第50話 身バレ対策
その後、エストの店が近くにあるとのことで、俺たちは彼女の店で話をすることにした。情報屋だと彼女は言っていたが、兼業で喫茶店もしているらしく、歩いて数分の距離に彼女の店はあった。名前は『喫茶店エスト』とそのままだった。
扉には札があり、ユルド語で『準備中』と書かれていた。おそらく裏には『営業中』と書かれているのだろう。しかしエストは札をひっくり返すことなく店内に入っていく。続いて俺たちも店内に入ると、中は落ち着いた雰囲気だった。
レトロな感じで、とても好みの雰囲気だ。
「適当に座ってくださいッス。何か飲むッスか?」
「じゃあ紅茶でお願いします」
「俺も同じので」
「了解ッス」
カウンターに立ち、紅茶の準備をするエストを見やってから俺とセツナはカウンター席に座る。
「他の店員は?」
「いないッスよ。自分だけッス」
「エストだけ? 一人だけで店の切り盛りができるのか?」
「お客なんてそうそう来ないッスからね。ほい。紅茶ッス」
出された紅茶を飲む。特別美味しい、というわけでもないが不味いというわけでもない味だった。
「さて。じゃあ何から話すッスかね?」
自分の分も用意していたようで、エストも一口飲んでから訊ねる。すると、カップをソーサーに置いたセツナが口を開いた。
「私の事情ですし、私が話します」
「あ、そうッスか? じゃあよろしくお願いするッス」
彼女の言葉に頷いたセツナは俺に視線を向ける。
「先輩。以前、私が言った【魔窟の鍾乳洞】に訪れた理由を覚えていますか?」
「あぁ、【魔窟の鍾乳洞】の階層主を倒したら低確率でドロップする【能天使の首飾り】を手に入れるためだったな」
「はい。その情報をくれたのがエストさんなんです」
その一言に俺は目を丸くした。
「ということは、彼女はお前が呪われていたことも知って?」
「はい。私が呪われて、魔術学園を辞めて、呪いの被害を出さないために皇都の外れに一人で住むようになったんですけど、たまたま街に出た時に皇都に来ていたエストさんと再会したんです。エストさんはお母さんが昔懇意にしていた情報屋で、私とも個人的な縁があるんです」
「それでエストから【能天使の首飾り】の情報を得て【魔窟の鍾乳洞】に来た、というわけか」
「そういうことです」
頷いたセツナは次にエストへ視線を向けた。
「エストさん。この人はアラヤさんと言って、私とパーティを組んでくれている大切なパートナーです。私の呪いを解くために尽力してくれたんですよ」
「へえ~、そんなことが。セツナ殿下の顔が晴れやかになってたッスから、呪いは解けたんだって分かってたッス。でも、セツナ殿下のレベルだと階層主を倒すのは無理ッスからどうやったんだろうって思ってたんスけど……そうッスか。アラヤさんが助けてくれたんスね。いや~、良かったッスよ。今のセツナ殿下のレベルじゃ無理だって何度も言ったのに自分の言うことも聞かずに飛び出して行ったんスから」
「あ、ちょっ! エストさん!?」
「心配して一人暮らししてた家に行ってももう居なくて、書き置きすら残してなかったッス」
「だ、だって仕方ないじゃないですか。書き置きなんて残したら、お母様たちもお兄様たちもお姉様たちも心配して捜索のために人を寄越してきそうでしたし」
「まぁ、あの人たちはセツナ殿下を溺愛してるッスからね。だから自分も皇城には連絡を入れなかったんスけどね」
へぇ。セツナには母と兄と姉が複数人いるのか。まぁ皇族だからな。家族も多いんだろう。それよりも少し気になることが出てきた。
「二人が知り合いなのは分かった。でもセツナ、お前は知り合いたちの名前に関する記憶を封じていたんじゃなかったか?」
「あ、実はそれ、解除済みなんです」
…………ん?
「それは、どういうことなんだ?」
「その辺りは自分も知らないので、自分も説明してほしいッスね」
俺とエストの言葉にセツナは首肯して説明を始めた。
「私に記憶封じの魔術を掛けたのは、魔術学園の教師をしている恩師なんですけど、同時に解除用の魔術も教えてもらっていたんです」
ということは、呪いが解けた時に、記憶封じの魔術も解いたのか。だからエストの名前も思い出していたということか。
その恩師も、よく被術者に解除用の魔術を教えたな。普通は、耐え切れなくなって自分で解除してしまう可能性があるから当人に解除用の魔術を教えるのはリスキーなんだけど。
まぁでも、セツナならそんなことはしないだろうとも思える。この子は良くも悪くも我慢強い子だからな。自分の限界を超えても、それが他者を巻き込んでしまうなら解除用の魔術は使わないだろう。
……あぁ。もしかしたらその恩師もそのことが分かっていたから彼女に解除用の魔術を教えたのかもしれないな。
「すいません。先輩にお話ししておかないといけなかったのに、言うのを忘れていました」
「良いさ。あの時はゴタゴタしていたしな。俺も今の今まで忘れていたから仕方ないさ」
何はともあれ、セツナはもう友達の名前を思い出しているんだな。良かった。いつまでも忘れたままなんて辛いからな。
「エストさんも、ご心配をおかけして、すいませんでした」
「気にしなくて良いッスよ。結果的にセツナ殿下の呪いが解けたんスからね。祝福こそすれ、怒ったりはしないッスよ。まぁでも、まさか呪いを解いただけじゃなく男まで捕まえてくるとは思わなかったッスよ」
「エストさん!? い、一体何を言っているんですか!?」
エストの爆弾発言にセツナは面白いくらいに狼狽えた。
「え? 違うんスか? だってさっき、「大切なパートナー」って……」
「た、確かに言いましたけど。でもまだそういう関係ではなくて……」
「まだ、ということはいずれはってことなんスね?」
「~~~~~~~~っ!!??」
顔を真っ赤にしてセツナは慌てふためき、それをエストがからかい始めた。止めても良いけど、慌てる彼女を見ているのは少し楽しいから俺は黙って紅茶を飲むことにした。
紅茶を飲みながら二人のやり取りを眺めた。エストがからかい、セツナがむくれた顔をする。だがそこに険悪な雰囲気はない。母親からの縁だと言っていたけど、心を許せる、仲の良い友人といった間柄なんだろう。
エストの見た目は、セツナと同じくらいの年齢に見える。だから母親からの縁だと言われても違和感があるが、もしかしたらエルフのような長命種なのかもしれない。さすがにセツナの友人相手だと失礼だし、【鑑定】スキルを使おうとは思わないから種族の確認はしないけど。
「さて、それはどうでも良いとして」
「どうでも良くはないんですけどね」
「さっき助けてもらったんで、何かお礼をしないといけないッスね」
「無視ですか。無視なんですか。そうですか。良いですよ、もう。ふーんだ」
俺とエストに背中を向けていじけてしまった。
丸まった背中に哀愁が漂っている。しょうがないなぁと思いながら、俺は彼女の頭を撫でる。するとセツナは俺の方を向いて嬉しそうに相貌を崩した。【魔窟の鍾乳洞】から帰った時も彼女の頭を撫でたが、その時も嬉しそうにしていたっけ。セツナは頭を撫でられるのが好きなのかな?
あまり気安く女の子に触れるものじゃないと思うけど……まぁ本人が気にしていないみたいだから良いか。
「お礼なんて良いのに。そういうつもりでやったわけじゃないんだし」
「それでもッスよ。助けられたのは事実ッスからね。んじゃ……そうッスね。何か知りたいことはあるッスか? 情報屋らしく、自分の知ってることならなんでも教えるッスよ」
「何でもなぁ。そんなこと言われても、今すぐ聞きたいことなんてないし」
「そうッスか? んー、それじゃ……借りにしておくってのはどうッスか?」
借りに?
「今後、お二人に何かあれば力を貸すッス。それで、今回のことのお礼にさせてくださいッス」
ふむ。情報屋への貸しか。それは中々にメリットが大きい気がするな。
この喫茶店の様子から、こちら側の仕事は盛況ではなさそうだ。しかしそれでも生活に困っている感じはしないから、おそらく情報屋の方で儲かっているんだろうと予想できる。それに先ほど「皇城には連絡を入れなかった」という言葉から察するに、少なからず皇族とも繋がりがある。
情報の確度、鮮度、精度、質、量などがそれなり以上でないと皇族も利用はしないだろう。つまり、エストの情報屋としての信頼は確かだということだ。
そんな相手から得られる情報だ。決しては無駄にはならない。無論、相応の代金を払うことになるだろうが、それも必要経費であるし、ふっかけられることはないだろう。
「分かった。それで手を打とう」
頷いて了承すると、エストは満足そうに笑った。
「ところで、セツナ殿下は皇都に戻らなくて良いんスか?」
思い出したようにエストは訊いてきた。
あぁ、やっぱり気になるか。まぁ、呪われたセツナのことを心配していたみたいだしな。今後の身の振り方も知りたくなるか。
「正直、戻るつもりはないですね。休学ではなく退学になっている以上、戻ったところで魔術学園に復学することはできません。それに、そんな状態で戻ったりしたら、政略結婚させられるだけですし」
「でも、バレたら連れ戻されるッスよ?」
「その前に冒険者として実績を積んでいれば回避できると思います」
「あぁ、だからカルダヌスに来たんスね。ここには【シルワ大森林】があるッスから、危険な分、実績も上げやすいッスからね」
なるほど。だからセツナはカルダヌス行きに反対しなかったのか。【シルワ大森林】はカルダヌスの南西にあるかなり大きな森だ。イメージとしては、外国にあるような規模の森か。【シルワ大森林】は高ランクの魔物が跋扈する森であると同時に珍しい薬草なんかも採れる。
だが、高ランクの魔物がいるため、採取するには相応の実力が必要になる。それ故、実績を上げるには手っ取り早い。
ちなみにだが、【シルワ大森林】の中心には妖精族たちが住まう国――妖精王国アルフヘイムがあるらしい。強力な魔物がいるのにどうして国なんて築けているのかというと、国を覆うほどの巨大な結界で守っているからなのだとか。
国の外は魔物がいて危険な場所だが、国内は自然豊かで美しい場所らしい。機会があれば行ってみたいものだ。
「ん~……じゃあセツナ殿下、コレいるッスか?」
そう言ってエストは何もない空間から何かを取り出した。どうやら彼女も【虚空庫の指輪】を持っているようだ。彼女が取り出したのはペンダントだった。
「それは……何ですか? 魔力を感じますから魔道具だとは思いますけど」
「ご名答ッス。これは、染髪の魔道具ッス」
「センパツ……とは一体なんですか? 聞いたことがないですけど」
……おや?
「知らないのか?」
「え? あ、はい。先輩は知っているんですか?」
「向こうの世界じゃ普通にあったからな。簡単に言えば髪の色を変えることを染髪っていうんだ。こっちの世界にはないんだな」
「まぁ初めて聞くものだと思うッスね。こっちの世界では浸透してない言葉ッスから」
「そんなものを何でエストが?」
浸透していないなら、そんな魔道具なんて存在しないはず。そう思って訊くとエストは肩を竦めた。
「いや、本当は隠蔽の効果を与える魔道具を作ろうとしていたんスけど、失敗してできたもんなんス」
「偶然の産物だと?」
「ま、そういうことッス。けど、変装には持って来いなんで、どうかなと」
つまり、身を隠すためにも髪の色を変えて過ごせというわけか。
「貰っとけ、セツナ。いつまでもフードを被ったままってわけにもいかないだろ」
「それはそうですけど、髪の色を変えただけで大丈夫なんでしょうか?」
「そこは問題ないだろ。髪の色が違うだけでも意外と人の印象って変わるからな。それにセツナは『第三皇女は綺麗な黄金色の髪をしている可憐な少女』ってだけしか知られていないから、セツナの顔が知れ渡っているとは思えない。この辺境の地なら尚更な」
「……先輩がそう言うなら。じゃあエストさん、ありがたく頂きますね」
「どうぞッス」
ニッコリと笑ってペンダントを差し出す。受け取ったセツナがそれを首にかけると、彼女の髪が黒へと変化した。思ったよりも綺麗に染まるんだな。これなら、セツナの正体がバレることはなさそうだ。
「へぇ~。本当に髪の色が変わるんですね。どうですか、先輩?」
「良いんじゃないか? それならセツナが第三皇女だってことはバレないだろ」
「…………」
あれ? 何でそんな不貞腐れたような顔をするんだ?
俺、変なこと言った?
「アラヤさん、甲斐性は大事ッスよ?」
「……え?」
「先輩はもう少し乙女心を理解した方が良いです」
「…………え?」
二人の言っていることが分からず、俺は首を傾げるのだった。




