第7話 勇者
今回は修司視点で進めてます。
どうぞ、お楽しみください。
◇◆◇
俺――岡崎修司は平凡な人間だ。
少なくとも、俺自身はそう思ってた。
あの日、異世界に召喚されるまではな。
小説や漫画とかではお馴染みの設定の異世界召喚だけど、まさか現実で体験する日が来るなんて思ってもみなかった。ましてや、俺が勇者の一人だなんてな。しかもかつてこの世界を救い、『解放者』と呼ばれるようになった二〇人の内の一三人の勇者だなんて誰が想像できるよって話だ。
平凡とは、全くと言っていいほど程遠いじゃねーか。笑えるよ。
正直、その話を聞いて俺は興奮した。
誰だって夢見る勇者。興奮しねーわけがない。
けど、その興奮も長くは続かなかった。
阿頼耶だ。
異世界に召喚された四一人の内、アイツだけが勇者じゃなかった。
それを知って、俺はアイツの方を見たけど、阿頼耶は無表情だった。最初から知っていたってわけじゃねーだろうな。ただ、『そうか』と諦めてるような感じだった。そこからのアイツへの対応は酷ぇものだった。アストラル側はそれなりにきちんとした対応をしてくれてたみたいだけど、他のクラスメイトたちはそうじゃなかった。一人だけ勇者じゃないアイツを見下して、地球の時よりも酷く扱った。
男子は魔術で攻撃したり、戦闘訓練でリンチにしたり。女子は苛立ちをぶつけるように男子同様に戦闘訓練や魔術訓練でアイツに攻撃した。そればかりか、訓練以外でもまるで使用人のように扱っていた。
こっちの世界に来てからの不安や不満を、全部阿頼耶に八つ当たりしているみてぇだった。そしてこっちの世界に来てから二週間が経った今日、俺はまたその場面を目撃した。
魔術訓練を行っていた最中、阿頼耶が立川たちと向き合ってる姿だ。
「一体何があったんだ?」
俺は急いでその場に移動し、近くにいた椚に聞いた。
「立川たちが、阿頼耶に向かって火球の魔術を使ったのよ。それで阿頼耶は火だるまになって」
「火だるまって……阿頼耶は大丈夫なのか!?」
「えぇ。幸い、私が傍にいたからすぐに治療して無事に済んだけど、その後に立川たちが挑発して……それに私が乗っちゃって、それで阿頼耶が」
言いたいことは何となく分かった。
また立川たちが問題を起こしたんだな。それを見た椚が怒ってこんな状況になったってことか。こうなると、下手に手出しできない。もしここで俺たちの誰かが参戦すれば、余計に阿頼耶の立場が悪くなるからだ。
今すぐにでも手助けしてやりたいってのに、ままならないな。
阿頼耶と立川は向き合っている。
緊張の面持ちで口を引き結んでる阿頼耶とは対照的に、立川は口角を釣り上げてニヤニヤと笑みをこぼしていた。その後ろに控えている工藤、藤堂、谷の三人も同様だ。この状況を面白がるように笑ってた。
ん? 谷はこっちをチラチラ見てる?
何を気にして……って、あっ。そう言やぁ確か、谷は椚のことが好きだったっけなぁ。
「好きなくせに、そいつの友達を虐めるなんてどうしようもねぇヤツ」
「何か言った、岡崎君?」
「いやぁ。何でもねーよ」
まっ、そのことは谷次第ってことで。
それよりも重要なのは、俺の親友の方だしな。
思考しているうちに、喧嘩が始まった。まず動き出したのは立川だ。手を前に翳し、淡い光を放つ魔法陣を展開していく。
魔術の訓練中だったから、どうやら魔術しか使わねーみてぇだな。
対する阿頼耶はというと、立川に向かって駆け出していた。術式が完成する前に潰そうって腹か。
「甘ぇんだよ!」
だが立川は接近してきた阿頼耶を殴り飛ばした。まともに顔面に拳を食らった阿頼耶は地面を転がる。
術式を展開しながら攻撃できるのか。立川もそれなりに上達してるみてーだな。
殴り飛ばされた阿頼耶はまだ痛みで蹲っている。けど様子がおかしい。明らかに痛がり過ぎだ。ただ殴られただけで、あんなに痛みに悶えるわけがねぇ。まさか立川のヤツ、魔術が使えない相手に『身体強化』を使ってんのか? さっきまで魔術訓練をやってたんだし、強化したままだったってことか。
そう分析してると、クラスメイトたちが集まってきた。騒動を聞きつけてやってきたんだろうが、止めるわけでもなく、まるで自分は関係ないと言わんばかりの態度で『やれやれ!』『雨霧なんてぶっ飛ばしちまえ、立川!』と好き勝手に囃し立てている。
そんな野次馬根性全開のクラスメイトたちに辟易しながら対戦に再度視線を向けると、ちょうど立川の魔法陣が完成したところだった。
「“燃え盛る炎よ。我が元に集え”――『火炎』!」
立川が放ったのは火属性の初級魔術だ。ただ単に炎を放つ魔術なんだが、範囲が広いし高温だ。避けるのは困難なんだが、それを阿頼耶は寝転がったままの状態で回避した。
上手い。上体を起こして避けるのは下策だと考えて、そのまま俯せになって躱したか。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
俯せの状態から地面を蹴って、低い体勢のまま再度立川に突撃する。
馬鹿野郎、阿頼耶! そのまま行くとさっきの二の舞に……っ!
「無駄だ!」
突貫する阿頼耶に向かって、立川は蹴りを放つ。
さっきみたいにそれに直撃するかと思ったが、阿頼耶は体を横に逸らして躱しやがった。
そうか! わざとさっきと同じように突っ込むことで攻撃を誘ったんだな!
「であぁっ!」
カウンターで阿頼耶は拳を放つ。タイミングはバッチリだったみたいで、立川は躱すことなく阿頼耶の拳が顔面に直撃した。ゴッ! と重くも乾いた音が響き渡る。見るからにクリーンヒット。
俺はその時、やっと阿頼耶が立川に一矢報いることができたと心の中で小躍りするくらい喜びが湧き上がってきた。今まで一方的にやられてばかりだったんだ。嬉しくないわけがねぇ!
けど、それは早合点だった。
「無駄だっつってんだろうが!」
醜く口元を歪めたと思ったら、立川は阿頼耶の放った右腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。殴られたはずだってのに、立川のヤツは無傷だった。『身体強化』を使ってる相手に、素の身体能力のままで立ち向かうこと自体が間違ってたってことかよ。
投げ飛ばされた阿頼耶も同じことを思ったのか、体を重々しく起こしながら『クソッ』と悪態を吐いた。
「俺らもいるってことを」
「忘れんなよ!」
「食らいやがれ!」
そう叫んで立川と阿頼耶の戦いに参戦したのは工藤と谷と藤堂だ。三人同時の攻撃を躱せるはずもなく、阿頼耶は土属性魔術で動きを封じられ、水属性魔術の高圧水流で脇腹を貫かれ、風属性魔術で訓練場の壁まで容赦なく吹き飛ばされた。
壁に強か打ち付けられた阿頼耶だったが、意識までは持っていかれてなかったみたいだ。アイツは震える足に力を入れて踏ん張り、それでも立川たち四人組を睨みつけていた。けどアイツの状態は全く良くない。高圧水流で貫かれた脇腹からは激しく血が噴き出て、足を伝って地面を赤く染めていく。足の震えも、きっと血を失くし過ぎたからだ。きっと骨も何本か折れてるだろう。あれだけ強烈に壁にぶつかったんだ。何ともないわけがねぇ。
見るからに満身創痍。
そんな阿頼耶の惨状を見て、訓練場に動揺が走る。
「なぁ、アレって」
「いくらなんでもやりすぎ、だよね?」
「止めた方じゃいいんじゃないの?」
「でも、どうやって止めるんだよ。立川たちって、『円卓の騎士』の力を持ってるんだろ?」
外野たちの言う通り、立川、工藤、谷、藤堂の四人は俺たちみたいに『円卓の騎士』の力を受け継いだ一三人の勇者の一員だ。他の勇者よりも、力は強い。だから自分たちに止めることは難しいって考えてんだろうな。
けど、これ以上は命に関りそうだよなぁ。
かと言って……う~ん。どうしたものか。
俺がどう対応すべきか頭を悩ませていると、俺の真横を何かが通り抜けた。
「そこまでだ!」
「一体何をしてるの!」
北条と姫川の二人だった。その表情は明らかに怒りに染まっていて、二人共武器を抜いていた。北条は黄金の意匠が施された聖剣エクスカリバーを、姫川は同じく聖剣の『岩に刺さった剣』を手に持っている。
『岩に刺さった剣』、と聞くとエクスカリバーを連想させるが、アーサー王伝説だと『岩に刺さった剣』はエクスカリバーより後に登場する剣で、エクスカリバーが王を選定する剣であるのに対して、『岩に刺さった剣』は最も優れた騎士を選ぶ剣という違いがある。その威圧感はエクスカリバーに勝るとも劣らず、姫川の温和な印象とは真逆で、そのアンバランスさがまた彼女の魅力を引き立てていた。
聖剣を携えた2人は阿頼耶と立川たちの間に入り、立川たちを牽制する。
「紗菜ちゃん、雨霧君の手当てを」
「え? でも……」
「ここは僕が抑えておくから。それに、雨霧君はもう気絶してる」
言われて姫川は阿頼耶の方を見る。俺もそれにつられて阿頼耶の方を向くと、いつの間にか阿頼耶は気を失って地面に倒れ込んでいた。
「さすがに立川君たちも気絶してる相手に攻撃なんてしないさ。だから、早く手当てを」
「……分かった」
不承不承に頷いた姫川は阿頼耶の元に向かう。俯せ状態の阿頼耶を仰向けにして、姫川は膝枕してやってから聖杯を召喚して治療を開始した。
いやいやいや、姫川。膝枕してやる必要はあったのか?
「くっ。その手があったか。やるわね、紗菜」
おい。そこで悔しそうな顔をすんなよ、椚。
ったく。この二人は阿頼耶のことになると暴走気味になるのが難点だな。
阿頼耶はそのことを自覚してねーから、始末に負えねぇ。北条よりは一〇〇万倍マシだけど。
嘆息を吐いて北条の方を見ると、アイツは姫川が治療を始めたのを確認して立川たちの方に視線を向け直した。
「騒がしいから来てみたんだけど……いくらなんでも、これはやり過ぎなんじゃないのかい、立川君?」
刺すような目付きで睨む北条に、立川は『はっ!』と鼻で笑う。
「午前中に退屈してたみたいだったからな。ちょっと稽古してやっただけだ」
「稽古? これがかい? こんなのは稽古だなんて言わないよ」
「んなこと言って、お前もお前で何でさっさと止めにこなかったんだ?」
「僕はカーラ姫と話をしていたんだ。だから気付くのが遅れた。それさえなければ」
「早々に止めてた、か?」
「あぁ。その通りだ」
北条がそう力強く頷くと、立川は大声で笑った。誰に憚るわけもなく、心底面白おかしな感じで笑い声を上げた。一頻り笑ったら、立川は一度軽く深呼吸をする。
「お前はやっぱり勇者だな、北条」
「? キミは何を言ってるんだ?」
「分からねぇか? まぁ分からねぇだろうな」
何か納得した風の立川だったが、北条は何を言っているのは分かってねーみたいだ。
けど、俺には立川の言ってることが理解できた。
「岡崎、テメェは分かってんだろ? だから最後まで手を出さなかったんだよな」
「そうだ……岡崎君。どうしてキミはすぐに雨霧君を助けなかったんだい? それに優李ちゃんも。二人は始めから戦いを見ていたんだろ? なら、どうして真っ先に助けてあげなかったんだい」
それじゃあダメなんだよ、北条。そんなことをしても、あの場面じゃあ、きっと阿頼耶は救われねー。助けられねー。守れねー。それが分かってたから、俺と椚は手を出さなかったんだよ。言ったところで、北条が理解できるとは思えねーから言わないけど。
「意味がないからよ」
言わねー俺に反して椚が言ったのは、おそらく幼馴染みとしての義理だろうな。
変に義理堅くて、律儀なヤツだからな。
「意味がない? 意味がないって、どういうことだい? 止めないと、彼は死んでいたかもしれないんだよ」
「だから、ただ助けるだけじゃ意味がないって言ってるのよ」
「……分からない。優李ちゃん、キミは何を言ってるんだ? ただ助けるだけじゃ意味がない? 目の前の暴力を見逃すことが正しいとでも言うのか。わけの分からない言葉を並べないでくれ」
その言い方が頭にきたのか。椚は怒りで顔を赤くした。
「何も分かってないのはアンタの方よ! 正しいとか正しくないとかじゃないの!」
「何が分かってないって言うんだい! 正しいとか正しくないとかじゃない? 僕たちは勇者なんだぞ! 正しくなければ意味がないじゃないか!」
と、二人の口論は白熱していく。
確かに北条の言葉は正しい。勇者なら、そうするのが正しい行いだろうな。
そうとは分かっちゃいるんだが、北条はもう少し、阿頼耶が立川の提案に乗った意味や、気絶するその瞬間まで立ってたことの意味を考えた方が良いと考えちまう。
はぁ、と俺は重い溜め息を吐いたが、北条と椚の口論は夕方まで続いたのだった。