第69話 ここに立つ理由
襲い掛かって来る彼らを、俺たちは分担して迎撃することになった。俺は【灰色の闇】のメンバーたちで、ミオはルーク村の戦士たちだ。といっても、狙って分担したわけではなく、応戦しているうちにこういう形になったのだ。
迫り来るナイフの攻撃を、顔を逸らすことで躱し、そのままの勢いでバク転する。着地したところで背後から来ていた別の暗殺者のショートソードによる攻撃を極夜で受け止める。手首を返して刃を逸らし、左足で蹴りを入れる。
……チッ。直前に腕でガードしたか。
会心の一撃が入らなかったことに舌打ちしていると、すぐさままた別の暗殺者がこちらに向かって武器を投げて来た。
これは……チャクラムか! また珍しい武器を!
って今度は投げ分銅!? 暗殺者だからって色々と持ち過ぎだろ!!
どこに隠し持っているんだよ!!
ミオの方を見てみると、彼女は彼女で必死に戦士たちの攻撃をどうにか躱していた。ただ、仕方ないことだが八人も相手にしているため、反撃に移ることができていない。
かくいう俺も暗殺者たち五人を相手にして存分に戦えるわけもなく、遭遇した通路から一階の広いロビーにまで後退させられてしまった。
と、一瞬とはいえミオの方に意識を向けてしまったのがいけなかった。暗殺者の一人が針型手裏剣を投げ、それが俺の腕に刺さる。
「くっ!」
「はっ! どうしたクソガキ! 手も足も出ねぇじゃねぇか!」
はははっ! と大口を開けて嗤うバッカスを、俺は腕に刺さった針型手裏剣を抜いて睨み付ける。【グリフォンの爪】のメンバーは高みの見物を決め込むようで、先ほどから戦闘に参加していない。どうやら自分たちの手を直接汚すようなことはせず、【灰色の闇】とルーク村の戦士たちに俺たちを殺させる腹積もりのようで、外野から野次を飛ばしてくるばかりだ。
「俺らに舐めた態度を取るからこうなるんだ! ざまぁみろ!!」
チッ。自分の力でやっているわけでもないのに、よくもまぁあそこまで厚顔無恥に強気になれるな。
「先輩!!」
「アラヤさん!」
暗殺者たちと戦士たちの攻撃をどうにか防いでいると、セツナとクレハ、そして【灰色の闇】のメンバー十一人がやって来た。三人いないが、おそらく今いない面子は奴隷たちの誘導に回っているんだろう。
ここに来た彼女らは吹き抜けになっているロビーの二階にいた。どうしてそんな所にと一瞬疑問を抱いたが、どうやら戦っている間に入れ違いになってしまったようだ。
全員が二階から飛び降り、俺とミオ、そして囚われている【灰色の闇】のメンバーとルーク村の戦士たちと【グリフォンの爪】たちの間に割って入る。それに警戒するように、向こうは間合いを開けた。形勢逆転、とまでは言わないが、一方的な状況からは脱せたと言える。
魔法銃コメットの銃口を相手に向けながらセツナが訊いてくる。
「状況はどうなっているんですか?」
「見ての通りだ。クレハの言葉の通り【灰色の闇】のメンバー五人は【隷属術式】のせいで自我を失って操られている。あの首にある痣がその術式みたいだ」
戦っている最中に気付いたのだが、彼ら彼女ら五人の首元には首輪のような輪っかの形をした痣が浮かんでいた。おそらくアレが、クレハの言っていた【隷属術式】なのだろう。
「それで、ルーク村の戦士たちは【奴隷の首輪】の効果で、自我こそ失っていないがこちらも戦うように命令されているようだ」
対するルーク村の戦士たちの首にはミオが着けているそれと同じ、無骨な首輪――【奴隷の首輪】が着けられていた。【奴隷の首輪】を解除するための術式はすでに作成済みだが、戦闘中にそれを実行するのはかなり難しい。
「チッ。増援か」
「どうするよ、バッカス。さすがにちょっとキツいぜ?」
「だな。一度退いて体勢を整えるか」
マズイ!
ここで逃げられるわけにはいかない!
「セツナ!」
「――【猟犬の檻】!」
俺の叫び声にセツナはその意図を察し、即座に魔術を展開する。すると、透明な立方体の壁が俺たち全員を取り囲んだ。
彼女が発動したのは結界系の中級無属性魔術【猟犬の檻】。結界とは一定の領域下で何かしらのルールが決められた空間のことで、セツナが使った【猟犬の檻】は結界内にいる者を閉じ込める魔術だ。ただ、出ることはできないが入ることは可能だ。
「てめぇ!!」
何をしたのか理解したらしいバッカスが吠える。
「そのまま逃走なんてさせるかよ」
確かに状況は芳しくない。しかし、だからと言って彼らをこのまま後退させるわけにもいかない。今ここに目標が全員揃っているのに、領主を連れて逃げられでもしたらたまったものじゃない。
「本当に小賢しいガキだぜ。――おい! 何とかしろ!」
バッカスが【灰色の闇】とルーク村の戦士たちに向かって命令を飛ばす。すると、彼らは「ぐううぅぅぅぅ!!」苦しそうな呻き声を上げ、俺たちに攻撃を仕掛けて来た。
チッ! 【隷属術式】と【奴隷の首輪】で強制的に命令しているのか!!
「な、何であの人の命令で彼らが……!?」
「大方、領主から命令権を委譲されているんだろうよ!!」
彼らの攻撃を躱しながら、セツナの言葉に答える。
見ると、クレハたちも応戦しているが、さすがに仲間が相手だと思うように立ち回れないようで、苦戦していた。
起死回生の一手が必要だが…………【限界突破】スキルを使うか? いや、駄目だ。【鑑定】スキルで見た結果だと書かれていなかったが、【限界突破】スキルには制限時間があって、約三分間しか使えない。しかも使った後は体が動かせなくなるというデメリットもある。
と、何か良い手はないかと考えを巡らせていると、視界の端でルーク村の戦士の一人が倒されたのを見た。その傍にはミオがいる。体から『雷霆』を放電していることから、どうやらアレで感電させたらしい。
そうか。いくら命令を受けているとはいえ、それを受け取る脳が反応しなければ実行することはできない。つまり、意識を刈り取ってしまえばいくら命令しても意味を成さないということか。
「あっさりやられやがって。これだから獣人は使えねぇ。――さっさとどうにかしろ!!」
命令の直後、暗殺者の五人が前へ出る。同時に、獣人の一人がミオを接近し、剣を振る。ミオはそれを後方へ跳んで躱したが、その間に獣人は気を失った仲間を連れて暗殺者たちの後ろ、【グリフォンの爪】のメンバーの前へと移動した。
暗殺者たちの行動は素早かった。彼らは手のひらを床へと向け、魔法陣を展開する。
マズい!!
「全員、散開しろ!!」
けれど俺の叫び声は意味を成さず、みんなが行動に移す前に魔術が放たれる。炎の球が、闇の棘が、風の刃が、水の槍が、雷の一撃が、俺たちに襲い掛かった。
「“我が手に勝利をもたらせ”――【極夜】!!」
極夜を聖剣状態にしてみんなの前に出た俺は神聖属性の魔力を一気に放出して、迫り来る魔術にぶつける。その衝撃が【猟犬の檻】の壁にヒビを入れた。
「ぐ……ぅおお!」
さすがに五人分の魔術をどうにかしようってのが無茶だったか!? 押し返されそうだ!!
拮抗する五つの魔術と神聖属性の魔力だが、このままでは押し切られてしまう。俺は【虚空庫の指輪】から、【魔窟の鍾乳洞】で使ってから今まで一度も出さなかった一振りの剣を取り出す。
「――バルムンク!!」
左手に龍殺しの魔剣を掴み、暗黒属性の魔力を放つ。吹き荒れる暗黒属性の魔力を、五つの魔術に向けて振り下ろした。瞬間、ドォォォォン! と五つの魔術と暗黒属性と神聖属性の魔力が爆発四散。その余波が俺に襲い掛かり、俺の体がズタズタに引き裂かれた。
「先輩!?」
「……お師匠様!?」
「アラヤさん!?」
三人の叫び声が聞こえる。が、俺が反応を返すよりも速く、【猟犬の檻】が鏡を割ったような音を立てて崩れ去った。おそらく強度が許容量を超えたのだろう。しかしそれに止まらず、床もヒビが入り、そして崩壊した。
「「「「「「っ!?」」」」」」
ロビーの下は地下か!?
床が崩れたことに、俺たち全員が驚愕の表情を浮かべる。しかしそこで【グリフォンの爪】たちは獣人たちを呼び寄せて自分たちを抱えさせ、安全な場所へと退避している。また強制的に命令を出したのか。
視界の端で、クレハが囚われた仲間たちへワイヤーを伸ばすのが見えた。彼女の以外の他の仲間たちも同様にワイヤーを伸ばし、五人の体を縛り付ける。あのまま自分たちと一緒に下へ引きずり込む気か。
ならばと俺は傍にいたセツナとミオの首根っこを掴み、上へと投げる。
「先輩!?」
「……お師匠様!?」
俺の行動が意外だったようで、二人は驚きの声を上げる。だがそれに答えることなく、俺はクレハたちと共に地下へと落ちていった。
◇◆◇
先輩の手によって地下へと落ちずに済んだ私――セツナ・アルレット・エル・フェアファクスは、左腕でミオちゃんと抱き寄せながら、右手で天井のシャンデリアに掴まってぶら下がっています。視線を穴が開いているロビーの床から上げると、二階へと続く階段に【グリフォンの爪】のメンバーを守るようにルーク村の戦士たちが構えている。
「足止めしますよ、ミオちゃん」
「……お師匠様は、良いの?」
「先輩があちらへ行ったということは、戦力的に考えて自分があちらへ行った方が状況をより良い方向へ向けられると考え、同時に、こちらは私たちで対処できると判断したからです。なら私たちがすべきことは、ここで彼らを足止めし、先輩が来るまでの時間を稼ぐことです」
完全に先輩を頼った戦法ですが、残念ながら今の私たちはルーク村の戦士たちを無力化するほどの実力がないので仕方ありません。先輩に頼るのではなく、先輩に頼ってもらえるほどの実力をつけることが当面の目標ですね。
「さぁ、行きますよ、ミオちゃん」
「……ん」
【猟犬の檻】を張り直し、私とミオちゃんは【グリフォンの爪】とルーク村の戦士たちに向かって攻撃を仕掛けました。
◇◆◇
俺――雨霧阿頼耶と【灰色の闇】のメンバーが落ちた先は地下一階……ではなく、そのまま地下一階もぶち抜いた地下二階だった。クレハからここの情報はもらっていなかったが、彼女も彼女で予想外だといった顔をしていたので、彼女自身もここのことは知らなかったのだろう。
ともあれ、今はそんなことを気にしている時ではない。結果としてこの地下二階に落ちたのは俺と【灰色の闇】のメンバー全員で、今は操られている五人を他のメンバーたちがワイヤーで動きを封じている。
しかしそれも楽観できる状況ではなく、数百にも及ぶワイヤーが次々と引き千切られ、束縛から逃れられてしまうのも時間の問題だ。
「おい! これどうするんだ!?」
「このままじゃそう長くはもたないぞ!!」
「だからって放っておくことはできないでしょ!! 【魔力流し】でも付与魔術でも使って強化しなさいよ!!」
怒号が響き渡る。
ワイヤーで傷付いているのもそうだが、操られている五名は明らかに体を壊しかねない膂力でワイヤーを引き千切っているせいで体のあちこちから血を流している。血涙や吐血までしていた。考えるまでもなく異常な状態だ。この状態が続けば、あの五名の生命に危険が及ぶ。
「……」
俺は極夜を鞘に収め、バルムンクを手に操られている五名に歩み寄る。
それを見たクレハがギョッとした顔をして、両手を広げて俺の正面に立った。いわゆる通せんぼの状態だ。
「……そこを退け」
「なりません。先ほど、その剣の銘を耳にしましたわ。その剣は最強クラスの魔剣――バルムンクなのでございましょう?」
クレハは俺の手にある魔剣に視線を向けながら問うてきた。その目は恐怖の色が浮かんでいる。彼女自身が龍族であるから、【龍殺し】の魔剣が怖いのかもしれない。
「どうか、どうか今しばらくお待ちになってください。どうにか致しますから。わたくしたちで無力化しますから。ですからどうか、わたくしの仲間を……殺さないでくださいませ」
声が震えている。自分がどれほど無茶なことを言っているのか自覚しているのだろう。状況を考えて、彼らを無傷で行動不能にすることはほぼ不可能だ。なら、最後の手段として五名を殺害した方が時間の節約にもなるし、合理的だ。
けれど彼女はそれでも仲間を救いたくて、俺の前に立ちはだかったのだろう。龍殺しの魔剣を使わせないために。
あぁ、全く以って腹立たしい。
俺がそんなふざけた手段を取るわけがないだろうに!
「ふん!」
「あがっ!?」
思い違いも甚だしくて頭にきたので、俺はクレハの胸倉を掴み、そのまま頭突きを食らわせた。余程痛かったのか、彼女は頭を抑えながらたたらを踏み、涙目で俺の方を見る。
「い、一体何を……」
「ふざけたことを抜かすなよ、クレハ」
「え?」
「殺さないでくれだって? 当たり前だろ、そんなこと! 何のためにここに立っていると思っているんだ! 俺は約束したぞ、クレハ! お前の仲間を救うことに協力するって! 俺はそう約束した!」
「っ!?」
気圧されたようにクレハは目を丸くして黙っている。
「殺しなんてするものか! 絶対に救ってやる! 命を奪わず! 五体満足で! 何の後遺症もなく! お前らの元へ返してやる!」
「…………」
「だからそこを退け。お前の仲間を救いたいのなら」
言い切り、俺はクレハの肩を押す。彼女はそれに抵抗することなく脇に退け、今もワイヤーによって束縛されている五名を見ながら、バルムンクに灯る暗黒属性の魔力を高めたのだった。
 




