第49話 第三皇女と情報屋
ブクマ、300越え。
PV数、20万越え。
いつの間にかこんな数になってて驚きです。
◇◆◇
翌朝。窓から射し込む朝日で私――セツナ・アルレット・エル・フェアファクスは目を覚ましました。
昨日はあの後、到着したばかりということもあって、そのまま宿屋へと向かいました。先輩を馬鹿にしてきたあの四人組の冒険者たちは意外なことに絡んでくることはありませんでした。
ちなみにあの四人組は【グリフォンの爪】という討伐専門のBランクパーティで、構成員は四名。全員がBランクで職業は剣士、斧使い、弓士、魔術師。
評価はそこまで良くはなく、Bランクの魔物を討伐するだけの実力はあるんですが、素行が悪過ぎるため、降格と昇格を行ったり来たりしているので、何年も冒険者をしているにもかかわらず未だBランク止まりだと、この宿屋の店主さんが教えてくれました。
あの下卑た顔を見るに、何かしてくるのは明白なので、注意した方が良いでしょう。
まぁそれはそれとして、目は覚めましたし、カルダヌスに着いて翌日なので今日は冒険者の仕事はお休みですが、日も昇っているのなら起きなければいけません。なのにどうして私は布団に入ったまま起き上がらず思考に耽っているのか。今の状況を一言で説明しましょう。
朝起きたら先輩に抱き枕にされていました。
……いや正直、こうなるなんて予想もしていませんでした。カルダヌスに着くまでも確かに一緒に寝ていましたけど先輩から抱き着いてくるなんて一度もなかったですし、いつも先輩は朝日が昇る前に起きていました。
なのに今は私のことをがっちり捕まえて起きる気配がありません。
お休みだから熟睡しているんでしょうか?
う~ん。予想もしなかった状況ですけど、大好きな人の腕に抱かれているって、幸せな気持ちになりますね。しかも向かい合った状態なので先輩の寝顔もバッチリ見ることができます。悪くない……いや、むしろ凄く良いです!
戦闘の時はキリッとした顔をしていますが、寝ている時の顔はあどけないですね。可愛いです。
少し身じろぎをして、ためしに唇に触れて悪戯してみますが、全く気付く様子がありません。そのことにクスリと笑みが零れます。ずっとこうしていたいですけど、そうもいきませんね。さすがに起きて朝御飯を食べないと。
「先輩、先輩」
「……ん」
呼びかけると、わずかに反応が返ってきました。思った以上にぐっすり眠っているみたいですね。
「先輩、起きてください。朝ですよ」
「…………」
彼の胸の辺りをポンポンと叩いて声をかけると、うっすらと目蓋が重たそうに開きました。寝惚けているんでしょうか。なんだかボーっとして……って、あ、また閉じちゃいました。
「先輩?」
「……あと、五日」
「長くないですか!?」
そこは「あと五分~」とかじゃないんですか!?
「今日がお休みだからって寝過ごすのは駄目ですよ、先輩。朝御飯、食べないと……ひゃっ!」
ちょっ! せ、先輩!?
何でいきなり抱きしめて……!?
「温かくて……良い匂いがするな」
にゃああぁぁぁぁぁぁ!!
あ、頭に鼻先を擦り付けて匂いを嗅がないでください!
「って!! ちょっと先輩!? どこ触っているんですか!! ひゃっ! あ、ダメです。そんなとこ……」
もぞもぞと手を動かしちゃダメですってば!
せめて寝惚けてない状態でしてください!
……あれ? いや、でもちょっと待ってください。よく考えればこれはチャンスなのでは?
このまま先輩に身を任せれば既成事実ができますよね?
お兄様たちも「女を抱けばその間だけでも嫌なことは忘れられるしストレスも発散できる」って言っていましたし、今の先輩にはちょうどいいです。
それに既成事実ができれば、私の呪いが解けたことがバレても戻される可能性が低くなる。
良いことずくしじゃないですか! ならやるべきことは一つですね!
心の準備も整いましたし、さぁ先輩! 好きなだけ触ってください!!
「くー……」
「ちょっとぉぉぉぉ!? 何でそこで寝ちゃうんですかぁぁ!! せっかく心の準備もできたのにそれはあんまりですよ先輩!!」
抗議するも、彼はスヤスヤと寝息を立てるだけ。
「もう! 先輩の……馬鹿ああぁぁぁぁぁぁ!!」
彼が目を覚ましたのは、それから少しした後でした。
◇◆◇
朝食を済ませ、俺――雨霧阿頼耶は、セツナと共に街中を散策していた。今日は冒険者の仕事は休みにしているから、その空いた時間を使って街中を見学しようと考えたのだ。
ただ、フードを目深に被って姿を隠して隣を歩くセツナは朝起きてからずっと不機嫌そうだった。
「機嫌が悪そうだけど、どうしたんだ?」
低血圧……ってわけでもないか。これまでの道中で何度も彼女の寝起きを見たが、彼女は寝覚めが良かったからな。
「いえ。機嫌が悪いというか、不満というか……」
「?」
「き、気にしないでください。私自身の問題なので」
(冷静に考えれば、あのまま既成事実を作るのはちょっと強引過ぎた気もしますし。今朝のことは黙っておきましょう。それに、まだチャンスはあるでしょうから、その時にでも先輩の貞操を……)
ん? おかしいな。今、背中に寒気が走ったぞ?
原因不明の寒気に首を傾げていると、どこからともなく怒声が聞こえてきた。
「てめぇ! ふざけんなよ! 確かな情報だって言ってたくせにハズレだったじゃねぇか!」
見れば、三人組の男たちと一人の少女が口喧嘩をしていた。
「そんなこと言われても困るッスよ。あの情報はもう一週間も前のものじゃないッスか。それだけ時間が経っていればせっかくの情報も役に立たないッスよ。てか、「早めに対応した方が良い」って言ったじゃないッスか。それなのにさっさと行動に移さなかった。そんなのそっちの怠慢ッスよ。文句を言われる筋合いはねぇッス」
少女の方はそれが素なのか、砕けた感じの口調だった。ただ、その声音はどこか呆れているようだ。それが癪に障ったらしく、男たちの一人が「舐めたことを!」と叫びながら腰のナイフを抜いて少女に向かった切り付けようとする。
さすがにこれは見過ごせない。俺は【虚空庫の指輪】から銅貨を一枚取り出し、それを指で弾く。キンッと甲高い音を立てて弾かれた銅貨は男の手の甲に当たり、反動でナイフを落とした。
「ぐっ!? 誰だ!!」
銅貨が当たった右手を抑えながら、男性は俺の方を向く。
「少女一人に対して大の男が三人で恫喝するどころかナイフで切り付けようとするなんて穏やかじゃないな」
言いながら、俺は彼らに向かって歩みを進める。
気付いたのは少女の方も同じようで、彼女は意外そうな顔で俺の方を見ていた。
「んだ、クソガキ。何の真似だ」
「いや、別に。大の男が寄ってたかって少女一人に恫喝した挙句ナイフを切り付けようとするなんて情けないなと思ってな」
「あ゛?」
おー、怖い怖い。ガラが悪いこって。
「舐めた真似しやがって。首を突っ込んで正義漢気取りか? 後悔させてやる」
落としたナイフを拾いながら俺に凄みを利かせてくる。
正義感気取り、ね。傍からはそう見えるか。
「後悔させるのは勝手だけど、そんな時間はあるのかな?」
「あん?」
俺の言葉に男は懐疑的な声を出すが、直後に別の叫び声が響いた。
「衛兵さん! こっちです! こっちで喧嘩しています!」
その声を聞いて、男は「ちっ」と忌々しげに舌打ちする。さすがに衛兵に来られたらマズいと思ったようで、男たちは不満たらたらな顔をしながらも立ち去って行った。
それを見て俺は安堵の息を吐く。
もしあのまま絡んでくるようなら実力行使するしかなかった。あまり目立つことはしたくないから、大人しく引き下がってくれて良かった。
「いやぁ。助かったッスよ」
弾いた銅貨を拾っていると、先程の少女が礼を言いに来た。青い瞳に癖のあるセミショートの栗毛。小柄な体型をしている。
「自分はエスト。この街で情報屋をやってるッス」
「俺は阿頼耶。冒険者だ」
「アラヤさんッスね。よろしくッス。そっちの人はお仲間ッスか?」
エストが俺の右側に視線を向けると、セツナが俺の右隣に立っていた。
「さっきはありがとうな」
「いえ。お役に立てたなら良かったです」
「? 何の話ッスか?」
俺が言っているのは、先程の男たちとの諍いのことだ。あの時上がった、衛兵を呼ぶ叫び声。アレはセツナが上げたものだ。無論、衛兵なんて呼んでいない。あの男たちを欺くための演技だ。
そのことをエストに説明すると、彼女は感嘆の声を漏らした。
「はぁ~。いつまで経っても衛兵が来ないと思ったら、そういうことだったんスね。ありがとうッス。えっと…………あれ?」
セツナがフードで顔を隠しているからどう呼ぼうか悩んだと思ったら、何かに気付いたような声を出した。
「もしかして、セツナ第三皇女殿下ッスか?」
ドキリと心臓が跳ねた。
え、ちょ、何でバレた!?
そりゃ確かに正面から見ればセツナの顔を確認することはできる。けど、こんな辺境の地で第三皇女であるセツナの顔を知っているヤツなんてそういない。知っているのは『第三皇女は綺麗な黄金色の髪をしている可憐な少女』ということくらいだ。だからあまり気にしていなかったのに。
これは、どうにか誤魔化さないと……
「お久しぶりです、エストさん」
……え?
まさかのセツナの応じる声に、俺は虚を突かれた。
「やっぱりセツナ殿下ッスか。こっちに戻ってたんスね。元気にしてたッスか?」
「はい。おかげさまで。さっきはどうしたんですか? 揉めていたみたいですけど」
「あー…………最近、ここいらで野盗被害が多くなってるのは知ってるッスか? あの人たちは冒険者で、野盗討伐のために一週間前にそいつらのアジトに関する情報を買って行ったんスけど、行動に移すのが遅過ぎたみたいで、アジトに行っても野盗たちはいなかったらしいんス」
「それで情報提供元であるエストさんに文句を言いに来たってわけですか」
「そういうことッス。全く、困ったもんッスよ。情報は魚と同じで鮮度が命だっていうのに。それが分からないヤツらばっかなんスから」
軽快に二人は会話を進める。この気心知れたような会話。もしかして……二人って知り合いなのか?
予想外の展開に、俺は呆けるしかなかった。
阿頼耶:
仕事や他人が絡まないと一気にやる気を無くしてダラけるタイプ。
セツナ:
自分から攻めるのは問題ないが、不意に攻められるとポンコツになるタイプ。




