第31話 危機的状況の時こそ冷静に
随分と遅れて申し訳ありません。
第31話 危機的状況の時こそ冷静に
どうぞお楽しみください。
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ダンジョン遠征二日目。
十階層の階層主であるジャイアントトレントを倒し、俺たちはさらに先へと進んだ。
俺――雨霧阿頼耶がセツナと潜った時に遭遇した【規定外の階層主】であるエルダーリッチは出てこなかった。やはり【規定外の階層主】の遭遇率は低いようだ。
だというのに、初めて階層主と戦う時に……しかもセツナの問題を解決しないといけないって場面で出てくるなんて、俺は運がないのかと疑いたくなる。
残念ながらステータスに『幸運』なんて項目はないから運が良いのか悪いのか判断できないけど。
現在、俺たちは第十五階層にいる。十一階層からはアンデッド系の魔物が出現し、下に行くほど出現数が多くなっている。
そう言えばセツナが「下に行くほど魔力濃度が高くなってるからアンデッド系の魔物が出てくるかも」って言ってたっけな。
チラリと肩越しに後方を見る。そこには変わらず結城と長瀬さんがいるが、長瀬さんはいつも以上にビクビクしていた。
第十一階層に降りてからずっとで、アンデッド系の魔物が出てくる度に奇声を上げていた。
「きゃあああああ!!」
あ、また奇声上げた。
今度は横合いから出てきたスケルトンに驚いたみたいだ。反射的に火属性の魔術で撃退したみたいだけど、目が涙目になってる。
「うぅ。もうヤダ。骸骨、ヤダ。早く地上に戻りたい」
ついには小言でブツブツと言い出しちゃったよ。
「長瀬さんはアンデッド系の魔物が苦手みたいね」
「他人事みたいに言ってるけど佐々崎さんだって苦手なんだろ。声が震えてるぞ」
「……ゴホン。さて何のことかしら分からないわね。アンデッドなんて怖くないわ。えぇ、異世界だもの。こういった魔物が出てくることだって織り込み済み。なら心構えだってちゃんとできているのだから怖がるなんてことあるわけないわ」
めちゃくちゃ早口になっていた。
頑張って取り繕うとしたんだろうけど、全然ダメだったみたいだな。
「強がるのも良いが、そんな足をガクガク震わせた状態で言われても説得力はないぞ。生まれたての小鹿みたいじゃないか」
「そこは見て見ぬふりをするのが優しさだと思うんだけど?」
「事実を提示するのも、それはそれで優しさだよ」
相手がどう受け取るかは別として。
そうこうしているうちに、俺たちは何やら周りがざわついていることに気付いた。
「何だか騒がしいわね」
「前方の方で何かあったみたいだな」
近くにいたグループも前方の方に向かおうとしている。そのメンバーの一人を佐々崎さんは捕まえて聞いた。
「何があったの?」
「前のグループで怪我人が出たらしいんだ」
それだけ言って、クラスメイトは前の方へと走って行った。
少し意外だ。怪我人は出るだろうと予想してはいたけど、思ったよりも早かったな。
この第十五階層にいる魔物のレベルは平均して二十ほど。勇者であるクラスメイトたちのレベルは十前後だが、ステータス値の成長率は常人よりも高いため、大体三百ほどある。これはレベル二十台のステータス値と同等だ。そのため、一対一ならこの階層の魔物と対等に渡り合えるだろう。
けど、今回はグループを組んで戦っている。普通に考えれば負ける道理はないのだが……油断でもしたのか?
「どうする、佐々崎さん?」
「見に行きましょう」
俺の問いに彼女は即答した。
「別に野次馬しようってわけじゃないわ。けど、私は風紀委員なの。風紀を保つためにも、クラスメイトたち全体の状況をきちんと知っておく必要があるの」
なるほど。佐々崎さんはそう考えてるのか。
けど、異世界に来てまで風紀委員であろうとする必要性なんてないんだけどな。
勇者になっても、あくまで自分は風紀委員であると固持したいのか。それとも風紀委員であることに何かしら価値を見出しているのか。それは分からなかったけど、リーダーが行くと決めたのなら是非もない。
俺は結城と長瀬さんと顔を見合わせ、佐々崎さんの方針に従うことを示すように頷いた。
騒ぎの中心に行くと、ほとんどのクラスメイトたちが集まっていた。ただ、少し様子がおかしい。
「おい! 何で治らねぇんだよ!」
「知るか! 文句があるならお前がどうにかしろよ!」
「喚いてる場合じゃないでしょ! それよりも早くどうにかしないと!」
騒ぎの中心近くで、何やら切羽詰まったような怒声が聞こえる。
どうやら思っていた以上に状況はマズいらしい。誰かに詳しいことを聞こうと周囲を見渡したが、佐々崎さんがすでに近くにいた騎士に話を聞いて戻って来ていた。
彼女は沈痛な面持ちで聞いた内容を俺たちに伝える。
「工藤君が、ジャイアントポイズンスパイダーの攻撃を受けたみたいなの。怪我の方はすぐに治せたんだけど、毒のせいで今も苦しんでるらしいわ」
「毒? 解毒薬くらい持ってるはずだろ?」
訊くと、彼女は首を横に振った。
「ジャイアントポイズンスパイダーは一度に複数の毒を注入するから、中位以上の解毒薬じゃないと効果がないらしいの。中位解毒薬は高めだから私たちは用意できてないし、騎士団の人たちもここが初心者用のダンジョンだから解毒薬は下位の物しか用意してないって。このままだと、後十数分もしたら工藤君は死んでしまうわ」
チッ。
この状況はそういうわけか。
確かに中位の解毒薬は一本で八千ユルズもする高価な代物だ。姫川さんと買い物に出かけた時だって、中位解毒薬を注文したけど金銭的問題のせいで下位解毒薬にせざるを得なかったのだから。
だが俺は別だ。金に余裕はあったから中位解毒薬は三本買ってある。俺は迷うことなく【虚空庫の指輪】から中位解毒薬を取り出し、前に出る。
クラスメイトたちを掻き分け、騒ぎの中心へと向かう。人混みから出ると、そこには地面に横たわっている工藤と、その周囲を取り囲むように、立川、谷、藤堂の三人がいた。そこから数歩ほど離れた所には工藤と同じグループのメンバーである二人がどうすればいいか分からない感じで立っていた。治療に駆り出されたのか、姫川さんもいる。ただ、解毒はできなかったらしい。瞳に涙を浮かべている。
俺が来たことに真っ先に気付いたのはその姫川さんだった。
「あ、阿頼耶君」
聞き逃してしまいそうなほど小さく弱々しい、縋るような声で彼女は俺の名前を呼ぶ。それに気付いた立川たちも俺の方を見るが、その視線は「何でお前がここにいる」と言いたげだった。
俺は意図してその視線を切り、工藤の傍で片膝を付く。だがそこで立川が俺の胸倉を掴み上げてきた。一気に立川の不機嫌面が接近する。
「工藤の姿を見て、嘲笑いにでも来たのか。失せろ。テメェはお呼びじゃねぇんだよ役立たず!」
……コイツ、こんな非常時にそんな言葉しか出てこないのか。
思わず溜め息が出そうになるが、グッと堪える。
「中位解毒薬が必要だって聞いたから来た」
「それがテメェと何の関係があるってんだよ! まさかテメェが中位解毒薬を持ってるなんてふざけたことを言うわけじゃねぇだろうなぁ!?」
「事実、持ってるんだからここにいるわけなんだけどな」
「はぁ?! 俺たちにも用意できなかったんだぞ! なのにテメェなんかが用意できるわけねぇだろうが! でたらめなこと言ってんじゃねぇぞクズが!」
やっぱりというか、こうなったか。
立川がいるから、コイツが俺に対して何かしら突っかかってくることは分かっていた。けれど、ここで無駄口を叩く暇もない。俺は胸倉を掴む立川の手を払った。
それが癪に障ったのだろう。立川は更に顔を不愉快そうに歪めたが、そこで姫川さんが割って入った。
「待って、立川君」
「……姫川さん」
「阿頼耶君は黙ってたり誤魔化したりはするけど、嘘は言わないよ。その手に持ってるのが中位解毒薬なんだよね?」
「あぁ。何なら鑑定してくれて構わない」
俺の言葉に姫川さんは首を横に振った。
その必要はないってことらしい。俺は早速、中位解毒薬を工藤に投与しようとする。が、そこで当の工藤本人が俺を睨んできた。
「ふざ、けるな。誰が……お前、なんかに……」
毒で苦しいだろうに、それでも俺を目の敵にするとはな。
立川はともかく、工藤にここまで憎まれるようなことをした覚えはないんだけど。
「お前に、救われるくらいなら、死んだ方、が……マシだ!」
「…………はぁ」
何かもう、色々と面倒臭くなってきた俺は工藤の頭を鷲掴みにして、そのまま中位解毒薬を無理やり口に突っ込んで飲ませた。
「阿頼耶くーん!!!!?」
「「「っっっ!!!!?」」」
俺の行いに姫川さんは驚愕の声を上げ、周囲のクラスメイトたちも絶句しているが、構わず続ける。
「んー! んんー!!」
工藤が何やらもがいているが、毒で弱った体では俺の手を振り払うことなんてできない。そもそも、工藤の筋力値と俺の本当の筋力値には大きな差があるから、例え彼が万全の状態だとしても振り払うことなんてできないだろう。
飲み切った直後に工藤の腕が地面に投げ出される。気を失ったみたいだ。俺は空になった解毒薬のビンを工藤の口から引っこ抜く。そのまま頭を掴んでいた手を離すと、当然の如く工藤はパタリと地面に倒れた。
ちょっと無理やり飲まされたくらいで気を失うなんて情けないな。
【鑑定】スキルで工藤のステータスを確認したが、どうやら解毒薬はちゃんと聞いているようで異常はなかった。
「え、えっと……大丈夫、なの? 心なしか顔色が良くなってるのは分かるんだけど」
「あぁ。ちゃんと効いてるみたいだ。後はしっかり休ませて飯を食わせろ。毒のせいでHPがかなり減ってるから、回復薬を飲ませることも忘れずにな」
「え? あ、うん。そっか。分かった。ありがとう、阿頼耶君。助かったよ」
頷き、俺は立ち上がる。
やることはやったのでさっさと立ち去ろうとしたが、そこでまた立川が吠えてきた。
「阿頼耶ぁ!!」
今更何の用なんだろうと思って振り返ると、立川は何か悔しそうな顔をしていた。
「救ったなんて……助けたなんて思うんじゃねぇぞ! テメェなんかが誰かを救うなんてできっこねぇんだ! テメェは俺より下なんだよ! 図に乗ってんじゃねぇぞクソがぁ!」
さすがに工藤のことが心配らしく、俺に掴みかかってくるようなことはなかったが、その言葉は相変わらずだった。
相変わらず、理由もなく他人を貶すコイツの言葉はイラつく。
「そうかよ」
今更コイツに何を言ったって無駄だというのは、この十年で嫌になるほど理解している。
だからそれだけ言って、俺はその場を立ち去った。
「助けるとは思わなかったわ」
人混みを抜けて佐々崎さんたちのところに戻ると、開口一番にそう言われた。
「見捨てるようなヤツだって思ってたのか?」
「工藤君が死にかけているって話した時、雨霧君は動揺した様子がなかったわ。だから、こう言っては何だけど「じゃあここで死んでくれた方が良いか」と思ってるんじゃないかってね」
佐々崎さんの言い分は、まぁ合ってる。
工藤を助ける。
そのことに何も思わないわけじゃない。今までずっと、立川に便乗して俺を貶めてきたヤツだ。できれば痛い目をみてほしいし、佐々崎さんの言うように、死んでくれても構わないと思ってる。
けれど、自業自得の結果なら絶対に助けないが、理不尽に死にそうな目にあってるなら、そしてそれが拾える命なら拾うべきだ。
とは言っても、今までのことを考えるとやっぱり助けるべきじゃなかったかなと考えてしまうけど。
「別に、工藤だから動揺しなかったわけじゃないさ。ただ、焦ったって何も解決しないからな」
喋りながら俺たちは元いた場所へと移動する。
「焦りは思考力を落とすし、視野も狭まる。こういう時こそ冷静になるべきなんだ」
「難しいことを言うわね。どうしたらそんなことができるようになるっていうの?」
「焦り出したら一度深呼吸をしたり、数を数えたりするのが良いな。周囲に誰かいるなら、その人に焦りを解いてもらうこともできるな」
それでも中々難しいけどな。
今回の場合、相手が工藤だったからこそ、必要以上に心を揺さぶられることはなかった。けれどもしこれが委員長、姫川さん、修司だったら、俺は冷静になるのに苦労しただろう。
「まぁ、常に冷静にいられるようにすれば、いつかこういう時でも動揺することは少なくなると思うよ」
泰然自若としてる佐々崎さんなら、そう難しいことじゃないと思うしな。
「それよりもさっさと戻って休もう。工藤の体調がある程度回復するまでは休憩になると思うしさ」
俺の言葉に三人は頷き、俺たちは移動速度を速くしたのだった。
次話は十一月四日に更新する予定です。




