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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第1章 名も無き英雄編
4/214

第4話 勇者召喚

2020/2/1に改定しました。

 光が収まって目を開けると、そこは俺の知る教室ではなかった。


 先ほどまでいた教室より二倍くらいある広い空間だ。壁や天井は石造りだったが、白で塗り潰されて周囲にある鉱石のような質感の明かりのおかげで明るく、息が詰まるような圧迫感はない。


 窓らしきものは見当たらないが、ここは地下なのだろうか?


 ふと床に視線を向けると、そこには複雑精緻で大きな魔法陣が描かれていた。北条の足元に浮かんだものと似ているような気もする。けど、さすがにあの一瞬で覚えることなんてできないから、はっきりそうだと断言はできない。


 俺たちは北条を中心にして、その魔法陣の内側にいた。さっき俺に話し掛けたから、俺の傍には委員長、姫川さん、修司の三人がいたが、三人とも不安そうな顔で辺りを見渡している。



「ようこそいらっしゃいました、勇者様がた」



 突如発せられる声。それにみんなの意識が向く。そこには祭壇のような長方形の台座があり、それを挟んだ向こう側には一人の少女が佇んでいた。


 見た目からおそらく同年代。ウェーブがかかった長い瑠璃色(るりいろ)の髪に同色の瞳をしていて見目麗しい顔立ちをしている。服装はまるで物語に出てくるお姫様のような豪華な西洋のドレスだったが、彼女の手には服装に似付かわしくない、二メートルはある長大で装飾華美な杖が握られていた。



「キミは一体誰なんだい? それにここはどこなんだ? 僕たちはさっきまで教室にいたはずなんだけど」



 みんなよりも前に出た北条が少女に問う。


 ここは北条に任せようか。こういうのは、如何にもヒーローっぽい彼にやらせる方がスムーズに事が運ぶだろうから。


 問われた少女は長い杖を持っているのに器用に両手でスカートを持ち上げて、いわゆるカーテシーという挨拶の一種を俺たちにして名乗った。



「私はオクタンティス王国第一王女、『召喚の巫女姫』のリリア・メルキュール・オクタンティスと申します。ここはアストラルという、皆様がいた世界とは別の世界になります」



 ……なんと。お姫様みたいだと思ったらマジ物のお姫様だった。


 まさか初っ端から姫様なんて大物と出会うなんてな。……いや、ラノベとかだとありがちな展開か。そしておそらく、彼女の手にある杖や祭壇から察するに、彼女が俺たちを召喚した術師なのだろう。



「別の世界? それって異世界ってことか?」


「バカ言え、そんなことあるわけないだろ」


「それよりも早く帰してよ」



 徐々に認識が追い付いてきたのか、口々にクラスメイトたちが疑問や不満の声を漏らして騒ぎ始めた。すると傍にいた修司が声を潜めて声を掛けて来た。



「阿頼耶、どう思う?」



 修司に聞かれて思案する。


 さて、どうやって誤魔化そうか。俺はアレクシアから事前に説明を受けている。だからこうして冷静に状況を観察することができているわけなんだが……この場でそれを話すのは得策じゃないな。下手をすれば俺が元凶だと勘違いされて吊るし上げの対象にされかねない。


 それに話したところで俺の言うことなんて誰も信じないだろうしな。なら、ここはあくまで『俺はこう考える』と予測を立てている風を装うことにするか。



「異世界っていうのは本当のことかもしれないな」


「どうしてそう思うの?」


「まず変えることのできない事実として挙げられるのは、いつの間にか俺たちは全く知らない場所にいるということ。この事実から考えられるのは、集団拉致の可能性だ。けど、これはすぐに否定できる」


「こんな人数を一度に拉致することなんてできないからね?」



 姫川さんの質問に答えて説明すると、今度は委員長が同意を求めてきた。首肯した俺は言葉を続ける。



「まぁ薬物を使って眠らせるなり何なりすればできなくもないけどな。でも俺たちは一度も気を失っていないし、さすがにこんな人数を拉致するとなると否が応でも目立つから、どこか人気のない場所でやらないと現実的じゃない」


「でもよ、阿頼耶。それでもさすがに異世界ってのは信じられねぇよ。いくら何でも非現実的過ぎだ。お前がそう思う根拠は何なんだ?」


「俺たちがこの場所に来る前は教室にいた。それは覚えているな?」


「そりゃあ覚えているけど……」


「なら、教室からこの場所に来る前後のことは?」



 俺のその言葉に反応したのは修司ではなく姫川さんだった。



「北条君の足元に、変な図形が出て光っていた」


「その通りだ、姫川さん。それで、その光が収まった瞬間にはこの場所にいた。こんな訳の分からないこと、異世界に来たってことが本当だと仮定した方が、辻褄が合う」



 ちょっと強引な論だったと思わなくもないが、三人の認識を『異世界に転移した』という方向に向かせることが目的だから、まぁ充分だろう。


 そう思いながら俺は今も会話を続けているリリア姫と北条へ意識を向けると、二人の会話が少しだけ聞こえてきた。



「じゃあ、キミが僕らをこの世界に召喚したということなのかい?」


「その通りです」



 ふむ。俺の予想通り、彼女が術師だったか。どういう経緯があったのかはまだ分からないが、それが事実であることに変わりはないみたいだ。



「詳しい話は国王が行いますので、共に来ていただけますか?」


「……分かりました」


「おいおいおい! 何勝手に決めてやがんだよ、北条ぉぉ!!」



 北条の独断とも言える返事に待ったをかけたのは、意外なことに立川だった。立川の意見には、遺憾ながら俺も同意だ。少し仕方がない気がしないでもないが、かといって独断で決めて良いようなことじゃない。



「そうは言うけどね、立川君。何をするにしても僕たちは現状を把握しないといけない。わざわざ国王様自身が事情を説明してくれると言うんだ。なら、ここは大人しく従った方が良い。彼女が言っている『異世界』という言葉の真偽もそこで分かるだろうからね。違うかい?」



 北条の言い分は正しい。たしかにこの状況ではいつまで経っても先に進むことはできない。ならばここはある程度のリスクを冒してでもリリア姫の提案に乗って状況を把握した方が建設的だ。


 だが、だからといって北条個人が勝手に決めて良いことにはならない。他のみんなの同意を得るのが筋だ。


 しかし立川はそこまで頭が回らなかったらしい。チッと舌打ちをしただけでそれ以上の追及はなかった。


 何も言わない俺が言えたことじゃないが、もう少し粘っても良いだろうに。


 そんなこんなで、俺たちはリリア姫に連れられて移動することになった。








 召喚された広間のような所から出ると、全身鎧(プレートアーマー)に身を包んだ騎士のような人たちがいた。どうやらリリア姫の護衛をしていたらしく、召喚が終わるまでは中に入れなかったから外で待機していたのだとか。


 彼らに囲まれた状態で移動する。召喚された場所は祭祀場と呼ばれる所のようで、そこから上へと続く螺旋階段を昇って行った。外に出ると目映い夕日に目が眩む。


 どうやら王城の地下に祭祀場はあるみたいだ。俺たちはそこからさらに移動し、王城の中を通って、謁見の間と呼ばれる場所に来た。中へ入ると、何人かの人がいた。恰好からして、おそらく騎士とか宰相とか貴族とか、そういうヤツらなんだろう。


 値踏みするような視線に嫌悪感を抱く。



「よく来たな、勇者たちよ」



 謁見の間の一番奥。豪奢な椅子に腰かけて俺たちを見下ろしているのは、下品なほどに宝石や装飾品で身を飾った男だ。油にまみれた顔に、肥え太った丸い体。見るからに『あぁ、この王は贅沢を貪るだけの愚王だ』と判断できる風貌だ。


 案内のためにみんなの先頭に立っていたリリア姫は身を翻し、玉座に座る人物を紹介した。



「カーエル・グル・オクタンティス。我がオクタンティス王国の国王で……私の父でございます」



 紹介しながら、リリア姫は何とも言えない顔をした。どうやらあの国王を父親と思いたくないらしい。まぁたしかに、あんな豚のような男からこんな美少女が生まれたなんて俄かには信じられない。


 本当に血が繋がっているのか疑問に思ってしまう。まさに奇跡だ。



「さて、勇者がたもさぞ混乱していることだろう。説明をしようと思うが……リリアよ」


「はい、お父様」


「皆にはどこまで説明している?」


「残りはお父様が説明すると仰っていたので、ここが別の世界であり、私が皆様を召喚したところまでお話し致しました」


「ふむふむ。では、一から説明するとしよう」



 顎下の贅肉をタップタップと揺らしながら、カーエル王はこの世界について説明を始めた。どうやらこのアストラルには八つの種族が存在するようだ。



 全ての種族の中で最弱の分類に入るが、それと同時に最も数の多い種族である人間族(ヒューマン)


 人の体に獣耳や尻尾といった動物の特徴を持っており、身体能力がずば抜けて高い種族であり、満月の夜に姿を変える人狼種(ウェア・ウルフ)が有名な獣人族(シアンスロープ)


 巨大で屈強な肉体を持っているが、やや知能が低い者が多く、『聖戦』によってその数を極端に減らしたことによって絶滅危惧種に近い存在となった巨人族(ギガース)


 自然と共に生きる種族で、小さな体に羽が生えた姿の妖精種(ピクシー)が代表的だが、森妖種(エルフ)土妖種(ドワーフ)も同族に括られる妖精族(フェアリー)


 悪魔を始めとした、吸血鬼やサキュバス、堕天使、妖怪といった『魔』の種族である魔族(アスラ)


 神の眷属や御使いとも呼ばれ、銀髪に銀の瞳が特徴的な天族(エリオス)


 『力の塊』や『災厄の権化』など物騒な呼び名が多く、人間とは逆で『最強の種族』と称される龍族(ドラゴン)


 天族(エリオス)と同様に銀髪銀眼が特徴的で、創造神のアレクシアや『聖書の神』がこれに分類される神族(ディヴァイン)



 さて、ここまで説明されて分かったことなんだが、どうやらこのアストラルは地球の神話などの影響を受けているようで、カーエル王の口からも北欧神話の主神であるオーディンやギリシャ神話のゼウス、エジプト神話のオシリスの名も出てきた。


 こうなると、ちょっと地球とアストラルの関係性が気になってくるな。アレクシアに会ったら(また会えるかどうか分からないけど)詳しく聞いてみよう。


 続いて、カーエル王は『魔術』や『聖戦』の話もした。ただ気になったのが、アレクシアが『魔の者』と言った部分が、カーエル王は『魔王』と呼称したことだ。微妙な差なんだが……俺の気のし過ぎなだけなのだろうか?



「そして聖戦が終わった後も、何度も魔王は現れ、その度に我々は勇者を召喚して魔王を退けてきたのだ」


「つまり、勇者は今までに何度も召喚されてきた、ということでしょうか?」



 全員を代表して北条が問うと、カーエル王は大仰に頷く。



「そうだ。過去に一五回、勇者召喚が行われた。今回は一六回目。つまりキミたちは一六代目の勇者となる」


「僕たちが勇者……。ですが、勇者は魔王を倒すために呼ばれるんですよね? そもそも、どうして魔王を倒す必要があるんですか?」


「それはもちろん、魔王が『悪』だからだ。魔王は世界を滅ぼそうとしていてな。このオクタンティス王国も魔王軍の侵攻を受け、国境で応戦しているのだ」



 魔国領と呼ばれる、魔族たちの国が存在するらしい。今回、そこを統べる魔王が戦争を仕掛けたのだとカーエル王は語る。



「アナタたちの置かれた状況は理解しました。つまりその魔王を倒すために、僕たちに戦場へ出ろと仰りたいんですね?」



 いくら何でも話の流れでクラスメイトたちは分かっていたはずだ。けれど改めて北条が言葉にしたことで現実味が出たせいで、クラスメイトたちが騒ぎ出した。『俺たちに戦えってこと?』『そんなの無理だろ』『できっこない』など、思い思いに言っている。


 不安に思うのも当然と言える。何せ俺たちは戦争とは全く関わりのない日本にいたんだ。それなのにいきなり戦場に出て敵軍を倒して来いと言われても、土台無理な話だ。



「僕たちはただの学生です。戦うことなんてできません。ご期待に添えず申し訳ありませんが、元の世界に帰してくれませんか」


「悪いが、すぐに帰すことはできない」



 すぐに帰れると思っていたのだろう。だからこそ冷静でいられた北条はカーエル王の言葉に瞠目する。



「そ、それはどういうことですか! 召喚することができたのなら、帰すこともできるはずでしょう!」



 食って掛かる北条に、しかしてカーエル王は言葉を取り消さない。



「我々が知っているのは召喚の儀式だけで、送還の儀式は知らないのだ」



 ……何だって? 送還の儀式を知らない?

 てっきり召喚と送還はセットであるものと思っていたんだが、そうじゃないのか?


 いや、そもそも。コイツら、召喚者を帰す方法も分からないのに【勇者召喚の儀式】を敢行したのか! 帰ることができないと分かっていながら!


 あまりにも非人道的な行為に、俺は思わず【勇者召喚の儀式】を執り行ったリリア姫を睨み付ける。



「っ!?」



 ビクッ! と俺と目が合ったリリア姫は体を強張らせて、後ろめたさから視線を背ける。思わず目を細めるが、そこでカーエル王が続きを口にした。



「しかし安心せよ! 文献によれば、魔王が勇者を送還するための方法を知っているようだ。だから、魔王を倒せばキミたちも元の世界に帰ることができるだろう」



 カーエル王の言葉に眉を顰める。


 先ほどからカーエル王の言葉には懐疑的な部分が多い。


 魔王が送還の儀式を知っているから魔王を倒せば帰ることができる? 矛盾しているじゃないか。何で帰る方法を知っている魔王を倒さないといけなくなる。倒してしまったら、帰る方法を聞き出せなくなるだろ。魔王を交渉する方が良いと考えるのが妥当だろう。


 それに、どうして召喚を行った側が送還の方法を知らないんだ。こういうのはセットであるものだろ。そもそも、何で送還の方法を魔王側が知っているんだ。対勇者のために確保したと考えることもできるが、ではどうしてそれを手に入れることができたのかと新たな疑問が出てくる。


 あと、カーエル王が言っていた勇者を召喚した理由についても疑問がある。魔王が悪だからと彼は言っていたが、何を基準に悪と断じた? 魔王と聞けば悪役のイメージが付きまとうが、魔国領が魔族の国で、その王を魔王と呼んでいるだけなら、統治している王を『魔王だから悪』と短絡的に断ずることはできない。


 何せ、悪逆非道な王なんて人間側にも当然いるのだから。



「……」



 駄目だな。考えれば考えるほど信じる要素が一つも見当たらない。何一つ安心できない。この調子だと、魔王軍との戦争というのも怪しい。魔王側から攻めてきたと言っていたが、果たしてそれはどこまで本当のことやら。オクタンティス王国側から攻めた可能性も浮上してきた。


 あれやこれやと思案に耽っていると、カーエル王の『帰れる』という言葉に反応してクラスメイトたちの雰囲気がわずかに明るい方向へ傾く。帰ることができる可能性が提示されたことで心の余裕が生まれたのだろう。


 そんな中、北条が気取ったように前髪を掻き上げてカーエル王に異を唱える。



「ですが国王様。僕たちは戦争とは無縁の世界から来ました。いくら僕たちが勇者だと言われても、戦うことなんてできません。とてもお役に立てるとは思えません」


「そのことならば問題はない。召喚の際に異世界人であるキミたちのステータスは大幅に底上げされている。これは異世界を渡った影響らしい。加えて勇者であるキミたちには女神アレクシア様から特別な力も授けられているのだ」



 その言葉に、クラスメイトたちが色めき立つ。



「特別な力だって!」


「それって、ここにいるみんなにあるってことでいいんだよね?」


「なら俺にもあるってことじゃんか」



 ……これは、マズいかもしれない。


 帰れるかもしれないという安心感から、クラスメイトたちの空気がマズい方向に流れている。カーエル王の言っていることは真実である証拠も、無事に帰れる保証も、どこにもないのに、クラスの大多数が浮かれている。


 幸いなことに、争い事が嫌いな姫川さんや、状況を把握しようとしている委員長や修司は浮かれてはいなかったが……彼らは分かっているのだろうか。戦争に参加するということは、すなわち魔王軍と戦う――人を殺すことになるという事実に。



「……はぁ」



 人知れず、俺は何とも言えない気持ちで息を吐く。

 この時俺は、俺のことを盗み見ていた存在に気付かなかった。

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