第52話 奴隷ゲット(過失)
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「ざっとこんなものか?」
俺――雨霧阿頼耶は辺りを見渡す。現在いるのは【シルワ大森林】の浅い場所より少し深く入った所だ。周囲にはゴブリンの死体が散乱している。
実はあの後、エストとの会話を切り上げた俺たちは街中の散策を続けていたのだが、冒険者ギルドの近くを通っていた時にレスティに捕まってしまい、依頼を押し付けられたのだ。何でも「ゴブリンが大量発生してしまいまして。他に手が空いている冒険者がいないんです」とのこと。
全く。オクタンティス王国のネコミミ受付嬢といい、レスティといい。冒険者ギルドの受付嬢は仕事を押し付けてくるのが常なのか?
ともあれ、手隙の冒険者がいないんじゃ仕方がないので受けることにした。ゴブリンは単体だとそこら辺の村人でも何とか倒すことができる程度の最弱クラスの魔物だが、人間並みに狡猾で群れで行動する。
新人の冒険者がゴブリンを倒しに行くも、油断したところで隠れていた他のゴブリンに殺される、何てよくある話なのだとか。
で、今回はCランクの冒険者パーティがゴブリン討伐に向かったのだが、その数が予想以上に多く、自分たちでは歯が立たないと撤退してきたらしい。
完全に尻拭いだよなぁ、これ。
まぁ別に良いんだけど。
そんなわけで、俺とセツナはそのゴブリンどもがいる場所まで来て、それを殲滅したというわけだ。
「おーい、セツナ? 大丈夫か?」
声を掛けると、倒したゴブリンたちから討伐証明部位である右耳と魔石を剥ぎ取り用の鉄製ナイフを使って切り取っているセツナがこちらを向いた。だいぶ疲れているようで、顔はげっそりとしている。
「大量発生したとは聞きましたけど、三十匹近くもいたなんて聞いてないですよ」
ぼやく彼女に苦笑する。
文句を言いたいのは分からなくもないけどな。大量発生したとは聞いていたけど、撤退してきた冒険者たちも逃げるのに必死だったから詳しい数までは分かっていなかったんだ。
「まぁそう言うなって。放っておいたら近隣の村に被害が出るだろ?」
「……それはそうですけど。むぅ、ならこのことを報告して、調査不足ってことで報酬を上乗せしてもらいます」
じゃないと割に合いません。と言いながら剥ぎ取りを続けていく。
ん~、ちょっと剥ぎ取りに苦労しているな。セツナのことだからちゃんと手入れはしているだろうけど、如何せん鉄製のナイフだからな。品質は然程良くはない。
カルダヌスに戻ったら買い替えるか、研ぎに出した方が良いかもしれない。
俺も剥ぎ取るか……っと、その前に【気配察知】と【魔力感知】で周囲の状況を確認しておくか。
そう思ってスキルを使った直後だった。この二つのスキルに反応があった。ただ、これって……
「……どうしました、先輩?」
「あー、いや。スキルに反応があったんだけど……どうも魔物じゃないっぽいんだよ」
「? 人がいるってことですか? こんな所に?」
【シルワ大森林】は魔物が生息する森だ。この浅い場所だと出てくるのはゴブリン程度なものだが、それでもそう人が出入りするような場所じゃない。しかもここは街道から外れている。だから人の気配なんてしないのだが。
「様子を見るか」
もちろん、他の冒険者の可能性もある。だが、何も確認せず戻って、後々にそれが問題になっても面倒だ。確認だけでもしておくべきだろう。それに、何も問題なければ退散すれば良いだけだからな。
俺とセツナは頷き合い、ゴブリンからさっさと右耳と魔石を回収し、その気配のあった場所へと向かった。
気配のあった場所に着くと、そこには二人の男がいた。とりあえず気付かれてもアレなので、草むらに隠れて様子を窺うことにした。
男二人の背後には洞窟がある。どうやら見張りのようだが、一体何を見張っているんだろうか。
『どう思いますか、先輩?』
声を出して気付かれることを回避するためか、セツナは念話で訊ねてきた。
『まぁ、怪しすぎるよな。あんな所に見張りを立てる意味も分からないし、明らかに冒険者でもないし』
それに洞窟の奥にはもっと人がいるみたいだ。人の位置から推測して、広さはそこそこか。おそらく住処か何かなのだろう。
こんな場所を住処にしているというのも怪しいので【鑑定】を使うと、男二人の職業に【野盗】と表示されていた。
「…………」
……これさぁ。アレだよな?
今朝エストが言っていた野盗たちのことだよな?
なんかなぁ。いや、別に良いんだけどさぁ。賞金が出てるから金になるから。
でもなぁ。今朝のアイツらの尻拭いをする羽目になるって考えると、ちょっともやっとするなぁ。
かと言ってここで見て見ぬふりをするってのも、それそれでどうなの? って感じだし。
情報共有するために鑑定した結果を念話でセツナに伝えると『あー』と納得したような返事が返ってきた。
『まさかエストさんが言っていた野盗と遭遇するなんて。先輩って面倒事に巻き込まれる星の下に生まれてきたんですか?』
『人をトラブルメーカーみたいに言うな』
ったく。失礼な。
『それで、どうする? 俺としては殲滅する理由はあっても見逃す理由はないと思うんだけど』
『賛成です。見逃しても損にしかならないので、ここで倒しちゃいましょう』
『決まりだな』
意見がまとまった瞬間、俺は【虚空庫の指輪】から投擲ナイフを取り出し、見張りの男二人に投げる。二人はそれに全く気付くことなく、それぞれ頭と心臓に突き刺さって即死した。
「さて、さっさと終わらせようか」
洞窟の中へと乗り込み、俺たちは野盗たちの殲滅を開始した。
野盗を倒した俺とセツナは、檻に入れられた少女がいることに気付いた。
「この子は……奴隷、か?」
極夜を鞘に納めて少女と目を合わせると、彼女は感情のない瞳で見返してきた。
予想できたことだが、あまり良い扱いはされていなかったようで、ミディアムヘアほどの長さの胡桃色の髪はボサボサで痛んでいて、体のあちこちには痣が目立った。
頭頂部にある耳と尻尾からして、この子は獣人族の人猫種だな。
首にあるのは【奴隷の首輪】か。ということはこの子は奴隷ということで間違いない。
「所有者はいないみたいですね。おそらく、ここの野盗たちがこの子の主だった奴隷商人を殺したんだと思います」
つまり、現状この子は誰のものにもなっていないってことか。
「とりあえずここから出ましょう。こんな所で長々と会話なんてできませんし」
「そうだな」
頷きを返して立ち上がり、極夜でバキン!と檻の錠前を壊す。大きな音にビックリしたのか、その時に獣人の少女が体を強張らせた。
普通に鍵を使えばよかった。ごめん。
そんなこんなで、少女を連れて洞窟の外へと出た俺たちは少女から事の経緯を聞いた。
「……なぁ、セツナ。こういったことって、よくあることなのか?」
聞き終わった直後、俺はセツナに問いかけた。すると、彼女は悲しげな顔で答える。
「この子の場合は両親が亡くなっていますが、借金の末に親子共々奴隷になるというのは、残念ですがよくある話です」
珍しくもない、のか。
こういった話を聞くと、姫川さんのことを思い出す。あの子が抱えていた事情も借金問題だったからな。
あの時は、確か俺と所縁のある刑事に極秘で違法賭博場の場所を教えてもらって、そこでイカサマして稼いだんだっけ。
とはいえ、俺が稼いだ3000万は姫川家が払う必要のない、いわば利息制限法を無視して請求された分であって、実は姫川家が払うべき借金は疾うに支払い終えていたんだけど……まぁそれはいいか。
「【奴隷の首輪】か」
こういった魔道具は物に術式が組み込まれていて、それで魔術を展開している。だから極論、魔術が使えなくても魔力を流せばその効力を発揮することができる。この【奴隷の首輪】も同じで、いわゆる契約系の術式が刻み込まれているらしい。
魔術っていうなら、どうにか解析して効力を解除することはできないかな?
術式を効率化したのと似たような感じで書き換える方法で。
まぁできるかできないかは術式を見てみれば良いか。
魔道具に組み込まれている術式を読み解くには、特殊な術式を使って魔道具の術式を浮かび上がらせる必要がある。その術式をセツナから教えてもらっていた。
少女の首輪に手を振れ、術式を展開しようと魔力を練る。すると、少女と俺を包み込むように【奴隷の首輪】から魔法陣が展開され、一度輝きを増すと再び少女の首輪へと吸い込まれていった。
「「「…………え?」」」
突然のことに、俺たち三人は揃って間の抜けた声を出した。
「い、今のは?」
「さ、さぁ? 何でしょう?」
「!?!?」
訊いてみるも、セツナも何が何やら分からないようで首を傾げ、少女も困惑しているようだった。
「ちょ、ちょっと調べてみますね」
慌ててセツナが「ごめんね」と断りを入れつつ、俺に代わって【奴隷の首輪】に手を触れて魔法陣を展開して調べる。現れた魔法陣は先ほど展開されたものと同じだ。ということはやはりさっきのは【奴隷の首輪】の魔法陣で間違いないだろう。
魔法陣を見詰めながら眉間に皺を寄せるセツナはしばらくすると魔法陣を消した。どうやら作業が終わったらしい。
「どうだったんだ?」
「えっと、結論から言いますと……先輩、この子の主人になっちゃってます」
「はぁ!?」
ちょっと待て!
何でそんなことになっているんだよ!
「契約なんてしてないのに何でそんなことになるんだ?」
「たぶん、誤作動したんじゃないかと」
「は? 誤作動?」
「えっと、普通は専用の契約書を用意した状態で主人が【奴隷の首輪】に魔力を流し込むことで契約が完了するんです。でも先輩が触った瞬間に誤作動を起こして契約書の工程をすっ飛ばして契約が完了しちゃったみたいです」
「そういえばさっき魔法陣が展開された時に魔力を吸われた感覚があったな。……って、いやいや。ちょっと待て。俺は触っただけだぞ? そんな簡単に誤作動が起きるのか?」
「普通の人はきちんと魔力を操作できるから誤作動なんてまず起きません。でも先輩って魔力は強力なわりに操作は拙劣ですから」
普通、魔力は徐々に上がっていくため、普通に暮らしていればその操作性も比例して向上する。しかし俺の場合は一足飛びにレベルアップしているため、強力なくせに操作性はずさんだ。
「えっと、つまり?」
「つまり、先輩が迂闊に触って魔力を練ったことで、強力な魔力が【奴隷の首輪】の術式に干渉してしまい、誤作動で主従契約が結ばれてしまった、ということです」
「…………」
魔力操作の訓練をしよう。
俺は天を仰ぎながらそう心に誓ったのだった。




