第48話 カルダヌス支部
それから二日後。俺とセツナはようやく辺境都市カルダヌスに到着した。カルダヌスは海に面した沿岸部であるため、東側には港が存在する。そこと西、南、北を城壁で囲んでいるため、城壁の形がアルファベットのOとCをくっ付けたように見える。
「ここがカルダヌスか」
西門から入った俺は感嘆の声を漏らす。
城壁の中は活気に溢れており、かなりの住民がいた。オクタンティス王国の王都も似たように人の数が多かったが、一つ違う点がある。それは、人間族以外にも様々な種族がいるという点だ。
さすがに魔族や天族は見掛けなかったが、妖精族の森妖種や土妖種がいた。中でも多いのは獣人族だ。人犬種や人猫種を始め、他にも人狼種や人熊種なんかもいた。
とはいえ、その数は人間族よりも少ないけど。
店ではやはりというか、魚介系のものも出されているようだ。チラッとだが、シーフードパスタのようなものも見かけた。後で食いに行こう。
「私もカルダヌスに来るのは初めてですけど、見たことがないものが多いですね。アレとかも見たことがありません」
彼女が指差す方を見ると、そこには和服が売られていた。呉服屋のようだ。
どうやらあの和服も、海の向こうにある極東の島国ヤマトから取り寄せたもののようだ。
ヤマトという名前だったし、“極東の島国”って呼び方からもしやとは思ったけど、やっぱりヤマトという国は日本と似通った文化みたいだな。
余裕ができれば、行ってみるのも良いかもしれない。
それからしばらく歩いていると、四階建ての大きな建物に辿り着いた。冒険者ギルド・アルカディア、フェアファクス皇国カルダヌス支部だ。
オクタンティス王国の王都にあった支部が三階建てだったけど、こっちは一階分高い。一番上が支部長室だったりするのかな?
カルダヌス支部に来た理由は二つ。一つは、自分たちは冒険者であるから顔を出しに行こうというもの。もう一つは、ここに来るまでの道中で倒して剥ぎ取った魔物の素材を売却するためだ。いくつか寄った町にもギルドはあったため、そこでも売却はした。
だが、最後に狩ったのが昨日だったので、売れる所もなく、こうして売却に来たわけだ。
両開きの扉を開けて中に入る。中にいた数人の冒険者たちは卓を囲んで話し合いをしたり、掲示板の前で悩んでいたりしていた。ここはオクタンティス王国の支部とは違って酒場兼用になっていないようだ。
隣に飲み屋があったから、そこで飲んでいるのだろう。
入った瞬間、冒険者数人が俺たちの方に視線を向ける。
何か懐疑的な視線で見られているな。まぁ、一人は十七歳の少年で、もう一人はフードを目深に被って姿を隠している不審者なのだから当然か。冒険者にしては迫力がないし、依頼人にしては怪し過ぎる。
だからといって、懇切丁寧に「怪しくないですよ」なんて説明するつもりはないけど。
その視線を無視して奥の受付カウンターへと向かう。
受付カウンターにいたのは二十代くらいの綺麗な女性と、同じく二十代くらいの格好良い男性だ。やはりというか、こういった仕事は顔立ちが整った人が多いな。男性の方は既に他の冒険者の対応を行っていたので、俺は女性の方へ行く。
「冒険者ギルド・アルカディア、フェアファクス皇国カルダヌス支部へようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」
受付嬢は微笑む。この笑顔を見たら大抵の男は鼻の下を伸ばすだろうな。けれど俺はその笑顔よりも、彼女の頭にあるものに気を取られた。
アレって、ウサ耳だよな?
彼女の頭には真っ白な長い耳がピョコッと生えていた。どうやら彼女は獣人族の人兎種のようだ。本当、獣人って色んな種類がいるな。
「買い取りをお願いしたいんですけど」
「おいおい、買い取りだって? あんなのが冒険者だってのかよ!」
すると、テーブルを囲んで話し合いをしていた四人組の集団から声が聞こえてきた。
「どうせDかEランクの冒険者だろ。しょぼい依頼しかこなせねぇ能無しじゃねぇか!」
「はっはっ。そうからかってやるなよ、バッカス。ほら、見ろよ。ビビッて何も言い返せてねぇじゃねぇか」
「僕ちゃんはとっとと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
ぎゃははは!と一団は下卑た笑い声を上げる。
酒が入っているわけでもなさそうなのに、よくもまぁあれだけ人を小馬鹿にすることが言えたもんだな。
さてどうしたものか。別に叩きのめしても良いんだが、相手にしたところで得がないしな。
無視しておこうか。と俺が決めた時だった。さすがに可哀想だと思ったのか、目の前の受付嬢が声を上げた。
「ちょっとアナタ達! いい加減に他の冒険者にちょっかいを出すのは止めてください!」
「はっ! 本当のことを言って何が悪いんだよ、レスティ! 魔物を討伐もできねぇクソ弱ぇカスなんて何の役にも立たねぇだろうが! 討伐できたとしても精々がゴブリン程度だろ!」
「……最近のアナタ達の行動は目に余るものがあります。これ以上、業務妨害をするなら資格停止もやむを得ませんが?」
「へーいへい。分かったよ。ちょっとした冗談じゃねぇかよ、じょーだん。これだから受付嬢はお高く止まってていけねぇや」
そう言ってバッカスと仲間から呼ばれた男は面倒臭そうに手を振った。
冒険者の資格停止を出されて渋々引き下がった、というわけじゃないんだろうな。受付嬢――レスティの言葉から察するに、あの集団は普段からあんな調子なのだろう。そして何度も問題を起こしていると。
「申し訳ありません」
「別に良いですよ、気にしていませんから」
他人に侮られることには慣れているしな。
「それで、買い取りなんですけど」
「あ、はい。もちろん、買い取らせて頂きます。本人確認のためにギルドカードの提示をお願いします」
言われた通り、ギルドカードをレスティに差し出す。
ちなみに、ギルドカードに記載されている俺の情報はこんな感じだ。
====================
アラヤ 17歳 男性
職業 :魔術剣士
所属 :冒険者ギルド・アルカディア
ランク :B-2級
所属パーティ:所属済み(パーティ名未登録)
専門 :全般
====================
そう言えば、名前をファーストネームだけのままにしていたな。
登録した時は余計な面倒事に巻き込まれるのが嫌だったからファーストネームだけにしていたけど、よく考えれば俺の見た目で異世界人だってことはすぐにバレるんだよな。それに、異世界人は苗字を持っていることも知れ渡っているし。
だったら別に本名にしても良いかな?
変更手続きはそれほど面倒ではないみたいだし。
……いや、でも本名で活動していたらオクタンティス王国側に漏れる可能性が出てくるか。もしオクタンティス王国側に漏れて刺客でも差し向けられたら面倒だし、やっぱりこのままにしておくか。
所属パーティの欄は、まだパーティ名を決めてないから「所属済み」と表示されているな。パーティ名を決めたら、それが表示されるようになるんだろう。
そこまで考えていると、確認していたレスティが目を見開いてギルドカードと俺の顔を交互に見ていた。
あぁ、彼女も俺が下のランクの冒険者だと思っていたのか。まぁ、俺の見た目が冒険者らしくないから仕方ないけど。
もう少し冒険者っぽい格好をした方が良いかな?
でもなぁ。下手に防具なんて着ても邪魔になるだけだしなぁ。
このままで良いか。
「えっと、これ、本当に?」
本当なのかどうか聞きたいのだろう。しどろもどろになっている彼女の問いに、俺は肩を竦めて答える。
「少なくとも、改竄する方法を俺は知りませんね」
その言葉にレスティはさらに目を見開き、恐る恐る俺にギルドカードを返した。
「専門が全般なのに、その歳でBランクとは……。優秀なのですね」
冒険者の依頼には大きく分けて五つの種類がある。
魔物を倒すことを目的とした【討伐】。素材を集める【採取】。依頼人を守る【護衛】。街中の雑用をこなす【雑務】。そしてこの四つに分類されない【特殊】だ。
冒険者はこの五つの依頼分類をそれぞれの専門としている。討伐専門の冒険者だったり、採取専門の冒険者だったりだ。そして、これは昇格にも関わる。依頼を連続十回達成すれば昇格できるのだが、それは自分が専門としている依頼でないと昇格の評価にはならない。
つまり、討伐専門の冒険者が採取系の依頼を十回連続達成したからといって昇格できるわけじゃないのだ。もしそんなことを許してしまえば、ギルド側も適切な人材に依頼を斡旋することができなくなる。それを防ぐための処置だ。
余談だが、昇格のための連続十回達成する依頼の内、数件は上のランクの依頼を達成しなければならないという条件もある。安全策ばかり取っているような冒険者はまず昇格できないのだ。
そして、俺の専門は全般となっている。これは、五つの依頼分類のどれでも対応するということを意味している。はっきり言って、専門を全般にしてもメリットなんてない。五つの依頼分類を専門にしているということは、全ての依頼分類をそれぞれ連続十回達成しなければ昇格できないということだからだ。
すぐに昇格したいなら専門を絞った方がずっと良い。ではどうして俺の専門が全般になっているかというと、あの猫耳受付嬢がノリで決めやがったからだ。「何でもできるニャね。なら専門は全般にしとくニャ」などとほざいていた。
討伐を専門にしたかったんだけど、専門の変更は一年待たないとダメらしいんだよなぁ。ころころ変えられたら管理に困るとか何とかで。
まぁ、この専門での昇格評価が適応されるのは、CランクからBランクへ上がる時からだから、現時点で被害は被っていないんだけど。
とまぁ、そんな事情があるので、俺の年齢で専門を全般にしている冒険者がすでにB-2級になっているとなると優秀であると見られるわけだ。
……本当はセツナの問題をどうにか解決したから、特別に昇格させてもらえたってだけなんだけどなぁ。
そんなに持ち上げられても、正直騙しているみたいで居心地が悪い。
「……」
そしてセツナよ。どうしてお前はそんな自慢げな顔をしているんだ。お前は事情を知っているだろ。
「では、買取品を」
苦笑いを浮かべているとレスティに促されたので【虚空庫の指輪】から魔物の素材を出した。
「一角熊の肉が三頭分、狂い蟷螂の鎌が二頭分ですね」
言いつつ、レスティは紙に何かを書き始めた。恐らく買い取りの査定を書いているのだろう。
一角熊は角が生えた二メートルほどの大きさのある大熊で、強さはCランク相当だ。同じく狂い蟷螂もCランク相当の魔物で、大きさは一角熊と同じくらいだが、狂乱状態で襲ってくるのが特徴的だ。
これを見て、後ろのバッカスたちがさらにニヤケ顔を浮かべたのが分かった。
俺が持ってきた魔物の素材を見て、俺がCランクだと判断したようだ。
「買い取りの金額はこちらになりますが、よろしいですか?」
査定が終わったようで、書いていた紙を見せられる。
ふむ。悪くない金額だな。
セツナの同意も得ようと彼女に視線を向けると、彼女も問題ないようで、頷いて了承した。
「それでお願いします」
「承知しました。……気を付けてくださいね」
俺の後ろへ視線を向けつつ、レスティは小声で注意を促してきた。先ほど俺に絡んできた集団のことを言っているのだろう。まぁ、ずっとこっちを見ているみたいだったからな。
この買い取りが終わったら、喧嘩でも売ってくるつもりなのだろう。
「ちなみに、冒険者同士の衝突に関して、ギルドはどういう方針なんですか?」
「よほど酷いようでしたら仲裁に入ったり、厳重注意したり、何かしらの処分は行いますが、基本的には不干渉です」
つまり、ここで俺が彼らに絡まれたとしても、ギルド側は特に何もしないということか。
だからこそ、彼女はコソッと注意を促してきたのだろう。
「まぁ、どうにかなりますよ」
適当に流せば、白けて相手してこなくなるだろう。
買い取りも終わったので、俺とセツナはギルドから出ようと出口へ向かった。




