第59話 借りを返してもらう
随分と話し込んでいたらしく、バンブーフィールド商会から出ると空は茜色に染まっていた。
あの後もヴァイオレット令嬢とは少しだけ会話をした。だが結局、行方不明事件についてアレ以上のことは分からなかった。公爵家令嬢といっても、捜査に関わっているわけじゃないから、むしろアレだけ分かっていることがおかしいのだが。
ヴァイオレット令嬢とは取引の話もした。とは言えそれほど堅苦しいものではなく、俺が何か珍しい素材や物を見付けたら優先的に取引させてほしい、代わりにバンブーフィールド商会の商品を格安で提供するといった内容だ。
「…………」
とまぁそれは良いんだが、ヴァイオレット令嬢の許を後にしてからミオの様子がおかしい。バンブーフィールド商会から出てからずっと黙ったままだ。それ自体は、彼女は基本的に無口だから気にするようなことじゃない。
けれど、行方不明事件の話の時に出てきた、彼女が昔暮らしていたルーク村の名前を聞いて、彼女は動揺した反応を示していた。
『ミオちゃん、やっぱり気にしているんでしょうか?』
彼女も心配なのか、セツナから念話が届いた。
『かもしれない』
ミオはかつて、同じ村に住んでいた人たちからあまり良い扱いを受けなかった。おそらくそれは、彼女が獣人族でも一握りの者しか獲得できない【獣化】スキルのみならず【雷帝招来】スキルも獲得していたからで、彼女のあまり自己主張をしない性格も災いしたんだろう。
挙句の果てには世話になっていた親戚に裏切られて売られてしまった。しかし、それでも自分が暮らしていた村が襲われたと聞いて、何も感じないわけではないということか。
『少し情報を集めた方が良いかもしれないな』
『情報を、ですか?』
『あぁ。行方不明事件が何者かによる誘拐事件なら、俺たちも被害にあわない保証はない』
『だから誘拐事件に関する情報を集めようと?』
『そうすれば何か対策を取れるかもしれないからな』
被害にあう、という保証もないが、だからといって何も準備せずにいざ被害にあってしまっては目も当てられない。
『だから俺はエストの所に行ってくる。その間、ミオの面倒を見てやってくれ』
『分かりました』
一通りの説明を終えると、何故かセツナは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
『何だ?』
『いえ。あーだこーだとそれらしいことを言っていますが、結局のところ先輩はミオちゃんを助けてあげたいんだぁと思いまして。本当は先輩、ルーク村の住人のことを調べて、内容によってはミオちゃんにどうしたいか決めさせたいんですよね。その上で、ミオちゃんの望みを叶えてあげたいんですよね』
『………………………………………………………………………………………………………………………………………………別にそういうわけじゃねぇし』
『たっぷり間が空いていますから説得力がありませんけど、そういうことにしておいてあげます』
したり顔で微笑むセツナを黙殺する。
「少し用事を済ませてくる。二人は先に戻っていてくれ」
それだけ言って、俺は二人と別れた。
しばらく歩いていると陽は落ちてしまい、辺りはすっかり暗くなってしまった。店や住居の明かりもほとんど消えている。こちらの世界は地球と違って夜中まで働くところなんて早々ない。大抵の店は閉まり、住民たちは眠りに付く。例外なのは娼館のような店くらいなものか。
ちなみに冒険者ギルド・アルカディアや、地球で言うところの病院に該当する施術院などは二十四時間営業らしい。不測の事態に対応できるようにするための処置なのだとか。だからこの時間でも夜勤組が普通に仕事をしている。
さらに歩みを進めるとエストの喫茶店が見えてきた。店内の明かりは落とされ、扉の札は『準備中』となっているため、今日の営業は終わったのだろう。しかし、それを横目で一瞥した俺は正面の扉を通り過ぎ、店の裏手へと移動する。
「いらっしゃいッス」
するとそこに、まるで待ち構えていたかのように店の裏口に背中を預けて立っているエストがいた。暗がりに店の裏手というシチュエーションも影響してか、中々に怪しげな雰囲気が出ている。
「よく俺が来るって分かったな」
「ま、これでも一流の情報屋ッスからね。大抵のことは知ってるッスよ。そういう阿頼耶さんこそ、迷わずこっちに来たッスね。店の明かりは落としてたんスけど、寝てるとは思わなかったッスか?」
「お前の気配がしたからな。起きているだろうとは思っていた」
正面の扉を素通りして裏手に回ったのは、俺の【気配察知】スキルに彼女の気配が店の裏口で感じたからだ。
「そうッスか。とりあえず中へどうぞッス」
頷き、俺はエストに続いて店内へと入った。バックヤードを抜けてホールへ入り、カウンター席へと座る。すると、早速エストは切り出した。
「それで、こんな時間に何の用ッスか?」
分かっているだろうに。
苦笑を浮かべて俺はエストに言う。
「今すぐに欲しい情報はないから貸し一つにするって話をしただろ? 状況が変わった。悪いが、借りを返してくれ」
「良いッスよ? 何を知りたいッスか?」
「ここ一年ほど続いている誘拐事件のことを全て」
「……全部って、それはまたアバウトな範囲ッスね。まぁ知ってるッスけど」
「なら……」
「でも、全てとはいかないッスよ。さすがにそれだと貸し借りのつり合いが取れねぇッス」
やっぱりそうか。
とりあえず俺の要望を言ってはみたが、揉め事から助けた程度じゃ足りないよな。
「全部知りたいなら、不足分の料金ももらうッス」
「分かった。これでどうだ?」
頷いた俺は【虚空庫の指輪】から金袋を取り出し、それをカウンターに置く。中には百万ユルズ入っている。これだけあれば充分ではないだろうか。
そう思って様子を窺うと、エストは金袋の中身を確認して納得したように頷いた。
良かった。どうやら問題なさそうだ。
「充分ッス。それじゃあ何から教えるッスかね?」
唇に人差し指を当てて考える素振りをするエストは、しばらくそうしてから口を開いた。
「結論から言うと、今回起こっているのはただの誘拐事件じゃないッス」
「どういうことだ?」
「奴隷として売られてるんスよ、誘拐された人たちは」
詳しく聞くと、どうやら誘拐された人たちは【奴隷の首輪】を着けられ、違法奴隷となって他国へ売り飛ばされているらしい。誘拐にあった人たちのほとんどが美男美女だったようで、おそらくそれのせいでターゲットになったのだろうというのがエストの考えだ。
「森妖種は種族的にそういった、見た目が綺麗なヤツらが多いのは知っているが、人間や獣人もか?」
「だから人間の方は被害が少ないんスよ。獣人族の場合は、身体能力が高いからそういった面で狙われたのかもしれないッスね。それに獣人族の中には人兎種のような身体能力がそこまで高くない愛玩系の獣人族もいるッスから」
ミオが暮らしていたルーク村の全員が消えたのも、それが理由で襲われ、違法奴隷にされたということか。
「北部にあるルーク村は知っているか?」
「ついこの間、被害にあった村ッスね。あそこはたしか獣人族だけの村で、全員が何者かに襲われてるッス。十中八九、違法奴隷にされてるッスね」
情報屋をしているだけあって記憶力が良いようで、聞けばエストは諳んじて答えてくれた。
そうか。ルーク村の住民も違法奴隷に。
「胸くそ悪い話ッス。森妖種や獣人族は高値で取引されるってんスから」
本当に胸くそが悪くなっているようで、エストは不愉快そうな顔をしていた。
「主犯は誰なのかは判明しているのか?」
「シーザー・マレク・カーライル。ここ、フレネル辺境伯領の現領主ッス」
エストの言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「領主が違法奴隷売買をしているのか!?」
「物的証拠はないッスけどね。状況や人柄を考えると、そうとしか思えないんスよ」
何でも、そのシーザーとかいう領主は俗物で欲深く、金も地位も名誉も女も欲しがるロクデナシなんだとか。まだ噂の領域を出ないが、今後『処女税』なんてふざけた税まで課す予定らしい。
「そんなものを税として徴収するなんてアリなのか?」
「領地運営は領主に一任されてるッスからね。処罰なんてされないッスよ」
だからってそんな税を徴収するのがまかり通るなんて、とんでもない話だ。
正直、処女税が施行されたとしても、冒険者であるセツナやミオは厳密には皇国民ではないため、税の対象外となるから実害はない。実害はないのだが、それが施行されたこの街の情景を思い浮かべると、容易にこの街の空気が悪くなるだろうと想像できた。
「騎士団の方もあらかた情報を得てはいるみたいッスけど、相手は辺境伯ッスからね。物的証拠も無しに強制捜査はできないッス」
辺境伯っていうと、伯爵と侯爵の間の爵位か。かなり上の地位だから、騎士団も容易に手出しはできないのか。けど、怪しさはむんむんなんだよなぁ。エストも領主のシーザーが主犯だと思っているみたいだし。
このままだと面倒なことになりそうではあるよな。はてさて、どうしたものかな。まずは……ミオとセツナにこのことを知らせるか。
今後どう動くかは、それから決めるとしよう。
かえる様よりご感想にて指摘をいただきまして、火の車になるほど金を使っていないので、阿頼耶がエストにステータスを見せるくだりを変更しました。(2018/11/24)




