスもままなりません。


 あぁ。そう、なのですわね。この胸を焦がすほどの“熱”が、そうなのでございますのね。


 ならば、えぇ。彼を死なせるわけには参りません。死なせたくありません。彼が立ち止まらないというのであれば、その道程を少しでも歩きやすいようにしましょう。それくらいのことは、できるでしょうから。



「クレハ様」



 不意に、仲間の一人から声を掛けられます。そちらを振り返ると、囚われていた五人の内の一人にして、【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】のナンバー2のイザベル・ヒュドラが立っていました。


 どうやら、他のメンバーたちによって回復したようですわね。その後ろをさらに見ると、違法奴隷たちを引率している者を除いた全メンバーがわたくしの方を見ております。皆の目は「分かっている」と言っているようでした。



「わたくしは彼について行こうと思います。アナタたちは……」



 と、続けようとした言葉に「くひひ」とイザベルが笑って遮りました。



「うっかり捕まってしまった私が言うようなセリフじゃないですが、あの少年なら、文句なんてありませんよ、クレハ様。喜んでついて行きますとも」



 彼女の言葉に追従するように、皆は同意の頷きを返してきました。あぁ、皆、わたくしと同じく彼を『これだ』と定めたのでございますのね。


 気持ちを共有できたことに心が綻び、笑みが零れます。



「では行きましょう。英雄の行く道を切り拓きに!」



 命令を下し、わたくしたちは成すべきことを成すために行動を開始しました。

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