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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第3章 捕らわれた奴隷編
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第54話 バンブーフィールド商会

「今日は買い物に行こうと思う」



 翌日の早朝。昨日と同じように部屋で朝食を取りつつ俺は二人に今日の予定を伝えた。



「そうですね。ミオちゃんの服や装備を買い揃えないといけないですしね」



 口に含んだものを飲み込んだセツナがミオを見ながら納得した。対するミオの方は相変わらず無表情だが、耳と尻尾がへたれている。


 どうも彼女は今までの生活が影響しているせいで奴隷根性が染みついてしまっているらしく、施しを受けるとこうやって申し訳なさそうな反応をするのだ。


 昨日も、夕飯を食べる時に椅子に座らせようとしたら恐縮してしまって座ろうとしなかった。普通、奴隷は主人と一緒のテーブルで食事をすることはないらしいのだが、俺は彼女を奴隷扱いするつもりなんて毛頭ない。


 だから、半ば無理やりだったが「主人命令だ」と言って一緒のテーブルで食事を取らせた。


 あぁ、それと、どうも彼女は喋るのが苦手みたいだったから、わざわざ無理して敬語で話さなくても良いと言っておいた。頑張って敬語で話そうとしているのは分かっていたんだけど、不自然だったからな。



「これは必要経費だから気にする必要はないさ」


「そうですよ、ミオちゃん。むしろこれから冒険者として活動するんですから、装備はちゃんとしたものを揃えないと駄目です」



 そう言い聞かせると、ミオは戸惑いながらも「分かった」と頷いた。



「それじゃあ、飯食い終わり次第、装備やら服やらを買いに行くか」


「分かりました」


「……分かった」



 方針が決まり、セツナとミオは頷いた。








 朝食を食べ終え、予定通り俺たちは買い物をするために外へ出た。



「さて、どの店に行くかね」



 正直つい先日来たばかりだから、この街のどこに何の店があるのかなんて分からない。宿の主人にでも聞いておけば良かっただろうか?


 そう少し後悔していると、セツナが提案してきた。



「バンブーフィールド商会なんてどうですか?」


「それは、どんな店なんだ?」


「フェアファクス皇国の各地に支店を構える巨大商会です」



 セツナの説明によると、バンブーフィールド商会は商業ギルドでもトップクラスだと言われており、その品質はもちろんのこと、店員の接客態度や値段設定も良識的であることで評判の商会である。


 だが、実はそれよりも有名なことがある。


 それは、バンブーフィールド商会の会頭であるヴァイオレット・バンブーフィールドは十六歳の少女で、しかもバンブーフィールドは偽名で本名はヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタインという、ヴァレンタイン公爵家のご令嬢であるということだ。



「商会の会頭なんてやっているのは、貴族の道楽か何かか? だとすると、そのヴァイオレット令嬢とやらは単なるお飾りの会頭ってことになるけど」


「それはないと思います」


「そうなのか?」



 訊くと、彼女は首肯した。



「ヴァイオレット令嬢とは呪われるずっと前に会ったことがあるんです。ヴァレンタイン公爵家の次期当主であるヴィンセント令息と会った時に偶然」


「じゃあ、セツナとヴァイオレット令嬢は友達なのか」


「それは……どうなんでしょう? すぐ魔術学園に通うことになりましたから、交流していた期間は短いんです。でも、友達と思ってくれていたら嬉しいですね」



 ふむ。ということは、セツナ自身もあまりヴァイオレット令嬢のことは知らないのか。



「セツナが知る限り、ヴァイオレット令嬢はどんなヤツなんだ?」


「彼女は貴族の生活に辟易としていて、政略結婚も貴族同士の駆け引きも嫌いだったようです。そこから少しでも離れたがっていました」


「だから商会を立ち上げたのか」


「だと思います。彼女の才能が発揮され出したのは五歳の時で、その時から色んな商品のアイディアを出していたそうです。その実績を持ってヴァレンタイン家当主の実父に直談判して商会を立ち上げたのだとか」


「滅茶苦茶だな」



 貴族の生活が嫌だからって才能をフル活用して商会を立ち上げるなんてな。


 まぁ、確かな実績があるんだったら断るわけにもいかないから、それを見越して直談判したんだろう。小さい頃にそこまで頭が回るなら、そのヴァイオレットって会頭はかなり頭が切れるヤツなのかもしれない。



「ヴァイオレット令嬢には、お前の現状を伝えるのか?」



 エストには話していた。だからそのヴァイオレット令嬢にも伝えるのかと思ったのだが、セツナは困ったような顔をした。



「実は、ちょっと決めかねています。この街で活動する以上、いつまでも正体を隠すのは難しいので、いつかは話さないといけません。ならここで話してしまった方が良いのではと」


「けれど、今は言うのが憚られる?」



 訊くと、彼女は弱々しく頷いた。



「家族に言うかもなんて疑っているわけじゃないんです。でも……」



 言いにくそうに彼女は口ごもった。

 トラウマになっているのかもな。


 彼女は一度、呪われたことで周囲の反応が様変わりする瞬間を見てしまい、辛い経験をしてきた。そんな目にあえば、容易に人を信じることなんてできなくなる。信じようと思っても、どうしても疑念がチラつく。


 また手のひらを返されるのではないか、と。


 エストの時は平気そうだったのにと思ったが、あの時はいきなりだったし、エストとは呪われた時にも会っていたからまだ大丈夫だったんだろう。けれどヴァイオレット令嬢はそう交流を深めているわけでもない。だから、どういった反応が来るのかが分からないのかもしれない。


 これは理屈でどうこうできる問題じゃない。心の問題だ。ある程度時間を置くか、自分の心を打つ出来事でも起きないかぎり、折り合いなんてつけられない。


 でも理屈では、話した方が良いと思っているんだろうな。

 そのせいで、理屈と心で板挟みになっている。



「なら、今は黙っておこう」


「良いんでしょうか?」


「俺は良いと思う。言いにくいことなんだから、バレた時に話せば良い。その時に「何で隠していたんだ」って言われたとしても、ちゃんと説明すればヴァイオレット令嬢も分かってくれるんじゃないか?」


「……そう、ですね。分かってくれると思います」



 反応がぎこちない。まだ少し気にしているみたいだ。

 俺は彼女の頭を撫でる。すると、彼女は不思議そうに小首を傾げた。



「まぁ、なんだ……その時になったら俺も一緒に謝るさ。黙っておくように言ったのは俺なんだしな」



 そう言うと、彼女は虚を突かれたような表情をしたが、すぐに嬉しそうな顔をして「はい」と頷いてくれた。


 すると、傍にいたミオに服を引っ張られた。



「どうした?」


「……買い物に行くだけだから、会頭に会うことなんてないと思う」


「「あ……」」



 ミオのもっともな指摘に、俺とセツナは揃って間抜けな声を出した。








 OとCをくっ付けたような形をしているカルダヌスは大まかに分けると、Cの形をした城壁内が、輸出入する物資を保管する倉庫区となっており、Oの形をした城壁内が、中央の貴族区、東の商業区、南の歓楽区、西の居住区、北の開発区となっている。


 目的地であるバンブーフィールド商会は商業区の一等地にあり、俺はその外観を見て思わず感嘆の声を漏らした。



「これはまた、デカいな」



 五階建てで、煉瓦と木材で造られている。冒険者ギルドよりも大きいな。平民だけでなく貴族もターゲットに商売しているからか、外観は高級感が溢れている。一人で来るには勇気がいりそうな店だ。



「本店ですからね。支店はもう少しこじんまりとしていますよ」


「支店を見たことが?」


「皇都にあるんです。行く機会があったので、その時に」



 なるほどと納得し、俺たちは店内へと入った。



「……へぇ」



 感嘆の声が出る。

 外観も凄かったが、中もこれはまた凄い。


 バンブーフィールド商会は手広く事業展開しているようで、服飾や調味料・食品関係の他、武具の販売を行っている。その影響で、広い店内には様々な商品が並んでいた。まるでショッピングモールだ。さすがに地球のショッピングモールよりは規模は小さいけど。



「入ってすぐは調味料・食品関係か。服のエリアはどこだろ?」


「こっちみたいですよ」



 フロアガイドみたいなものはないかと周囲を見渡していると、セツナから返答があった。彼女の方を見ると、いつの間にかセツナは店内にいた店員を捕まえて場所を訊いていた。


 行動が速いな。いや、助かるけどさ。


 彼女の即時対応に苦笑いを浮かべつつ、俺たちは服飾のコーナーへと移動する。



「先輩はどうしますか?」


「どうって?」



 セツナの問いかけの意味が分からず、俺は首を傾げる。

 俺も服を買うのかどうか訊いているのだろうか?



「先輩。ミオちゃんは今、奴隷服姿です」


「……? そうだな」


「奴隷服の下って、何も着ていないんですよ」


「…………」


「つまり、下着も買わないといけないんです。むしろ真っ先に選ばないと」


「…………」


「先輩も、一緒にランジェリーコーナーを回りますか?」


「……ミオの装備、見繕ってくる」



 そんな羞恥プレイは御免被る。

 俺はそそくさとその場から離れて武器・防具エリアへと向かった。








 セツナとミオと別れ、武器・防具のエリアに移動した。


 さて、ミオの武器を選ぶとしよう。


 ミオは【剣術】スキルを持っていたから、種類は刀剣で決まりだな。ただ、身長は俺の胸の辺りくらいで低く小柄だから、軽くて小振りの剣が良いだろう。



「何かお探しですか?」



 あれやこれやと考えながら武器を物色していると、芯の通った声音が横合いからした。


 そちらを向くと、くすんだ金髪に青眼の、背筋がピンと伸びた妙齢の女性がいた。従業員お揃いの制服を着ていることから、従業員なのだろう。



「実は仲間が使う武器を探していまして。剣が良いんですが、何かオススメのものはありますか?」


「でしたらこちらはいかがでしょう?」



 少女が取り出したのは何の変哲もないロングソードだ。



「抜いてみても?」


「はい。どうぞ」



 了承を取り、剣を抜いて刀身を眺める。


 ん~。可もなく不可もなくって感じか。新人の冒険者とかが始めに買いそうなタイプの、スタンダードな剣だな。平均的な性能だから、変な癖も付くことはない。



「いかがでしょう? こちらの剣は新人冒険者の方には特に人気の一品なのですが」



 あぁ。やっぱり新人向けの剣だったか。


 同じものがいくつもあるから、たぶん数打ち――大量生産品なんだろう。どれも同じ品質で作られている。造っている鍛冶師の腕が良いのかもしれない。


 悪くはないが、ミオの持っている【剣術】スキルのレベルは3だ。もう少し良いやつを買ってやりたい。



「もう少し上のランクのものはありますか? できれば小振りで軽いものを」


「ではこちらはどうでしょう?」



 次に出したのは要望通り、小振りの剣だ。抜いてみると、思ったよりも軽く感じる。



「こちらの剣は重心を手前に造られているのです。なので、通常よりも振りやすくなっています」


「良いですね。他にも何かありますか?」



 とりあえずこの剣は候補の一つに挙げておこう。


 その後も女性従業員から次々と剣を見せてもらい、いくつか候補を絞った。選んだ候補の剣の性能を詳しく聞くため、俺は女性従業員に連れられて移動する。場所はこのエリアの奥の方にある商談スペースだ。仕切りでいくつかに区切っており、他のスペースで商談をしている客もいた。



「では商品の詳しい説明をさせていただきます」



 余計な会話はしない主義なのか。女性従業員はお互いが座ったのを見計らって早速武器の説明に入った。


 セツナとミオがやってきたのは、それから少しした後だった。


 女性従業員から説明を聞いていると、他の従業員がやって来た。その人物が女性従業員に耳打ちするとサッと立ち去って行った。



「お客様のお連れ様が来たようです。お通しするように言っておきました」


「あ、そうでしたか。それはありがとうございます」



 どうやら気を回してくれたらしい。素直に礼を言うのとほぼ同時に、セツナとミオがやって来た。



「よう。そっちは終わったのか?」


「はい。良い物が買えましたよ」



 そう言って横にずれたセツナはミオを前に出す。



「……へぇ」



 これは見違えた。


 粗末な奴隷服だったミオの服装は一新。濃紺のショートパンツとシャツ。そして黒いフード付きケープといった姿になっていた。


 買ってすぐ着替えたのか。

 動きやすさを重視しているのだろうが……



「何でケープ?」



 むしろ邪魔になっていないか?



「ほら、私も先輩も上着を着ているじゃないですか。それでミオちゃんもどうせだからと思って」



 だからわざわざケープを、しかも黒を選んだのか。

 セツナは、黒い上着をパーティのトレードマークにするつもりなのだろうか?

 まぁ、そういうのがあった方が分かりやすいから良いか。



「それよりも先輩。何か言うことはありませんか?」


「ん? 何かって……」



 言われてミオの方を見ると、彼女は不安そうに尻尾を小さく早い速度で動かしていた。


 あぁ、なるほど。



「よく似合っている。見違えたよ」


「っ!!」



 頭を撫でて褒めると、尻尾がピンッと立った。どうやら喜んだみたいだ。



「っと、失礼しました」



 いけない。話に夢中になって、すっかり無視してしまっていた。

 女性従業員に頭を下げると、彼女は「いえいえ」と手を振った。



「武器は、そちらのお客様のためですか?」


「えぇ、まぁ」



 ミオを見て訪ねてきた女性従業員に言葉に頷き、俺はミオに視線を向ける。



「いくつか見繕ったから、自分に合いそうなものを選んでくれ」


「……選んで、良いの?」


「どんな武器が合うかは人によって違うからな。ミオが実際に持ってみて、感触を確かめてほしい」


「……分かった」



 頷き、ミオはテーブルに並べられた剣を順番に確かめていく。首を横に振ったり、微妙そうな反応をしたりしたが、最後の最後で彼女は決めた。



「……」


「それが気に入ったのか?」


「……ん」



 訊ねると、短く肯定して頷いた。

 彼女が選んだのはミスリル製の剣が二本だ。



「二本?」


「……ん。私、双剣士だから」



 なるほど。元々二刀流で戦っていたのか。

 なら、元のスタイルを崩すわけにもいかないな。



「ではこれを二つください」


「分かりました。剣帯はサービスしておきますね」


「良いんですか?」


「初の来店で沢山購入して頂きましたから」



 ふふふっ、と女性従業員は上品に笑う。

 そういうことなら、お言葉に甘えるか。



「じゃあ、よろしくお願いします」



 その後、俺たちはミオの防具も買って、バンブーフィールド商会を後にした。




  ◇◆◇




「ふ~ん。今のが、最近この街に来たっていう異世界人の冒険者か」



 雨霧阿頼耶たちが去った後、その後ろ姿を見ながら一人の少女が呟いた。



「それで? 彼はどんな感じだった、マリー?」



 訊いた彼女が視線を向けた先には、さきほど阿頼耶を接客していた女性従業員がいた。



「変わった人、といった印象を受けました」



 女性従業員は、まるで主人に仕える従者のように少女の傍らに控えて応える。



「こちらに対する対応は丁寧。これだけなら然程珍しくはありませんが、彼は自らの奴隷に対し、まるで仲間のように接しています。普通ならば、そんなことはあり得ません」


「そうね。異世界人に起こりがちな、強力な力を得て生まれる傲慢さもなかった。物腰も柔らかいし、よほど優しい人なのかもしれないわね」


「如何なさいますか、ヴァイオレットお嬢様」



 そう。彼女がヴァイオレット・バンブーフィールド。本名をヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタイン。バンブーフィールド商会の会頭をしているヴァレンタイン公爵家の令嬢だ。そしてこの女性従業員はヴァイオレットが小さい頃から一緒にいる従者であり、彼女が一番信用する女性で、ヴァイオレットの秘密を知る唯一の人物でもある。



「お嬢様と同じ異世界人。接触を図る好機かと」



 幼くして商会を立ち上げたヴァレンタイン公爵家令嬢、ヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタイン。実は彼女は地球で死に、アストラルで生まれ変わった転生者であり、その知識を持って商会を大きくしたのだ。


 そして今回、彼女はこの従者にして従業員の女性――マリーから「異世界人の少年が来店した」と報告を聞き、今まで他の転生者や転移者と会ったことがないため、縁を持ちたいと考えた。


 だが、相手がどんな人物かも分からないのにコンタクトを取るのはリスクが大きい。故に、ヴァイオレット令嬢は従者マリーに阿頼耶の接客をするように指示を出したのだ。彼がどんな人物なのかを知るために。そのやり取りを、ヴァイオレットは物陰からこっそり見ていたのだ。



「そうね。とりあえずは様子見かしら。彼、冒険者みたいだし。関わる機会はあるでしょ」


「ではそのように」


「それとマリー」


「はい? 何でしょう?」


「“お嬢様”ではなく“会頭”よ。今の私はバンブーフィールド商会の会頭としてここにいるんだから」


「それは失礼しました、ヴァイオレット会頭」



 恭しく頭を下げ、二人は仕事へと戻った。

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