第32話 殺意の眼差しと不穏な気配
予定より二週間も遅れて申し訳ありません。
体調を崩してしまい、更新できませんでした。
 
◇◆◇
阿頼耶の予想通り休憩を取ることになった。さすがに死にかけた者がいた状態ですぐに行軍することはないらしい。その時間の間、自身のグループから離れている者がいた。
ザッ、ザッ、ザッ、と足音を苛立たしげに踏み鳴らして、その少年は歩いていた。
離れた理由は単純で、酷く苛立ったからだ。
「舐めやがって舐めやがって舐めやがって!!」
少年が苛立っているのは、阿頼耶のことだ。
先ほどの阿頼耶の行動が少年の神経を逆撫でしていた。人を救った阿頼耶の行動は感謝こそすれ、恨むようなものではない。そんなのは筋違いだし、逆恨みである。
「アイツが、人を救っただって? ふざけるなよ。アイツがそんな高尚なことができるわけないだろうが。俺は勇者で、アイツはただの一般人なんだぞ。選ばれたのは俺なんだ。それなのに何であんなクズがデカい顔してんだ」
少年の言い分は、ある意味では正しい。少年は確かに四十人いる勇者の一人である。異世界人であることが影響してステータスは底上げされてアストラルの人々よりも上であるし、勇者だからステータスの成長率も高く、レアなスキルも習得しやすい。まさしく選ばれた人間と言えるだろう。
「クズはクズらしく地べたを這いずってれば良い。泥に塗れて無様な姿を晒してる方がお似合いだ。空を見上げるなんて思い上がった考えは俺が正してやる。そうしてアイツの情けない姿を見れば、姫川さんや椚さんだって考えを改めるはずだ」
そうに違いない。あの男がいるから、いつまで経ってもあの二人は解放されない。
少年はそう信じて疑わなかった。
歩き続けた少年は、ふと足を止めた。
「少し坂を上ったと思ったけど、まさかこんな所に抜け穴があるなんてな」
少年がいるのは先ほどまで自分たちが通ってきた道を少し上った所だ。少年は一人になる時、脇道に入ったのだが、どうやらその道は少し上り坂になっていて、尚且つ元の道へと続くように弧を描いていたらしい。
人の頭の高さの三倍ほどある高さから、少年は下を眺める。そこには後続のグループが休憩していた。
そこには無論、阿頼耶の姿もあった。彼のグループは地面に座り、輪になって何か会話をしているようだ。ここはダンジョンの中だというのに、彼らはどこか楽しそうで、それでいて充分リラックスしていた。さすがに、ここからだと会話の内容は聞こえなかったが、それだけは見ていて分かった。
しばらく見ていると、どういうわけか阿頼耶だけがグループから離れてどこかへ行こうとしていた。
「休憩中にグループから離れるなんて一体何を考えてやがるんだ、あの馬鹿は?」
自分だってグループから離れいるから人のことは言えないのだが、今ここでそのことを指摘できる人物はいない。
辺りを見渡すと、少年は壁に沿うようにできた道を見付けた。だが道というには狭すぎるし、不安定だ。恐らくネズミなどの小動物が通るための道だろう。一歩間違えば大怪我をするが、通れないこともない。
ここを通れば、阿頼耶の後を追うことができる。それが分かった少年は、その道を通ることを決めた。
しばらく阿頼耶は歩いていた。その後を少年も気配を消し、充分に距離を取って追いかける。少年はいつでも攻撃できるように剣に手を掛けていた。それは、彼が不審な行動を取ったらすぐに殺そうと思っていたからだ。
自分は勇者。いずれ魔王を倒して元の世界に帰る。そのために邪魔となる者は排除しなければならないと、少年はそう考えていた。
威殺さんばかりに阿頼耶を睨み付ける少年は、彼がどうしてグループから離れたのかを理解した。
「アイツ、見回りをしてんのか」
そう。彼はグループから離れ、周囲にいる魔物を倒して周っていたのだ。ついでに【虚空庫の指輪】からピッケルを取り出して鉱石や魔石を掘り出していた。魔石は魔物の体内に存在するものだが、魔力濃度が濃い場所だと発見することも少なくない。
彼は同じグループメンバーにすら「ちょっと散歩してくる」としか言っておらず、誰にも言わず、みんなに内緒で魔物を掃討している。それは、少しでも安全に休息できるようにとそうしているのだが、少年は阿頼耶のそんな姿を見て咎めるように目を細めた。
「狡い野郎だ。あーやって魔石を集めて自分だけ得しようって腹か」
彼が魔物を倒すのみならず鉱石なども採掘しているせいか、少年は阿頼耶の行動をそう断じた。
「やっぱり駄目だな、あの野郎は。アイツがいると、クラス内での調和が乱れる。不和の芽は摘んでおくべきだ。……ここで殺しておくべきか?」
もしここで阿頼耶が死んだとしても、無謀にも一人で魔物を相手にして不様にも死んだと判断するだろうと少年は考えた。
ならば何も問題はない。死者が出れば今日の訓練は切り上げることになるだろうが、第十五階層まで来たのだ。充分と言えるだろう。
少年は静かに剣を抜き、僅かに阿頼耶に殺気を向けたその瞬間――彼が少年の方を振り向いた。
「っ!?」
少年は反射的に、岩陰から出していた顔を引っ込め、殺気を抑えた。いや、正確には殺気を抑えたと言うより散ったと言うべきか。いきなり阿頼耶が少年の方を向いたせいで、少年は驚きのあまりに殺気を散らしたのだ。
(……な、んだ? もしかして、バレた、のか? この距離で? ちょっと殺意を向けただけで?)
阿頼耶の持つ【隠蔽】スキルと【偽装】スキルが高いせいで、クラスメイトたちの【鑑定】スキルでは正確に阿頼耶のステータスを読み取ることはできないが、阿頼耶の持つ【気配察知】スキルと【魔力感知】スキルのレベルは3。今、少年のいる場所からでは距離が離れてしまっているのに加え、少年は【気配遮断】スキルを使っているため、阿頼耶は少年の位置を捕捉するのが難しい状況下にある。
だから普通なら気付くことはないのだが、セツナと共にダンジョンに潜り、格上であるエルダーリッチと死闘を繰り広げて戦闘慣れをしてしまっているからか、殺気にはある程度敏感に反応するようになっていた。
呼吸を整え、しばらくそうしていた少年は再び岩陰から顔を覗かせる。阿頼耶は不思議そうに首を傾げ、首筋を手で摩りながら奥へと歩いて行った。
「……危険だ」
阿頼耶が行ったことを確認した少年はポツリと呟いた。
何がどう危険なのか。それを明確に言葉にすることはできなかった。けれど、彼は必ず自分たちを脅かす存在になると、少年は改めて確信した。
「……予定の場所はこの下の階層。やっぱり当初の計画通りに事を進めた方が良さそうだ」
【虚空庫の指輪】から魔水晶を取り出した少年は、決意を固めるように力強くそれを握り締めたのだった。
◇◆◇
工藤の毒をどうにかした後、俺――雨霧阿頼耶は元の場所に戻ってグループメンバーと話をしていた。
「それじゃ、やっぱりしばらくは休息に入るのか」
「えぇ。工藤君の体調がある程度回復したらすぐに出発するって言っていたわ」
ふむ。もしかしたら地上に戻るかもしれないと思ってたんだが、そのまま続行か。
工藤を苦しめていた毒は解毒薬で抜き切っているから問題ないか。HPも回復薬を飲ませれば大丈夫なはずだ。だが、体力はごっそりと削られているだろうから、やはりすぐ動くことはできないだろうな。休憩時間は、大体三十分くらいと見た方が良いか。
なら、その時間を使って周りの魔物を少しでも間引いておくか。
俺は地面に置いていた剣を持って立ち上がる。それを見て佐々崎さんが首を傾げた。
「あら? どこへ行くの?」
「ちょっと気分転換に散歩でもしようと思ってな」
「そう(やっぱり工藤君を助けたことに思うところがあるのかしら。だったら邪魔しない方が……)」
「何か言ったか?」
「いいえ。何でもないわ。気を付けてね。あまり遠くに行っては駄目よ?」
「あぁ。分かってる」
頷き、俺は散歩という名の狩りへ出かけた。
集団から離れて少ししたら、すぐに魔物と遭遇した。第十五階層となると平均レベルは三十五ほどになるが、ステータス値から考えると俺の方が圧倒的に高いので倒すのは全く問題なかった。
しかし、こうして一人で狩りをしてると、あのグループでの共闘は些か不自由だと感じてしまう。あの三人が悪いわけじゃない。性格的に問題があるわけではないし、チーム構成としてもバランスが取れている。ステータスの差も問題視することではない。ただ単純に、“戦いにくい”のだ。
連携はそこそこ取れてはいるが、それでもまだ稚拙のレベルを出ない。初めてなんだから当然で、今回のダンジョン遠征はその辺りの――いわゆる戦いの心得を学ぶためなのだから文句を言ったら本末転倒になるのだが……どうしてもセツナがいればなぁと思ってしまう。
彼女は皇女という立場でありながらも手練れの魔術銃士だった。だから俺も動きやすかったし、伸び伸びと戦えたところがある。
通常、複数人で戦う時は互いに味方の立ち位置の調整、相手の攻撃の防御、味方の支援、周囲の索敵などを行う必要がある。セツナの時もそれを行って、一人では見落としてしまうようなところも二人でカバーしていた。
だが、これがクラスメイトたちだとそうはいかない。目の前の敵にばかり集中してしまっているので、気を付けないと「こっちの剣が仲間の武器とぶつかる」なんて間抜けなことにもなりかねない。
これが委員長ならまだ気が楽なんだが、まぁ今の状況じゃ無理だな。
『先輩、聞こえますか?』
はぁ、と溜め息を吐いていると、セツナから念話が届いた。
彼女とはダンジョンに潜ってからも度々連絡を取り合っており、近況報告をしていた。そのため、彼女は俺が勇者であるクラスメイトたちと一緒にダンジョン遠征に出ていることも知っている。
まさかダンジョンに潜ってても繋がるとは思ってなかったから、いきなりセツナから連絡が来た時はビックリしたな。
ていうかセツナ、今はフェアファクス皇国へ向かっていたはずなんだが……一体この念話の有効範囲ってどれだけあるんだ?
かなりの距離、そして深度でもクリアに繋がるんだよな。
さすがにこのアストラルの裏側まで遠くとは思わないけど、今度実験してみたいな。
魔物を討伐もしくは鉱石の採掘作業を進めつつセツナと会話する。
『あぁ、聞こえてる。ちょうど休憩中だ』
『あ、良かった。戦闘中じゃないんですね。どうしてか毎回、念話で連絡を取ると戦闘中でしたからね』
『もはや狙ってやってるんじゃないかと疑ったぞ』
『いや、間の悪い時に念話を飛ばした私も悪かったですけど、狙ってするなんて無理ですからね?』
無論、そんなことは分かっているので言っただけである。
『まぁ、それはいいとして。またスキルレベルが上がりましたよ。それにレベルの方も、今まで以上に速く上がっています』
『となると、【経験値倍化】スキルと【成長率倍化】スキルはちゃんと共有化されているのか』
彼女には実験として、スキルレベルとステータスでのレベルの上昇速度を計測してもらっていた。
俺はステータスロックされていたせいで普通よりも上昇が遅かったり、またステータスロックが解除されてからは上昇が速くなったりしたため、普通の上昇率を知らない。だから彼女に頼んで効果の程を確かめてもらっていたのだ。彼女なら通常の上昇を知っているから、ちゃんとスキルが共有化されているか確認できるから。
『みたいですね。今まの倍の速度でレベルが上がりますから、ちょっと違和感がありますけど』
『違和感?』
『いきなりレベルがいくつも上がりますから、扱いに苦労するんですよ』
あぁ、なるほど。
レベルが上がれば、当然ステータス値も向上する。その振り幅が大きければ、その分だけ扱いにくくなるというわけだ。
かく言う俺も、ステータスロックが解放された直後は力加減に少し苦労したからな。
『先輩の方はどうですか?』
『今は第十五階層にいるが、セツナの言ってた通り、アンデッド系の魔物が多い。しかも下の階層に降りる度にその割合が多くなってるみたいだ。多分、第三十階層になるとほとんどがアンデッド系の魔物になるだろうな』
『そうですか。先輩は光属性魔術を使えないですけど、大丈夫ですか?』
『まぁ、問題ないだろ。火属性魔術を使えば大抵のアンデッド系の魔物はどうにかなるし』
とは言っても、今はグループメンバーにほとんど任せているんだけどな。
『ゴースト系の魔物が出たらどうするんですか。アレは火属性魔術でも対抗できませんよ?』
『……魔力流しでどうにかならないかな?』
『なるわけないじゃないですか』
呆れたような感じで言われてしまった。
『【魔力流し】は単に武器を強化するだけの技術です。光属性が付与された魔法剣でもなければ効果なんてありませんよ』
『……それもそうだよな。じゃあ、仕方ない。潔く逃げよう』
『迷いの欠片もないですね。そこは男らしく「どうにかする」くらいは言ってほしかったですけど』
『自分の力量と手持ちの手札は把握してるさ。その上での判断だ。何が何でも勝たなくちゃならない状況じゃないなら、俺は逃げるよ』
『私の時はあんなに格好良かったんですけどね』
はて?
格好良い姿なんて見せただろうか?
俺が見せたのは、ボロボロで泥塗れな格好悪い姿だけだと思うんだが。
っと、しまった。
ピッケルで掘り過ぎて魔石が割ってしまった。
あー。これ、価値が結構下がるだろうな。
やらかしてしまったことに若干落ち込んだ俺は次の瞬間――うなじの辺りがチリッと焼けるような感覚がした。
「っ!?」
後ろを振り返ったが、そこには何もなく、薄暗い道が続くだけだった。
一瞬だったが、今のは殺気か?
かなり遠かったけど今は何も感じない。……気のせい、か?
『先輩? どうかしましたか?』
『いや、何でもない』
心配そうに問い掛けてくるセツナにそう返し、俺は今の殺気に疑問を抱きながらも、首筋を手で摩りながら奥へと進んだ。
次話は十二月に更新する予定です。




