第58話 齎された情報
最近、週一で更新してますけど、毎日更新してる人、すげぇって痛感します。
「転生者って……」
「信じられない? なら……」
こほん、と一度咳払いをしたヴァイオレット令嬢は再度口を開く。
『これなら信じてもらえる?』
「っっ!!!?」
決定的な証拠を突き付けられた。
俺やアイツら異界勇者たちが持つ【言語理解】というスキルは、相手の言葉を自分に理解できる言語に変換して聞き取っている。だから俺には相手の口の動きと実際に聞こえる言葉がズレて見えている。
だと言うのに、今のヴァイオレット令嬢の言葉と口の動きは一致していた。
それはつまり、ヴァイオレット令嬢は日本語を話したということになる。
これほど明確な証拠はないだろう。
「まさか、こんなところで同郷に会うとはな」
こちらの世界に地球からの転生者や転移者が、アストラルの人たちに広く認知されるほどに現れていることは知っていた。だが、まさかこんなに早く異世界人と遭遇するとは思わなかった。
「……それで? その転生者様が、俺に会ってどうするつもりなんだ?」
「「――っ!!」」
訊くも、ヴァイオレット令嬢は答えない。答えず、下を向いて震え出した。気付けば、彼女の後ろに控えていたマリーも床に座り込んで苦しそうに胸元を抑えている。
何だ? どうしていきなりそんな死にそうな状態になっているんだ?
ん? ミオまで同じ状態になっているじゃないか。
三人の変わりように疑問を抱いていると、セツナが俺の右袖を引っ張る。彼女も彼女で、冷や汗を流していた。
「先輩、威圧を抑えてください。私のレベルならまだ平気ですが、他の人たちだと窒息で死んでしまいます」
……どうやら気付かないうちに威圧感を出していたらしい。
別段、意識してなかったのに、そんなにキツい威圧感が出ていたのか?
『解答。マスターが獲得している【龍の威圧】が発動しています』
疑問に思っていたところに極夜が答えてくれたが、その解答に驚く。
無意識に発動していたのか。意識していないから大した効果はないはずだけど、それでもこれだけの効果があるのか。【龍の威圧】の取り扱いには注意した方が良さそうだな。
「……はぁ」
深呼吸して、意図して心のさざ波を鎮める。
駄目だな。異世界人って聞くと異界勇者のことを思い出して、つい苛立ってしまう。今朝の【グリフォンの爪】の時といい、何だか短気になっている気がする。
気を付けないとな。
「悪かった」
「い、いえ。大丈夫よ。私、何か気に障ることをしたのかしら?」
恐る恐る訊いてくるヴァイオレット令嬢に俺は首を横に振る。
「ヴァイオレット令嬢がどうこうってわけじゃない。俺個人の問題だから気にしないでくれ。――それで、俺を呼んだ理由は?」
「え、えぇ。別に大したことじゃないの。私、こっちの世界に転生してから今まで一度も異世界人に会ったことがなくて。せっかくの機会だから繋がりを持ちたいって思ったの」
「それだけなのか?」
「それだけ、とは言うけど、私からしたら死活問題なのよ。異世界人が来ることもあるのに、この十一年間ずっと会ったことがなかったんだから」
言われ、想像してみる。こちらに転生して、十一年越しに同郷の者と会う機会を得た。
そりゃ確かに縁を持ちたいと思うのも当然か。
随分と砕けた喋り方をすると思っていたが、それも俺が異世界人だからのことだったからか。
納得し、俺はヴァイオレット令嬢と情報共有を兼ねて話をすることにした。
その結果、色んなことが分かった。
「じゃあヴァイオレット令嬢は十一年前、通り魔に刺されて?」
「えぇ。呆気なく死んでこっちに転生したわ。五歳の時に木から落っこちたのがきっかけで前世の――竹畑菫の記憶を思い出したの。けど、それも転生してから五年くらいまでだけどね」
転生してから五年まで? それってどういう意味なんだ?
疑問に思っていたのが顔に出ていたらしい。ヴァイオレット令嬢は苦笑して答える。
「転生した当初は地球のことは覚えていたんだけど、時間が経つごとに思い出せなくなっていったの。五年もした時には、もう地球でのことは全部忘れてしまったわ。あ、でも飛行機とか電車とか、そういったものは覚えてるわよ?」
つまり、知識としては覚えているけど思い出は忘れてしまったということか。
でもどうしてそんなことに? まさか、セツナと同じように呪いを受けて?
『否定。個体名:ヴァイオレットの健康状態は良好です。呪いを受けた形跡もありません』
ん? そうなのか、極夜? じゃあどうしてヴァイオレット令嬢は地球での思い出を忘れてしまったんだ?
『解答。おそらく異世界人が発症する郷里記憶欠落症によるものだと思われます』
きょうり……何だって?
『補足。郷里記憶欠落症とは異世界人に発症する病です。個人差もありますが五年で確実に元の世界の記憶を喪失します。なお、喪失するのは「個人が経験した出来事に関する記憶」であるエピソード記憶のみです』
エピソード記憶のみということは、意味記憶、手続き記憶、プライミングなんかは忘れていないのか。だからヴァイオレット令嬢は地球での思い出は忘れても地球の知識は覚えていたのか。
異世界人に発症するということは、まさか俺も?
『否定。郷里記憶欠落症は神族が直接対話した者に対しては例外的に発症しません。マスターは夢の中ですが創造神アレクシア及び【聖書の神】と会話をしているため、その例外に該当します』
転移の前に会話した夢か。
アレのおかげで俺は記憶を失わずに済むと。
『補足。加えてマスターは半人半龍であるため、記憶力も以前より上昇しています』
ほう。具体的には如何ほど?
『解答。およそ千年近く記憶することが可能です』
千年!? そんなに!?
記憶力が上がるのは良いことだけどさすがに上がり過ぎじゃないか!?
そこまで上がった所で俺の寿命じゃあるだけ無駄な気が……
『指摘。マスターは個体名:カルロスと魂が同化したことにより肉体にも影響があり、寿命は約八百年まで伸びています。これは、妖精族のような長命種と同等の寿命となります』
…………わぁお。まさか寿命まで延びているとは。となると、何かしら命を落とすようなことがない限り、俺はセツナやミオを見送ることになるのか。人間族や獣人族の寿命は八十~百歳くらいだからな。
そのことに少し寂寥感が込み上げてくるけど、気付かれないようにそっと抑え込む。
「記憶がないのに、自分の死因を覚えていたのはどうしてなんだ?」
「あぁ、それは日記を書いてたからよ。こっちに転生してから少しした頃に記憶の欠落に気付いてね。そこからは私が覚えてることを日記に書き留めたの」
「じゃあ通り魔に刺されたこともその日記に?」
問うと、彼女は「えぇ」と首肯した。
「だからあまり実感はないのよね。自分のことだけど」
と、肩を竦めるヴァイオレット令嬢。記憶がないことに不安はないのかと疑問に思ったが、彼女の態度はあっさりとしていた。
そんなものは既に乗り越えたということなのだろうか。
あまり詮索するのも悪いな。この話はこの辺りまでにしておこう。
「ただまぁ、こっちはこっちで地球にないものが沢山あるから、それなりに楽しいわよ? 最近はちょっと物騒だけど」
「何かあったのか?」
「あったっていうか、現在進行形なんだけどね。ここ一年近く、行方不明事件が多発してるのよ。人間族を始めとして、妖精族の森妖種や獣人族にも被害が出てるわ」
それはたしかに物騒だな。
「分かってるだけでも、かなりの数が行方を眩ませてるの。手掛かりも少ないから、護国騎士団による捜索も難航してるんだって」
護国騎士団。たしかフェアファクス皇国に存在する騎士団の一つだな。
フェアファクス皇国の騎士団には二つの種類が存在する。一つは、皇家を守ることを生業とするフェアファクス皇国近衛騎士団。そしてもう一つが、国の防衛や治安維持を主な仕事とするフェアファクス皇国護国騎士団。
この二つを総称してフェアファクス皇国騎士団と呼ばれている。
「行方不明、か。どこか別の場所に行ったって可能性は?」
「それなら目撃情報が出るはずでしょ? それもないのよ」
「行方不明に見せかけた誘拐という線は?」
「なくはないわね。けど誘拐だとするなら身代金の要求がないのが不可解だわ。それに消えたのは富裕層の人たちじゃない。身代金を要求されても、支払うことなんてできないでしょうね。…………あぁ、けどたしか騎士団は誘拐と見て捜索してるらしいわね」
思い出したようにヴァイオレット令嬢は上を見上げながら顎に指を当てて言う。
「そうなのか?」
「えぇ。騎士団に友達がいてね。その子から聞いたの」
「…………」
捜査情報がだだ洩れじゃねぇか。
情報リテラシー的にどうなんだよと思ったが、情報を得られなくなるのもアレなので黙っておくことにした。
「誘拐と判断した根拠は?」
「とある村で起こったことなんだけど、村人が全員消えたのよ。しかも、何者かと争った形跡を残してね」
争った形跡? ということは、その村を襲った何者かがいると?
「証拠を消そうとした工作はされていたみたいだけど、よっぽど焦ってたようで、消し切れてなかったんだって。んで、改めて調査をしたら、誘拐にあったと判断できる証拠が出てきたらしいわ」
なら、姿を消した人たちは誘拐されたと見るのが自然か。だが、身代金の要求はない。金が目的じゃないとなると……その人自身が目的ってことか?
その被害にあったっていう村が気になるな。派手な行動は目立つというのに、村人全員を攫うなんて。そうするだけの理由があったと考えられるが……
「その被害にあった村はどこにあるんだ?」
「ここと同じ領地の北部にあるルーク村よ」
ヴァイオレット令嬢が答えた瞬間、ミオの肩がビクリと揺れる。それは、昔ミオが暮らしていた村の名前だった。




