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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第2章 裏切られた英雄編
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第33話 災厄の権化

 休憩が終わり、探索を再開した俺たちは第十六階層へと降りた。だが工藤の件が尾を引いてしまっているのか、クラスメイトたちの動きが当初よりもぎこちなくなっている。


 緊張で体が固まってしまったり、反応が鈍くなったり、集中できていなかったりと、ミスはどれも単純なものだが、どれも戦場では命取りになる。幸いなことに工藤の時のように致命傷を負うようなことにはなっていないが、怪我人の数が目立つようになっていた。


 探索自体に支障はないからそのまま続行してはいるが、空気は悪いな。


 誰かが怪我をする度に不安が周りに伝播し、そしてまた他の誰かが怪我をする。そんな悪循環が出来ていた。


 俺のところのグループも、軽傷だが三人とも怪我をしてしまった。

 今はその怪我を俺が治療しているところだ。



「ごめんね、雨霧君」


「別に気にしなくて良いさ。長瀬さんに治癒系の魔術を使わないように言ったのは俺だしな」



 謝ってくる結城に対し、俺は彼の腕に包帯を巻きながら言った。その後ろで長瀬さんが胸の前で両手を握り締めて心配そうに眺めている。それを安心させるかのように、佐々木さんは彼女の肩に手を置いていた。


 長瀬さんは自分で治療が出来なくてやきもきしているみたいだが、それは俺がそう指示を出したからだ。


 彼女はここに来るまでの間、魔術を乱発している。顕在的な魔力量はクラスメイトたちの中ではトップクラスだが、それでもかなり消費してしまっている。これ以上の消費は看過できない。ここから先、魔物はもっと強くなるし、何が起こるか分からないからな。


 だから、よっぽどの大怪我でもない限りは傷薬などを使って対応している。



「よし。治療終わりだ」


「ありがとう、雨霧君」



 結城はそう言って包帯を巻いた腕の方の手を閉じたり開いたりして調子を確かめる。どうやら問題はなさそうだ。



「にしても雨霧君、手当てが上手いわね」



 佐々木さんが自分と長瀬さんにされた手当ての具合を見て言った。



「まぁ、慣れてるからな」



 立川たちに毎日殴る蹴るの暴行を加えられていたから怪我は絶えなかったし、その関係で手当てなんて慣れてしまった。


 俺の言った言葉に、三人は気まずそうな顔をした。


 俺の「慣れている」って言葉に思う所があるらしい。



「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……」


「良いさ。気にするようなことじゃないし、そんなつもりで言ったわけじゃないのも分かってるから」


「……ごめんなさい」



 失言したと思っているようで、佐々崎さんの顔は暗い。


 まいったな。

 俺としては別に気にしちゃいないんだがな。

 むしろ、「手当てができる人がいてくれてラッキー」くらいに考えてくれてたら楽なんだけど。



「案外、ちょっとしたことを気にしたりするんだな」



 少し冗談めかして言ってみると、佐々崎さんはムッとした表情をした。



「ちょっとしたことじゃないでしょ。キミは十年間も――」


「佐々崎さんがそんな顔をするとは思わなかったよ。いつも余裕のある顔をしてたからな。普段からそんな感じならもっとモテるんじゃないか?」


「雨霧君っ!!」



 セリフに割り込んで茶化すと、彼女は責めるように叫んだが俺はカラカラ笑って誤魔化す。その時、俺の【気配察知】スキルと【魔力感知】スキルに反応があった。



「っ!?」



 そして絶句する。


 ちょっと待て。どういうことだ!?

 いきなり何もない空間から魔物の反応が出たぞ!?


 俺は常に【気配察知】スキルと【魔力感知】スキルを最大限使って周囲を警戒していた。だから魔物が近付けばすぐに反応ができるのだが、今の反応はどう考えてもおかしい。何もいなかったはずなのに、まるで突然現れたように魔物の反応があったのだ。


 しかもそれだけではない。その反応が異常で、気配の大きさは明らかに階層主以上。魔力は危険域に達するくらい強力で強大だ。


 全滅する。


 戦闘不能という意味ではなく、生存者ゼロという意味で、俺はこの遠征チームが全滅すると直感した。


 みんなを逃がさないといけない。そう思って叫ぼうとしたが、それよりも先に前方から悲鳴が上がった。



「きゃああああああ!」


「逃げろ!」


「何であんなのがこんな所にいるんだよ!!」



 前方にいたグループの面々が波のように後ろへと逃げてくる。誰も彼もが我先にと、何かから逃げ出していて、全力で走っていた。中には騎士も何人かいたが、彼らは逃げるというよりも、逃げ出しているクラスメイトたちを守るように随伴しているようだ。



「な、何!? 一体何が起こってるの!?」



 佐々木さんは狼狽えるが、俺にも分からないのでそれに答えてやることができない。


 リーダーである彼女がどうするべきか悩んでいる時、前方の方から姫川さんがやって来た。彼女の他にも騎士が数人ほどと、騎士団長のウィリアムさんもいた。だが、全員が怪我を負っている。



「どうしたんだ、姫川さん」



 心配して声をかけるが、彼女はこちらを見て驚いた顔をした。



「駄目、阿頼耶君! 早く逃げて――きゃっ!!」



 逃走を促す姫川さんだったが、直後に飛んできた何かにぶつかって横転してしまう。その飛んできた何かを見て、俺は目を見開いた。



「委員長! 修司!」



 良く見知った二人がボロボロの状態になって転がっていた。


 ふざけるなよ。

 修司はともかく、夜月神明流の門下生である委員長までもやられたっていうのか?!



「岡崎君! 優李ちゃん!」



 ぶつかった衝撃から立ち直った姫川さんが【勇者聖杯(ブレイブ・グレイル)】の力を使って二人を回復する。HPとMPが回復した二人はグッと力を込めて立ち上がり、正面を見据えて構える。周囲にいる騎士たちも同様に構えた。


 彼女らは一体何と戦っているのか、それはすぐに理解した。

 ズンッと、大きな地響きと共に“それ”は姿を現す。


 見上げるほど大きな、爬虫類を思わせる巨躯。それを覆うような黒い光沢を持った鱗。蝙蝠のような飛膜の羽。一振りで全てを切り裂きそうな巨大な爪に鋭い牙。そして、黄金色に輝く縦割れの瞳がぎょろりとこちらを見下ろす。


 アレは、まさか――!?



龍族(ドラゴン)!?」



 災厄の権化と言わる力の塊が、俺たちの前に立ちはだかった。








 龍族。


 アストラルに存在する種族の中で、神族(ディヴァイン)を除けば最強と称される種族。災厄の権化、力の塊と不吉な名前で呼ばれるほどに強力で、人語を話せない下位の龍族ならばまだしもそれ以上の龍族と遭遇してしまったらまず生きて帰ることなんてできない。


 とはいえ、彼らは自分たちの住まう国――龍国ドラグニアから出ることなんて滅多にない。だから遭遇するとしても、下位の龍族である飛竜(ワイバーン)くらいなもので、中位や上位の龍族に遭遇することなんてまずありえない。


 そう。ありえないんだ。


 俺が調べた本にも、上位種に遭遇することなんてそうそうないと書かれていた。

 それなのに、今俺たちの目の前に黒龍が現れた。



『警告。眼前の龍族は成龍です。まだ幼龍から成長したばかりの個体のようですが、成龍の力はAランク冒険者のパーティを複数用意しても勝てるか分からない個体です。逃走を推奨します』



 【虚空庫の指輪】の中にいる【極夜】から忠告が飛ぶ。【極夜】は俺の魂を基に造られた武器だから、【虚空庫の指輪】の中にいても俺の知覚を共有して外の状況を確認することができるらしい。


 Aランク冒険者のパーティ複数でも勝てるか分からない、だって?

 そんなの死ぬに決まってるじゃないか!!



「う……うぁ」



 内心で毒づきながら黒龍に睨みを利かせていると、横にいる佐々崎さんが体中を震わせていることに気付いた。黒龍から発せられる圧倒的な威圧感に気圧されているようだ。


 いや、佐々崎さんだけではない。長瀬さんも、結城も、姫川さんも、委員長も、修司も、そればかりか周囲にいる騎士たちや騎士団長のウィリアムさんでさえも、黒龍を目の前にして今にも逃げ出してしまいそうなほど体を震わせている。


 ただ、さすが騎士というべきか。騎士たちはそれでも勇者たちを守ろうと己を鼓舞し、戦意を喪失していない。


 驚くのは修司と委員長だ。二人ともあの圧倒的な龍の威圧に晒されて恐怖心が全面に出ているというのに、それでも戦おうとしている。


 委員長は夜月神明流の教えを受けているから分からなくもないが、修司までも恐怖心を抱きながらも戦おうとするなんて意外だった。


 そんな二人に驚いていると、黒龍が焦れたように咆哮を上げた。



「ガアァァァァァァァァァァァァ!!!!」



 腹の底に直接響くような咆哮に、この場にいる全員が顔を歪める。


 だが、佐々崎さん、長瀬さん、結城の三人はそれに耐え切れなくなったように叫び声を上げて逃げ出した。



「おい!」



 俺の声も届いていないようで、三人はあっという間に走り去ってしまった。

 その三人を追うように黒龍が動き出したが、すかさず騎士たちが一斉に攻撃を開始し、黒龍の動きを止める。


 こっちは一先ずは大丈夫か。でも、マズいな。逃げ出したあの三人、完全に錯乱している。


 あのまま放っておけば、どこに行くか分かったものじゃない。ここには黒龍以外にも魔物はいる。あんな状態で魔物と遭遇すれば死んでしまうぞ!!


 今すぐ追わないと。


 あぁ、だけど、この場に委員長たちを残したまま見過ごすこともできないし、かといって錯乱したあの三人を放ってはおけない。


 どうするべきか頭を悩ませていると、委員長から声が掛かった。



「行って、阿頼耶」


「委員長」


「あのままあの三人を放ってはおけないわ。それに、今のアンタはあの三人の仲間でしょ。なら仲間を第一に心配しなさい。なに、大丈夫よ。勝つことなんて到底できないけど、みんなが逃げ切る時間を稼ぐことくらいはできるから」



 委員長の言葉に同意するように、修司と姫川さんも頷いた。その顔は決して余裕のあるものではなかったが、かといって死を覚悟しているような表情でもなかった。


 ……死ぬ気はさらさらないっていうことなんだな。


 本当にこれで良いのかという迷いはある。けれど、ここは彼女たちを信じるしかない。

 迷いを断ち切る思いで、俺は視線を切る。



「すぐに戻る」



 それだけ言って、俺は佐々崎さんたちを追いかけた。




  ◇◆◇




 走り出した阿頼耶の姿を肩越しに見て、私――(くぬぎ)優李(ゆうり)は「それでいい」と安堵した。


 あのどうしようもないお人好しは私たちよりも佐々崎さんたちを優先したことを気にするだろうけど、逆に私たちを優先しても佐々崎さんたちに対して後ろめたさを感じるに違いないわ。


 だから、どの道気にするなら、まだ戦える私たちよりも恐慌状態になったあの三人を優先してもらった方がずっといい。


 それは紗菜も岡崎君も同じみたいで、二人とも満足げな顔をしていた。


 そんな私たちのことを不思議に思ったみたいで、ウィリアムさんが疑問の声を上げた。



「こんな局面だというのに笑みを浮かべることができるのか。三人とも、あの少年のことを随分と信頼しているのだな」


「それは当然ですよ」



 普段の彼は面倒臭がりで、のんびりしていて、どういうわけか周りから無意味に嫌われて、立川たちに理不尽に虐められている。けれどいざとなった時のアイツは、頭の回転、行動力、咄嗟の判断力は常軌を逸し、そして何より、誰よりも強い。


 私たちは、そのことをよく知っている。



「彼は、私たちの英雄(ヒーロー)ですから」



 私たちは顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。


 さぁ、戦いましょうか。


 みんなを無事に逃がすために。

次話は今月中にまた更新しようと思います。

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