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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第3章 捕らわれた奴隷編
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第53話 少女の選ぶ道

 それから俺たちは少女を連れてカルダヌスへと戻った。わざとではないにしても俺が主人になってしまったし、あのまま放置するわけにもいかない。いや、主人になってなくても放置するつもりはなかったけど。あんな所で見捨てたら寝覚めが悪くなるし。


 ただ、元々は大量発生したゴブリンを討伐するために出ていたため、その報告は済ませないといけないので俺は一人でギルドへ報告することにした。少女のことはまだ処遇が決まっていないから野盗の件も含めて報告はしない方が良いだろうと、セツナと話し合って決めてある。


 そのセツナには、今後の話をするためにも少女を俺たちが泊まっている宿へ連れて行くよう頼んだ。ついでに宿の主人にお湯をもらって体を綺麗にし、ご飯も食べさせるようにも言ってある。


 碌に食事も取っていなかったみたいだからそう言ったのだが



『普通は奴隷の身なりを綺麗にしたり、真面に食事をさせたりはしないんですけどね。まぁ、先輩はお人好しですから、そう言うとは思いましたけど』



 と何やら心外なことを言われてしまった。


 俺のどこがお人好しなのやら。俺はいつだって自分が納得できることしかしていない自儘なヤツだというのに。


 そんなことを考えているうちに宿へと戻ってきた。一階の受付を通り、端にある階段から二階に上がって自分たちの泊っている部屋へと真っ直ぐ向かう。


 そして扉を開けた瞬間、俺は自分の短絡的な行動を恨んだ。


 目の前にはセツナと奴隷の少女の姿がある。それは良い。【気配察知】スキルで確認していたからいるのは分かっていた。だが、その姿が問題だった。


 待ってくれ。こんなことが起こるなんてありえない。

 だって俺は主人公体質ってわけじゃないんだぞ。これは北条の分野だろ。


 それなのに何で……何で素っ裸の女の子と遭遇するなんてラッキースケベなイベントに突入しているんだ!!



「「「………………」」」



 俺を含めた、三人の視線が交差する。


 ちょうど湯浴みを終えたところで、セツナもついでに湯浴みをしたのだろう。二人の髪も体も水に濡れていて、セツナは少女の髪を拭いているところだった。


 とても静かだ。だが言い知れぬ緊張感がある。まるで嵐の前の静けさのようで、俺の頬に冷や汗が流れるのが分かる。こんなに緊張したのは、黒龍カルロスと対峙した時以来じゃないだろうか。


 すぐさま後ろを向いて視線を逸らせば良かった。だが俺の体は何故か脳の信号を受け取ってくれず硬直してしまっている。


 そのくせ視線だけは動いてしまって、見てはいけないと分かっていながらも、ついつい視線が二人の体へと向いてしまう。


 前から分かっていたことではあるが、セツナはパンツスーツ姿が似合いそうなスリム体形だ。しかし、ただ単純に痩せているというわけではなく、余分な肉がついていないだけで引き締まった体付きをしている。戦闘という過激な肉体労働をしているからだろう。


 しかも女性の象徴たる柔らかそうな双丘まで立派に育っているのだから、魅力を感じない方が無理だ。


 首から胸元へと伝っていく水滴や、張り付く黄金色の長髪のせいで、余計に蠱惑的に感じる。


 そして少女の方は、同じ小柄な体の姫川さんとは違って胸はなく、やはり今まで碌に食べていなかったからか、体は少し痩せているように見える。しかし時折ピクピクと動く猫耳や、尾てい骨辺りから生えている尻尾が何とも愛らしい。俺は猫好きだから、もふもふして可愛がりたくなる衝動に駆られる。


 眼福だ、と思わずそんな言葉が脳裏を過ぎった。


 だが忘れてはいけない。今は社会的に抹殺されても文句が言えないような状況にいる。この際、見てしまったものは仕方がない。わざとではないが、だからと言って俺に責任がないわけじゃない。


 ぶっちゃけ、俺がちゃんとドアをノックしていればこんなことにはならなかったのだから。

 謝ろう。誠心誠意。心から頭を下げ、大人しく沙汰を受けよう。


 そう決めて行動に移そうとした時だった。



「……まで」


「え?」


「いつまで見ているつもりですかこの馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「のおあぁぁぁぁ!!??」



 左手でタオルを胸元に手繰り寄せつつ、顔を真っ赤にしながら右手で魔法陣を展開したセツナが発動した突風の魔術によって、俺は廊下の窓から外へと放り出されたのだった。








 それから十分後。部屋に招き入れられた俺は正座状態でセツナから説教を受けていた。



「大体ですね。先輩が私に湯浴みをさせるように言ったんじゃないですか。それなのに何でノックもせずに入ってくるんですか。先輩なら、湯浴みの最中かもしれないってことくらい分かりますよね。そうじゃなくても、女の子しかいない部屋にノックもなしにドアを開けるなんて非常識です。同じ部屋に泊っているにしても、そこは気を付けてもらわないと困ります」


「散々、人の布団に潜り込んできたくせに今更気を付けるもへったくれもないと思うんだけど」


「口答えしない!」


「ごめんなさい!」



 いかん。つい反論してしまった。

 今は黙って頷いて怒りが収まるのを待とう。


 奴隷の少女が無表情ながらもどこか戸惑っている雰囲気を出しているが、今はそちらを気にしている暇はない。



「そうやってすぐ人の揚げ足を取って。皮肉屋なのは分かっていますけど、お説教の時くらいは自重してください」



 チラリと顔を上げて彼女の顔を盗み見ると、腰に手を当ててむっつりとした顔で怒っていた。正直、怖いというよりも可愛らしいと思う。



「ちゃんと聞いているんですか?!」


「はい! 聞いています!」


「ていうか“うっかり見ちゃった”なんて偶然を装わなくても、見たいなら見たいって言えばいいじゃないですか。いきなりはビックリしますけど、事前に言ってくれればこっちにだって心の準備は整うんですから」



 待てこら。

 何でそんなに性に関してオープンなんだよ!


 女の子なんだからもう少し恥じらいを……って、そういえばさっき恥ずかしそうにタオルで体を隠していたっけ? え? じゃあ何? もしかしてセツナって自分からするのは平気だけど不意にされるとテンパるタイプってこと?


 なにそれ、可愛い。



「ちょっと先輩。何を笑っているんですか?」


「いや、何でもない」



 不服そうなセツナは説教を続け、俺はそれを微笑ましく聞いたのだった。








 それから少しして、俺たちはようやっと少女と今後の話をすることになった。まったく、何でさっさと話ができなかったんだろうな。



「……何か?」


「いや、何も」



 ジト目で睨んでくるセツナから顔を逸らす。勘が鋭いな。

 わざと咳払いをして誤魔化す。


 さて。それじゃあ今後の話をするとしよう。


 少女をベッドに座らせ、俺たちは室内にある椅子にそれぞれ腰かける。


 湯浴みをして汚れを落としたからか。ボサボサだった髪はある程度滑らかさを取り戻し、肌もすっかり綺麗になっている。初めて見た時からもしかしたらとは思っていたが、やはりかなり綺麗な少女だな。



「まずは状況の確認だけど、この【奴隷の首輪】が誤作動を起こしたせいで、今は俺が主人になっているんだよな」



 問うと、セツナは頷いて肯定した。



「解放してやることはできないのか? 正直、この子の話を聞くと、たとえ親の借金だとしても、子供が奴隷になるなんて理不尽だと思う」


「二つ方法があります。一つはこのまま奴隷商人のところに行って契約を解除する方法。ただしこれは先輩とその子との間に契約がなくなるだけで、この子は奴隷のままです」


「……もう一つの方法は?」


「この子が自分自身を買う方法です」



 彼女の言葉に首を傾げる。



「どういうことだ?」


「つまり、この子が売られた時の金額をそっくりそのままこの子が稼いで、そのお金で自分を買えば奴隷から解放されるんです。これは制度で認められています。まぁ、犯罪奴隷なんかは対象外ですけど」



 へぇ。そんなことができるのか。

 一応、奴隷にも救済措置があるんだなと感心していると、セツナが「ですが」と言葉を続けた。



「この制度を使っている実例はほとんどありません」


「……何だって?」


「わざわざ奴隷を解放しようなんて考える人はいませんからね。奴隷にお金を与える主人なんてまずいないんです」



 腹立たしいが、そんな殊勝なヤツがいるならそもそも奴隷制度なんて存在しないか。


 奴隷制度自体に思わないところがないわけじゃないが、これをどうにかするには政治に大きく食い込む必要がある。それを実現するには相応の時間が必要で、今すぐどうこうすることはできない。


 嘆息を吐き、俺は少女に視線を向ける。すると、少女は無表情なまま、しかし瞳にはわずかに焦燥の色を浮かべて口を開いた。



「ここに、置いて」



 初めて聞いたその少女の声は抑揚がなく、けれど必死さが窺えるほど緊張していた。



「何でも、するから。だから、お金が貯まる間だけでも、ここに置いて、ください」



 ベッドから降り、少女は深々と頭を下げた。

 俺とセツナは面食らったように顔を見合わせる。


 このまま奴隷商人の所に戻ったとしても、碌な目には合わないだろう。良い人に買ってもらえればラッキーだろうが、奴隷を買う時点で真面なことにはならない。


 痛めつけて楽しむなんていう変態に買われることが多いらしい。それも少女は理解しているんだろう。だから、そんなことになるくらいならとこうして頼み込んでいるのかもしれない。


 だが、この子は分かっているのだろうか。


 俺とセツナは冒険者だ。命のやり取りなんて日常茶飯事だから、もしかしたら奴隷として売られた方がマシかもしれない。



「…………」



 再度、俺は少女を見る。表情や目だけでは分かりにくいが、纏った襤褸を握る少女の手はわずかに震えていた。


 分かっては、いるのか。分かった上で、再び買い手を探すよりもここに置いてほしいと懇願したのか。



『どうしますか、先輩?』



 悩んでいると、セツナが念話で訊いてきた。



『お前は、どうなんだ?』


『引き取ってあげたいと思いました。詳しくはステータスを確認しないといけませんけど、雰囲気やしっかりした体幹から見るに、それなりに実力はあると思いますし』


『……獣人だから断るかと思っていたよ』


『あ、酷い。私が種族差別するような人間だと思っていたんですか? 人間至上主義国家のオクタンティス王国ならまだしも、フェアファクス皇国は多種族国家ですから、そんな差別は少ないんですよ』



 少ないってだけで、全くないわけじゃないのか。


 ともあれ、セツナは差別するようなタイプの人間じゃないのは分かってはいるし、反対じゃないなら構わないか。


 結論を出し、俺は意識を少女へと戻す。



「分かった。お前が売られた金額を稼げるまでここに置く。それで良いんだな?」



 確認の意味を込めて訊くと、少女はコクコクと何度も頷いた。



「じゃあ決まりだな。俺はB-2級冒険者、雨霧阿頼耶。見ての通り、異世界人だ」


「ミオ。私の名前は、ミオ」


「私はD-3級冒険者のセツナです。よろしくお願いしますね、ミオちゃん」



 こうして、暫定的ではあるものの、新メンバーが加わったのだった。








 軽く自己紹介とステータスを見せ合った俺たちは、ミオを部屋に待機させて下の食堂から食事を注文することにした。なんだかんだでもう夕方だからな。そろそろ夕飯の時間だ。


 夕飯は部屋で取った方が良いか。あんな格好のままのミオを連れて下の食堂で食べていたら変なのに絡まれかねない。


 ちなみにだが、奴隷はあくまで物扱いであるため、一人増えたにもかかわらず宿泊代は変わらなかった。



「あんな正直にステータスを見せて良かったんですか?」



 下に向かう道中、セツナがそう訊いてきた。


 先ほどミオに俺たちのステータスを見せたのだが、俺はそれを正直に見せたのだ。龍殺しや半人半龍など、普通なら隠さないといけないものも見せた。



「すぐに知られるからな。俺の左腕もまだ完全に元に戻っていないから、特に半人半龍は遠からずバレる。ていうか、お前だって自分が『第三皇女だ』ってことをバラしたじゃないか」


「悪い子には見えませんでしたからね」



 そんな理由で教えたのかよ。あの子、知った時、目を丸くしていたぞ。



「まぁ、一応漏らさないために他言無用って命令をしてはおいたけど」



 便利と言って良いのか分からないが、【奴隷の首輪】の効果で、着けられた者は主人の命令には絶対服従らしい。命令なんてしたくはないが、口外しないように言っておいたのだ。



「それよりもあの子のステータスだ。まさかあんなスキルを持っているとは思わなかった」


「アレにはビックリしましたね」



 俺の言葉にセツナは同意して頷く。そう。ミオが俺たちのステータスを見て驚いたように、俺たちもまた、ミオのステータスを見て驚いたのだ。





====================

ミオ 14歳 女性

レベル:12

種族:獣人族(シアンスロープ)/人猫種(ウェア・キャット)

職業:猟師、奴隷

HP :210/210

MP :90/90

筋力:150

敏捷:240

耐久:110

スキル:

 ユニークスキル:

  変化系スキル:

   獣化

  召喚系スキル:

   雷帝招来

 コモンスキル:

  戦闘系スキル:

   剣術Lv.3

  知覚系スキル:

   気配察知Lv.2

  補助系スキル:

   軽業Lv.2

称号:

 なし

====================





「まさかユニークスキル持ちとはな」



 この【雷帝招来】というユニークスキル。鑑定で詳しく見ると、ケラウノスというギリシャ神話の主神ゼウスの武器とされる雷そのものを召喚するスキルのようだ。たしか神話だと全宇宙を破壊できる威力があるんだっけ?


 さすがにそんなとんでもない威力を神でもない者が使えるわけがないのでダウングレードされているだろうが、それでも高威力の雷を放つことはできるだろう。期待大だ。


 加えて、この年齢で剣術スキルがLv.3だ。戦闘はかなり得意なんじゃないだろうか。

 まさに棚から牡丹餅。とんでもない拾い物だ。



「自分を買うだけの金額が貯まるまでって約束にしたの、早まったかなぁ」



 実際に彼女がどれだけ戦えるのかは分からない。でもユニークスキル所持者なんて滅多にお目にかかれないし、それを抜きにしても、才能もやる気もあるんだ。彼女は強くなるだろうな。



「そうは言いますけど、先輩。約束を反故にするつもりはないんですよね?」


「まぁな。ミオが目標金額まで稼いだら、ちゃんと解放するさ」



 自分の都合で約束を破るなんて、そんな信用の欠けることなんて絶対にしない。約束したのなら、必ず守る。



「なら、仕方ないですね」


「…………そう、だな。あ~、でも。惜しいことしたなぁ」


「ほらほら。そんなに残念がってないで、早くご飯を取りに行きましょ」


「……ネコってたしか、玉ねぎとか食べさせたら駄目なんだっけ?」


「いや、先輩。ミオちゃんは完全なネコじゃなくて人猫種(ウェア・キャット)なんで、その辺は問題ないですよ」



 ネコと獣人の人猫は必ずしも特徴が一致するわけじゃないらしい。

 人体の神秘を感じつつ、俺たちは下へと降りて行った。

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