第38話 真相
新たに気になることができてしまったが、今はそっちに意識を割くわけにはいかない。現在崖下を落下中だし、しかも真下にはカルロスがいる。
腹に刺さった短剣を抜いて下を見る。ヤツは俺に標的を絞っているみたいで、怒りに染まった目をこちらに向けていた。ていうか今も攻撃されている。さすがに石橋の破片が邪魔しているせいで飛べず落下しているが、それでも爪や尻尾、ブレスを使って俺に攻撃している。
攻撃を食らうわけにもいかないので、近くにある破片や壁を蹴って回避したり、極夜で攻撃を弾いたりしていた。だがそれも長く続くわけがなく、何度か攻撃を掠めている。
現に今も、カルロスの鋭い爪が俺に襲い掛かってきていた。
「くっ!?」
迫り来る爪を極夜でどうにかいなし、中級の水属性魔術【流水槍】を展開。どことなく現れた水が槍の形となり、それをカルロスへ放つも、カルロスが振るった腕によって防がれる。
しかしそれは囮。本命はヤツの後ろに二つ展開した、貫通力のある中級の風属性魔術【疾風の突撃槍】だ。
二本の突風を起こす突撃槍がカルロスの飛膜を貫いた。
「グオッ!?」
意表を突いた攻撃にカルロスが驚きの声を上げる。
翼に穴を空けてはやったが、さすがにあの程度で飛べなくなるなんて都合の良いことにはならないだろう。
だから……駄目押しだ!
「――【大落石】!!」
中級の土属性魔術を唱えると、頭上に巨大な岩石が現れ、カルロス目掛けて落下した。
「ギャウ!?」
思わず漏れた声なのか、カルロスは【大落石】にぶつかったと同時に変な声を上げ、意識が一瞬逸れる。
その隙に近くの崖肌に極夜を突き刺そうとした時だった。
しゅるっと、俺の体に何かが巻き付いてきた。
「なっ!?」
見ると、【大落石】を受け止めているカルロスが俺に尻尾を巻き付けていた。心なしか、その目は嗤っているようにも見えた。
コイツ! 道連れにするつもりか!!
カルロスのやろうとしていることに察しがついたところでどうにもならない。尻尾に巻き付かれているせいで両手がふさがって極夜が使えず、腕力で力づくで抜け出すことなんてできるわけもなく、魔術を使ったところでカルロスには通じない。
「クソッ!!」
打つ手がない状況に、俺は毒吐く。
【大落石】の勢いもあって急速に落下する。肌を打つ空気が痛く、崖下の暗さが恐怖心を煽ってくる。せめて勢いが落ちるように風属性魔術で逆風を起こしたり、土属性魔術で崖肌から足場を伸ばしてぶつけることで衝撃を和らげたりしたが、不幸なことに地面が見えてきて、あえなく激突した。
その反動で尻尾の拘束が外れ、空中へと投げ出される。そのまま地面にぶつかり、極夜を手から離してしまった。
「うっ……」
身体中の痛みに呻き声を上げ、どうにか上体を起こす。辺りを見渡すと、少し離れたところに【大落石】があり、その下にはカルロスが埋まっていた。どうやら落ちた衝撃で地面にめり込み、そのまま【大落石】に挟まれたらしい。
こっちは……左腕と肋骨が何本か折れているな。それにどこかで頭を切ったのか? 流れる血が目に入ったせいで良く前が見えない。あとは右足の捻挫か。
「ぐっ……【極夜】」
痛む体を叱咤して呼び掛けると、極夜が手元へやって来る。便利なもので、極夜のような【意思を持つ武器】は呼び掛けるとこうして所有者の元へやって来ることができる。
極夜、ここは……どこだ?
『解答。落下速度と落下時間から、現在位置は第三十階層だと推察します』
とりあえずどこまで落ちたのか知ろうと極夜に訊ねると、耳を疑うような解答が返ってきた。
第三十階層!?
【魔窟の鍾乳洞】の(暫定的ではあるが)最下層じゃないか!?
あの崖、そんな深さがあったのか。
十八階層分も落ちてあの程度の怪我で済んだのは、俺が魔術で速度を抑えたからってだけじゃないだろうな。恐らくカルロスの尻尾に捕まっていて、直接地面に激突したわけじゃなかったからどうにか大丈夫だったんだろう。
だがそれでも身体中痛むし、中級の魔術を連発したので魔力も枯渇している。俺は【虚空庫の指輪】から中位の回復薬と魔力回復薬を取り出して飲んだ。
中位だから仕方ないが、五割しか回復していないな。
捻挫や頭の傷はどうにかなったが、骨折の方はとりあえずくっ付けたって感じか。
鈍い痛みがあるが、戦えないほどじゃない。
体も動くようになったので立ち上がって目に入った血を拭うと、ちょうどカルロスも【大落石】を退けて体を起こしていた。
目が合い、俺は極夜を構えて臨戦態勢を取り、周囲を確認する。
カルロスとの間合いは空いているが足元は足首の辺りまで水が浸っていて足場が良いとは言えない。湿気も多いから、恐らく壁や天井も滑りやすくなっているだろう。苔なんかも生えているしな。そうなると、先程までやっていた壁や天井を使った三次元的な動きをすると逆に隙が生まれかねない。
火属性魔術で干上がらせるか?
いや、ここの水は一方向に流れているから、恐らく水の通り道なんだろう。干上がらせるのは現実的じゃない。すぐに水が流れてくる。
チッ。圧倒的に不利な条件っていうことか。
クラスメイトに刺され、体調も装備も万全じゃない状態で、最強の種族である龍族と戦闘……世界というのは、本当に優しくない。
「まさか人間がここまでやるとは思わなかった。」
ふと、若い男の声がして、俺は驚いた。
コイツ、喋れたのか!?
顔に出てしまったのか、カルロスは心外だと言わんばかりに非難の目を向ける。
「何を驚いている。俺は上位種のバハムートに連なる者だ。人語を話せるのは当然だろう?」
そういえば、中位以上の龍族は人語を話すどころか人の姿になることもできるって本に書いてあったような……
「にしても哀れなガキだ。仲間に命を狙われるなんてな。俺を捕らえていた魔水晶から解き放って嗾けたかと思いきや、自ら手を下しに戻って来る。ガキ、お前は余程憎まれているみたいだな」
「ちょっと待て。魔水晶から解き放っただって?」
仮にも今は戦闘中。相手の会話に乗るなんて下策だが、聞き捨てならない言葉を聞いてしまっては、カルロスに聞かざるを得なかった。
カルロスは「あぁ」と肯定した。
「少し油断して、俺は魔水晶に捕らわれていたんだ。魔水晶に捕らわれたヤツは、召喚魔術ほどの縛りはないものの、解き放ったヤツの命令にある程度従わなきゃならない。俺が命じられたのは『雨霧阿頼耶を襲え』という単純なものだったが、だからこそ強制力も強い」
カルロスのセリフに、俺は一瞬頭が真っ白になった。
何だよ、それ。ふざけるなよ。
じゃあアイツは、わざわざ俺を殺すためだけに、カルロスを魔水晶から解き放ったっていうのか!?
みんながいる状況で、下手すればみんなが死んでいたかもしれないのに!?
狂気の沙汰とも思える暴挙に、俺はその行動を理解できなかった。
男子から嫌われている自覚はあった。だからアイツも同様に俺を嫌っていることも理解できる。けれど、まさか殺しに来るとは思っていなかった。
だから油断した。
アイツが俺のことを快く思っていないことは分かっていたはずなのに、地球生まれだからそう簡単に殺しに来ることはないと高を括っていた。
それなのにまさかここまでするなんて。
クソッ!
自分の考えが甘かったことに後悔し、簡単に殺人を犯してきたアイツに苛立ち、その理不尽さに憎しみを募らせていると、ズシンと重たい音が響いた。意識を自身の内から外へと戻すとカルロスが臨戦態勢を取っていた。
「んじゃ、続きをしようか。本意じゃないが、命令されているからな。お前を殺さなきゃならない」
言った直後、カルロスが【龍の咆哮】を放ってきた。




