第63話 おいでませ地獄の阿頼耶ブートキャンプ
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ミオの「助けて」を聞き届けた俺――雨霧阿頼耶は昼食を食べた後、問題の解決のために冒険者ギルド・アルカディアの修練場へやって来た。奴隷解放のためなのにどうして修練場に来ているのか。その理由は単純明快で、ミオとセツナを鍛えるためだ。
それは問題の解決に必要なことなのか? と問われれば答えはイエスだ。
シーザーが今回の事件の黒幕であることはほぼ確実。だがしかし、向こう側の戦力がどれほどなのかは分からない。捜査を続けているという騎士団に助力を頼むのも一つの手だが、頼んだところでこれは無駄に終わるだろう。
どこの馬の骨とも知れないたかが冒険者のクソガキの言葉なんて、信じる方がどうかしている。これが公に知られた確かな実績のある高ランクの冒険者ならまた違ったんだろうけどな。
生憎と俺には公にできる実績は少ない。セツナの一件が大きな実績になるだろうが、アレは非公式だし公にすることはできない。加えて、第三皇女であるセツナの口利きで騎士団を動かすという手も使えない。セツナは身分を隠しているからな。
ならばできることは俺自身と仲間の戦力アップしかない。
加えて、奴隷解放のために領主の館に忍び込むにしても、警備状況はもちろんのこと、奴隷たちがどこに捕まっているのか調べる必要がある。こんな真っ昼間に調べることはできないから夜に動くしかないって理由もある。
「ほらほらどうしたぁ!! 腰が引けているぞっ!!」
ミオの双剣による攻撃を掻い潜り、俺は彼女の腹に蹴りを入れる。「みぎゃ!!」という声を出しながら後ろへと吹き飛ぶ。地面から足は完全に離れ、姿勢制御も儘ならないまま修練場の壁へと激突した。その衝撃で煙が舞う。
「……うわぁ~」
明らかに引いた声を出したのはセツナだった。
「先輩って本当に容赦がないですよね。カルダヌスに着くまでの間にやった私との手合わせの時も本気で殺しに来ていましたし」
「この方が一番手っ取り早いからな。それに手を抜いて強くなれるほど世の中は甘くないだろ。いざ殺気を当てられて身動きが取れなくなる、なんて間抜けな状況になるなんて目も当てられない」
「だからって本気の殺気を出すばかりか【龍の威圧】まで使う必要はないと思いますけどね。スパルタにもほどがありますよ。鬼畜ですね」
「よーし。喧嘩を売っているんだな? お前の訓練は倍に決定だ」
「あ、待って! ごめんなさい! それだけは勘弁してください!」
くっちゃべっているうちに、舞い上がった煙の中から出てきたミオが突きを放ってくる。セツナとの会話を即座に切り上げた俺はそれを半身になって躱し、襟首を掴んで投げ飛ばす。
「攻撃が見え見えだ。そんなんじゃゴブリンも殺せないぞ」
「……っ!!」
クルリと空中で一回転したミオは地面に着地するが、その瞬間を狙って俺は一気に肉薄して極夜を振り下ろす。それをミオは双剣を交差させることで受け止めるが、勢いまで殺し切ることはできず、地面がバゴン!! と少し陥没した。
「……うっ! ぐぅ!!」
「思考を途切れさせるな。考え続けろ。一瞬たりとも気を緩めるな。じゃないと……」
言いながら、俺は【火炎】の魔術を空中に展開させて炎を燻らせる。
「死ぬぞ?」
「……っ!!!?」
まるで火炎放射のように放たれた火炎はミオへと襲い掛かる。しかし、そこでミオは双剣を横にズラして極夜を逸らして後方へと避難した。
良い反応速度だ。だが、後ろに下がったのは間違いだな。
あの場合は間合いを空けるのではなく、側面へと回り込んで攻撃を仕掛けるのが一番だ。
それを指摘するために一歩踏み出したところで俺の【危機察知】スキルに反応があった。すぐさま無属性の防御系魔術である魔力でできた円形の楯――【魔力障壁】を前面に出すと、バチィィ!! と雷が飛来した。俺の視線の先にいるミオは双剣の一振りをこちらに向けている。が、しかし、彼女の体からは帯電しているように雷が迸っていた。
そうか。【雷帝招来】スキルの『雷霆』か!!
中々使わないから頭から抜け落ちていたが、そう言えば召喚系のスキルも持っていたな。これは……もう少し楽しめそうだな!
ニヤリと思わず笑ったのを自覚する。ミオは警戒を強めたが、大きく迂回するように駆け出す。まだ雷を纏っている。
制限時間はないのか? 強力なスキルは何かしら制限があるが、どうやら任意で発動できるらしい。となると、スタミナが続く限り持続するのかもしれないな。
ときおり俺に向かって雷を放ってくるが、それを【魔力障壁】で防いでいく。剣の切っ先をこちらに向けているところを見ると、アレで指向性を与えているようだ。
普通、雷を目視で捉えてそれを防ぐなんて芸当はできない。けれどミオがやっているように切っ先を使って狙いを定めているなら、雷を放つ瞬間の切っ先の向きに注意すれば防ぐことはできる。
とはいえ、それを可能にしているのは龍の身体能力を使っているからだろうけどな。
しばらくそうしてミオからの雷撃を防いでいると、遠距離攻撃は効果がないと判断したようで、ミオは方針を変えて斬り掛かってきた。俺に向かって疾駆する彼女は、巧く雷撃を放って牽制しながら距離を詰めてくる。
先ほどよりも連射性が上がった雷撃を防いでいるが、そちらに意識を取られ過ぎた。いつの間にかミオは体勢を地面すれすれまで低くして接近していた。
「っと!」
「……っ」
下から突き上げてくるような鋭い剣戟だったが、俺はそれを極夜で弾く。そこからザリッと踏み込み、俺は連撃を放つ。
「……っ!?」
ガガガガガガガガガガッッ!! と極夜とミスリル製の双剣がぶつかり合う金属音が響き渡る。ミオは双剣でどうにか受け止めているが、徐々に反応が遅れ出した。
「もっと動きをコンパクトにまとめろ。そんな大振りだと隙だらけだ」
「うっ! くっ!」
剣で受けるたびに、ミオから苦悶の声が漏れる。極夜を振り上げると、ハッとした彼女は即座に受け止める体勢に入るが……残念。フェイントだ。俺は極夜を振り下ろすことなく、彼女の双剣を蹴り上げる。双剣は呆気なくミオの手から離れ、彼女の後ろへと落ちた。
ミオは後ろへたたらを踏んで地面に座り込み、そのまま体を投げ出した。
「おーい。どうした? もうバテたか?」
「……はぁ……はぁ」
返事がない。ただの屍のようだ。
「ふむ。この辺りが限界か。なら、今度はセツナの番だな」
「あぁ、やっぱり私もやるんですね」
終わったのを見計らったセツナはこっちに近付きつつ、観念したように太股のホルスターからコメットを抜く。前のセツナの服装はショートパンツだったけど、ミオの装備や服を買った時に彼女も自分の分を買っていたみたいで、今ではスカートに変わっている。
戦闘にスカートってどうなんだろう? と思わなくもないが、まぁ似合っているから良いか。
「言った通り、セツナは倍でやるからそのつもりで」
「えっ!? アレって冗談じゃなかったんですか!?」
「やっぱりさ。言ったことには責任を持たないといけないと思うんだよ、俺は」
「その考えは立派ですけど、今は放棄してほしいです!」
「ちなみにセツナが終わったらまたミオの番だからな。んで、ミオが終わったらまたセツナだから」
俺の言葉にセツナはもちろんのこと、地面でへばっているミオも目を丸くする。
「一体いつまで続けるつもりなんですか!?」
「とりあえず、二人が「もうやめて」って泣いて言ってもやり続けようと思う」
「にやりと笑いながら言わないでくださいよ、このサディスト!! 完全に楽しんでいますよね!?」
「大丈夫。俺がいじめたくなるのは親しいヤツだけだから。いわゆる特別待遇ってヤツだ」
「そんな特別待遇なんて嬉しくないですからね!?」
「安心しろ。いざとなったら回復薬を飲ませて回復させるから。もちろん、訓練はそのまま続行だけどな」
「欠片も安心できないんですけど!?」
喚いたところで訓練が中止になることはない。あえなく訓練は開始され、修練場には二人の少女の叫び声が響くのだった。




