第56話 慈悲はない
私たちの行く手を遮るように立つバッカスさん。その後ろには仲間の人たちも三人います。
いつかは絡んでくるとは思っていましたけど、このタイミングで来ましたか。
「何か用でも?」
先輩が冷静に問いますと、バッカスさんはいやらしい笑みを浮かべました。彼だけでなく、彼の仲間も同じような顔をしていて、正直気持ちが悪いです。ミオちゃんも私と同じ心境らしく、目元を不快そうに歪めて私に体を摺り寄せます。私は彼女を安心させるように体を抱き寄せました。
すると、スッと先輩が前に出て私たちを背中で隠します。その行動に、私は嬉しくなりました。
ふふっ。こうやって自然と守ろうとしてくれるのが、先輩の良い所ですよね。
「なに、弱ぇお前らのために、ちょっと稽古をつけてやろうと思ってなぁ」
「感謝しろよな。クソガキ。こっちの親切で教えてやるってんだからよ」
「代金はテメェの身ぐるみ全部だがな」
利益を求めた時点でそれは親切とは言わないんですけど。
彼らの言葉で、もう目的に予想がつきます。彼らは稽古と称して私たちを袋叩きにして、身ぐるみ全部はぎ取ろうとしているんです。
やっていることは盗賊まがいです。こんなのが冒険者だなんて嘆かわしい。
確かに、冒険者は粗暴な人たちが多いですが、アルカディアは聖戦時代の英雄たちが立ち上げた組織なんですよ? もっと誇りを持ってほしいです。
こういった人たちにそれを期待する方が間違いなんでしょうか?
先輩、どういう反応をするんでしょう?
あまり騒ぎになるようなことは控えてくれたらいいんですけど。私だけならまだしも、そのせいでギルド側が抱く先輩の印象が悪くなったら嫌ですし。
でも、盗賊を容赦なく確実に殺していましたし、それにこういった手合いは嫌いそうですから問答無用で叩き潰しそうな気が……
「いえ。結構です。そちらの手を煩わせませんので。失礼します」
……あれ? 先輩、意外とやんわりとした対応をしますね。
できるだけ問題は起こさないようにしているんでしょうか?
そう思っていると、バッカスさんたちが私たちの方を見て、「ほう」とさらに下卑た表情を浮かべました。
「おいおい。この前はフードで分からなかったが、中々良い女じゃねぇか」
バッカスさんの声を聞いて、他の人たちも色めき立ちました。
「結構可愛いじゃねぇか」
「ちっこい方はガキっぽいが、悪かねぇな」
「こんなクソガキには勿体ねぇな」
口々に言ってくる言葉に不快感が募っていきます。
これ、完全にセクハラですよね。
ちょっと反撃しても許されますよね。
男性の大事な箇所に魔弾をぶち込みましょうか。
半ば本気でそうしようかと思ってコメットを抜こうとしましたが、ふいに先輩が私の手を取りました。
「せ、先輩?」
「依頼は止めだ。さっさと出よう」
これ以上は面倒だと言わんばかりに、先輩は私の手を引き、それにつられて抱き寄せていたミオちゃんも一緒に扉へと向かいます。
先輩のちょっと男らしい行動と、やっとあの無法者たちから解放されることに安堵したのも束の間でした。
「おいおい、逃げんのかよ、クソガキ。あぁ、そうだ。何なら、指導料金はその女たちで良いぜ? 俺たちがベッドでたっぷり可愛がってやるからよ」
ピタリと、先輩は足を止めてしまいました。同時に、彼から放たれる雰囲気に私は驚きました。
え? 先輩?
ちょっと待ってください。
何でそんな、不機嫌な雰囲気を出しているんですか?
もしかして、「逃げる」という挑発に乗っちゃったんですか!?
「先輩、落ち着いてください」
せっかく穏便に済みそうだったのに、ここで挑発に乗ったら向こうの思う壺ですよ。
けれど、先輩はバッカスさんたちに向き直って問います。
あぁ、駄目です。目が完全に据わっています。
「お前、今、何て言った?」
「逃げんのかよって言ったんだよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼らに、しかし先輩は首を横に振ります。
「その後だ。お前、俺の仲間を辱めるって言ったのか」
え!? そっち!?
そっちに怒ったんですか!?
「気が変わった。お前ら全員ここで叩き潰す」
その言葉に、バッカスさんたちは吹き出すように大笑いしました。
「叩き潰す? ぎゃはは! 叩き潰すって? 下位ランクのひょろっちいガキがそんな真似できるわきゃねぇだろ! 実力差も分かんねぇのかよ!」
「グダグダうるせぇよ三下。喚くだけなら猿でもできるぞ」
ぴしゃりと言った挑発にバッカスさんたちはこめかみに青筋を浮かべました。さすがに頭にきたようです。
「はっ。言うじゃねぇかクソガキ。威勢だけは一人前か?」
「ならお前らは人として半人前以下だな。最低限の品位もない」
うわぁ。完全に、売り言葉に買い言葉です。
ていうか、先輩がこんなに暴言を吐くなんて珍しいですね。たまに意地悪なことを言いますけど、ほぼ初対面の相手に真っ向から暴言なんて言わないのに。
それほど怒っているってことなんでしょうか。
「セツナ、ミオ、少し待っていろ。すぐに終わらせる」
……やる気満々じゃないですか。これは、止めるのは無理っぽいですね。
はぁ、と私は溜め息を漏らします。
「分かりました。けど、気を付けてくださいね」
「俺が負けるとでも?」
まさか。先輩があんな輩に負けるなんて露程も思ってないですよ。
「そうじゃなくて、やりすぎないように気を付けてください。ギルドが不干渉でも、衛兵はそうじゃないんですから」
つまり、やり過ぎたら過剰防衛と取られて何かしら罰を受けることにもなりかねないということです。
「そうか。まぁ、程々にしておくさ」
……本当でしょうか?
何故だか、程々で終わる気がしないんですけど。
「……ふざけやがって」
私たちの会話が聞こえたのでしょう。バッカスさん以下三名全員が苛立たし気な顔をしていました。
まぁ、当人を前にしてパートナーの身を案ずるよりもやり過ぎることを心配しましたからね。馬鹿にされたと思われても仕方ないですか。
でも、先輩のステータスは壊れていますからね。
釘を刺しておかないと心配です。
「表へ出ろ、クソガキ! ぶっ殺してやる!」
「やれるものならやってみろよ、身の程知らずの恥知らずが」
罵り合いながら、先輩とバッカスさん一行はギルドの外へと出ていきました。
ギルドの外に出た先輩と【グリフォンの爪】メンバーは間合いを空けて相対しています。【グリフォンの爪】の全員はそれぞれ、剣、斧、弓、杖を取り出して構えていますが、先輩は極夜さんを抜刀して立っています。
いつの間にか周囲には野次馬が集まっていて、冒険者の他にもギルド職員や住民たちもいました。
どこで聞き付けたのでしょうか? 皆さん、双方の様子を興味深く見ています。
「俺たち【グリフォンの爪】を相手にしたことを後悔させてやるぜ」
「グリフォンねぇ。随分とまぁ大仰な名前だな。名前負けしているじゃないか。【ゴブリンの棍棒】の方がずっと似合っているぞ」
ゴブリンの棍棒って……威厳も減ったくれもない名前ですね。
「後悔しても知らねぇからな!」
そう言って、剣士であるバッカスさんと斧使いの人が攻撃を仕掛けてきました。先に攻撃をしたのはバッカスさん。
彼は先輩に向かって剣を振り下ろしますが、先輩はそれを半身になって躱し、足を引っ掛けて転ばせ、次に来た斧使いの攻撃を……一体どうやったのか、極夜さんで受け止めたと思ったら真後ろに吹き飛ばしました。
一体何をどうしたらそんなことができるんでしょう? 先輩の使う夜月神明流という武術に、そういう技があるのでしょうか。
投げ飛ばされた斧使いの人は空中で何をすることもできず、バッカスさんの上に落下しました。
「ぐふっ!」
「げぇっ!」
落下の直後、二人から鈍い声が漏れます。
もしかして先輩、落下位置を調整して飛ばしたんですか?
器用なことをしますね。
「「コイツ!!」」
その二人を見た弓兵が矢を放ち、魔術師が雷撃を放ちます。それとほぼ同時に、起き上がったバッカスさんと斧使いも攻撃を仕掛けますが、先輩はまず斧使いの攻撃を躱します。続いて襲い掛かってきたバッカスさんの剣を回転することで躱し、回転の勢いのまま極夜さんの峰でバッカスさんの背中を押します。
「のわっ!」
「ちょ!?」
その勢いでバッカスさんは、ちょうど振り返った斧使いとぶつかります。それだけで転ぶことなく体勢を保っていましたが、二人の立ち位置に問題がありました。二人が立っているのは、弓兵と魔術師、そして先輩の延長線上。つまり、弓兵と魔術師が放った矢と雷撃が、同じパーティメンバーであるバッカスさんと斧使いに襲い掛かっているということです。
「マズイ!!」
「避けろ!!」
直後に聞こえる弓兵と魔術師の声。けれどそれに反応できず、矢はバッカスさんを射り、雷撃が二人まとめて感電させました。バチィィィ!という雷鳴が響き、二人は地面に倒れ伏します。体から煙が上がっています。あの様子だと、二人はもう動けないでしょうね。
「味方を攻撃するなんて、酷いことをするな」
いやちょっと待ってください。
先輩がそうするように仕向けたんですよね!?
それなのにそんなことを言うなんて意地が悪過ぎじゃないですか!?
「このっ!」
ギリッと歯を食い縛った魔術師は杖を先輩に向けますが、魔術を発動するよりも速く先輩は魔術師に肉薄し、腹部に極夜さんの柄頭を叩き込みます。
「が、は……っ!!」
「個人差はあるが魔術師は魔術の発動までにタイムラグが生じる。そして魔術師は総じて肉弾戦に弱い。発動前にこうして近付いてしまえば倒すのは簡単だ」
聞こえているのかいないのか、グラッと魔術師は地面に倒れました。残りは弓兵一人ですが、彼はすぐに先輩から距離を取って矢を射ます。
「即座に距離を取ったその判断力は、さすがBランクといったところか」
だが、と先輩は迫る矢を極夜さんで薙ぎ払い、一気に弓兵へと距離を詰めます。
「この程度の距離は問題にならない」
カチャッと先輩は極夜さんを反転させ、刀身の峰で弓兵の顔面を殴って倒しました。時間にして約五分。先輩は、Bランク冒険者パーティを無傷で倒してしまいました。
「「「………………」」」
流れる沈黙。おそらくこの場にいる誰もが、【グリフォンの爪】たちが勝つと思っていたのでしょう。しかし結果は、全くの逆。見るからに冴えない少年が、四人のBランク冒険者を圧倒した。
その事実に戸惑っているのか、それとも怖れているのか。それは分かりませんが、このままではいけないと思いました。おそらくこのままだと、先輩は周囲から一線を引かれてしまいます。それは私の望むところではありません。
どうにかフォローしないと。
そう思って動こうとした時でした。
「「「うおおおおおおおおおお!!!!!!」」」
野次馬の人たちからの歓声が響き渡りました。
え? こ、これは一体何が起こって?
まるっきり予想とは違った反応に、私もミオちゃんも、そして先輩自身も戸惑いました。けれどそんな先輩を放って、周りは先輩に集まっていきます。
「やるじゃないか、坊主!」
「よくアイツらを倒してくれた!」
「あの馬鹿どもにはほとほと困っていたんだよ!」
「わっ! ちょっ! 何なんだよ、アンタら!」
もみくちゃにされていく先輩。
これ、本当に何が起こっているんですか?
状況に圧倒される私とミオちゃんのところに、受付嬢のレスティさんがやって来ました。
「この度は誠にありがとうございました」
感謝の言葉を言うレスティさんに、私は首を傾げます。
どうしてお礼の言葉を言うんでしょうか?
「【グリフォンの爪】の人たちは前から問題行動ばかり起こしていたんです。他の冒険者と喧嘩、街の人たちに対する身勝手な態度、他にも上げればキリがないほどです」
「衛兵には言わなかったんですか?」
「言っても、確たる証拠がありませんからね。格上の冒険者相手に喧嘩を売ることもありませんし、Bランクともなれば衛兵をあしらうことも簡単ですから、それで逃げていました。だから街の人たちからも、このカルダヌス支部の冒険者からも、ギルド職員からも嫌われていました」
ほぼ街の全員から嫌われていたんじゃないですか。そんな状態で良く活動できましたね。下手に実力があった分、活動には困らなかったんでしょうか。
ただ、話を聞いて、どうして先輩があんな状態になったのかは理解できました。
傍若無人な冒険者を倒してくれたとなれば、それは感謝するのも当然ですよね。
しばらくすると、先輩はようやく野次馬の人たちから解放されました。
「…………」
「えっと、お疲れ様です?」
野次馬人たちに称賛されていたはずの先輩は、何故か戦い終わった後よりもボロボロになっていました。さすがに龍の腕となっていた左腕はどうにか隠していましたけど。
「散々な目に合った」
身なりを整えながらぼやく先輩に「あはは」と苦笑を浮かべます。
「まぁ皆さん、【グリフォンの爪】のメンバーから色々とされていたみたいですから。それを倒してくれたから嬉しいんですよ。それはそうと先輩、彼らはどうするんですか?」
彼らとはもちろん【グリフォンの爪】の皆さんのこと。彼らは気を失った状態で、誰にも気を遣われることなく地面に放置されています。
そんな四人を見て先輩は「ふむ」と少し考え……
「~~♪~~♪」
何やら鼻歌を歌いながら【グリフォンの爪】メンバーの荷物を漁り始めました。
「……あの、先輩? 一体何をしているんですか?」
「ん? 戦利品の獲得」
……戦利品って。
「奪っちゃうんですか? 何もそこまでしなくてもいいと思うんですけど」
周りの人たちも同じことを思っていたようで、「やり過ぎでは?」と言いたそうな顔をしていました。
「何を言っているんだか。コイツらはお前らを慰み者にしようとしたんだぞ。それを考えれば、男性器を切り落としてやりたいところだ」
苛烈過ぎじゃないですか!?
いや、確かに不快感はありましたけど!
「それはさすがに、ちょっと……」
「あぁ。セツナならそう言うだろうと思った。だからそれは止めることにした」
「だから身ぐるみを剥ごうと?」
「先にそれをしようとしてきたのはコイツらだしな」
あぁ。何だかそんなことも言っていましたね。「代金は身ぐるみ全部だ」とか何とか。
「ただ、身ぐるみ剥ぐだけだと気が済まないから、別の方法で痛い目にあってもらうけどな」
そう言って、先輩は土属性魔術を使って舞台を作りました。一瞬で作り出した舞台に、野次馬の人たちは「おお!!」と感嘆の声を漏らします。
「一瞬であんな質量の舞台を作り出すか」
「彼の体捌きも見事なものだったが、魔術の腕も良いな。もしかして彼は魔術剣士なのか?」
口々に野次馬の人たちが彼の実力について考察しています。考察しているのは、冒険者の人たちのようですね。
改めて私は先輩の作り出した舞台を見ます。舞台の上には大きな十字架のようなものが四つあり、その十字架の端には留め具もあります。
これは、磔台でしょうか?
…………磔?
「あの……先輩、何だか嫌な予感がするんですけど」
聞くも、彼はニヤリと笑みを浮かべるだけでした。
え? 何? 本当に何をやろうとしているんですか!?
何だか怖いんですけど!?
私の中で駆け巡る不安を他所に、先輩は身ぐるみ剥いで下着一枚になった【グリフォンの爪】メンバーたちを磔にしていきました。
しかもそれに留まらず、どこで入手したのか、【虚空庫の指輪】から花を出してそれを股間の位置に飾り付けます。それで終わるのかと思いきや、さらに先輩は板のようなものを出してそこに何かを書き、板を四人の首に掛けました。
「――よし」
「いや、よしじゃないですよ! なに『我ながら良い出来だ』って顔をしているんですか!」
男性器の切断は止めて選んだ他の方法がこれなんですか!?
いくらなんでも、酷過ぎだと思うんですけど!?
首に掛けた板なんて、ユルド語で『不様な私を見て』って書いてありますし!
容赦なさ過ぎじゃないですか!
「ここまでする必要、ありました?」
「人様に迷惑をかけているくせに悪びれもしないヤツらを、どうして慮ってやらないといけないんだ?」
「もう少しやりようはあったんじゃないですかって言っているんです」
まったく、もう。本当にこの人は、私を救い出してくれた英雄と同一人物なんでしょうか?
つい疑いたくなるほど彼に慈悲なんてありませんでしたけど、私たちのために怒ってくれたことは、素直に嬉しく思いました。




