第42話 英雄を失った日
◇◆◇
ダンジョンから脱出して翌日。
オクタンティス王国王城の広間に私――姫川紗菜はいた。周囲には私を含めたクラスメイトたちがいるけど、みんな暗い表情だった。
これでもまだ落ち着いている方だった。王城に着いた直後は酷いもので、怪我をしたみんなの治療に王城内にいた宮廷魔術師たちが治療に駆けずり回っていた。治療が終わった後も、みんな碌に眠ることができなかった。黒龍に対する恐怖のせいでトラウマになってしまっているみたいだった。
いきなり黒龍が現れて、そこから命からがら逃げてきたんだもの。まだ恐怖心が残っていても仕方ないと思う。
私も安心した気持ちにはなれなかった。
黒龍に対する恐怖心はもちろんだけど、何より、まだ、阿頼耶君の安否が分かっていない……!!
ダンジョンから脱出してすぐ、騎士団長のウィリアムさんが捜索隊を編成してダンジョンに向かった。ただ、騎士団はダンジョンに詳しいわけじゃないから、冒険者ギルド・アルカディアにも依頼を出して捜索を行うことになった。
そして、捜索が開始されてから一夜が明けて、でもまだ何の連絡も来ていない。
「……」
みんなを逃がすためにわざわざ戦場に戻ってきて、そして黒龍と一緒に崖下に落ちていった。
あの阿頼耶君だから大丈夫。
そう思ってるはずなのに、最悪の事態が頭の隅に浮かんで消えない。
頭を振って消そうとするけど、やっぱりどうしても浮かんでくる。
「大丈夫だぁ、姫川」
不安になって膝を抱えていると、横から岡崎君が私を安心させるように言ってきた。
「岡崎、君」
「阿頼耶なら、大丈夫だぁ。アイツがどれだけしぶといか、知ってるだろ? だからきっと大丈夫。たとえボロボロになってても、何食わぬ顔で戻って来るさ。何せゴキブリ並みの生命力だからな」
その例えはちょっと酷いと思う。否定できないけど。
あぁ、でも……
「そう、だね。そうだよね。あの阿頼耶君だもん。きっと大丈夫だよね」
「あぁ。だから今は椚たちを待とう」
彼の言葉に私は頷く。
今、この場に優李ちゃんはいない。クラスを代表して阿頼耶君の捜索に加わったのだ。私も行こうと思ったけど、魔力が枯渇していて足手纏いになるから行けなかった。
きっと、きっと大丈夫。
アルカディアの冒険者は凄腕ばかりだって言うし、依頼を出してくれてるんだから、近道を使ってすぐ下の階層まで行けるから捜索が難航することもない。
だから、きっと大丈夫。希望は、まだある。
そう思って待っていると、広場に優李ちゃんと数人の騎士たちが入って来た。
「っ!? 岡崎君!!」
「あぁ!! 行こう!!」
私たちは頷き合い、急いで優李ちゃんのところへ向かった。けれど、近付くにつれて私の中の不安は膨らんでいった。
優李ちゃん、どうしてそんな悲しそうな顔をしてるの?
「ゆう、り、ちゃん?」
「……」
問い掛けるけど、優李ちゃんは答えない。答えず、俯いた。
何で、そんな反応するの?
「どうなったんすか?」
彼女の反応に訝しんでいると、岡崎君が騎士の一人に問い掛けた。彼は一度優李ちゃんと見て悩んだ後、遠慮がちに話してくれた。
「今から五時間前。我々は冒険者ギルド・アルカディアに赴きました。そこで、Bランク冒険者パーティにアラヤ・アマギリ君の捜索依頼を出しました」
Bランクと言えば熟練の人たちだ!
それならあの初心者用のダンジョンの【魔窟の鍾乳洞】だって難なく踏破できるから、阿頼耶君を探すことができる!
「その冒険者の方々の話ですと、あの第十二階層にあった崖は第三十階層まで続いているらしく、飛行の魔術や飛ぶことのできる種族の者でないとまず助からない、と」
「で、でも! 阿頼耶君はいろんな属性の魔術を使ってました! なら、その飛行の魔術だって使えたかも……」
「一応、冒険者の方々には近道を使って第三十階層を捜索して頂きました。結果、黒龍の死体とアラヤ・アマギリ君のものと思わしき左腕を発見。アラヤ・アマギリ君は死亡したと断定しました」
サーっと、血の気が引いていくのが分かった。
え? 死ん、だ? 誰が? 阿頼耶君が?
「嘘、だよね、優李ちゃん」
「……」
「阿頼耶君が、死んだなんて……嘘だよね、優李ちゃん。だって、あの阿頼耶君だよ? どんなに無茶をしても、いつだって最後には帰って来たんだよ。その左腕だって、阿頼耶君のだって限らないんだから……」
「確認、したのよ」
ポツリと、優李ちゃんは言う。
「あの左腕は、阿頼耶が着ていた黒いコートを着ていたわ。それに、腕にわずかに残ってた魔力はアイツのだった」
沈痛な面持ちで語る優李ちゃん。
そんな……阿頼耶君が、死んだなんて……
「……そだよ」
「紗菜?」
「そんなの嘘だよ!!」
気付けば、私は大声を上げていた。
「阿頼耶君が死ぬわけがない! あの人はいつだってどうしようもない状況をどうにかしてきた! 不可能を可能にしてきた! 奇跡を起こしてくれたんだよ?! それなのに、こんなところで死ぬわけがない! 私は、そんなの信じない!! 絶対に信じない!!」
「紗菜!!」
叫ぶだけ叫んで、私は優李ちゃんの静止の声を振り切って広場から出て行った。
◇◆◇
私――椚優李は想定していた事態が起こってしまい、少し後悔した。
紗菜に言ってしまったら、こうなることは分かっていた。でも、避けては通れなかった。いずれ分かることだし。
親友として追い掛けたかったけど、委員長として事の次第をみんなに伝えないといけないから追い掛けることができないことに歯噛みしていると岡崎君が声をかけてきた。
「追い掛けてやれ、椚」
振り返ると、彼は真剣な面持ちでこちらを見ていた。それはどこか、必死に耐えているようにも見えた。
って、いつの間にか北条も来ていたのね。
「クラスのみんなには僕から説明をしておくよ。だから優李ちゃん、キミは紗菜ちゃんの様子を見てきてくれ。男の僕が行くよりも、同性で親友であるキミが行った方が良いと思うからね」
正直、その申し出はありがたかった。私は頷いて紗菜の後を追おうする。
「椚さん」
すると、駆け出す前に呼び止められた。佐々崎さんだった。
何だか神妙な顔をしているけど、一体何の用だっていうの。
こっちは早く紗菜の後を追いたいんだけど。
「言っておかないといけないことがあるの」
佐々崎さんが私に?
一体、何を言う必要があるの?
さっぱり分からないんだけど。
全く予想が立たず疑問に思っていると、佐々崎さんはその理由を口にした。
聞き流すことのできない、その一言を。
「雨霧君が死んだのは、私のせいなの」
「……」
一瞬で私の頭の中は真っ白になった。
腰に吊ったアロンダイトの柄に手を掛ける。一息に抜き放ち、刃が鞘を滑り、ビタリと佐々崎さんの首筋に当たる寸前で止める。看過できない言葉に、私は殺気を遠慮なく放った。場が一気に騒然とする。近くにいた岡崎君と北条はギョッとした表情をしたが、私が彼女の首に刃を当てているから迂闊に動くことができなかった。
刃を向けられた佐々崎さんはあまりのことに顔を強張らせている。
「それは一体、どういうことなの? ちゃんと説明してくれるんでしょうね。ちょっとでも嘘を吐いたら、ただじゃ済まさないから」
声音が冷たく平坦なものになったのが自分でも分かった。
もし彼女の言うように、アイツが死んだ理由が佐々崎さんのせいだっていうのなら容赦しない。殺しはしないけど、相応の罪は償ってもらう。
私の言葉に、場の緊張が増す。首元に刃を突き付けられている佐々崎さんも、緊張でゴクリと生唾を嚥下したのが分かった。
「私、が、雨霧君に、頼んだの。私の理想を守って、ほしいって。助けてって。そう、言ってしまったの」
「……何ですって?」
「私の力じゃ、もうどうしようもなかった。『クラスメイト全員を地球に帰す』って理想を貫きたかったけど、力が足りなかった。その雨霧君が、「もしもどうにかできる方法があったらどうする?」って。それで、私は……」
そこから先は聞かなくても分かった。
あのバカ。それで佐々崎さんの「助けて」に応じたってわけね。
だからアイツは、実力を隠していたのにそれを惜しげもなく使ってみんなを逃がそうとしていたのね。
納得した。納得、できてしまった。
「そう」
力なく言い、私はアロンダイトを鞘に納めた。同時に殺気も解き、私はみんなに背を向けて扉へと向かう。すると、佐々崎さんが慌てたように叫んだ。
「椚さん! ごめんなさい! 私のせいで雨霧君が……!」
「やめて」
ピシャリと、私は見当違いなことを言っている彼女の言葉を遮った。その言葉が腹立たしくて、振り返ることもせずに私はそのまま言葉を続ける。
「アイツがアンタのせいで死んだとでも? 自惚れないで。アイツは、アイツが掲げた誓いに従って死んでいったの。天地が引っ繰り返っても、アンタなんかのせいじゃない」
自分の行動を、誰かのせいになんかしない。
誰かのためになんて、絶対に言わない。
アイツは、そういうヤツだから。
誰かのために動いているくせに、自分がそうしたいからしているんだと、一人で背負いこんでしまうようなヤツだから。
誓いを守れるなら、たとえその結果死ぬことになったとしても本望だと、そう笑って言ってしまえるようなヤツだから。
だったら、責めることなんてできるわけないじゃない。
アイツが守ったものを、壊したりなんかできない。
「もし、それでも気に病むっていうなら、何が何でもその理想を死ぬ気で貫きなさい。……アイツもきっと、そうしろって言うと思うから」
それだけ言って、私は広間から出た。
後ろですすり泣く声が聞こえたけど、聞こえなかったふりをした。
長い廊下を歩き、私は紗菜の部屋の前に来た。扉の向こうからは泣き声が聞こえる。
「紗菜」
「……優李、ちゃん?」
涙声になっている。やっぱり、泣いていたのね。
「何で、こんなことになっちゃったのかな」
扉越しに聞こえる彼女の声はくぐもっていて、けれどよく聞こえた。
「阿頼耶君が必死に耐えていることは分かってた。それをどうにかしたくて、阿頼耶君も笑って学生生活を送れるようにしたくて、どうにかしようって思ってた」
そうね。
ほぼ毎日、私と岡崎君を誘って、阿頼耶に対するイジメ問題をどうにかしようと話していたものね。
「結局、何もできなかった。何もできずに、阿頼耶君が……」
悔しそうな、悲しそうな声。その気持ちは、痛いほど分かった。
私も、何もできなかったから。
アイツは私の人生を救ってくれたのに、私はアイツを救うことができなかった。
それが悔しくて仕方ない。
「あのね、紗菜。阿頼耶は、佐々崎さんの願いに応えて死んでいったの」
向こう側で紗菜が息を呑んだのが分かった。
「『クラスメイト四十人を地球に帰す』っていう佐々崎さんの理想を守るために、黒龍と戦っていたの。アイツは……いつも通りに誓いを貫いていたわ」
ガチャリと、扉が開く。
そこから顔を出した紗菜の瞳は涙に濡れていた。頬には流した涙の跡もあった。
「誓いを貫いたって……私と優李ちゃんの時と同じように?」
「えぇ」
「……そっか」
フッと紗菜は疲れたように、力なく笑った。
「変わらないね、阿頼耶君は」
「そうね。相変わらずバカで、無鉄砲で……無茶ばかりするヤツよ」
「死んだら、元も子もないのにね」
ズキリと、胸が痛くなった。それは、私が阿頼耶に言った言葉だった。
死んだら元も子もないから無茶をするなって、アレだけ言ったのに、結局アイツは無茶をして死んでしまった。
いつかはこんな日が来るんじゃないかって、薄々感じていた。
何かを解決する度に、アイツは傷だらけになっていたから。
きっと、何度も死にかけていたんじゃないかと思う。
アイツは誰かを助ける時に、私を戦力として頼ってくれなかったから分からないけど。
いつも、それを知った時は何もかもが終わった後だったしね。
「私、阿頼耶君に「好き」って……言え、なかった」
嗚咽を漏らしながら、紗菜はポロポロと涙を流す。
「ヤダよ、優李ちゃん。……もう、阿頼耶君と会えないなんて……そんなの、ヤダよ」
胸に込み上げてくるものがあって、私は思わず紗菜を抱き締める。
「ずっと……ずっと一緒にいられるものだと思っていたのに。阿頼耶君がいないなんて、もうお話しすることもできないなんて」
「私も、嫌よ」
私だって、阿頼耶に「好き」って伝えていない。
何であの時、言わなかったんだろう。
ダンジョンに行く前日の夜、アイツと手合わせした時、言えば良かった。
後悔ばかりが募っていく。
そしてそれはきっと、紗菜も同じ。
「何で、こんなことになったのかしら。こんな、こんなことになるなら……もっと素直になっていれば良かった……!」
頬に温かい滴が伝う。自覚したらもう駄目だった。後から後から涙が溢れて止まらなかった。
「優李、ちゃん……」
「紗菜……」
私たちは揃って膝から崩れ落ち、身も世もなく泣く。
アイツが見たら、「立ち上がれ」って言うかもしれない。
けどね、阿頼耶。どうか今だけは泣かせて。
泣いて、泣いて、泣いて。
涙が枯れるまで泣いたその後は、きっと前を向いて歩くから。
この日、私たちは英雄を失った。




