第39話 反撃の狼煙
「いきなりかよ!」
クソッと悪態を吐きながら真横へ飛び込むように跳ぶ。どうにか躱すことができたが、余波の熱を受け、よもや焼けたのかと錯覚する。
左手で地面に手を付き、そのままバネのようにして体を押し上げて着地する。
「身軽なヤツだ!」
「くっ!」
続けて、上から振り下ろされた左の爪を極夜でガードするが、ガラ空きになった下方から右の爪が襲い掛かってきた。
「ぐっ!!」
避けられなかった右の爪の攻撃で左のあばらから右肩まで切られ、ドバッと血が流れる。
何だ? 傷口は普通なんだが(バッサリ切られて血がドバドバ出ているのを普通とは言わないが)何かおかしい。
何だか一気に怠くなったような、スタミナが減ったような、力が抜けるような……とにもかくにも体が重い感じがする。
『警告。マスターの魂に損傷がみられます』
自身の急激な体調の変化に、カルロスに切り裂かれた胸の傷を手で抑えながら疑問に思っていると、極夜から理解できない言葉が届いた。
損傷? どういうことだ、極夜?
『解答。龍族はその力だけでも脅威ですが、他にも最強足らしめる力をいくつか有しています。その一つが魂への直接攻撃です。言葉の通り、肉体に負ったダメージをそのまま魂にまで影響を与える力です』
魂への直接攻撃?
今一ピンとこないが、俺が感じた違和感は魂に直接攻撃されたからっていうことか。
魂が損傷したらどうなるんだ?
『解答。損傷が軽微である場合、肉体に負った傷が治るように、自然に修復されます。損傷率が五十%ならばまだ修復の見込みはありますが、八十%を超えた場合はどうあっても修復は不可能。損傷は広がり、やがてこの世から消滅します。消滅してしまったら転生もできません。復活の見込みはなく、完全に滅されます』
魂の完全消滅!?
転生もできない!?
冗談じゃない!
そんなの死ぬよりよっぽど性質が悪いじゃないか!
もう迂闊に攻撃を受けられない。掠り傷すら許されない危機的な状況に俺は冷や汗を垂らす。そんな俺の様子を見て、カルロスは「あん?」と懐疑的な声を漏らす。
「何故かは分からねぇが、どうやら状況は理解したようだな。だったら、精々気を付けるこった。気を抜けばお前はこの世から消滅しちまうぞ」
言うが早いか、今度は真横から爪の攻撃が来る。俺は意図して集中し、爪の攻撃に対応する。受け止めはしない。俺に迫って来る爪の軌道と逸らすように、下から切り上げる。すると、狙い通りカルロスの爪は軌道を逸らされ、俺の頭上を通り過ぎて行った。
夜月神明流剣術初伝――【浮月】。
これは今やった通り、相手の攻撃を余所へ逸らす技だ。上手く逸らしたのだが、カルロスの攻撃が重すぎた。攻撃を逸らしただけだというのに、手が痺れている。
「――【刺し貫く闇枝】」
中級の闇属性魔術!?
そういえば上の階層でステータスを確認した時、【闇属性魔術】の記載があったな。
全然使ってこないからすっかり忘れていた。
カルロスの前方に靄のような円形の闇が面側をこちらに向けて現れ、そこから枝分かれするように複数の闇が俺の方に伸びてきた。
「“我が手に勝利をもたらせ”――【極夜】!」
一度手から離してしまったことで輝きを失った極夜に再び呪文を唱える。
黄金色の魔力が刀身に灯り、聖剣状態となった極夜を振るって次々と【刺し貫く闇枝】を切り払う。その度に黄金色の軌跡が空中に描かれるが、その合間を縫って【刺し貫く闇枝】が俺の左脇腹、右肩、右腕を裂く。痛みに顔を歪めつつ、極夜に指示を出す。
極夜! 魂の損傷率を随時報告しろ!
『了解。現在の損傷率は十七%』
極夜の声を聞きながら前へと駆け出す。【刺し貫く闇枝】の性質上、広がるごとに次から次へと新たな枝を作っていくので、後ろへ下がれば下がるほど危険度は増す。だから前に出る方が比較的安全なのだ。
正面の闇枝を切り伏せ、足元への刺突を跳んで避ける。体の上下が反対になり、続いて迫って来た闇枝を二本切り落とす。先に着地した右足を軸にして左足を地面に滑らせて体勢を整える。バトンのように極夜を回転させて逆手に持ち、更に二本斬る。
右手から左手へと持ち変えて足元を狙う闇枝を切り払い、そのままの勢いで体を一回転させて、飛来する闇枝を更に三本斬った。
夜月神明流剣術中伝――【舞月】。
新体操のバトンのように武器を振り回し、体全体を使って舞うように動く技だ。握りが甘くなるせいで一撃の重さは軽くなってしまうが、その分、速度と手数が増す。
闇枝を掻い潜り、切り伏せて行って充分に接近し、闇枝を生み出している闇の塊を両断する。二つに割れた闇の塊は霧散して消えていった。
「ふはっ! その聖剣、中々の業物みたいだな!」
どこか嬉しそうな響きを含んだ声。カルロスは次の魔術を放ってきた。
「――【影の剣山】」
術式名を唱えた次の瞬間、カルロスの足元から影が伸び、そこから太い棘のような影が飛び出してくる。ギリギリ反応して躱したが、左頬を掠めて血が流れた。
『報告。損傷率二十一%』
「チッ!」
舌打ちし、闇の棘を一振りで破壊する。後方へと跳ぶと、さっきまでいた場所の地面から闇の棘が生える。それは一本や二本ではなく、次から次へと生成され、俺を追い掛ける。跳びながら後退していくが、これでは埒が明かない。
「――【衝撃波】!」
一度立ち止まり、初級の無属性魔術で闇の棘を破壊する。魔法陣より生まれた衝撃波が闇の棘のいくつかを破壊したが、壊し損ねたそれが右太股を掠め、左足と左肩を貫く。
『報告。損傷率二十九%』
「――っ!」
ヤ、バい!
ドンドン削りていくっ!!
俺は思わず後ろへと跳んだ。だが、それがいけなかった。
「甘ぇ!!」
「ごふっ!?」
魂の完全消滅が焦りに繋がったのか。安易に後ろに下がってしまったが故に、カルロスの爪によって右脇腹が貫かれ、そのまま引き摺られるように背後の壁へと縫い付けられた。傷口から血が流れ、カルロスの爪を伝い、地面へポタポタと落ちる。
当然、致命傷だ。カルロスの爪なんかに貫かれてはら向こう側が見えてしまうレベルでぽっかりと風穴が空いてしまう。
「ごほっ! がはっ!」
咳き込み、吐血する。どうにか引き抜こうと爪を掴むが、ピクリとも動かないし、手に力が入らなくなってきている。
クソッ。血を流し過ぎたか。
回復薬は傷や病気をある程度治すだけで失った血液までは元に戻してくれないからな。
まだ戦おうとする俺の姿に、カルロスは呆れたように息を吐いた。
「分からねぇな。何でそこまで粘る? どれだけ必死になったとしても、もうお前の帰る場所はないってのに」
その言葉に俺は動きを止め、カルロスに視線を向ける。
「まさか、気付いていないわけじゃないだろう?」
「な、にを……」
「お前に居場所はないって話だよ」
「っ!」
放たれたその言葉に、ハンマーで殴られたような感覚がした。
それは、考えまいとしていた一つの事実。
直視したくなくて、思考の片隅に追いやっていたこと。
俺の心理状態を表すかのように、極夜の刀身に灯っていた神聖属性の魔力が弱々しく小さくなり、やがて消えた。
「ダンジョン内で、俺を封じた魔水晶を解き放った。そして明確に「雨霧阿頼耶を殺せ」とアイツは俺に命じた。それがどういうことなのか、考えるまでもない」
……黙れ。
「お前は同胞に裏切られた。ここを脱し、同じ場所に舞い戻ったとして、それでお前を歓迎するヤツが一体どれだけいる?」
黙れ黙れ黙れ!
「認めろ。お前の居場所は、もうどこにもない」
「――黙れ!!」
叫んだと同時に、俺は【身体強化】を重ね掛けした。筋力、速力、耐久、感覚神経――その全てが更に強化されるが……まだだ、まだ足りない。
「【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】」
何度も。
何度も何度も何度も何度も。
重ね掛けできる限界に達しても俺は構わず重ね掛けを続けた。
「往生際が悪いな」
カルロスの憐れみを含んだ声が聞こえるが、それでも術式の重ね掛けをやめない。
往生際が悪かろうが知ったことか。みすみす殺されてたまるか。どうせ死ぬにしても、最後の最後まで足掻いて死んでやる。
それに【身体強化】で足りないなら他の術式で重ね掛けするまでだ。【速力強化】、【筋力強化】、【体表強化】、【感覚強化】の術式も追加して重ね掛けを行う。
滅茶苦茶な重ね掛けを続けたせいだろう。
体は悲鳴を上げていた。
骨は軋んでいた。
関節は壊れそうだった。
筋肉は断裂しそうだった。
神経はズタズタになりそうだった。
視界は揺れていた。
胃は引っくり返りそうだった。
脳は焼けそうだった。
けれど全ての限界を超えたその時、俺は確かに聞いた。
――【限界突破】スキルを獲得しました。
スキル獲得に驚くよりも、獲得したスキルに歓喜した。
効果は知っていた。委員長も持っていたスキルだったし、鑑定していたから。けれど、獲得条件までは知らなかったから、獲得できたのは本当に偶然だった。一も二もなく、俺はスキルを行使する。瞬間、【身体強化】では得られないほどの活力が沸き起こった。
「うおおああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は再び爪を掴んで力を入れ、自身の体から爪を引き抜いた。
「何っ!?」
弱りきった体でできるとは思っていなかったのだろう。カルロスは瞠目した。
その一瞬に生じた隙を突いて、俺は地面を蹴って跳んでカルロスの眼前に肉薄し、その横っ面を思い切り蹴った。さすがに蹴り飛ばすことはできなかったが、カルロスの巨体がバランスを崩し、地面に倒れる。
俺がさっき獲得した【限界突破】スキル。それは、全てのステータス値を一時的に無理やり1.5倍に引き上げるというエクストラスキルだ。
スキルには四つの等級がある。
【剣術】や【鑑定】など、才能さえあれば一般的に獲得可能なコモンスキル。
俺の持つ【経験値倍化】や【成長率倍化】のような、獲得は難しいが強力な効力を持ち、千人に一人の確率で獲得できるレアスキル。
先ほど俺が獲得した【限界突破】や【聖剣適性】のような、獲得条件が不明ではあるもののレアスキルよりも強力な効力を持ち、十億人に一人の確率で獲得できるエクストラスキル。
委員長たちの持つ勇者系のスキルのような、その人個人やその種族のみで獲得できるユニークスキル。
この四つだ。大きな違いは、当然のことだがコモンスキルよりレアスキル、エクストラスキル、ユニークスキルの方が効力は強力なのだが、それ以外にもレアスキル、エクストラスキル、ユニークスキルにはスキルレベルが存在しないということだ。
元々が強力なスキルなだけにレベルなんて必要ないのだろう。
そのエクストラスキルである【限界突破】でステータス値を1.5倍にしてカルロスの爪から逃れ、顔面を蹴った俺は地面に着地する。だが、バランスが取れずに膝から崩れ落ちてしまった。動くことも辛い状態だが、極夜を杖代わりにして立ち上がる。
「はああぁぁぁぁ!」
己を鼓舞し、カルロスに斬りかかる。
「舐めるな!」
神聖属性も纏っていない攻撃を侮辱と受け取ったのか、苛立ったようにカルロスは腕を振るう。避けられなかった。横合いから来る、トラックのような衝撃を受けて俺は吹き飛ばされる。地面から足が離れ、殴られた勢いのまま飛び、何かを破壊して転がり、何かに背中からぶつかることでようやく止まった。
周囲を見渡すと、そこは何かの部屋のようだった。正面には大きく穴の空いた壁があり、そこからわずかにカルロスの巨体が見える。どうやら壁で隠されていた隠し部屋のようで、俺はそれを壊してここに転がり込んできたようだ。
そういえば、壁際でもないのに俺は何に当たって止まったんだ?
そう疑問に思った瞬間、ドクン!と背後から脈動するような波動を感じた。振り返ったそこにあったのは、何かの儀式に使うような細かな彫り物がされた石の台座だった。魔力を感じるから、何か魔術的な処理を施しているみたいだ。
顔を上げると、台座の上には一振りの剣があった。幅広で、黄金の柄には青い宝石が埋め込まれ、鞘は金色の打紐で巻き上げられている。剣は宙に浮いていた。というのも、その剣を封じるかのように、無骨な鎖が幾重にも巻き付いていて、それが部屋のあちこちに伸びて剣を吊っていたからだ。
試しに【鑑定】スキルで情報を得ようとしたが、銘は非表示になっていて、状態が【封印】になっていた。どうやら見た目通り封印された武器であるらしい。
「…………」
けれど、何でだろう。明らかに危なそうな武器なのに、妙に惹かれる。
先程からずっと聞こえる脈動音が、俺を誘っているようにも聞こえる。
手に取れ、と。この鎖を断ち切れ、と。そう言っているかのような……
気付けば、俺は剣に手を伸ばしていた。誘われるように、魅了されたように、求めるように伸ばした手は柄を握り締める。瞬間、鎖は爆発するように弾ける。
封印は、解かれた。
明日も更新しますよー




