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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第2章 裏切られた英雄編
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第37話 裏切りの刃は赤く煌めく

 



  ◇◆◇




 俺――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)が六年前まで通っていた夜月(やづき)神明流(しんめいりゅう)の道場では実戦を主軸とした方針で武術を教えていた。そのため、普通の剣道のように個人戦や団体戦の戦いだけでなく、多対一や一対多の戦い方の指導もされている。


 だから委員長とも何度もタッグを組んで戦ったこともあるため、勘を取り戻して呼吸を合わせるのは容易だった。


 現状、前衛として俺と委員長とウィリアムさんが中心となって黒龍に攻め込み、他の騎士たちがサポート、姫川さんは魔術支援と回復、修司は遠距離攻撃という編成だ。


 委員長は黒龍の右側、ウィリアムさんは左側を攻め、俺は【軽業】スキルと強化した脚力を駆使して壁や天井を蹴って縦横無尽に動き、極夜で黒龍を斬り付けるが、それでも黒龍を完全に足止めすることはできず、今では第十二階層にまで後退させられた。


 ちなみにあの黒龍はバハムートと呼ばれる上位種で、聖戦時代に活躍した救世主の一人――黒龍王バハムートの系譜に連なる龍族であるらしい。【鑑定】スキルで黒龍のステータスを確認したところ、名前がカルロス・ゴッツ・バハムートとあった。どうやら本当に救世主の血族のようだ。


 この情報は極夜があの黒龍を解析し、導き出したものだ。黒龍を斬った時、刀身に付着した血から解析したようだ。


 極夜って本当に俺の魂を素に造られたのか?

 信じられないほど優秀なんだけど。

 まぁそれはともかく。


 第十六階層から第十二階層。四階層分も下がることになったが、これは然して問題ではない。というのも、始めから黒龍を完全に足止めすることなんて不可能だということは分かり切っていたからだ。


 だから俺たちがすべきなのは、どれだけ黒龍の進攻を妨害し、その速度を落とすかということ。


 故に、俺は姫川さんに指示を出して、水属性魔術で水攻めしたり土属性魔術で壁を作ったり、氷属性魔術で足を凍らせたりと、様々な妨害工作をしてもらった。


 俺自身も、火属性、水属性、風属性、土属性、闇属性と、使える属性を使って妨害を行った。


 その時に全員が驚愕の表情を浮かべていた。俺が使えるのが無属性魔術だけだと思っていただろうから当然の反応なのだが、説明する暇なんてなかったのでスルーした。


 黒龍――カルロスの進攻を邪魔するために、俺は他にもワイヤーをカルロスの体に巻き付けたりしたのだが、あっさりと引き千切られてしまった。


 確かに安物のワイヤーだったから仕方ないけどさ。

 もう少しくらい耐えてくれよと落胆した。


 そして今、第十二階層の半ば辺りでカルロスを足止めしている。


 極夜を聖剣状態にして斬り付けているのだが、やはり浅く斬れるだけだ。極夜の性能ならもっと深く斬ることも、それこそ腕の一本や二本、斬り落とすことだってできるはずだ。それなのにできないということは……



『解答。現状のマスターの実力ではこれが限界です』



 そう。俺の実力不足に他ならない。いくら名刀を持っていたとしても、それを十全に扱える技量がなければ宝の持ち腐れということだ。


 全く以って歯痒い。

 俺はいつだって、肝心な時に必要なものを持っていない。


 自身の不備に嘆きつつ、何か対策を講じなければと思考を巡らせた俺は、ふとあることを思い出す。


 そう言えば、確かこの先には石橋があったな。

 セツナと一緒に潜ってミノタウロス二体と遭遇した第八階層と同じで、石橋の下は崖になっていたはずだ。

 ……上手くいけば大幅に時間を稼げるかもしれない。

 クラスメイトたちの避難もそろそろ完了しているだろうし、頃合いだろう。



「ウィリアムさん! 撤退命令を!」


「総員、反転! 全力で撤退しろ!」



 俺の声を聞いてウィリアムさんはすぐさま指示を出した。よく訓練されているようで、最初に指示を促したのが俺だというのに騎士たちは疑問を挟むことなくすぐに撤退行動を始めた。



「殿は俺がやる。お前らも早く行け」



 修司、委員長、姫川さんにそう言うと三人は撤退を始める。

 全員が撤退を始めたのを確認し、俺も行動を開始した。








 撤退すればもちろん、カルロスだって俺たちを追ってくる。殿を務める俺は時折、カルロスへ攻撃しながら撤退していた。炎の柱、土の壁、水の槍、風の刃、闇の棘。俺が使える全ての属性の魔術を使ってカルロスの進攻の邪魔をする。


 それでもカルロスは意に介することなく進んでくる。しかしカルロスが俺たちに追い付くよりも先に石橋へと辿り着いた。


 ここの石橋――というより崖は第八階層よりも狭く、だが第八階層と同じように底が見えないくらい深い。


 石橋を渡り始めたと同時に、背後から激しい音がした。肩越しに見ると、黄金色の瞳と目が合う。するとカルロスは雄叫びを上げた。どうやら大層ご立腹らしい。


 まぁ、ここまでの道中にかなりの数の【堅固なる城壁(ファーム・ランパート)】を展開して邪魔をしたからな。カルロスからしたら、鬱陶しいことこの上なかっただろう。その証拠に、先程の激しい音は【堅固なる城壁】を怒りのままに破壊した音だろうしな。


 俺の後を追うようにカルロスも石橋を渡ってくる。


 ここへカルロスを誘き寄せた理由は単純だ。俺が殿となってカルロスをこの石橋にまで誘導する。そしてアイツが石橋を中間辺りまで渡ったところで、地割れを起こす初級の土属性魔術【大地の断割(アース・クラック)】で石橋を破壊し、カルロスを下層へ落とすというもの。


 渡っている最中に突然足元が崩れれば、いくら龍族といえども不意を突かれて落ちる。


 飛ばれたとしても上から石橋の破片が降ってきて飛行の邪魔になるし、何よりここの崖の幅だと狭いから満足に飛ぶこともできないはずだ。無論、石橋の破片がなくなってしまえば、この崖から飛んで追って来るだろう。


 だが、崖下がどこまで続いているのかは知らないが、その間に俺たちは先へと進み、第十階層の転移用魔法陣から脱出することができる。


 そうこうしている間にカルロスが予定位置にまで来た。俺はまだ渡り切っていないが、【軽業】スキルを使えば何とかなるだろう。


 予定通り、俺は【大地の断割】を唱えようとして――そこで予想外の出来事が起きた。



「っ!?」



 俺が何かするよりも先に石橋が崩壊したのだ。


 今、石橋を壊したのは……中級の火属性魔術【大火球(メガ・フレイム・スフィア)】!?


 石橋が崩壊する直前、俺の視界の隅に入ったのは、初級の火属性魔術【火球(フレイム・スフィア)】よりも大きく威力もある大きな火の球だった。アレが石橋に直撃し、破壊されたのだ。


 明らかに人為的な破壊工作。一体誰がと戸惑うが、浮遊感と、直後の落下する感覚が襲い掛かってきて、頭の中で警鐘が鳴る。


 今はそれどころじゃない!


 【軽業】スキルを使って、急いで近くに浮いている石橋の破片を蹴り、他の石橋へと跳ぶ。それを繰り返して向こう側へと向かう。



「「阿頼耶!!」」

「阿頼耶君!!」



 すると、向こう側から俺のことを呼ぶ声が聞こえた。きっと、いつの間にか俺がいなくなっていたことに気付いて戻って来たのだろう。そこには修司、委員長、姫川さんの姿があった。


 あと少し。もう一歩で向こう側に辿り着ける。

 眼前にある破片を使って跳べば、ギリギリ届く。


 だが、その破片に目標を定めて着地した瞬間、その足を風の刃が切り裂いた。そのことに三人は目を見開き、俺も内心で驚いた。


 次は中級の風属性魔術【疾風刃(ゲイル・カッター)】だと!?

 こうも立て続けに、しかも致命的な瞬間を狙って来るなんて……誰だか知らないが、コイツ、確実に俺を殺しにきてやがる!!


 足を攻撃されたため体勢を崩した俺は崖下へと落下していく。三人が俺に向かって手を伸ばすが、明らかに距離が足りない。三人の手が、俺に届くことはない。俺が向こう側へ辿り着く術も失った。


 それが分かった俺は息を吸い込み、大声で言う。



「行けっ!!」



 その言葉に、三人は顔を歪める。


 残酷なことを言っているのは、理解している。


 俺が言っているのはつまり、目の前で死にそうなヤツを見殺しにしろと言っているようなものなのだから、受け入れがたいのは当然だ。誰だって見殺しになんてしたくはない。


 俺だって、本当はこんなこと言いたくはない。けれど状況がそれを許さない。カルロスはいずれ進攻を再開する。こんなところでもたついていたら、ダンジョンから逃げ出す前にアイツらが死んでしまう。それは許容できない。


 佐々崎さんは「助けて」と言った。クラスメイト四十人を地球に返すという理想を守ってほしいと。俺はその願いを承った。


 だから選択しなければならない。自分か、アイツらか。その二つを天秤にかけるなら、俺の選択は決まっている。


 俺の意を汲んでくれたのか、修司は(まなじり)に涙を浮かべながら意を決したように顔を上げ、二人を引っ張って行こうとした。二人は修司に向かって喚いているようだったが、構わず二人を引き摺るようにして連れて行ってくれた。


 すまない、修司。嫌な役回りをさせてしまって。



「っ!?」



 そんな三人を見送った俺は、見てしまった。


 ……偶然だった。

 何かに気付いたわけじゃない。

 何かを察知したわけでもない。

 ただ視界の端に映っただけ。


 崖から落ちていくその途中。俺から見て左側の崖肌に競り出た、人ひとりがやっと立てるほどの岩場に、犯人はいた。


 古ぼけたローブを身にまとい、裾を風で揺らして立つその者は俺に向けて手を翳していた。キラリと瞬く光を見た直後、腹部に痛みが走る。見れば、左の横っ腹に短剣が突き刺さっていた。


 手を翳していたのは、俺に短剣を投げたからか!


 そう理解し、再びヤツの方を向いた時、目深に被ったフードから覗くその顔を見て、俺は瞠目する。


 な、何でアイツがあんなところに!?

 みんなと逃げていたんじゃないのか!?

 道中には騎士たちやウィリアムさん、修司たちだっていたはずだぞ!

 一体どうやって気付かれずに!?



「死ね、クズ」



 様々な疑問が浮かんでくるが、ヤツの怨嗟の声を聞きながら、俺は暗い崖下へと落ちていくしかなかった。

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