第40話 龍殺しの魔剣
連続投稿二日目です。
次話は来月に更新予定です。
封印を解き放ったことで巻き起こった土煙を掻き分けるように部屋から出る。そんな俺と、左手に握る新たな剣を見て、カルロスは目を細める。
「まだ戦意があるのか」
呆れるような、憐れむような声音だった。
「ならせめて、俺が楽に殺してやる!」
カルロスが【刺し貫く闇枝】を展開した。
魂を壊す力を内包した闇の枝が殺到する。それを跳んで躱す。数本の闇枝が地面に突き刺さるが、後続の闇枝が誘導ミサイルのように追尾してくる。
俺は極夜に対して呪文を唱える。だが、それは極夜を聖剣にする呪文ではない。
「“我が敵に災禍をもたらせ”――【極夜】」
――【魔剣適性】スキルを獲得しました。
スキル獲得の声を聞いた直後、極夜の刀身から鋼色の魔力が吹き荒れた。それに続いて、左手の剣からも同色の魔力が解き放たれる。
「なっ!?」
カルロスは瞠目する。それはそうだろう。先程まで神聖属性特有の黄金色の魔力を放っていた刀から、次は暗黒属性特有の鋼色の魔力を放っているのだから。
聖と魔は対極に存在するため、通常は相容れることはない。だが、魔力よりも上位の波動である神力を宿す神刀である極夜ならそれも可能だ。加えて、左手に持つ剣もまさか魔剣とは思わなかったのだろう。揺さぶりは成功というわけだ。
極夜を投擲し、闇枝を生み出している円盤状の闇を破壊する。俺を追尾していた闇枝も消えるが、尻尾の先をこちらに向けた刺突が俺を殺さんと迫って来る。
「来い、【極夜】」
即座に手元に呼び寄せる。極夜を斜めに構え、刀身で滑らせるように尻尾の攻撃を逸らす。ギャリギャリギャリッ!!とヤスリで削るかのような音を響かせながら、俺は左の剣を振るう。
鱗が切り裂かれ、その下にある肉を深々と断った。確かな手応えの後に鮮血が舞う。今まで浅く斬ることしかできなかったのにここに来て異なる結果が生じた。そのことに驚くこともなく、むしろ斬られたことで何かに気付いたカルロスは舌打ちし、尻尾の動きを突きから薙ぎに変えた。
「っ!?」
ぐんっとカルロスの尻尾が迫り、俺の体を叩いた。急激な勢いで地面に落下し、激突する。体に激痛が走るが、悠長にはしていられない。すぐに頭上からカルロスの尻尾が振り下ろされてきた。
急いで横に転がって回避する。叩き付けられた尻尾の余波で体が煽られながら、俺は【轟炎の爆裂】を間隔を空けて三つ地面に向かって放った。土煙が舞い上がり、一時的にカルロスの視界から俺の姿を隠す。
ようするに煙幕替わりだ。
「小癪な真似を!!」
翼を羽ばたかせて巻き起こった風で土煙が晴れる。だが、そこに俺の姿はない。
「どこに……っ!?」
「ここだよ」
俺はカルロスの足元にいた。あの煙幕のすぐに移動したのだ。巨体であるが故に、逆に近くにあるものにカルロスは気付くのが遅れた。対して、俺の方は準備万端だ。左手にある魔剣から吹き出す暗黒属性の魔力を更に高め、カルロスに向かって突っ込んだ。
カルロスは反撃しようと手を伸ばしてくるが、俺はそれを回避しつつ右の極夜で弾く。攻撃への道程は得た。俺はカルロスの左胸――心臓に魔剣を突き立てた。
「がはっ!!」
カルロスが吐血する。巨体だからその量も半端ではなかった。一度の吐血で水溜まりが出来上がっている。俺は剣を引き抜き、後ろへと後退した。
何故、極夜では浅く斬ることしかできなかったのに左の魔剣だと深く切り裂き、突き刺すことができたのか。それはこの魔剣が少々特殊な魔剣であるからだ。
銘を【バルムンク】。
ネーデルランドの王ジークムントと王妃ジークリントの息子であるジークフリートが所持していた魔剣で、【抱擁するもの】を退治したという逸話から【龍殺し】の力を有している。
そう、龍殺し。龍を殺すための力。その力があったおかげで、カルロスに深手を負わせることができたのだ。
カルロスは刺された左胸を抑えて片膝を着き、鋭い眼光で俺を睨み付ける。
「何で、戦うのをやめない。このまま戦っても無意味なんだぞ! 裏切られたお前に居場所はない! このまま戦ったところで得るものはなんてない! 生きたところで虚しいだけだ! 何でそれが分からない!」
…………あ?
「……うるせぇよ」
放った声は自分でも驚くほど声が低かった。
カルロスの言い様に苛ついた俺は吠えた。
「分かってんだよ、そんなことは!」
あぁ、そうだよ。分かってんだよ。俺が裏切られたってことくらい。
あんな目に合ったんだ。分からない方がどうかしている。
「俺がみんなから嫌われていることも!」
ここでどうにかカルロスから逃れて王城に戻ったとしても、きっとそこに俺の居場所なんてない。きっと証拠隠滅のために俺を始末しようとするはずだ。
アイツが俺を殺そうとしたなんて言ったところで、クラスメイトたちは信じない。俺のことを嫌っているみんなは、アイツを擁護するに違いない。
「みんなが俺の味方にならないことも!」
今までクラスメイトたちは立川の行いを見て見ぬふりをしてきた。
教科書をボロボロにされた時も。
靴を盗られ、下水に投げ捨てられた時も。
トイレで汚水をかけられた時も。
虫の死骸を無理やり食べさせられた時も。
窓から飛び降りさせられた時も。
弁当箱の中身が蛙の死骸にすり替えられた時も。
殴られ、蹴られた時も。
誰も彼もが見て見ぬふりをしていた。
「全部分かってんだよ!」
何度死のうとしたかしれない。
何度憎んだかしれない。
それでも、生き方を曲げずに済んだのは、あの誓いがあったから。
“あの子”に立てた『どうしようもない理不尽を前に泣くことしかできない誰かを救う』っていう誓いがあったから、ここまでやって来れたんだ。
ギリギリの中で、どうにか心に折り合いをつけて、我慢して、耐えて、踏み止まってきたんだ。
それなのに、最後の最後に俺を殺しに来やがった。
「学生までの間だからって、ずっと耐えてきたんだ!」
俺が一体何をした。
確かに、好印象を与えるようなことはしてこなかったかもしれない。
けれど、殺されなくちゃならないほどのことをした覚えなんてこれっぽっちもない!
むしろ立川たちの方が殺されても文句を言えないことをしてきているだろうが!
それなのに何で何もしていない俺が殺されなくちゃならない!
「このままにはしておかない!」
こんな理不尽があってたまるか!!
許容なんてできるか!!
「絶対にケジメは付けさせてやる!!」
だから俺は!!
「俺は生きなきゃならないんだ!!」
叫び、バルムンクと極夜を振り下ろす。二つの魔剣から放たれた暗黒属性の魔力が鋼色の奔流となってカルロスを襲った。
「っ!? ――【龍の爪撃】!!」
振り抜かれるカルロスの爪。それをなぞるように五つの薄鈍色の刃が放たれた。鋼色の奔流と薄鈍色の刃がぶつかり合う。本来なら、こちらの攻撃なんて一撃で突破されていただろう。
けれど咄嗟に放たれたカルロスの攻撃に勢いは乗っておらず、尚且つこちらは龍殺しの力を行使している。そのため互角にぶつかり合った。
数秒ほど拮抗したそれは双方に被害を与えた。鋼色の奔流を超えた二つの薄鈍色の刃が俺の右太股と首筋を斬り、三つの薄鈍色の刃を弾いた鋼色の奔流がカルロスの体を飲み込み、傷を負わせた。
そこからは我武者羅だった。ただひたすらに剣を振るって、斬って、斬られて、蹴って、殴られて。思考力は落ちていて、頭の中の大部分は怒りと憎しみで埋まってまともに機能していなかった。それでも戦い続けた。
何でだろう。
何でこんなことになったんだろう。
何でこんな目に合っているんだろう。
何がいけなかったんだろう。
どこで何を間違えたんだろう。
わずかに残った思考力を使って、そんな「答えの出ない問い」に答えを出そうとしている。考えたところで、何も変わりはしないというのに。
何だかおかしくなって、自嘲気味に笑みを浮かべたのが自分でも分かった。
どれくらい戦ったのか、もう分からない。時間の感覚ももう曖昧で、分かるのは、お互いが酷く傷だらけで、次の攻撃が最後になるということだけ。
「はぁ……はぁ……」
「ふー……ふー……」
肩で息をし、お互いに睨み合う。
だが、攻撃の体勢は整えていた。カルロスは【龍の咆哮】を放つために口に炎を溜め込み、俺はそれに対抗するために極夜とバルムンクの暗黒属性の魔力を高める。
「「――」」
合図はなかった。俺は駆け出し、カルロスはブレスを吐く。それは、ほぼ同時だった。
視界全てが炎で包まれる。恐らくは全力の攻撃。だが躱さない。俺は極夜を前にして炎に飛び込んだ。衝突の瞬間、刀身に灯る鋼色の魔力がブレスを裂いて道を作る。炎がまるで俺を避けるように左右に割れた。だが、直撃は避けられても熱が俺を襲う。
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
体中に襲い掛かる熱気を無視して突き進む。決死の突進。全身全霊、全力全開、全魔力、自身の持てる全てを絞り出す勢いで叫ぶ。そのおかげか、俺は炎を突破した。見えるはカルロスの顔。龍の顔なんでよく分からないが、その表情は驚愕の色に染まっているように見えた気がした。
俺が炎の中に飛び込んで、しかも突破してくるとは思いもよらなかったのだろう。だがそれでもカルロスは反応してくる。口を大きく開け、俺を喰おうとする。
最後は原始的な攻撃ってことか。
空中にある俺の体は避けることができない。そして、避けるつもりもない。俺は極夜を下げ、バルムンクを前に突き出す。そして――バルムンクを握る俺の左腕が喰われた。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
激痛が走る。当然だ。カルロスはそのまま俺の腕を食い千切ろうとしているのだから。だが、幸いなことにまだこの手にはバルムンクを掴んでいる感覚がある。まだ完全に食い千切られてはいない。なら、まだやれることはある。というか、狙い通りだ。
高い耐久値を持つ龍族。【龍殺し】の力を使ったとしても倒すのは容易ではない。そう、攻撃の箇所が体表ならば。
では、それが体内だったら?
そこを攻撃することができれば、どんな結末になるかなんて明白だ。
いくら攻撃から逃れるためとはいえ、バルムンクごと俺の腕を喰らったのは間違いだったな、カルロス。
躊躇いはなかった。迷いはなかった。
「終わりだ」
俺は全力でバルムンクの力を高め、解き放った。
瞬間、カルロスの口から体内へ【龍殺し】の力が駆け巡り、内臓を、筋肉を、血を、神経を、全てを破壊した。カルロスの全身から内側からの攻撃によって血が噴き出し、そして……その命に幕を下ろした。
残った右目から光が消え、ズズンと地面にその巨体を投げ打った。衝撃で俺まで地面に転がる羽目になったが、今更それくらいの痛みは気にならなかった。
起き上がろうと地面に手を着こうとしたらバランスを崩してまた地面に転がってしまった。見ると、左腕が肩から無くなっていた。どうやら【龍殺し】の力を解き放った後、完全に食い千切られたらしい。タッチの差で俺が勝った、というわけだ。
火属性魔術で左肩の傷口を塞いだ俺は、ようやく着いた決着に、緊張の糸を緩めて深く深く息を吐いたのだった。




