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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第3章 捕らわれた奴隷編
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第67話 手土産

 目の前に居並ぶ暗殺者たち。その光景は圧巻の一言であり、その中心にいるクレハは、やはりこの面子のリーダーなのだなと納得の威厳を放っていた。



「無事にテストは合格ですわね」


「ん? テスト?」



 テストって何のことだ?

 一体何のことか分からず疑問に思っているとクレハはそのまま説明してくれた。



「昨夜、アナタからの提案を仲間たちにも話しました。魅力的な提案ですが、そう容易く頷けるものでもありませんわ。なので、わたくしたちはアナタの実力を測るためのテストを設けることにしました」



 そこで一旦区切ったクレハは指を一つ立てる。



「内容は然程複雑なものではございません。ここにいるわたくしたちの気配をどれほど察知できるか、ですわ。わたくしの仲間たちは一人も察知できないと予想を立てていたのですが、アナタは見事、ここにいる全員の気配を捉えてみせましたわ。文句なしの合格。異論を挟む余地などないほどの満点ですわ」



 ソファーから立ち上がったクレハは、自身の仲間たちを一瞥してから言う。



「見ての通り、彼はその実力を見事に証明しましたわ。皆、異論はありませんわね?」


「「「「はっ! クレハ様の御心のままに!」」」」



 クレハ以外の、十四人の暗殺者たちは片膝を着き、彼女にその忠誠を示す。その光景を見ると、なるほど確かに、彼女はこの暗殺者たちのリーダーなんだなと納得できた。跪く仲間たちを見遣ったクレハは満足そうに頷いてから、真っ直ぐ俺の方に歩み寄る。そして俺の目の前で止まったところで、彼女は俺に目を合わせて言う。



「わたくしたちは龍族(ドラゴン)です。龍族(ドラゴン)は、己が『これだ』と認めた相手以外には決して膝を折りません。暗殺者であろうとも、それは変わりませんわ。ですから、わたくしたちはアナタの配下にはなりません。これは一時的な協定ですわ。今回の一件が解決したその後は、わたくしたちは好きにさせていただきます。それで構いませんか?」


「もちろんさ。元々、解決した後までアナタたちに干渉しようだなんて考えちゃいない。これは一時的なもの。この件が片付くまでの関係だ」


「であれば、わたくしたちが拒否する理由はございません。昨夜のアナタからの提案をお受け致しますわ」



 そう言って、彼女は俺に手を差し伸べる。俺は笑みを浮かべ、その手を握り返した。



「あぁ、短い間だけど、よろしくな、クレハ・オルトルート・クセニア・バハムート」



 さて、協定を結んで彼女たちの協力を得られたとなれば、領主の館へ突撃するためにやることは沢山ある。彼女たちと打ち合わせをしなければ。



「……あぁ、そうだ。クレハ、これを」



 打ち合わせをする前に、彼女にこれを渡さないと。タイミングを逃すところだった。

 俺はポケットから一枚の紙を出し、それをクレハに手渡す。



「これは……魔法陣でございますか?」



 紙に書かれているものを見て、クレハは首を傾げる。そこに書かれているのは、複雑な図形が描かれた魔法陣だった。昨夜、というか夜明け前までずっと作っていた俺のオリジナルだ。



「見たことのない術式ですわね。何の魔術ですか?」


「魔力不整脈を治す魔術だ」


「「「「はぁ!?」」」」



 広場に驚愕の声が響き渡る。声を上げたのはクレハを含めた十五人の暗殺者たちで、ミオはよく分かっていないのか首を傾げ、セツナは「あぁ、またか」と言いそうな顔で苦笑を浮かべていた。



「ち、ちょっとお待ちになって。今、何と仰いました? 魔力不整脈を治す術式、ですって?」


「ほら、昨日クレハから血を貰っただろ? 俺の持っているこの刀は相手の血からその生体情報を解析することができる。その解析結果から術式を組み上げたんだ」


「あれから数時間しか経っておりませんのよ!? そんなこと、できるはずが……!!」



 動揺を隠し切れないクレハは俺に否定の言葉を投げ掛ける。どうやって信じてもらうか考えていると、セツナが俺の右側に立った。



「横から失礼致します、龍国ドラグニアの姫君、クレハ・オルトルート・クセニア・バハムート姫。私はこのフェアファクス皇国の第三皇女のセツナ・アルレット・エル・フェアファクスと申します」



 皇女として立ち振る舞っているのか、雰囲気がまるで違っていた。いつもの彼女から感じる穏やかな雰囲気は成りを潜め、代わりに洗練された、それでいて高貴な雰囲気が漂っている。


 彼女の名乗りを聞いたクレハは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐさまそれを引っ込めた。



「第三皇女のセツナ姫がこんな場所にいるということは……何か訳ありなのですね」


「お恥ずかしながら、その通りです」



 随分と察しが良いようで、名乗りを上げただけでクレハはセツナにのっぺきならぬ事情があることを看破した。それをセツナは苦笑して肯定する。



「こちらの阿頼耶様は私たちの理解の範疇を超えた、規格外な御方です。驚きになられるのも分かりますが、彼の前では常識など紙切れも同然。“そういうものだ”と受け入れてしまうのが一番でしょう。彼のやること成すことに一々驚いていては身が持ちませんから」



 格調高く言っているが、内容は大分失礼だからな?


 ていうかお前も人のこと言えないだろうが。無属性、火属性、水属性、風属性、光属性の五つも獲得しておいて、その内の三つをLv.3に、一つをLv.2にしているんだから。彼女の年齢を考えると、普通なら一つの属性でLv.2でも優秀な部類で、Lv.1がザラだ。それを、属性の三つをLv.3、Lv.2とLv.1が一つずつなのだ。充分にセツナも規格外と言える。


 そう思いながら、自分のことを棚に上げているセツナへジト目を向けるも、彼女は素知らぬ顔で言葉を続ける。



「事実、これまでも彼は、既存の術式をいくつも組み直し、同じ効力を発揮しながら、その必要な魔力量を減少させ、操作性を上げることに成功しています。それは私が保証します」


「……稀代の天才、魔道の申し子、最年少魔導士と謳われる、セツナ姫が言うのなら、その信憑性は疑いようもない、でございますわね」



 稀代の天才や魔道の申し子というのは初耳だが、どうやら俺が思っていた以上にセツナの評判は他国に知れ渡っているらしい。彼女の言葉で信用してもらえるとは。世間的知名度(ネームバリュー)って凄いな。



「確認しますが、こちらの魔法陣は魔力不整脈を治癒する術式で間違いありませんわね?」


「あぁ。ただ、使うには神聖属性の適性が必要になる。龍族(ドラゴン)は神聖属性も獲得することができるって文献で読んだんだけど、使えるヤツに心当たりはあるか?」


「龍国に戻れば。しかし、今この場にはおりませんわね」



 そう返答されて、俺は「ふむ」と考える。



「なら、ここで治療をやってしまうか」



 何気なく言ったその一言に、またもや驚いた顔をされた。



「ここでって、神聖属性を使えるのですか?」


「まぁ、一応な。というか、この術式を作ったのは俺だぞ? 神聖属性が使えないと、発動確認なんてできないだろ」


「……言っていることはその通りでございますが……何でしょう。この納得のいかない気持ちは。アナタに常識を問われるなんて、何だか釈然としませんわ」



 真っ当なことを言っただけなのに酷いな。



「セツナ姫の仰っていたことが分かったような気がしますわ。確かに、“そういうものだ”と受け入れてしまった方が賢明ですわね」



 はぁ、と溜め息を吐いたクレハを俺に目を合わせる。



「治療をするにあたって、何か副作用のようなものはございますか?」


「強いて言うなら、治療後に少しリハビリが必要なくらいだな」


「それは困りますわ。領主の件を片付けなければならないのに、リハビリが必要な体になるのは」


「あー、すまん。言い方が悪かった。リハビリと言っても、今まで使えていなかった魔力脈を使えるようにするのが目的だ。さすがに魔術や龍力を使った技はまだ使えないが、戦闘ができなくなるわけじゃない」


「つまり、治療を受けても今と然程変わりはない、ということでございますか?」



 彼女の問いに迷わず頷いて肯定した。それを見たクレハは目を閉じて思案する。しばらくそうしていた彼女はやがて目を開いた。



「領主の館へ侵入中に発作が起きても、つまらないですわね」



 発作? あぁ、昨日クレハがいきなり苦しんでいたアレか。アレはたぶん、魔力不整脈が末期になっていて、心臓の方にも影響が出ているせいなんだろうな。



「分かりましたわ。治療を受けましょう。どうすれば良いですか?」


「そこのソファーに、横になってくれ。治療を始めよう」



 腰の極夜を抜きながら、俺は彼女に促した。








 ボロボロのソファーに横たわるクレハを見ながら、俺は両手を伸ばして極夜を前に翳す。



「“我が手に勝利をもたらせ”――【極夜】」



 呪文の後に、黄金色(こがねいろ)の魔力が刀身に灯る。聖剣状態になった極夜を見て、クレハを含めた暗殺者たちは瞠目したが、それを黙殺して極夜を左手に持ち替え、右手をクレハに向ける。そして魔力不整脈治療用の魔法陣を展開する。ただし、それに使用している魔力は俺自身のものではなく、極夜から発せられる神聖属性の魔力だ。


 その影響で、普段は紫色である魔法陣は黄金色(こがねいろ)に染まっている。【魔窟の鍾乳洞】から助けてくれた“あの子”が使った神聖属性の魔術も、同じように魔法陣が黄金色(こがねいろ)になっていたから、神聖属性の魔術を使う時はこうして色が変化するのだろう。


 暗黒属性も同じように染まるのかもしれない。暗黒属性は使ったこともないし見たこともないから分からないけど。


 詠唱と術式名を唱えて、魔術を発動する。


 この術式は、被術者の魔力脈を複製し、目詰まりを起こした箇所を切除して、そこに複製した魔力脈から正常な部分を移植する。


 極夜の解析結果から、クレハの体に流れている魔力脈のどこが目詰まりを起こしているのかは分かっている。しかし、魔力脈は言ってみれば魔力の血管だ。それをコピーするだけならまだしも、切除して移植をするのは繊細な魔術操作が必要となる。



「すー……はー……」



 深呼吸をして、意識を集中させる。


 術式の効果で、俺の目にはクレハの魔力脈と龍力の流れ道である龍力脈が見える。これは霊的な管であるため普段は見えないし、触れることもできない。だからこそ、魔力不整脈はまだ根本的な治療法が見付かっていないのだとか。


 俺は目に映る魔力脈と龍力脈を複製する。それに伴い、クレハの体からコピーされた紫色と薄鈍色(うすにびいろ)の管が浮かび上がった。フルコピーであるため、目詰まりが起こっている箇所までコピーされてしまっているが、一旦はこれで良い。


 コピーしたものは横に移し、クレハ本人の魔力脈と龍力脈に視線を戻す。


 次は目詰まりが起こった箇所の切除作業だが、ここが一番の難所だ。魔力脈と龍力脈は霊的な管ではあるものの、それを切れば魔力や龍力がとめどなく流れてしまう。それでは命の危険がある。


 だからここからは切除だけでなく、コピーした魔力脈と龍力脈から正常な箇所を取り出して移植する作業も並行して行わないといけない。


 切除した先から、正常な管を移植していく。神経が擦り減るような繊細な作業をしていることが影響してか、汗が流れる。それが目にかかってしまった。


 クソ、視界が。拭いたいけど、左手は神聖属性の魔力供給のために極夜から手を離せないし、右手は魔術を展開しているから動かせない。流れる汗を鬱陶しく思っていると、スッと横からハンカチが伸びて、誰かが俺の汗を拭ってくれた。



「……セツナ?」


「術の行使に集中してください。先輩が少しでも術に集中できるようにサポートします」


「助かる」



 セツナに汗を拭いてもらいつつ、俺は作業に戻る。


 目詰まりを起こしていた魔力脈と龍力脈は摘出するごとに、紫と薄鈍色(うすにびいろ)の管が空中に浮かぶ。浮かんだ魔力脈と龍力脈の管は順次に破棄されて虚空へと消えゆく。


 切除と移植、そして破棄の作業を続けて約一時間が経って、治療は終了した。



「“鎮まれ”――【極夜】」



 呪文を唱えると神聖属性の魔力が刀身から消え去り、極夜の聖剣状態が解除される。脱力したように腰を下ろすと、慌てたようにセツナが俺の体を支え、ミオも俺の傍に寄って来た。


 ドッと疲れた。術式を組んだのは良いが、かなりの集中が必要になるな。それに魔力操作の技術も高くないと難しい。とりわけ、今回は魔力に加えて龍力も対象だったから尚更だ。


 もう少し術式を見直す必要があるかもな。


 そう考えていると、ふと視線が向けられていることに気付いた。そちらを向くと、クレハが不安げな表情でこちらを見ていた。


 頷いて促すと彼女は、治療の効果を確かめるように全身に魔力と龍力を巡らせた。その流れは一般的なそれと比べると滑らかとは言いがたいが、途中で引っかかることはなく、時間はかかったものの、全身くまなく巡った。


 そのことに真っ先に驚いたのは、当然クレハだった。



「魔力が、龍力が、問題なく巡っていますわ。巡らせても、体に痛みがありませんわ」



 声を震わせ、その身に起こった事実を口にするクレハ。それは、治る見込みがなかった魔力不整脈が治ったことを証明する言葉だった。



「治りました。魔力不整脈が……治りましたわ!」



 その言葉の意味を、理解できなかったのだろう。クレハ以外の十四人の暗殺者たちはその言葉を飲み込めていないようだった。しかし、やがてはその言葉を咀嚼し、意味を理解し、顔を見合わせた直後、彼ら彼女らは一斉に歓声を上げた。



「良かった。本当に良かったです、クレハ様!」


「もう駄目かと、諦めておりました!」


「ご快復、お慶び申し上げます!」



 暗殺者たちは己の主の傍に寄り、感涙にむせぶ。


 クレハ、随分と慕われているな。まぁ、自分と同じ境遇にいたヤツらを一緒に連れ出したんだから、慕われないわけがないか。


 しばらくそうして仲間たちに祝福されるクレハを眺めていると、彼女がこちらへとやってきた。



「…………」



 が、しかし、彼女はそのまま戸惑ったような顔をするだけで、口を開いては閉じて、開いては閉じてと、言葉に悩んでいるようだった。


 ……ふむ。



「手土産としては、充分だったかな?」


「……充分どころか、最高の手土産ですわ」



 気負わせることのないよう、おどけて言う俺の言葉を聞いて目を丸くしたクレハは「ふふふっ」と微笑んでそう言ったのだった。

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