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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第2章 裏切られた英雄編
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第29話 勇者たちの初戦

 ダンジョン遠征では複数のグループで同時に探索を始めるのだが、グループ同士の間を少し開けて探索をしている。本来なら四十人以上なんていう大人数でダンジョン探索をするのは、全く情報のない階層主を相手にする時くらいで、それ以外の時は正直邪魔にしかならない。


 そのため、今回は冒険者ギルド・アルカディアの方から冒険者側に勇者が四十人規模で遠征をするということを通達することであらかじめ周知してもらっている。自由を重んじる冒険者に、さすがにダンジョンに潜るなとは言えない。彼らにも生活があるのだから。


 現在の階層は第九階層で、俺たちのグループは全体の後方にいる。前のグループが先に魔物を倒したり罠を解除したりしているので、後方の俺たちは退屈だった。とはいえ、横合いの道から魔物が現れたりするので、全く戦闘がないなんてことにはならないと思うが、今のところ戦闘はない。



「全く魔物が出ないわね」


「そうだな。ほとんどは先頭のグループが相手してるんだろ」



 戦闘に慣れてもらうためとはいえ、今回の遠征は失敗だったかもな。この調子だと、満足に戦闘することなんてできそうにない。


 全体の三分の一だけ初めにやって、残りを後日に実施するというやり方の方がずっと効率が良いだろう。それかダンジョンではなく、【魔窟の鍾乳洞】がある森――【魔窟の森】でやった方が良さそうな気がする。


 【魔窟の森】はオクタンティス王国とフェアファクス皇国の間にある森のことで、魔物が多く生息することでも有名な森らしい。


 効率が悪いやり方だが、今回は実戦の空気を感じるためだから、もしかしたらこれでも良いのかな?


 実際に戦えなくても、ちゃんと連携が取れなくても、実戦を知るという一点のみを重視するなら、失敗ではないのかもしれない。まぁ、その辺りは騎士団長に確認しないと判断できないが。


 チラッと後ろを振り返る。


 すぐ後ろにいるのは長瀬さんだ。彼女は辺りをキョロキョロしながら手に持った羊皮紙にペンを走らせていた。彼女にはマッピングをしてもらっている。本当はアルカディアの方から【魔窟の鍾乳洞】の地図を貰っているのだが、いつでもどこでも地図を入手できるとは限らない。未踏のダンジョンなら尚更だ。だから彼女には地図を作製してもらっている。


 更に後ろには結城がいる。彼は自身の持つ【獅子連れの勇者(ユーウェイン)】の称号から召喚獣を呼び出していた。金色の毛並みを持つ獅子。体は大きく、人を二人くらいなら乗せることができそうだ。


 厳つい顔付きも頼もしく、その大きな体躯で主である結城を守ろうと傍に侍っている。【鑑定】スキルでステータスを見てみたが、レベルは三十ほどで、各ステータスは大体800前後といったところ。通常よりブーストされているようだ。


 見た目はただの金獅子にしか見えないが、勇者の持つ称号から召喚されたのだ。ただの獅子ではないだろう。


 そのため、彼はこのグループで殿を務めてもらい、後方を警戒してもらっている。金獅子もいることだし、魔物が近付けばすぐに分かるはずだ。


 とはいえ、見えるか見えないかの距離だけど今回は俺たちのグループの背後にも他のグループがいるから、あまり後方を警戒する必要はないんだけどな。


 探索を進めていると、俺の【気配察知】スキルに反応があった。


 これは……ゴブリンか。数は十四体、と。前のグループに四体、俺たちのグループに五体、後ろのグループに五体、脇道から接近してるな。数的には問題ないけど、ゴブリンシャーマンとかいたら面倒だな。アイツら魔術使ってくるし。


 第九階層は広いから普通に剣を振れるし、武器は腰のロングソードで大丈夫か。



「雨霧君? どうして剣を抜いているの?」


「佐々崎さんも構えた方が良いぞ」


「それってどういう――」



 言葉は最後まで続かなかった。彼女が言い切るその前に、俺が彼女の目の前で剣を振るったからだ。


 パキッという小枝を折るような軽い音がし、足元に何かが転がる。それは二つに斬られた矢だった。それを見てようやく状況が理解できたらしい。佐々崎さんは声を張った。



「全員、警戒! 近くに魔物がいるわ!」



 その声に弾かれるように前後のグループも反応した。向こうは向こうで対応するだろうから、こっちはこっちで眼前の敵に注力するとしよう。


 さて、ゴブリンの数は【気配察知】スキルで感じたように五体。武器は、弓が一体にナイフと槍が二体ずつ。弓が一番後ろに控え、そこから順に槍とナイフで陣形を組んでいる。セツナと潜った時にも思ったが、ゴブリンは総じて間抜けだけど馬鹿ってわけじゃなさそうだな。


 とはいえ、やはり脳みそが足りないことは変わりない。



「返礼だ」



 初撃をもらったのと、間合いの外からチマチマと攻撃されるのが面倒だったので、【虚空庫の指輪】からナイフを取り出して弓兵ゴブリンに投擲する。ナイフは四体のゴブリンの間を抜け、その脳天に直撃。弓兵ゴブリンは絶命した。


 残り四体。



「佐々崎さん」


「えぇ! 分かっているわ!」



 応じ、佐々崎さんはレイピアを抜く。途端にその剣身から冷気が漏れる。魔力は感じない。おそらく【勇者氷結(ブレイブ・フロスト)】のスキルで冷気を纏わせているのだろう。



「長瀬さんは後方に下がって私と雨霧君を支援! 結城君は長瀬さんを護衛! 雨霧君は私と呼吸を合わせて!」


「!?」


「「了解!」」



 ちょっと待って!

 何だか俺だけ要求が高くないですか!?

 初戦でいきなり呼吸を合わせろとか無理難題吹っかけてくるなよ!


 文句を言う前に佐々崎さんは前に飛び出す。


 あぁ、クソッ! 仕方ない!!

 戦いやすいように動くしかないか。


 俺も佐々崎さんに追従するように駆け出した。仲間がやられて激昂したゴブリンたちも、俺たちの方に向かって攻撃を仕掛けてくる。


 ナイフのゴブリンの一体に向けて佐々崎さんが突きを放つ。ゴブリンはナイフを振るってそれを弾いた。だがその剣身に冷気を纏っていたせいで、ゴブリンの持つナイフが凍りつく。


 ゴブリンはそれに驚くが、遅い。たちまち氷はゴブリンの腕まで凍りつき、その右腕は使い物にならなくなった。



「はあぁぁ!!」



 裂帛の気合いと共に放った突きはゴブリンの頭に突き刺さる。



「――っ!?」



 その刺さった所から凍っていくため、声すら出せないゴブリンは頭を凍らされて死に絶える。


 触れただけで凍らせるスキルか。勇者だけあって強力なスキルだ。だが【円卓の勇者】じゃない佐々崎さんがこんなに強力なスキルを持ってるっていうんなら、【円卓の勇者】はどれほどのスキルを所有しているんだか。


 俺は目の前にいる二体のゴブリンを一刀のもとに斬り捨てる。


 邪魔が入らないようにできるだけこっちでゴブリンを殺そうと思ったが、もう一体は佐々崎さんの方に向かってしまった。槍を持ったゴブリンが佐々崎さんに迫る。佐々崎さんは冷気を纏ったレイピアで応戦するが、槍だと穂先にばかり当たってしまって、ゴブリンの手元まで凍らせることができない。


 懐に潜り込めば一撃で終わらせられるのだが、どうにも攻め切れないようだ。

 ならば、隙を作ればいい。


 俺は周囲に気付かれないように、小石を拾ってゴブリンに向かって指で弾く。



「ギッ!?」



 小石はゴブリンの足に直撃し、体勢がよろめく。その一瞬の隙を佐々崎さんは好機と捉え、渾身の突きを放った。心臓に切っ先が突き刺さり、ゴブリンは氷漬けになって息絶えた。



「……ふぅ」



 戦闘が終了し、佐々崎さんは緊張を緩めるように息を吐いた。


 連携も減ったくれもない、好き勝手動いた戦闘だったが、初戦は全員無傷。初めてにしては上々の戦果と言えるだろう。


 ふと、背後でドサッという音がした。振り返ってみると、長瀬さんと結城がへたり込んでいた。戦闘が終わって緊張が解け、腰が抜けてしまったか。



「平気か、二人とも?」


「あ、うん。だ、大丈夫」


「ぼ、僕も……平気」



 そう言いつつも顔色が悪い。初戦闘だったからな。戦場の空気に慣れないのだろう。精神的な疲労が一気に来たか。慣れるにはまだまだ掛かるかな。



「少し休んでいろ。護衛の騎士には俺から言っておくから」



 二人は返事をする気力もないらしい。コクリと頷いただけだった。

 周囲を見渡し、護衛の騎士を見付けた。その男性に声をかけ、進言する。



「今回が初戦闘だった勇者が何人かいるので、休憩を取っていただきたいのですが」


「む? 何名だ?」


「自分のグループが三名。それと前後のグループで各三名ずつの計九名です」


「そうか。分かった。一時間ほど歩き続けていたからな。休憩を取って構わない。騎士団長には私から言っておこう」


「ありがとうございます」



 護衛の騎士はすぐに騎士団長の方へと向かった。この遠征には騎士団長も来ていて、彼は先頭の方で護衛をしている。


 休憩も取れたところで、俺は佐々崎さんの方を見る。彼女はレイピアに付いたゴブリンの血を拭って、それを鞘に納めているところだった。



「佐々崎さん」


「あぁ、雨霧君。どうしたの?」


「休憩を取ることになったから、佐々崎さんも休憩してくると良い。長瀬さんと結城はあそこで休憩してるから」


「雨霧君は?」


「魔石を回収しておくよ」



 言いながら、俺は腰を下ろして氷漬けになったゴブリンの氷を砕く。



「私も手伝うわよ?」



 佐々崎さんは提案してくるが、俺はそれを丁重に断った。


 見たところ、彼女はあまり負担を感じていないようだったが、実際はそうでもないだろう。初めて生き物を殺したんだ。それなりに精神的な負担が掛かっているはず。なら、ここは休憩を取ってもらって、気持ちを落ち着かせてもらった方が今後に支障も出ない。



「俺一人でも問題ないから」


「そう? ありがとう」



 そう言って、彼女は長瀬さんと結城の方へと歩いて行った。


 さて、魔石の回収作業をしようと思うが……この氷、砕くのに手間がかかりそうだなぁ。




  ◇◆◇




 雨霧君に言われて、私――長瀬(ながせ)文乃(あやの)は休憩していた。左には結城君、右には佐々崎さんがいる。


 きつかった。


 初めての戦いで、直接戦闘に参加したわけじゃないけど、それでも精神的に辛い。こんなことがこれから先、何度もあるかと思うと、憂鬱な気分になる。


 嫌だ。戦いたくない。

 何で私、戦闘向きなスキルを持ってるんだろう。


 私なんかよりも使いこなせそうな人なんて一杯いるのに。私はどちらかというと、生産職の方が良かったよ。



「大丈夫、長瀬さん?」


「え? あ、うん。大丈夫、だよ、佐々崎さん」


「そう。結城君は?」


「だ、大丈夫」



 結城君は緊張したように顔を伏せながら肯定した。


 彼も私と同じみたいで、戦いなんてしたくないみたいだった。顔色も気分が悪そうだった。


 それに比べて、佐々崎さんは凄いなぁ。初めての実戦だったのに、二体もゴブリンを倒しちゃうなんて。それに私たちを気遣う余裕もありそうだし。


 そのことを佐々崎さんに言うと、彼女は首を横に振って否定した。



「本当に凄いのは雨霧君よ。彼は誰よりも先にゴブリンの接近に気付いていたわ」


「そう言えば、レオが気付くよりも早く、気付いてたね」



 佐々崎さんに答えたのは結城君だった。彼の言うレオとは、彼のスキルから召喚した金獅子の名前で、そのレオは結城君の傍で丸まっている。



「彼が気付いてなかったら、私はあの矢で死んでいたわ」



 死、という言葉に胸が締め付けられる。


 冗談でも何でもない。本当にあの時は、雨霧君が気付いてなかったら佐々崎さんは死んでいた。それを思うと怖くなって、私は思わず体を身震いさせた。



「確かに、雨霧君は……その、凄いよね。ゴブリンを二体も同時に、一撃で倒したんだし」


「え?」



 結城君の言葉に、佐々崎さんは驚いたような声を出した。


 あれ? もしかして気付いてなかったのかな?



「ゴブリン二体を、一撃で?」


「うん。私もその場面は見た、よ? こう、剣を振ったと思ったら、ゴブリンが死んでたの」



 肯定する私の言葉を聞くと、佐々崎さんは思案顔をした。


 何かおかしなこと言ったかな? 紗菜ちゃんから聞いたけど、雨霧君は古流剣術の夜月神明流の使い手だし、私たちより戦えても不思議じゃないと思うんだけど。



「雨霧君って、私たちよりレベルもステータスも低いのよね? それなのに、どうして一撃でゴブリンを二体も倒せるの?」



 あっ。言われてみれば確かにそうだよね。


 いくら剣術の心得があるって言っても、ステータスが低いのに私たちよりも強いだなんてあり得るのかな?


 そう思いつつ、私は雨霧君の方に視線を向ける。氷を砕き終わった彼は後ろ腰のナイフを使ってゴブリンから魔石を取り出していた。何であんなに手馴れているのか、それも不思議だった。


 私は試しに【勇者慧眼(ブレイブ・インサイト)】を発動して雨霧君のステータスを見る。




====================

雨霧阿頼耶 17歳 男性

レベル:3

種族:人間族(ヒューマン)

職業:学生、魔術剣士

HP :62/62(+15)

MP :66/66

筋力:61(+15)

敏捷:63(+15)

耐久:102(+20)

スキル:

 言語理解、鑑定Lv.1、隠蔽Lv.1、剣術Lv.2、無属性魔術Lv.1

称号:

 異世界人、虐げられし者

補助効果:

 隠蔽Lv.1

====================




 やっぱり、雨霧君は勇者の私たちよりもステータスが低い。このレベルとステータス値でゴブリンを圧倒するなんて無理だよね。


 雨霧君、何か隠してるのかな?


 そう言えば、雨霧君は隠し事が多いって、前に紗菜ちゃんが言ってたっけ。

 じゃあやっぱり、雨霧君は何か隠し事をしてるのかな? それが、あの強さの秘密に繋がるのかな?


 けど、隠し事をしてるとしても、それでも私は気になることが一つある。


 私のこの【勇者慧眼】は、相手の魔力の大きさを視覚化して見ることもできる。普段、私はこっちの機能をオンにしているんだけど、彼を見た時は目を疑った。彼の放つ魔力の大きさが、明らかにステータスに記載されている数値を超えていたからだ。


 文字通り桁が違う。そんなレベルで、勇者の中で一番魔力が高い紗菜ちゃんでさえも比べ物にならないほど、彼の魔力は圧倒的だった。


 一体、どうして?


 答えが見付からないまま、私は彼の作業をジッと見続けた。




  ◇◆◇




 ゴブリンの魔石の回収を終え、俺――雨霧阿頼耶はメンバーのところに戻ったが、何故か全員が俺の方を見ていた。



「えっと、ゴブリンの魔石を回収してきたんだけど……どうかしたのか?」


「「「何でもない」」」



 何でユニゾン?

 お前ら三人ってそんなに仲良かったっけ?


 険悪よりは良いけど、俺が魔石を回収してる間に何があったのやら。



「魔石だけど、分配はどうする?」



 ゴロッと紫色の石を五つ広げて見せる。

 初めてみる三人は、それを興味深そうに眺めた。



「これが魔石? 綺麗ね」



 佐々崎さんの意見には同意だ。

 魔石って、一見すればアメシストにも見えるからな。



「それで、さっきの話なんだが」


「分配の件ね。さて、どうしたものかしら? みんなの意見を聞きたいのだけど」



 佐々崎さんがメンバーに視線を向ける。だが、このメンバーは基本的に自己主張する面子ではない。そのため、彼女の問いかけの後には沈黙が流れた。



「えっと、じゃあ長瀬さんから聞かせてくれる?」



 思わず佐々崎さんでさえも苦笑を浮かべたが、指名された長瀬さんは「何で私から!?」と言いたげな顔をしていた。


 だがそんな顔をしても意見を言わなければならないことに変わりはない。長瀬さんはボソボソと答えた。



「その、私は……魔石は倒した人の物の方が良いかなって、思うの。その方が、言い争いも起こらないし」


「結城君は?」


「僕も、長瀬さんと同じ意見。大して活躍してないのに、報酬をもらうのは……その、気が引けるから」


「雨霧君は?」


「地上に戻った後、魔石やドロップアイテムなどを売って、それで得た金銭を四人で山分けする方が楽だと思う」



 俺の言葉に、三人は驚いたような顔をした。



「……何だよ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」


「だって、普通そこは自分の成果を主張するものでしょ。雨霧君は三体も倒したのだから、魔石を三つ貰う権利があるのよ? それなのに貴方の言葉は、それを捨てることを意味しているわ」


「同じグループである以上、一蓮托生。お互いに命を預け合う仲なんだ。それに見合った報酬はあって然るべきだろ」



 俺の言葉に否定的な言葉を返したのは長瀬さんだった。



「けど、私と結城君は、役に立てなかったよ? 全部、雨霧君と佐々崎さんが倒した」


「今回はその必要がなかったからな。けど、今後もそうだというわけじゃないだろ?」



 そう。今後もそうだというわけじゃない。


 特に第十階層より下の階層になるとアンデッド系の魔物が出てくる。こうなると、表面上は無属性魔術しか使えない俺や、無属性の他に水属性と氷属性しか使えない佐々崎さんは足手纏いになる。


 今後は、この二人が頼りになる。長瀬さんは無属性、火属性、水属性、風属性、土属性が使え、結城は火属性と雷属性が使えるからな。


 それを説明すると、三人は納得したようだった。



「なるほどね。今後は二人に頼ることになるってわけね」


「俺と佐々崎さんは役立たずになるからな」


「え、えっと……頑張る、ね」


「が、頑張ります」



 というわけで、魔石は地上に出てから四人で山分けすることになった。








 それからダンジョン探索を再開し、第十階層の階層主のいる部屋の前まで攻略した。ただ、時間的にはもう日が暮れている時間なので、今日は休んで明日に備えることになった。



「疲れたわね」



 はぁ、と息を吐いて佐々崎さんは地面に座る。それに続くように、長瀬さんと結城も腰を下ろした。


 あの休憩以降、まるで今までの分を巻き返すように何度も戦ったからな。一気に疲労が蓄積されてしまったのだろう。他のグループも疲労困憊のようで、動くのも億劫だと言わんばかりだ。


 う~ん。この後、見張りもしないといけないんだけど、大丈夫か?

 全員グロッキーだぞ。



「はぁ、汗でベタベタして気持ち悪いわね」


「そう、だね。汗を流せるところがあれば……いいんだけど」


「あぁ、それなら近くに湖があるぞ」


「「っ!?」」



 俺の言葉に佐々崎さんと長瀬さんが勢い良く振り返った。

 そ、そんな過敏に反応しないでくれよ。怖いから。



「雨霧君! それは! 本当なの?!」



 怖い怖い怖い!

 目が必死過ぎて怖い!


 ていうか何でレイピアに手をかけてるのかな!?

 嘘だったら刺すつもりなのか!?



「あ、あぁ。そんなに遠くないところにあるよ。長瀬さん、地図を出してくれるか? あ、作成した方じゃなくて、ギルドから配布された方」



 彼女から地図を受け取り、俺はある場所に指を差す。

 そこは、前にセツナと一緒に落ちた湖がある場所だ。



「ここだ。ここに湖がある。そこそこの広さがあって、しかも安全区域(セーフエリア)だから魔物が近寄る心配もないからゆっくりできる」


「長瀬さん! 早速行きましょう!」


「う、うん!」



 佐々崎さんに手を引かれ、長瀬さんは少し戸惑ったような反応を見せたが、すぐに湖のある方へと駆け出して行った。



「……そんなに水浴びがしたかったのか」


「女の子だから、仕方ないのかもしれないね」



 呆然と二人の姿を見送った俺たちはそんな言葉を漏らした。



「仕方ない。こっちはこっちで夕飯の支度でもするか」


「そうだね」



 頷き合い、俺たちは準備を始めたが、そこで別グループの女子二人に声をかけられた。



「ねぇ、雨霧君。ちょっと聞きたいんだけど」


「ん?」


「佐々崎さんと長瀬さん、急いで走って行ったんだけど、何かあったの?」


「あぁ、水浴びに行ったんだよ」


「「水浴び!?」」



 女子二人が驚きの声を出す。

 あ、ヤベ。やらかしたかも。



「そんな場所があるの!?」


「ちょっと、それどこなの!? 教えなさい!」



 剣幕が凄かったので、俺はつい場所を教えた。それを聞いた二人はクラスメイトの女子全員にその情報をシェアし、全員で水浴びに行ってしまった。


 その場に残ったのは護衛の騎士たちと、クラスメイトの男子勢のみ。むさ苦しくなった状況下で、その状況を作り出した俺に男子たちは恨みがましい視線を向ける。


 あぁ、またヘイトが集まってしまった。



「……雨霧君」


「待て、結城! 俺は悪くない! あんな剣幕で聞かれたら答えるしかないだろ!?」



 だからそんな憐れんだ目で見ないでくれ!!

次話は十月七日に更新する予定です。

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