第66話 出迎え
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クレハと約束を交わした翌日の朝。泊まっている宿に戻った俺は日の出までの時間があとわずかだったので二人が起きるのを待った。徹夜になってしまったが、まぁいいだろう。純粋な人間だった時よりも生物としての性能が上がったおかげで、今も酷い眠気が襲ってくることもない。おそらく、一週間ほど徹夜しても大丈夫なんじゃないかな?
まぁそれはいいとして。二人が起きるまでの間に俺は極夜に、クレハの生体情報の解析を進めてもらうことにした。代わりに、今まで極夜に進めてもらっていた【奴隷の首輪】の解析をこちらで引き継ぐ。
目の前に【奴隷の首輪】の術式を展開し、解析をする。
――【解析】スキルを獲得しました。
術式を読み解いている途中、スキル獲得のアナウンスが聞こえた。すぐにそれを使用し、解析を進める。
「干渉式のここをこうして……これじゃダメか。じゃあこれだと? ……こっちの式に影響が出たか。なら、この式をこう変えて、それでこっちの式をこうして……」
ん~、意外といろんなところを書き換える必要がありそうだな。でもまぁ、これくらいならすぐにどうにでもなるか。
そう思いながら作業を続けると、予想通りすぐに書き換えは完了した。極夜の方の解析も終わったようで、次はそちらの作業に移る。そして作業が終盤にかかった頃、ベッドの方から物音が聞こえた。
そちらを向くと、ちょうどセツナが体を起こそうとしているところだった。まだ寝惚けているのか、起き上がった彼女は少しの間ボーっとしてから眠たそうに目を擦る。
「おはよう、セツナ」
「ふぇ? あ、おはようございます、先輩」
挨拶をした後、一度欠伸をしたセツナはベッドから出て伸びをした。
「先輩はずっと起きていたんですか?」
「あぁ。少し前に戻ってきたから、そのまま起きていたんだ」
「ちゃんと寝ないと駄目ですよ」
「一日に必要な睡眠時間が四時間になったからな。徹夜くらい平気さ」
「平気だからって無茶をして良い理由にはなりませんからね?」
まったくもう、とセツナは呆れた顔をする。
「それで、昨日はどうでした?」
セツナとミオには、昨夜俺が領主の館を調べに行くことを伝えてある。これはその結果を聞いているのだ。
「それについては、朝食を食べながらにしよう。いろいろと、想定外なことがあったから」
「分かりました。じゃあ、ミオちゃんを起こしちゃいましょう」
「俺は軽く湯浴みしてくる」
彼女は頷き、俺たちは身支度を始めた。
身支度を終わらせ、朝食を食べながら俺は二人に昨夜のことを話した。
「領主に従わざるを得なくなった暗殺集団、ですか。まさかそんな人たちがいたとは思いませんでした。……その人たちの協力は得られそうなんですか?」
「どうだろうな。リーダーの方は少し乗り気みたいだったけど、他のメンバーがどう判断するか」
「いきなり外部の者にあれやこれやと言われても、「はいそうですか」と頷くことなんてできませんからね」
「……普通に、警戒する」
尤もな二人の意見に同意する。
「一応、交渉材料として“手土産”は用意している。どうにか協力体制を築ければ良いんだけど」
「そうですね。その人たちの立ち位置は少し特殊ですが、内部協力者がいるのといないのとでは全く違いますから。こちらの人手は少ないですから、出来る限り協力者は募りたいところです。協力してもらえるなら、是非もないですね」
「……私は、よく分からないから、お師匠様に、任せる」
とりあえず、二人は協力者を得ることに賛成、と。後はクレハの方がどう判断するかだな。協力してくれれば、随分と楽になるんだけど。
そう考えていると、コンコンと窓ガラスをノックする音がした。そちらを向くと、二羽の鴉が窓の縁側で羽を休めていた。
「……鴉?」
その姿を見て、ミオが首を傾げた。
「俺の使い魔だ。ちょっと使いに出していたんだ」
そういえば昨日はこの二羽をあの二人に送り出してからクレハに攻撃されたんだよな。コイツらが攻撃されなくて良かった。
窓を開けると、二羽の鴉が揃って室内へと入ってきた。それぞれの嘴には手紙が咥えられている。どうやら足の爪でノックしたらしい。その二羽から手紙を受け取ると、セツナが疑問を投げかけてきた。
「使いにって、一体誰に、何の用で?」
「それはもちろん。今回の件に関してさ」
ところでミオ。俺の使い魔を指先でつついて遊ぶんじゃない。
物珍しそうに見るミオを見遣ってから俺は手紙の中身を確認する。どちらの手紙も最初の方は「こんな夜中に使い魔を送ってくるなんて非常識だ」という文句が書かれていたが、協力はしてくれるようで、俺が提案した内容を引き受けると書かれていた。
裏方の協力は得た。後は、表立って動く俺たち次第だ。
正午。俺、セツナ、ミオの三人はクレハに指定された北の開発区に足を運んだ。この開発区はいわゆる研究職や芸術関係の者たちがその研究や技術をいかんなく発揮している区画で、錬金術師、魔術師、画家、彫刻家までいる。そのため、この区画は他の区画より随分と毛色が違い、あちこちで展示会や発表会が催されている。
ちなみにだが、錬金術師ギルドや魔術師ギルド関係の者たちもここに集まって研究に没頭しているらしい。
「こんなところに、その暗殺者の方たちがいるんですか?」
「木を隠すなら森の中。これだけ人が多いと、紛れるのはそれほど難しくはないんだろ」
そもそもカルダヌスは交易が活発な都市であるため、人の出入りが激しい。旅の一団が訪れることなんて珍しくもないだろう。だからクレハたち暗殺集団が紛れていたとしても、そうだとは気付かないのかもしれない。
あくまで俺の予想でしかないけど。
そう考えていると、スッと自然な流れで横から男性が現れた。
「B-2級冒険者の雨霧阿頼耶さんで相違ありませんか?」
「あぁ。アナタは、クレハの使いか?」
「はい。我らがリーダーより、皆様をご案内するよう仰せつかりました。皆様、お揃いで?」
頷くと、彼は踵を返した。
「ではこちらへどうぞ。ご案内いたします」
歩き出す彼の後を俺たちはついて行く。始めは大通りを通っていたが、そこから徐々に人気のないところへと移動し、最終的には廃墟へと辿り着いた。
こんなところに潜伏しているのか? 衛生的に良くなさそうな場所だな。
そう考えていたことが顔に出ていたのか、前を歩く男性が口を開いた。
「我々、暗殺者は周囲に溶け込み、生活をしています。普段は何気ない一般人を装っていますが、有事の際には指定の場所へ集まる手筈となっています」
へぇ。つまりここはその一時的な集合場所っていうことか。
中に入って奥へと進むと、広場のような場所へと通された。広場は薄暗く、人の気配はない。……誰もいないのか? いや、違う。注意して探らないと分からないが、広場のあちこちに人の気配がある。
人数は……俺たちを案内してくれた男性を入れて十五人ってところか。事前に訪れる約束をしていなかったら、思わず身構えてしまう場面だ。
「十五人、か。気配を捉えてもまだはっきりしないなんて、とんでもない隠形だな」
率直に感じたことを口にすると、俺たちを案内してくれた男性は俺の方を見て驚いた顔をした。
「まさか、ここにいる全員の気配を捉えたのか?」
「え? 捉えたって言っても、ほんの僅かだぞ。今もどうにか捉まえていられるってだけで、気を抜けばすぐに見失ってしまいそうだ」
ていうか、口調が崩れているぞ? そっちが素か?
疑問に思っていると、広場の奥から「ふふふっ」と楽しげな笑い声が聞こえてきた。瞬間、俺が感じていた気配の密度が濃くなる。崩れかけた柱から、無造作に転がる瓦礫から、穴の開いた天井から、次から次へと潜んでいた者たちがその姿を現していく。
案内役の男性もその者たちの方へと向かう。その時になって俺はようやく、現れた者たちの中心にあるボロボロのソファーにクレハが腰掛けていたことに気付いた。
そして彼女は言う。
「ようこそ、わたくしたち【灰色の闇】のアジトへ」
クレハをリーダーとした、暗殺集団【灰色の闇】。そのメンバーたちが俺たちを出迎えた。




