第68話 作戦、開始
クレハを治療したその日の夜。俺とミオは領主の館の正面に来ていた。とは言っても、今は姿を物陰に隠しているが。今日も変わりなく、二人の門番が立っている。警備体制に変更はなさそうだ。
「……お師匠様、左腕の調子はどう?」
物陰から見付からないように門番の様子を見ていると、ミオが気遣うように言ってきた。
「あぁ。問題ない」
言って、俺は左腕を前に出す。そこには、以前あった龍の腕はなくなり、元の人間の腕があった。実はクレハを治療した後、俺の腕が元に戻っていたのだ。どうやら俺の腕が元に戻らなかったのは制御できていなかった龍力が影響していたらしい。それが、今回のクレハの龍力脈を治療したことで操作性が上がり、元に戻ったのだ。
クレハの治療が目的だったが、まさか俺の腕まで元に戻るとは思わなかったな。予想外なことだったが、願ってもないことだ。さすがに腕一本で戦うのは心許ないからな。
「さて、セツナたちの方の準備はそろそろ整ったかな?」
この場にセツナはいない。彼女はクレハたちの方に行ってもらっている。今回は陽動組と潜入組に分かれて動くことになっていて、潜入組が捕らわれた奴隷たちを解放し、陽動組が敵の注意を惹く。その連携のために、パーティ登録の恩恵で【念話】が使える俺とセツナが分かれて連絡を取り合うことになった。
こうすることで、互いの状況をリアルタイムで知ることができる。連絡を待っていると、彼女から念話が届いた。
『先輩。こちらの準備は整いました。問題ありません。いつでも行けます』
『分かった。じゃあこっちも行動を開始する』
一旦念話を切り、ミオに視線を向ける。
「セツナから連絡が来た。向こうの準備が整ったらしい」
「……じゃあ、そろそろ?」
「あぁ。お前の同族を助け出してやろう」
「……ん!」
無表情な顔のまま、しかしグッと両手を握ってやる気充分なミオを見遣ってから俺は徐に物陰から出る。それ続いてミオも物陰から出た。そんな俺たちを見咎めた門番の二人が声を上げる。
「貴様、何者だ! 怪しいヤツめ!」
「ここが領主様の館と知ってのことか!」
持っていた槍の穂先をこちらに向け、警戒心を露わにする。動きがとても機敏だ。領主はクズだが、手下は有能か。もしかしたら、前領主の頃からいる者たちなのかもしれない。
「もしも今の領主に思うところがあるならば、何も言わずそこを退いてほしい。そうすれば、俺たちはアナタたちに危害は加えない。けれど、向かってくるなら容赦なく叩き切る」
「ふ、ふざけるな! 俺たちはここの門番だ! 怪しいヤツをみすみす見逃すわけが――」
「警告はした」
門番の一人の言葉を遮り、俺は左手を前に出して魔術を展開する。ミオも俺に倣って右手でミスリル製の剣を一振り抜き、体に『雷霆』を纏わせて切っ先を門番へと向ける。
「――【轟炎の爆裂】」
「――【雷霆の突撃槍】」
「「――っ!?」」
直後、爆炎と雷の槍が正門と門番へ襲い掛かった。ドオォォォォン! と破壊音が響き渡り、煙が立ち上る。門は無残に破壊されて瓦礫の山と化し、二人の門番は瓦礫に巻き込まれるように横たわっている。
ふむ。どうやら気を失っているだけみたいだな。
「ミオ。その二人は無視して中へ行くぞ」
「……良いの?」
「俺たちの役目は陽動だ。潜入組が動きやすいように派手に暴れ回る。逃げるヤツらは無視して良い。時間の無駄だからな。だから向かってくるヤツだけ相手をしたら良い」
「……分かった」
そこまで話していると、館からぞろぞろと人が出てきた。
装備がバラバラな者もいれば、統一されている者もいるな。装備が不揃いなのは冒険者だろう。エストから仕入れた情報によると、領主お抱えの冒険者もいるって話だったからな。統一されているのは、領主が正式に登用している兵士といったところか。
「さぁ、ミオ。獲物が向こうからやって来た。派手に暴れるぞ」
後で知ったことだが、この時の俺は、これから奴隷たちを助けようとする者とは思えないほどのあくどい顔をしていたらしい。
館に乗り込んでから約一時間。俺とミオは向かってきた敵を次々と倒していった。
「畜生が!!」
敵の一人――装備が統一されたものじゃないから、コイツは冒険者だな。そいつがミオに向かって剣を振り下ろす。ミオはそれを正面から受け止めるようなことはせず、相手の剣の腹を弾いて軌道を逸らし、両足の腱を切る。
「ぐぅっ!」
両足の腱を切られたことで膝を着いた冒険者に、すかさずミオは双剣を振るって両手の腱を切った。館に乗り込んでからずっとこうやって無力化しているからか、随分と手際が良くなっている。
対して俺はというと、相手が何かをする前に一気に肉薄して極夜の柄頭や峰を使って昏倒させている。
どうやらいるのはD~Cランク相当の実力の者ばかりみたいだ。中にはBランクに近い実力のヤツもいるけど、どうにか対応はできている。ただ、如何せん数が多い。比重は兵士たちの方が多いが、冒険者もそれなりにいるようだ。
おそらく、兵士が前の領主の時からいるヤツで、冒険者は現領主に雇われた者たちなんだろう。その証拠に、先程から逃げているはほとんどが兵士たちだ。逆に冒険者はガラが悪いヤツらばかりで、血気盛んに俺たちに向かって攻撃して来ている。
もしかすると、この冒険者たちが奴隷にする人たちを攫ってきたのかもしれない。今回の事件は単独でできるようなものじゃないしな。金に目が眩んだとか、そんなところだろう。
「「このクソガキがぁ!!」」
ミオが一人倒したところで、そいつの仲間らしき二人が同時に斬りかかってきた。それをミオは双剣で防ぐわけでも後ろに下がるわけでもなく、【獣化】スキルを使用して即座に子猫へと変身する。
「「なにっ!?」」
的が一気に小さくなったことで二人の攻撃は空を切る。二人の刃が通り過ぎたところでミオは【獣化】を解除。元の獣人の姿に戻り、そのまま『雷霆』を放電して二人を感電させ、行動不能にした。
へぇ、【獣化】をあんな風に使うなんてな。体の小さなミオだからこそできる奇襲だな。
俺にもできるのかな?
『解答。現状では不可能ですが、鍛錬を積めば可能です』
練習しないと駄目ってことか。まぁそりゃそうだよな。
ミオを伴って先へと進む。セツナからまだ連絡はないから、奴隷たちはまだ解放できていないんだろう。なら、もう少し暴れる必要があるな。本当はこのまま真っ直ぐ領主の所へ行きたいんだが、クレハの話だと領主は【灰色の闇】のメンバーの一人を護衛に付けているらしい。
龍族は人化すると、龍本来の力が使えなくなるらしい。クレハや他の【灰色の闇】のメンバーたちが完全な人の姿になっていたのもそのためだ。
つまり、カルロスの時のような絶体絶命な状況になることはない。だが、領主に捕まっている【灰色の闇】のメンバーたち五名は、クレハに次ぐ実力者たちであるらしい。それだけでどれほど強敵なのかが分かろうものだ。
だから領主の所へ向かうなら、クレハたちと合流してからでなければならない。
とはいえ、まだセツナから奴隷たちを解放した旨の連絡が来ていない以上、まだ合流はできない。
それまではこっちで敵の掃討を続けないと。
「先に進もう、ミオ」
「……ん」
ミオに声をかけ、先に進もうとした時だった。
『避けて!!』
突然聞こえてきた、どこか聞き覚えのある少女の声と、【気配察知】スキルと【危機察知】スキルに反応があった。即座に俺は隣にいたミオの首根っこを掴み、後方へ跳ぶ。瞬間、俺とミオがいた場所の壁や天井や床が、何かによって切り裂かれた。
「っ!?」
な、んだ!? 一体何が起こった!?
瞠目しつつ、着地してミオから手を放し、二人して構える。危なかった。【気配察知】スキルと【危機察知】スキルに反応があったとはいえ、あの声がなかったら俺とミオは今頃深手を負っていたかもしれない。
……今の声って、【魔窟の鍾乳洞】で俺を助けてくれたあの白銀の少女の声だよな? 姿は見えないが、先ほどの声は間違いなくあの時の少女のものだった。
どこかで見ているのかと疑問が浮かぶが、今はそっちを気にしている暇はない。破壊されたことで粉塵が巻き起こる通路を見ていると、そこにワイヤーが張り巡らされていることに気付いた。
どうしてこの場にワイヤーが? もしかしてさっきの攻撃はワイヤーによるものなのか?
暗殺者であるクレハもワイヤーで攻撃をしていたので、あり得ない話ではないけど、でもどうしてこんな所で?
「……チッ。躱しやがったか。つくづく腹の立つガキだ」
すると、通路の奥から侮蔑するような男性の声がした。カツカツと乱暴に靴底を鳴らしながらやって来たのは、上物で厳つい鎧に身を包んだ男性だった。その両サイドには、同じような鎧を着ている斧使いに、それよりも軽装の弓兵、それに豪華なローブ姿の魔術師がいる。
コイツら、【グリフォンの爪】の連中じゃないか。ということは、コイツらも今回の事件に関与しているってことか。……疑問には思わないな。コイツらは他者を見下していたから、他種族に対してもそういった態度であったとしても納得だ。
コイツら程度なら、俺一人でも問題なく処理できる。何せ一度は勝った相手なのだから。けれど、気になるのはあの装備だ。見るからに上等な代物で、魔力も感じることから、高性能の魔道具なのかもしれない。
どういった効果があるのかは分からないが、用心はしておいた方が良いだろう。しかし、それ以外にも留意しなければならないことがある。
それは、現れたのは【グリフォンの爪】たちだけではないということだ。
彼らの背後には、クレハと【灰色の闇】のメンバーたちが着ていたのと同じ灰色のローブを着用している者が五人と、武器を持った獣人族が八人ほどいた。
あの灰色のローブのヤツら……もしかして、クレハの仲間か!! さっきのワイヤーの攻撃も、アイツらのうちの誰かがやったのか!!
クソッ! 来るのはもう少し後かと思っていたんだけど、予想より速いし、しかも捕らわれている五人全員が来てやがる!
領主がこっちに差し向けたのか?
「……そ、んな……何、で」
一流の暗殺者である龍族を五人も相手にしなければならない。そのことに内心で冷や汗を掻いていると、傍にいるミオが動揺した声を出していた。
「ミオ?」
「……あの人たちは、ルーク村の、人たち。その中でも、特に戦闘力の高い……戦士たち」
ルーク村の戦士!? 何でそんなヤツらが……って、そうか!! 【奴隷の首輪】で命令されているのか!!
まさかこんなことになるなんてな。ミオが動揺しているのも、この展開が予想できなかったからだろう。
ここで一気に戦力を投入してくるなんてな。急に状況が辛くなった。
『こちらセツナ。奴隷になった人たちを解放しました。手筈通り、今は【灰色の闇】の数名に外へ案内してもらっています。今から残りのメンバーでそちらに合流します。そちらの状況はどうですか?』
ルーク村の戦士たちと【灰色の闇】のメンバーたちを殺さずに無力化しなければと考えていると、セツナから吉報が届いた。
『よくやってくれた、セツナ。こっちの状況は芳しくないな。【グリフォンの爪】に、捕まっていた【灰色の闇】の五人に、ルーク村の戦士が八人の豪華メンバーとエンカウントだ』
『すぐそちらに向かいます!!』
逼迫した状況だとすぐに察したらしく、俺から位置情報を受け取った彼女はそのまま念話を切った。
さて、これで俺たちは、彼女たちがここに辿り着くまでの数分間、一流の暗殺者五名、獣人族の戦士八名、Bランクの実力を持つ冒険者四名を相手にどうにか持ちこたえなければならない。
「やれ、お前ら!」
【グリフォンの爪】のリーダーのバッカスの号令を受け、全員が一斉に殺到してくる。
「クソッ!!」
「っ!?」
それを俺たちは苦虫を噛み潰したような顔で迎撃するのだった。
いきなりのクライマックス感




