第57話 同郷の者
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【グリフォンの爪】メンバーを磔の晒し刑にした俺――雨霧阿頼耶は同じパーティメンバーであるセツナとミオを連れてギルドを後にした。【グリフォンの爪】メンバーの処遇に関しては、ギルド側に任せることにした。
俺としては充分に溜飲が下がったからな。あそこまでやれば、さすがにギルド側も何かしら処罰を与えるだろう。
とはいえ、あの騒ぎだと依頼を受けることなんてできないので、昼食を食べるためにもギルドを離れたわけなのだが。
「どこで食べましょうかね、先輩」
「別にどこでも良いんだけど、何で腕を組んでいるんだ?」
「嫌なんですか?」
「嫌っていうか、周りの目が……」
「嫌じゃないなら良いですよね」
「人の話を聞いてくれる!?」
嫌かどうかの話じゃないんだけど!?
ミオもミオで俺の腰にしがみ付くように掴まっているしさ。
腰にしがみ付かれ、右腕を抱きかかえられながら歩いていると、正面から一人の女性がやって来た。くすんだ金髪に青い瞳。そしてピンと伸びた背筋。見覚えがある。というより、午前中に会った。
バンブーフィールド商会の従業員の女性だ。
「お昼時に失礼致します」
彼女は俺たちの前で立ち止まり、洗練された動作で礼をした。
「私はヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタイン様に仕える従者マリーと申します。この度は、バンブーフィールド商会従業員としてではなく、我が主の使いで参りました」
ピクリと、自分でも眉が動いたのが分かった。
ヴァイオレット令嬢の使い?
一体何の用だ? バンブーフィールド商会の従業員として来たわけじゃないってことは、今朝購入したミオの装備に関わることじゃないだろう。しかし分からない。公爵家の使いで来たということだが、公爵家に呼び出されることに心当たりがない。
「お嬢様がアラヤ様とお会いしたいとのことです。つきましては昼食後、お時間のある時に本店にまでお越し頂けませんでしょうか?」
「……………………分かりました。十四時頃に伺わせて頂きます」
少し思案した俺は応える。
「ありがとうございます。では、誠に勝手ながら、これにて失礼致します」
そう言って頭を垂れたマリーは立ち去って行った。完全に姿が見えなくなったところで、セツナが口を開く。
「何か悩んでいたみたいですけど、良かったんですか?」
「あぁ。少し気になることがあってな」
「気になること、ですか?」
「あのマリーっていう従者……俺の名前を知っていた」
「あ……」
俺の指摘で、何が気になっているのかが分かったらしい。
そう。あのマリーという女性は、名乗ってもいないのにどういうわけか俺の名前を知っていた。俺はこの街に来てからまだ三日目だ。知名度はないに等しい。だから彼女が俺の名前を知るには、俺のことを積極的に調べる必要がある。
つまりだ。あの女性か、もしくはヴァイオレット令嬢のどちらかは分からないが、わざわざ俺のことを調べたことになる。
どういう理由で調べたのか。一体どのタイミングで調べたのか。
それが気になったのだ。
「まぁそれと、単純にヴァイオレット令嬢が俺に何の用事があるのかも気になるんだけどな」
考えられるのは、俺が異世界人だから地球の知識を使いたいとか、異世界人は例外なく何かしら特殊な力――異常な魔力量だったりレアなスキルだったりを持っているから、俺を囲い込みたいとか、そんなところだろうか。
「……やっぱり、警戒はしておくべきかな」
面倒だなと思いながら、俺は溜め息を吐いた。
それから俺たちは昼食を取り、約束通りバンブーフィールド商会へと足を運ぶと、そのまま店の奥へと案内され、応接室へと通された。どうやら上物の顧客を相手にするための部屋のようで、ソファーもテーブルも高級そうだ。
その証拠に、座ると驚くぐらいに沈む。三人掛けのソファーの中心には俺、右にはセツナ、左にミオで座って待っていると、扉が三回ノックされた。
「はい」
「失礼致します」
応えると、応接室に二人の人物が入ってきた。一人はマリー、もう一人は長いキャラメルブラウンの髪に青い瞳をした少女だ。パーマでも当てているのか、髪はロールしている。よくラノベで見るような縦ロールではなくオシャレな感じだ。何というか、セットに時間がかかりそうな髪型だ。
年齢は……セツナと同じくらいだろうか。
おそらく彼女が、ヴァイオレット令嬢だろう。
「異世界人のアラヤさんと、そのお仲間の方ね。初めまして、私はヴァイオレット・バンブーフィールド。このバンブーフィールド商会の会頭よ」
俺の正面の席まで移動した彼女は、座ることなく俺に一礼する。俺も立ち、ヴァイオレットに会釈する。それに続くようにセツナとミオも立ち上がり、俺と同じように会釈をする。
「お初にお目にかかります。B-2級冒険者の雨霧阿頼耶です。この度はお招き頂きありがとうございます」
「こちらこそ。応じてくれてありがとう。……さぁ、掛けて」
ヴァイオレット令嬢にすすめられ、俺たちは改めてソファーに座る。それと同時に、従者のマリーが俺たち三人に紅茶を出してくれた。カップを手に取り、即座に【鑑定】スキルを使う。
ふむ。どうやら毒は入っていないみたいだ。俺の考え過ぎだったかな。特に悪意も感じないし、本当にただ会ってみたかっただけなのか?
でも貴族だしな。裏があると考えるのが妥当なんだけど……まだ分からないな。
とりあえず出された紅茶に口を付ける。
「少し甘いですが、美味いですね。香りも良い」
「お口に合ったようで良かったわ。商会の方でも販売していて、中々人気なの」
店でも出している品を評価されて嬉しかったのか、ヴァイオレット令嬢は相貌を崩して笑みを浮かべる。すると、彼女はカップをソーサーに置いて口火を切った。
「今回アナタたちを呼んだのは【グリフォンの爪】のことよ。彼らを倒してくれたことにお礼を言うわ。本当にありがとう」
「どういうことです?」
どうして彼女がお礼を言うんだ?
バンブーフィールド商会と【グリフォンの爪】。何か関係性があるようには思えないんだけど。
「実は以前、彼らに他の街への荷運びのために護衛を依頼したことがあるの。けど、その護衛の途中で彼らの不注意のせいで商品が台無しになって、商売の邪魔をされたことがあって。その他にも従業員に暴力を振るったり、ナンパをしたりと、何度も業務妨害をされたの」
なるほど。そんなことがあったのか。
「ほとほと彼らには迷惑していたんだけど、雨霧さんが彼らを倒した場面を、ちょうど仕事で街に出ていた従業員が目撃してね。お礼を言いたくて、こうして招かせてもらったってわけ」
あの場にバンブーフィールド商会の従業員がいたのか。まぁかなりの人数の野次馬がいたからな。いても不思議じゃないか。おそらくその従業員が、冒険者ギルドの職員に俺の名前を聞いたんだろう。
「実を言うと、雨霧さんをお呼びしたのはそれだけじゃないのよ」
「他に何か用が?」
「えぇ、まぁ……」
歯切れの悪い調子で答えた彼女は俺の左右を見る。
セツナとミオを気にしている? 他の人には言いにくいような話か?
そんな話を何故、会ったばかりの俺に? と思いつつヴァイオレット令嬢に言う。
「この二人になら問題ありません。一人は奴隷ですし、もう一人は個人的に訳ありな子なので、自ら進んで口外するような者じゃありませんので」
俺の言葉に少しだけ思案したヴァイオレット令嬢は「分かった」と頷いて了承した。
「実は私……転生者なの」
「………………………………………………………………………………………………………………は?」
予想の斜め上を行く言葉に、俺どころかセツナとミオも目を丸くした。




