表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第2章 裏切られた英雄編
28/214

第27話 蠢く悪意

 



  ◇◆◇




 薄暗く湿気が酷い場所に私――リリア・メルキュール・オクタンティスはいた。光は壁にある松明の光くらいなもので、陽の光すら入らない。それは当然だ。ここはオクタンティス王国の王城の地下にある牢獄なのだから、陽の光なんて入りようがない。



「牢に閉じ込められて今日で三日、か」



 呟きながら私は自分に掛けられた武骨な金属の首輪を撫でる。【魔封じの首輪】と呼ばれるもので、装着者が魔力を練ろうとするとその流れを乱す効果がある。そのため、これを付けられると上手く魔術が発動しなくなるので、魔術師を拘束するのに必須の魔道具だ。


 これさえなければ、私の【召喚魔術】で召喚獣を呼び出して、ここから脱出することができるんだけどね。



「まぁ、掛けられたのが【奴隷の首輪】じゃないだけマシって考えるべきかしらね」



 主人の命令に従わざるを得なくなる【奴隷の首輪】を掛けられていたら、私はどんなに卑しい命令も聞くしかない。それこそ、目の前で裸になれと言われても従うしかなくなる。


 さすがに姫だから、遠慮したのかしら?


 第一王女を拘束している時点で、遠慮も減ったくれもないと思うけれど。



「テッドは大丈夫かしら」



 私の執事あり、当代のオクタンティス国王の執政を監視する組織、暗殺ギルド【隠れる刃(ハイド・ブレード)】に所属する一流の暗殺者でもあるテッド。


 私と一緒に捕らえられた彼は、私とは別の牢獄……しかもかなり離れた所に入れられたみたい。協力して脱走させないためだとは思うけど、念の入ったことね。


 首輪に這わせていた手を下ろすと、ジャラッと金属の擦れ合う音がした。私の左手に付けられた手枷からだ。手枷から伸びる鎖は出口の格子とは反対側の壁に繋がっている。長さは出口の格子にギリギリ届くくらい。


 格子の鍵を開けることができたとしても、手枷のせいで外に出ることはできない。とはいえ、そもそもこの手枷自体をどうにかしないと鍵も開けられないし、出られたとしても【魔封じの首輪】のせいでそう遠くまで逃げ切ることもできない。


 視線を下ろす。私の着ている服は、今まで着ていたような豪華なドレスじゃない。みすぼらしい襤褸で、囚人と変わりない。



「王女から囚人、か。罪を犯したわけでもないのに……」



 ボヤいていると、カツンという堅い足音がした。


 誰かが降りてくる。そちらに視線を向けると、ちょうど足音の人物が降りてきた。男性だ。その男性は格子の前に立ち、私の方を向く。手にはトレイがある。昼食を持ってきたみたいね。松明の火が逆光になって顔は見えないけど、誰かは分かっている。



「食事の時間ですよ、殿下」



 男は格子の隙間からトレイを差し込む。



「殿下は不要です。もう私は王女ではありませんから」


「はっはっはっ。これは異なことを仰いますな。この牢獄に捕らわれたとて、貴女はオクタンティス王国第一王女であることに変わりはないというのに」


「そう思うのならば今すぐここから出しなさい。今なら不問にします」


「お断りしますよ、リリア王女殿下。私にもやることがあるのでね。貴女に好き勝手動かれては困るのですよ」


「私を閉じ込め、一体何をしようと言うのです」


「それはまだ申せませんね。何事にもタイミングというものがございますから」



 飄々として掴み所がない。情報を聞き出そうにも、これは一筋縄にはいかなさそうね。



「しばらくは牢獄生活を送っていただきますよ。まぁ、ご安心ください。時が来れば貴女にも充分に役立っていただきますので」


「私が大人しく従うとお思いですか?」



 睨みを利かせて凄むけど、男性はクスクスと笑うを浮かべるだけ。



「そう強がっていられるのも今のうちですよ。すぐ言いなりになりますからね」


「ふん。そう上手くいくものですか。例えお父様の命で私を捕らえたとしても、勇者様がたが異変に気付きます」



 きっと、きっと誰かが気付いてくれる。勇者コウタ様が気付いてくれれば、他の勇者様たちを説得して助けてくれる可能性もゼロじゃない。


 それに彼――アマギリ様もいる。彼の場合は容易く助けようと行動してはくれないだろうけれど、それでも【召喚の巫女姫】という存在価値を理解してくれているなら、きっとその利用価値のためにも行動してくれるはず。



「夢を見るのは結構ですが、四十一人目の足手纏いを抱えている彼らはそう簡単に動けませんよ。まぁ、彼がいなくともまだまだレベルの低い勇者では何もできませんがね。あぁ、そうだ。貴女はあの四十一人目のことを大層気に入っているようでしたね」



 思い出したように言う男性に、私は嫌な予感しかしない。



「実は明日、勇者たちとあの四十一人目を連れてダンジョンに潜ることになりましてね」


「っ!?」



 嫌な予感は的中した。


 この男性の話から、アマギリ様がダンジョンから戻って来ているのは理解できた。おそらく周囲にも気付かれてはいないでしょう。けれど、まさかこんなに早くダンジョンへの演習が始まるなんて……!!



「これであの四十一人目は終わり。ダンジョンで召喚される予定の魔物によって殺される。とりあえずはこれでオクタンティス王国が【勇者召喚の儀式】に失敗したという事実はなくなる」


「馬鹿な。あのダンジョンは冒険者ギルド【アルカディア】によって管理されています! そう簡単に国の手の者を潜り込ませることなど不可能です!」


「そう。普通の手段ではアルカディアに管理されているダンジョンに、アルカディア側に知られることなく国の刺客を潜り込ませることなど不可能。ならば簡単です。普通じゃない手段を使えばいい」



 そう言って、男性は横にずれる。今まで気が付かなかったけど、男性の後ろにはもう一人いたみたいだった。暗くてよく見えないけれど、背格好からみて、恐らく私と同い年で性別は男性。


 ボウっと松明の火が揺れ、その少年の顔が光に照らされる。その顔を見た瞬間、私は信じられない気持ちで一杯になった。


 う、そ。そんな……どうして!!



「どうして貴方がここに?!」



 彼をここに連れて来たらこの男性の所業が露見することになる。それなのに連れて来るなんて一体何を考え、て……!?


 ちょっと、待って……もしかして……まさか!



「まさか貴方! その人を!」


「おっと、誤解しないでいただきたい。催眠や洗脳の類は使っていませんよ。私はちょっと後押ししただけで、決めたのは彼です。とはいえ、ここから出た時にはここでの記憶を消させてもらいますがね」


「そうだ。俺は、俺の意思で決めた。俺がダンジョンで召喚獣を呼び出す。そして雨霧阿頼耶(あのクズ野郎)を殺す」



 少年は男性の言葉を肯定する。彼の目はしっかりしていて、焦点も合っている。彼は彼の意思で行動してる。それが分かったからこそ、私は叫んだ。



「彼を殺してどうしようというのですか! 貴方は彼とご学友なのでしょう?! それなのに殺そうだなんて!」



 叫ぶ私に、しかし少年は動じない。



「クズを殺したところで誰も悲しまないだろ?」



 あり得ない。こんなことを言うなんて。


 地球という世界は、争いがない世界だと聞いている。彼らも当然、殺し合いの経験なんてない。それなのに、こんな簡単に「殺す」と口にするなんて。



「一体何をしたのですか!」



 男性に向かって問うが、男性は何でもないことのように肩を竦めた。



「ですから、言ったではないですか。私は後押ししただけですと」



 スッと、男性は格子に近付き、私にだけ聞こえるように口を開く。



「まぁ、彼は元々あの四十一人目に殺意を抱いていたようですからね。そこへ更に薪を焼べるだけで良かったので簡単でしたよ。平和ボケした地球の子供は馬鹿で助かります。疑うということを知らないのですから。彼らを呼んでくれたことに礼を言いますよ、リリア王女殿下」



 っ!?



「きっさまぁぁぁぁ!」


「おっと」



 手を伸ばして男性を掴み上げようとするが、彼はひらりと交わして格子から下がった。



「怖い怖い。女性を怒らせるものではありませんね。私はこれにて失礼させていただきますよ、姫様。次に会う時は四十一人目の死亡報告をする時でしょう」



 そう言い残して、男性は少年を連れて牢獄から立ち去って行った。


 まさか、こんなことになるなんて。

 こうなる前に、私はどうにかアマギリ様を外に出そうと思っていたのに。



「私は……一体、どうすれば……」



 誰もいなくなった牢獄で、私の声が虚しく響いた。

次話は九月九日に更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ