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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第3章 捕らわれた奴隷編
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第64話 真夜中の戦闘

 その日の夜。俺は外に出歩いていた。いつもフードはしていないが、今回はフードを被っている。全身を外套で覆って姿を隠している状態なので、見た目的には怪しい人物にしか見えない。けどまぁ、今回は隠密活動がメインだからこれで問題はない。


 今、俺は一人で行動している。セツナとミオの二人は訓練が終わった後、グロッキーになってしまったので、宿の部屋に放り込んだ。


 正直、やり過ぎたかなと思わなくもない。反省はしていないけどな!


 結果的に今日の訓練だけでセツナはレベルが31から36に、ミオは12から18に上がったからな。やっぱり殺す気で訓練したことに間違いはなかったらしい。緊張感を持ってやれた分、経験値がしっかり入っているからな。この方法は今後も続けていくとしよう。


 そんなわけで俺は一人で行動しているわけだが、その目的は領主の館への侵入方法を探るためだ。


 警備体制や状況。館の見取り。捕まった奴隷たちの居場所。その他にもできれば敵方の戦力や領主のスケジュールなんかも知りたいところだ。まぁさすがにそこまでは無理だろうけど。



「せめて警備体制。人数。状況までは知っておきたいな」



 建物の陰に隠れて領主の館の方を覗き見しながら言う。その後、建物の屋根に登ったり、【気配察知】や【魔力感知】のスキルを使ったりして館の様子を調べる。



 ――【気配遮断】スキルを獲得しました。

 ――【魔力遮断】スキルを獲得しました。

 ――【隠密】スキルを獲得しました。



 お? 隠密行動にピッタリのスキルが手に入ったな。ラッキー。

 と、少し浮かれたが、館を調べた結果は浮かれることはできないものだった。


 嘆かわしいことに、門の前の見張りはもちろんのこと、館の中の警備もかなり厳重になっている。おそらく、騎士団が調べていることが影響して警戒を強めているんだろう。地下にはかなりの人数の気配と魔力の反応があったから、おそらくこれは捕まった奴隷たちだろう。


 この警備体制の中を三人で突破して、地下にいる奴隷たちを解放する?


 中々に無謀だと言わざるを得ない。真正面からなんて言語道断。徹頭徹尾、隠密行動で奴隷たちを逃がさないといけない。


 厳重な警備を掻い潜っての潜入方法。そこから数十人の奴隷たちを解放するために【奴隷の首輪】をどうにかする方法。奴隷たちを連れて館からの脱出経路。その後の奴隷たちの身を寄せる場所の確保。そして忘れてはいけないのが、現領主シーザー・マレク・カーライルを排除し、その後釜を据えること。


 いくらシーザーを排したとしても、その後釜が似たようなヤツだったら意味がないからな。



「……となると、アイツに頼んでみるか」



 少々無茶をしてもらうことになるけど、全くの無関係ってわけじゃないからな。ただ、無償で頼むわけにもいかないから……そうだな、“コレ”を渡しておくか。


 俺は無属性魔術の【使い魔生成】で使い魔を作り出す。セツナの使い魔は金糸雀(カナリア)の姿をしていたが、俺の使い魔は鴉だ。俺は送る相手宛に手紙を書き、それと渡すものを鴉に持たせて空へと放つ。ついでにもう一匹、使い魔を生成して別の人物に飛ばした。


 これでよし、と思った直後だった。



「っ!?」



 うなじの辺りがチリッと焼けるような感覚と、【危機察知】スキルに反応があった。反射的に俺は振り返り、極夜を抜く。すると甲高い金属音が鳴り響いた。いつの間に接近していたのか、そこには灰色のマントに身を包んだ人物がいた。


 そいつは弾かれた勢いを利用して俺から間合いを空ける。手にしているのはダガーで、どうやら俺はアレの攻撃を弾いたようだ。


 クソ。【気配察知】と【魔力感知】を最大にしているってのに全然気付かなかった!

 わずかに感知できた殺気に気付かなかったらさっきので殺されていた!


 体はマントで覆っているし、顔はフードを被って口元を布で隠しているから男なのか女なのか判断できない。ただ、フードから覗く目は黄金色(こがねいろ)に輝いており、瞳孔は獣のそれのように縦長に割れていることは分かった。



「…………」


「…………」



 俺とフードの人物は互いに睨み合った状態で対峙する。緊迫した状況で、口を開いたのは向こうだった。



「何者でございますか?」



 女の声? この灰色フード、女なのか?



「領主の館を覗いていた目的を仰っていただけますか?」


「…………」


「そう」



 無言を敵性意思と受け取ったのか。灰色フードの女性は頷いた後に言う。



「なら、死んでいただきますわ」


「っ!?」



 直後、俺の視界から灰色フードの女性の姿が消えた。そしてまた、うなじの辺りに感じる焼けるような感覚と【危機察知】スキルが鳴らす警鐘がしたので、それに従って頭を下げる。すると、頭上をダガーの刃が通り過ぎた。


 今度は気配も魔力も感じないどころか、姿まで見失っただと!?

 コイツ! 凄腕の暗殺者か!!



「はぁっ!!」



 屈んだ状態で、俺は右足を蹴り上げる。放った蹴りは灰色フードの女性のダガーにヒットし、後方へと飛ばす。俺はそのまま体を捻って残った左足で跳躍。タンッ、タンッと二度ほどバックステップして灰色フードの女性と間合いを空けた。今いる場所が屋根の上のため、足場が悪く滑りそうになるが、どうにか堪える。すると今度はナイフが十本ほど飛んできた。



「チッ」



 舌打ちをし、俺は極夜を振るってナイフを八本叩き落し、それでは足りず、極夜を一度口で咥え、残りのナイフ二本を素手でキャッチして灰色フードの女性へと投げ返した。


 しかし残念ながら灰色フードの女性はそのナイフを躱してしまった。



「驚きましたわ」



 調節するように口元の布をいじる灰色フードの女性は呟く。その声音は本当に驚いているようだった。



「わたくしの攻撃を躱す人間はそれなりにおりましたが、二撃目で反撃してくるどころかナイフを投げ返してきたのはアナタが初めてですわ」


「そいつはどうも。それに免じてこのまま逃がしてくれると嬉しいんだけどな?」


「そうはいきませんわ。不審者の排除が、わたくしの仕事ですもの」



 だよな。ったく。こんな手練れを相手にするなんてな。これは……左手の龍腕を使わない、なんて言ってられないか? さすがに片手だけで勝てるないしは逃げ切れるような相手じゃない。


 どうする? 左手を使うか? それとも極夜を聖剣か魔剣状態にして一気に切り抜けるか?


 いや、ダメだ。左手を使うのはまだしも、こんな街中で極夜を聖剣か魔剣にしたら大なり小なり被害が出てしまう。それは避けないと。


 何か良い案はないかを考えながら、そのための時間稼ぎのために灰色フードの女性に話しかける。



「領主の館を覗いていたからって、随分と手荒じゃないか」


「あら。こんな時間に領主の館を覗くなんて、それだけで怪しいではございませんか。それに、何者であるかもお答えいただけませんでしたし」


「いきなり攻撃してきたヤツに答えるわけないだろ」



 ――【並列思考】スキルを獲得しました。



 並列思考? 複数の事柄を同時に思考することが可能になるスキルか。よし。早速使おう。


 使った瞬間、頭の中がクリアになり、いろんなことが考えられるようになった。中々使えるスキルみたいだ。



「それより、お前こそ何者なんだ。あの領主の手下か?」



 これは、ちょっと気になっていたことだ。状況から考えて、彼女は領主の館に近付く不審者を排除してきたのだろう。となれば、彼女はおそらく領主の手下だ。だが、分からない。彼女は疑う余地もなく一流の暗殺者だ。仕事なんていくらでもあるだろう。それなのに、どうして良い噂を聞かない領主なんかに雇われているのか。


 仕事は選ばない性質なのか?


 そう思っての言葉だったが、灰色フードの女性はもう一本ダガーを取り出し、一気に間合いを詰めてきて斬りかかってきた。



「っ!?」



 いきなりのことに俺は驚いたが、どうにか反応できて極夜でダガーを受け止めた。



「ふざけたことを仰らないでいただけませんか? 誰があんなクズの手下になんぞに!!」



 ギリギリギリッと鍔迫り合いになった状態で灰色フードの女性がその獣のような黄金色(こがねいろ)の瞳で俺を睨み付ける。そこには明らかに怒りの色が滲み出ていた。


 何だ? シーザーの手下と言われて怒っている? でも、シーザーのことを嗅ぎ回っているヤツを始末するために、こうして俺を襲っているんだよな? もしかして、納得して仕事をしているわけじゃないのか? 何だか、この暗殺者も何か問題を抱えていそうだな。


 彼女の怒り具合からそう察すると、彼女はグッとダガーを押し込んできた。見た目以上に筋力値があるようで、力負けした俺は弾き飛ばされる。


 って! ちょっと待て! 俺の筋力は【剣術】スキルや【創造神(アレクシア)の加護】で追加された分も合わせて4753なんだぞ!? なのにそれに打ち勝つなんてどんな筋力をしているんだよ!


 ガガガッ! と屋根を滑るようにして勢いを殺す。



「じゃあ何でシーザーに協力しているんだよ!」


「したくて協力しているとでも!? それに何も知らないアナタにどうこう言われる筋合いはございませんわ!」



 叫ぶ灰色フードの女性はダガーを持つ手とは反対の左手を動かす。すると、俺の右腕に何かが巻き付く感覚がした。視線をそちらに向けると、暗いせいで目を凝らさないと分からないが、極細の糸のようなものが巻き付いていた。



「ワイヤーか!!」



 気付いたが遅かった。彼女が手を振るとそれに応じて俺の体――というか右腕が引っ張られ、空中へと投げ出された。



「クソ!」



 ワイヤーは外れていた。空中に投げ出された俺はどうにか姿勢制御し、灰色フードの女性の方を見る。が、いつの間にか俺の方にはナイフが投擲されていた。



「――【魔力障壁(マナ・シールド)】」



 そのナイフを魔力の障壁で弾く。防ぎ切った後、すぐさま【魔力障壁(マナ・シールド)】を解除。中級の風属性魔術の【疾風刃(ゲイル・カッター)】を展開して放つ。が、向こうはそれをひらりと躱してしまった。


 身軽だなぁ、おい! 俺も人のことは言えないけどさ!


 俺は近くの路地裏に着地する。すると、彼女も追ってきたようで俺と同様に路地裏へと着地した。俺と彼女は向き合った状態で互いを牽制する。できれば、このまま退避したい。正直なところ、彼女と戦う気が失せてきたのだ。


 これまでの彼女の反応や言葉から、きっと彼女は無理やり協力させられている。先ほどから殺気は向けられても敵意が全くないのがその証拠だ。


 そんな人物と殺し合わなければならないなんて馬鹿げている。できれば、これ以上戦いたくはない。けれど、彼女は自発的に見逃すことはできないだろう。なら、俺が自力で彼女から逃げ切る必要がある。


 どうやって手練れの暗殺者から逃げ切るか考えていると、灰色フードの女性はダガーを手に俺に迫ってきた。だが――



「っ!?」


「なっ!?」



 灰色フードの女性は足を止め、胸を抑えて苦しみ出した。


 何だ? 一体何が起こって……!!



「うぅ!! ぐっ!! あぁ!!」



 何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。けれど、あの苦しみ方は尋常じゃない。気が付けば俺は灰色フードの女性に駆け寄っていた。



「おい! 大丈夫か!?」


「くっ……うぁ……」



 極夜を鞘に納めて声を掛けるが、彼女は地面に横たわって呻くばかり。発作か何かか?


 疑問に思っていると、彼女はもぞもぞと体を動かした。服の中を探っている? 何かを探しているのか?



「何だ? 何を探している!?」


「………………みぎ、の……むね……ポケット」


「右の胸ポケットだな!」



 わずかに逡巡があったが、答えてくれた。声が小さくて聞き逃しそうだったが、確かに聞こえた。俺はすぐに彼女の右の胸ポケットを探る。すると、ポケットには小瓶が入っていた。



「これは……?」



 回復薬(ポーション)、か? いや、暗くて分かりにくいが、この小瓶の中の液体は紫色だ。回復薬(ポーション)は青色だから、これは回復薬(ポーション)じゃない。何かの薬か?



「う……あ……」



 灰色フードの女性は俺の持つ小瓶へ手を伸ばす。


 しまった! 早く飲ませないと!


 左腕で彼女の体を支え、彼女の口元を覆っていた布を取る。本来なら血色が良かったのかもしれない彼女の唇は、しかし紫色になっていて、見るからに不調をきたしていた。


 急いで俺は瓶の口を開け、彼女に飲ませる。始めは飲むことを躊躇っていたが、彼女は大人しく、そして弱々しく薬を飲んだ。薬を飲み干すと、彼女はまだ苦しそうだったが、体を起こして俺から離れた。


 ふらふらとした足取りで俺と距離を取り、構える。けれど武器は抜いていない。警戒心を露わにしながらこちらを見る彼女は口を開く。



「……どうして、わたくしを助けたのでございますか?」


「……その方が互いのためになりそうだと思ったからだ」


「お互いのために、でございますか?」



 俺の言っていることが理解できないようで、彼女は怪訝そうな顔をした。


 ふむ。即座に戦闘再開って雰囲気でもないし、向こうはこっちの話を聞く気になっている。どうにかここから話し合いに持っていければ……。



「とりあえずさ。ゆっくり話をしないか?」


「……何を馬鹿げたことを。話をすると言っておきながら、油断したところを襲うつもりでは?」



 そう警戒するのも当然だ。けれど、彼女の言葉には穴がある。



「もしそのつもりなら、そっちが苦しみ出した時、わざわざ薬を飲ませるなんてことはしない。そのまま刃を突き立てれば終わりだ。というか、それが分かっているから、警戒しながらも武器は抜いていないんだろ?」


「…………」



 反応が読み取りにくいから判断に迷うが、間違ってはいないはずだ。先ほどまでと違って、こちらを睨んで警戒していても殺気がないのがその証拠だ。


 こちらの真意を測るように見ていた彼女だったが、やがて呆れたように「はぁ~」と溜め息を吐いた。同時に彼女からの警戒が緩んだようで、少し張り詰めていた空気が和らいだ。



「よく分からない殿方。殺す気で来た相手を助けるばかりか武器を収めて会話をしようと提案なさるなんて。真面な神経をしているとは思えませんわ」


「会話をするのに武器なんて必要ないだろ?」


「殺そうとしてきた相手と話をしようと思うこと自体がおかしいのですわ」



 再度溜め息を吐いた彼女はバサッとフードを脱ぐ。その素顔は薬を飲ませた時にも見えていたが、三つ編み一本結びにした素鼠色(すねずみいろ)の髪に、見た目は二十代くらいに見え、色気のある大人の魅力を醸し出している美女だ。



「良いでしょう。曲がりなりにも助けられたのです。少しばかりそちらの戯言に付き合って差し上げましょう」



 美しき暗殺者は艶やかな笑みを浮かべて言った。

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