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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第3章 捕らわれた奴隷編
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第65話 申し出

 俺と暗殺者の女性は戦闘を中止し、今は路地裏も壁に背を預け、肩を並べて地面に座っている。



「じゃあ改めて自己紹介を。俺はB-2級冒険者の雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)だ。ちょっとここの領主に思うところがあって行動している。見ての通り、転移者だ」


「わたくしは、クレハ・オルトルート・クセニア・バハムート。暗殺集団【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】の頭目をしております。名前は長いので、クレハで構いませんわ」



 バハムート? それって……俺の魂と融合したカルロスと同じ名字じゃないか。

 ということは、彼女もカルロスと同じく聖戦時代の大英雄の一人、黒龍王バハムートの血族に連なる者なのか?


 まさかアイツの血縁者に会うとは露程も思っていなかったため、完全に油断していた俺は目を丸くする。その反応をどう受け取ったのか、彼女はそのまま自己紹介を続けた。



「お察しの通り、わたくしは龍国ドラグニアを統べる現黒龍王の娘にして、救世主と呼ばれた聖戦時代の大英雄の一人である黒龍王バハムートの曾孫でございますわ」



 ただの大英雄の血族じゃなくてその直系かよ!! しかも龍国の姫だって!?



「そんな大物が、どうしてこんな所で暗殺者を?」


「それはわたくしが、龍族(ドラゴン)の中では最弱クラスの“無能”だからでございますわ」


「え? 無能? あんなに強いのにか?」


「この程度、ドラグニアでは掃いて捨てるほどおりますわよ」



 苦笑したクレハの言葉に絶句する。


 おいおい。冗談だろ? クレハ、かなり強かったぞ。おそらく真面目に本気で戦ったら、俺が負けていたかもしれない。たぶん、カルロスよりも強いんじゃないか?



『解答。魔力および龍力の強さから個体名:クレハは個体名:カルロスよりも強いと判断します』



 やっぱりそうか、極夜。



『補足。ただし龍族(ドラゴン)全体からすると彼女の力は弱く、本人の言葉通り最弱クラスに分けられます』



 ……カルロスであんなに強かったのに、それよりも強いクレハが最弱クラスだって? 一体どれだけ強いんだよ、龍族(ドラゴン)って。さすが最強の種族。災厄の権化、力の塊と言われるだけはある。



「最強の種族であるが故に、龍族(ドラゴン)の社会では弱肉強食が当たり前。いくら自らの国の姫であろうと、弱ければ何の価値もありませんわ。むしろ、姫だからこそ弱いことが罪となるのです。事実、父はわたくしに何の期待もせず、わたくしの弟を次期黒龍王にしようと熱を注いでいました」


「……」



 ミオの件といい、このクレハという女性の件といい、家族をなんだと思っているんだ。異種族での価値観の違いだからあまりこういうことは言いたくないけど、弱いから無価値とか、酷過ぎるだろ。



「ですからわたくしは、他の方法で強くなろうと考えたのです。それが、暗殺術。力では勝てないから技術で補おうとしたのでございます。けれど結果は散々なものでして、「影からコソコソ殺す卑怯者」、「我ら龍族(ドラゴン)の面汚し」とまで言われてしまいましたわ。次第にドラグニアにいるのも嫌になったわたくしは、わたくしと同じ境遇にいる者たちと共にドラグニアを出たのですわ」



 それが、彼女がリーダーを務めている暗殺集団【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】か。



「最初はそれなりに活動できておりました。けれど、それも数年前まででした」


「何かあったのか?」



 問い掛けると、彼女は「えぇ」と頷いて肯定した。



「不甲斐ないことではありますが、わたくしが魔力不整脈を患ってしまいましたの」



 魔力不整脈? 何だ、それは?

 聞き慣れない単語に首を傾げると、それを見た彼女が答えてくれた。



「生物の体には血管のように体中を巡る魔力の通り道がございます。これを魔力脈と言います。魔力不整脈とは、何かしらの理由でこの魔力脈が目詰まりを起こし、正しく魔力が巡らない病のことですわ。初期段階だと魔力が練りにくくなるだけなのですが、これを放置してしまうと心臓にまで影響を及ぼし、最後には死んでしまいます。わたくしの場合は、魔力のみならず龍力にも影響が出ているので、龍固有の技も使えなくなっていますわね」



 さっきの戦闘で暗殺術ばかりで魔術や龍の技を使わなかったのはそのためか。正確には、使わなかったのではなく、使えなかったわけだけど。


 納得していると、クレハは先ほど俺が飲ませた薬が入っていた小瓶を俺に見せるように持ち上げる。



「魔力不整脈は根本的な治療法が見付かっていない病でして、できることは精々が病の進行を抑えるくらい。この小瓶に入っていたのがその薬なのですが、シーザー・マレク・カーライルがこれを用意しているのでございますわ」


「じゃあ、そのせいでクレハたち【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】はシーザーに従わざるを得ない状況にあるってことか?」


「それだけではありませんわ。この薬と引き換えにわたくしの仲間五名が【隷属術式】を掛けられ、物言わぬ傀儡にされました。……あの時、油断してさえいなければ、この薬を解析し、わたくしたちで調合できるようにして、シーザーと手を切ったものを!!」



 よほど悔しいのか、クレハはギリッと歯を食い縛った。けれどそれも短い間で、彼女は深呼吸をして気を落ち着かせた。



「……わたくしの話はこれで全てですわ。今度は、アナタの話を聞かせていただけません?」


「あぁ、もちろん」


「では、まずお聞きしたいのですが、アナタは転移者だと仰いましたね?」


「そうだ。この髪と目の色が、その証拠になると思うけど」


「そうですわね。そのことに嘘偽りはないのでしょう。しかし、どうしてアナタから龍力を感じるのですか? しかもこの龍力、少しばかり覚えがあります」



 ……そうか。彼女は俺から龍力と、そこからカルロスの気配を感じ取ったのか。


 となれば、はぐらかすわけにはいかないか。それに、おそらく彼女は血縁者だろうし、カルロスの件は話しておくのが筋だな。



「カルロス・ゴッツ・バハムート。その名前に覚えは?」


「もちろん、ありますわ。わたくしの従兄ですもの。……カルロス兄をご存知なのですか?」


「あぁ、知っている。少ししか話さなかったけど」


「カルロス兄は、お元気ですか?」



 そう聞かれ、俺は心臓を鷲掴みにされる感覚に襲われた。


 言え。言うんだ。彼女には、伝えないといけないことなんだ。

 だから、その口でちゃんと伝えろ、雨霧阿頼耶。



「……死んだ」


「え?」


「カルロス・ゴッツ・バハムートは、死んだ。俺が……殺したんだ」



 その言葉にクレハは目を見開いて驚き、俺は彼の顛末を語った。








「そう、でございますか。カルロス兄は亡くなり、その魂はアナタと融合を。……ここ百年ほど行方知れずになっていましたが、まさか魔水晶に捕らわれていたとは。どうりで行方が分からないはずですわ」



 語り終えた後、彼女は複雑な顔をしていた。



「俺は、カルロスの仇ってことになる。……仇討ち、するか?」


「……」



 一度俺の方を見た彼女は少しばかり黙っていたが、やがて首を横に振った。



「……仇討ちしようとは思いませんわね。カルロス兄が負けたということは、カルロス兄はアナタよりも弱かったというだけですので」


「あっさりと言うんだな」


「力こそが絶対の龍族(ドラゴン)ですので。だから、お気になさらなくて良いのですよ? 聞く限りどうしようもない状況であったのは理解しております。兄は魔水晶の呪縛で命令に従うしかなく、そしてアナタは仲間を守るために戦わなければならなかった」


「……」


「それに、カルロス兄は納得してアナタに魂を差し出したのでしょう?」


「あぁ。「敗者の処遇を決めるのは勝者の特権だ。好きに使え」って言って、俺に魂を与えてくれたよ」


「であれば、わたくしから言うことは何もありませんわ。お互いが死力を尽くして戦った結果に、わたくしが口を挟むなど、おこがましいというものです。だから堂々としてくださいませ。アナタは上位龍である黒龍バハムートを倒した【龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)】なのですから」


「……ありがとう」



 お礼を言うと、彼女は笑みを浮かべた。



「にしても、真正面から戦ったアナタはまだしも、魔水晶にカルロス兄を閉じ込めた者は許せませんわね。きっと姑息な手を使われたに違いありませんわ。カルロス兄は、そうそう失態を演じませんもの」



 どうやら龍族(ドラゴン)という種族は、正面から正々堂々と戦った結果なら、その末に死んだとしても受け入れられるようだが、姑息な手を使われると腹を立てるようだ。



「暗殺者の言うセリフじゃないよな」


「わたくし相手なら別に構いません。暗殺者ですもの。けれどカルロス兄は暗殺者ではありませんから」



 だから姑息な手を使われたのが腹立たしい、と。


 いや、別にカルロスを魔水晶に閉じ込めたヤツが姑息な手を使ったなんて決まったわけじゃないんだけどな。



「カルロス兄を閉じ込めたのは誰なのかは、ご存じなくて?」


「いや。カルロスを封じた魔水晶を解いたヤツは知っているが、封じた人物は知らない。カルロスも「少し油断して」としか言っていなかったから」


「左様でございますか。残念ですが、仕方がありませんわね。……話を戻しましょう。アナタが転移者で、龍力を宿している理由も分かりました。けれど、ここで一体何をしていたのでございますか?」


「領主の館に忍び込む方法がないか探っていたんだ。俺の仲間に獣人の子がいてな。同族を助けたいらしい。そのついでに領主自体もどうにかしようと考えている」


「……その子は、獣人族(シアンスロープ)の重要人物なのでございますか?」


「いいや、ごく普通の獣人だよ。人猫種(ウェア・キャット)だ。いろいろあって、今は俺の奴隷になっているけど」


「では、巨額の報酬をもらうので?」


「そういえば、報酬の話は一切していなかったな」


「…………」



 彼女の質問に答えていくと、どうしてか「何なんだ、この男は」みたいな顔をされた。



「えっと……ということは、アナタは何の見返りも求めることなく、たった一人の獣人族(シアンスロープ)のために、領主と敵対するおつもりなのでございますか?」


「そんな大仰な理由じゃない。俺個人としても、領主の行いが気に入らなかっただけだ」



 俺の言葉に納得はしていないのか、彼女は胡乱げな目をして、嘆息を吐いた。



「……まぁ、良いでしょう。しかし領主をどうにかすると言っても、具体的な案はございますの?」



 そこを指摘されると弱い。一応、目途は立っているんだけどな。シーザーの後釜の選定には時間がかかるだろうけど、アイツ(・・・)の協力を得られたら、どうにかなるはずだ。【奴隷の首輪】に関しても、ミオが着けているものから術式を解析しているところなのだが、解除の見通しは立っているので問題ない。


 そのことを彼女に伝えると、驚いた顔をされた。



「【奴隷の首輪】の解除……で、ございますか? そんなことが可能なので?」


「まぁ、起動は単純なくせに術式自体は迂遠な書き方をしていたから読み解くのは少し苦労しているけど、不可能じゃないな。あの【奴隷の首輪】の術式って、干渉式のところに装着者を服従させる記述と、解放する記述があったから、解放の手順をもっと簡単なものに改竄して実行すれば、こちらの意思一つで解除することもできるだろうな」


「……異世界人は突出した能力を有するとは聞いておりましたが、それがよく分かる言葉でございますわね。常識の欠片もない」



 そう言えばセツナにも似たようなことを言われたなと思いながらバツが悪くなった俺は首の後ろを掻く。



「まぁともかく、そういうわけで領主の館への侵入ルートと掴まっている違法奴隷たちの脱出ルートを確保ができれば、大方の問題は解決できる。……そこで、俺はアナタたち【灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)】に協力を願い出たい」


「わたくしたちに、でございますか?」



 意外だったのか、彼女は目を見開いて問い返してきた。それに対して俺は頷いて言葉を続ける。



「あの館の警備を掻い潜って違法奴隷たちを脱出させるには準備と時間がかかる。今の俺には圧倒的に人手が足りないからな。けれどアナタたちが協力してくれれば、館への侵入も脱出も容易になる」



 彼女たちなら館の造りも把握しているだろうからな。全く知らない俺よりも、詳しくしっている彼女たちがいれば、スムーズに事を進めることができる。


 少し思案した彼女は言う。



「……協力すること自体は、やぶさかではありませんわ。しかしその代わりに、【隷属術式】を掛けられた、わたくしたちの仲間の五人を救うことに協力していただきます。これは譲れません」


「当然だな。分かった。アナタたちが違法奴隷たちの解放に手を貸してくれるなら、俺は【隷属術式】の解除に尽力しよう。おそらく【奴隷の首輪】と似た術式だろうからな。簡単に、とは言えないけど、解除はできるはずだ」


「であれば、アナタに協力する方向で話を進めましょう。ただ、わたくしとアナタのみで決めるわけにもいきません。この話は一旦持ち帰って、仲間たちと話し合わせてもらいますわ。よろしいですか?」


「あぁ、構わない。こっちもパーティメンバーに話さないといけないからな」


「では明日の正午、北の開発区にお越しください。そこにわたくしたちが拠点にしている場所ですので」


「分かった」



 俺は頷いて了承し、その場を去ろうとしたところで……ふとあることを思い出して彼女の方を振り返る。



「悪いけどさ。血を一滴だけもらって良いか?」


「血でございますか? それは別に構いませんけれど」



 首を傾げながらも、彼女はダガーを取り出して指先を少し切った。血が出たところで俺は極夜を抜き、その刀身に垂らしてもらった。彼女は終始、頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、俺は「気にしないでくれ」と言って誤魔化す。



『報告。血液情報から個体名:クレハの生体情報の解析が可能です。解析を開始しますか?』



 頭の中に響く極夜の声。カルロスの時にも刀身に付着した血から解析をしていたから、もしかしたらと思ったけど、予想通りだったな。

 もちろんイエスだ。頼んだぞ、極夜。


 極夜にそう返事を返し、俺は彼女に礼を言ってから、今度こそその場から去った。




  ◇◆◇




 話し合いを終えたわたくし――クレハ・オルトルート・クセニア・バハムートは立ち去って行く少年の後ろ姿を見詰めます。その背中は全くの無防備で、こちらのことなんてこれっぽっちも警戒しておりません。


 こちらが襲い掛かる可能性を考えていないのでございましょうか? それとも能天気なのでございましょうか? こちらの拠点に足を運ぶように言っても、対して問題視していないように即答で了承しておりましたし。


 信用している、と言えば聞こえは良いですが、少々危機感が足りていないのではなくて?

 普通、味方と断定できていない相手のフィールドに踏み込むなんて真似はしませんわよ?



「…………」



 けれど、どうしてでしょう。その背中を見ていると、どうにも襲う気にはなれませんでしたわ。


 たしかに、先ほどの戦闘で見た彼の術式から、彼には術式に対する理解が他の者よりも深いということが伺えます。あそこまで省略して術式を起動できるのですから、もしかしたら彼ならば本当に【隷属術式】を掛けられた仲間たちを救い出してくださるかもしれません。


 しかし、それを確実に成すにはあまりにも不確定要素が多過ぎるのも、また事実。

 こんな分の悪い賭けに出るなど、まったくもって、わたくしらしくありませんわね。



「……あの目が原因でしょうか?」



 わたくしの父や、仲間が【隷属術式】のせいで傀儡となってしまった話をした時に見た、あの真っ直ぐで、それでいて激しい熱を持った目。あの目に動かされたということでございましょうか?


 まったく。今日会ったばかりの、しかもこちらの世界の者ではない転移者に動かされるとは。世の中、何が起こるか分からないものでございますわね。


 果たして、吉と出るか凶と出るか。



「わたくしの判断が、間違いでなければ良いのですけれど」



 口に出た不安とは裏腹に、くすりと笑みを浮かべたわたくしは、仲間のいる所へと向かったのでした。

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