第22話 別れの時
連続投稿最終日です。
どうぞお楽しみください。
翌日の早朝。
俺とセツナは二人して、彼女が泊まっている宿の一室にいた。
昨夜はあの後、さすがに深夜に王城に戻ることなんてできないし、こんな時間に宿の店主を叩き起こして部屋を用意してもらうわけにもいかなかったので、そのままセツナと同じ部屋で夜を明かすことになったのだ。
……もちろん俺は床で寝ましたよ?
歳の近い女の子と同じベッドで寝るなんて、いくら【胆力Lv.5】を持っていてもそんな度胸はないからな。
まぁそれは置いといて。
今、俺と彼女は部屋の中心にあるテーブルを凝視していた。いや、正確にはテーブルの上に置かれている十個の金袋をだ。
「どうしようか、コレ?」
「どうしましょうか、コレ?」
顔を見合わせ、俺たちは同じ言葉を口にする。
何故こんなものが俺たちの目の前にあるのかと言うと、実は朝早くにセツナの元へギルド職員が来訪したのだ。どうやら俺が代償で苦しんでいる時にセツナが使い魔を放って事の次第をギルドに報告したらしく、その関係で訪れたようだ。
使い魔とは術者の魔力から生成された、生物の姿を模した魂を持たない魔力の集合体だ。術者によってその姿形は異なり、系統としては無属性魔術になる。
ちなみにセツナの使い魔の姿は金糸雀らしい。
それでそのギルド職員からこの金袋を渡されたのだ。金額は驚くことに一千万ユルズ。皇女であるセツナを内密に救ってくれたことと、ダンジョンコアについて貴重な情報を開示してくれたことに対する謝礼らしい。余談だが、その謝礼の一部として、俺のランクがC-3級からB-2級へ、セツナもE-3級からD-3級へ特別昇格した。エルダーリッチを倒すほどの実力がある冒険者がCランクのままだと問題があるらしい。
もうね。ただでさえ昨日から驚くことが多かったっていうのに、驚きの連続過ぎて驚くのも疲れましたよ。
まぁそんなこんなで、俺たちの目の前に一千万ユルズという大金が転がってるというわけだ。
「とりあえず……はい。セツナ」
「え?」
ズイッ、とセツナに金袋を八つ渡すと、彼女は目を丸くした。
「ちょ、先輩? これはどういう……」
「いや、今回の依頼で得た利益の二割を貰っただけなんだけど」
あれ? 一千万の二割だから、俺が貰うのは二百万で合ってるよね?
計算間違ってないよね?
「そうじゃなくて! これは先輩が頑張ったから得た報酬なんですよ!? それなのに私が貰うわけにはいきません!」
「けど、この金は今回の依頼で得たものだ。なら今回の件で得た利益っていうことになるから、セツナに八百万を渡すのが当然だろ」
そもそもそういう約束だったんだし。
「でも駄目です。貰うわけにはいきません。これを貰ってしまったら、私はどうやって先輩に恩を返せばいいんですか。ただでさえ、返すのが困難なほどの恩があるっていうのに」
……そんなことを気にしていたのか。
律儀と言うか生真面目と言うか。
まぁそういう所が好ましくもあるんだけど。
「金が目的でやったわけじゃないんだ。それに、これを受け取ってくれないと俺が約束を破ったことになる。そういうことはしたくないんだ。だから、頼むよ」
「う、うぅ。先輩は、ズルいです。そう言われたら、断れないじゃないですか」
そう言いつつ、彼女は渋々【虚空庫の指輪】に金袋を八つ入れた。
「けど、絶対に恩返しはさせてもらいますからね!」
「あぁ。楽しみしておくよ」
人差し指を突き付けて宣言するセツナに、俺は笑みを向けて頷いた。
さて、金欠だった俺たちの懐が温かくなったところで王都に出掛けた。セツナの旅支度の為に買い物をするためだ。俺はまだ王都に残らないといけないが、セツナは皇女。いつまでも他国の王都にいるわけにもいかないので、早々に出立しなければならないのだ。
「けど、ここから出るとして、どこに行くんだ?」
「とりあえずフェアファクス皇国内には入っておこうと思います」
「自国にいたら家族に見付かって呼び戻されないか?」
「辺境にいれば問題ありませんよ。それにもし領主や警備隊にバレても、皇族の私の命令が聞けないんですかって言えば良いんですから」
それはやめてあげようよ。可哀想だからさ。
「それはそうと、先輩。さっきから何をしてるんですか?」
セツナは俺の手元を見ながら問いかける。
ステータスウィンドウを開いて操作をしているのだが、【偽装】スキルでステータスを誤魔化し、更に【隠蔽】スキルで見えなくしているから、彼女からしたら空中で手を動かしているようにしか見えないだろう。
「ほら。さっきパーティ登録をしただろ?」
これは昨夜のうちに決めていたことで、俺とセツナは正式にパーティを組むことになった。だから買い物に出る前に、俺たちは一度ギルドによってパーティ申請を行ったのだ。
「そういえば、【念話】がパーティ間でのみ使えるようになるとか、パーティメンバーのステータスを閲覧できたりとか、一部スキルの共有化とかできるんでしたっけ」
「あぁ。せっかくだから、俺の持ってるスキルをセツナと共有しようと思ってな」
「その操作をしてたというわけですか」
頷き、俺は【偽装】と【隠蔽】を使っている状態でも見えるようにステータス閲覧機能をオンにしてセツナに見せる。
今までのステータスウィンドウは俺個人のステータスを一画面で表示していたのだが、パーティ登録をすると機能が拡張されるみたいで、新たに二ページ目が追加されていた。その二ページ目にパーティに関する情報が記載されている。
====================
所属ギルド :冒険者ギルド【アルカディア】
パーティ名 :未設定
パーティランク:Eランク
リーダー :アラヤ
サブリーダー :セツナ
所属メンバー数:二名
共有中スキル :
隠蔽Lv.8、偽装Lv.4、経験値倍化、成長率倍化
====================
さて、もうお分かりだろう。ここに表示されているように、俺がリーダーをやることになった。
どうして俺がやらないといけないのか問うと、彼女に「先輩よりランクの低い私がリーダーなんておかしいじゃないですか」と言われ、泣く泣くリーダーをすることになったのだ。
パーティ名の変更やメンバーの加入と脱退だが、これは自分たちが勝手にできるわけではなく、パーティのリーダーとギルド側で手続きをしなければならない。まぁ、個人で好き勝手に名前を変えたりメンバーを増やしたりしたら面倒なことになるからな。
このパーティ用のページだが、便利なことに『所属メンバー数』項目の数字をタップすると、所属メンバーの一覧が表示され、そこから更にメンバーの名前をタップすると、その人のステータスが表示されるようになっている。これがステータス閲覧機能で、相手が許可していないと見ることができない。
「【経験値倍化】と【成長率倍化】のスキルって、獲得条件も分かっていない、かなり珍しいスキルのはずなんですけどね。その恩恵に与れるなんて思ってもみませんでした」
「それでも、共有できるなら願ってもない。これがあれば、今まで以上にレベルもステータスも上がるんだからさ」
「それはそうなんですけどね。……何だか、先輩に会ってから自分の常識が紙屑になってるような気がしますよ」
はぁ、と疲れたようにセツナは溜め息を吐いた。
「常識なんてその時代が勝手に作ったものでしかないさ。世間一般がそうだからといって、自分もそうである理由はない。高みを目指すなら尚更な」
最低限守らなきゃいけないものはあるけど、道徳的に反しない限りは他人と違っていても良いと思う。それはつまり“個性”なんだから。
「つまり、常識をぶち破れと?」
「少なくとも俺はそうすべきだと思う」
俺からしたら、魔術なんてそれこそ常識外れの代物だ。それを扱うなら、常識なんてものは枷にしかならない。
「先輩の使う【魔力流し】や【身体強化】が通常と異なるのもそれが原因ですか?」
質問の意図を測りかねた。
どういう意味なんだ?
疑問に思っていると、それを察したように彼女が口を開いた。
「先輩の使ってる魔術って普通じゃないんですよ?」
「え? そうなの?」
確かに、術式に無駄があったからそれを省いて効率化させて、少ない魔力量で今まで以上の出力が出せるようにしたけど。それだけだぞ?
魔力流しに至っては、武器の芯に浸透するように意識して流しただけなんだけどな。
それを話すと、彼女はポカンとした表情を浮かべた。
「術式に手を入れるなんて、そんなことをしてたんですか!?」
「うおっ!! な、何だよ。そんなに驚くようなことか?」
「当たり前ですよ! 今ある既存の術式は、先人たちが長い年月をかけて作り上げた……言ってみれば完成された術式なんですよ!? それなのに手を加えて少ない魔力量で今まで以上の威力が出るように効率化した!? 魔術業界に喧嘩を売ってるようなものですよ!!」
「えっ!? あれで完成された術式なのか!?」
あんな無駄ばかりの術式で!?
むしろ術式を敵に読まれないために無駄な処理を入れているのかと思ってたぞ。
「ちょっと先輩の【身体強化】の術式を見せてください」
言われて俺はステータスウィンドウを閉じ、手のひらを上に向けて【身体強化】の魔法陣を展開する。彼女も同じように【身体強化】の魔法陣を展開して、俺のと見比べる。
「ここと、ここ。わっ、こんなところまで削ってる!? ……え? ここも!? こんなに削っても起動するんですか」
何だか術式を見比べて驚いている。
まぁ、仕方ないと言えば仕方ないのかな。
何せ無駄を削りに削りまくって、今じゃ前よりも半分くらいの規模の術式に仕上がってるからな。そのせいで展開されている魔法陣も、彼女のものより一回りも二回りも小さい。
「今まで誰も手を加えようとは思わなかったのか? それなら、魔術師ギルドはどうやって魔術を研究してるんだ?」
「私もそこまで詳しいわけじゃありませんけど、魔術には基盤となる術式があって、それを基に後付けで新しい式を組み込んで魔術を創造したり、基盤となる部分を除いた箇所を見ることで解析したりといった方法で研究を行っていると聞いたことがあります」
つまり、その基盤となっている術式自体に無駄が多いから、どの魔術にも無駄が多いんだな。
「これも、先輩が英雄の子供だからできたことなんでしょうか?」
「いや、それは関係ないと思うな。【身体強化】の術式を効率化したのはステータスが解放される前のことだったし」
「ということは、おかしいのは先輩自身ということですね」
「人を異常者みたいに言わないでくれるかな!?」
そうこうしている間に店に着いた。
ライナー武具店。
武器や防具を取り揃えている、この王都でも一番の品揃えと品質を誇る店だ。
「先輩の着ていた服もボロボロになっちゃいましたからね」
セツナの言うように、俺の着ていたこちらの世界の服は昨日の戦闘で血塗れのボロボロ。とても着れたものじゃない。代わりに今は地球で俺たちが通っていた高校の制服を着ている。さすがにこの姿だと目立つからな。何着かこちらの服が欲しい所だ。
そして彼女も、マントも革鎧も使い物にならなくなったから装備を整えるらしい。
店内に入ると、豊富な品揃えに驚いた。
壁一面に剣や銃、斧、槍、楯などの武器防具や、全身鎧なんかもあった。よく見れば、服や回復薬もいくつかあるみたいだ。
これは、凄いな。
噂には聞いていたが、想像以上だ。
「セツナも防具とか揃えた方が良いよな」
店内を見渡しながら口にすると、彼女は頷いて肯定した。
「さすがに、ガチガチに固めるのは嫌ですけどね」
「となると、最低限の防具がいいか。……この軽装鎧とかはどうだ?」
展示されていた防具の胸当て部分を彼女に渡してみたが、セツナの表情は芳しくない。
「んー……物は悪くないですけど、ちょっと重いですね。できればもっと軽いのがいいです」
「そっか。セツナは軽いから、これくらいの重量でも重しになるのか」
「そこはかとなく馬鹿にしてませんか?」
「そんなことないよ。はっはっはっ」
朗らかに笑って誤魔化し、他を物色する。
とはいっても、さっきのより軽いのとなるとそうそうないみたいなんだよな。
何が良いだろう。
鎖帷子とか?
それかやっぱり革鎧?
軽さを求めるならその辺りになるかな。
「先輩、この服とかどうですか?」
「ん?」
呼ばれて振り返ってみると、彼女は黒の色合いを基調した服の上下と、これまた真っ黒のコートを持っていた。
「それ、男物じゃないか」
「はい。先輩にどうかなって。極夜さんと合わせて黒で揃えてみました」
ふむ。黒は好きな色だからな。
それにデザインも派手過ぎず、実用性重視で余計な飾りがないのも良いな。
せっかくなので、試しに試着室で着てみた。
「……うん。やっぱり先輩は黒が似合いますね」
試着室から出たところで、セツナにそう言われた。
う~む。美少女から似合うと言われると、悪い気はしないがこそばゆく感じる。
「にしても、このコートって防具なんだな」
そう。実はこのコート、ただのコートじゃなくて付与魔術が施された魔道具だった。【鑑定】スキルで見てみると【防御力向上(中)】という結果が出たんだが、これは簡単に言うと普通の服よりも頑丈ということだ。
服に【防御力向上(中)】を付与すれば革鎧並の防御力になるが、元々防御力の高い金属製の鎧に付与すればそこから更に防御力が上がる。
俺の戦い方は速度重視だからな。コートのそれと同じ質感と重量で高い防御力を持っているなら、随分と助けになってくれそうだ。
さすがにこんな物をクラスメイトたちの前で着るわけにはいかないから、【虚空庫の指輪】に仕舞っておかないといけないけど。
「物も良さそうだし、これにするかな。……それで、お前の手にあるそれは?」
「これですか? これは私の分です」
ちゃっかり自分の分の装備まで確保していた彼女はそれを広げて見せる。
持っていたのはコートだった。それ自体は別にいい。黄金色の髪に良く映えると思うし、よく似合うことだろう。だが、問題はそこじゃなかった。
「俺に渡したコートと同じデザインじゃないか」
ちゃんと女物のコートであったが、セツナが広げたコートは俺が着ているものとほとんど同じデザインだった。
「そっちのコートと同じで【防御力向上(中)】が付与されていますから丈夫ですし、黒だから汚れが目立たなくて良いですよね。どうです? 似合いますか?」
「いや、似合うと思うけどさ」
「ふふふっ。そうですか。似合ってますか」
自らの体に合わせて問うセツナに答えると、彼女は嬉しそうにニコニコ笑ってみせる。
……そこまで嬉しそうにされると、何も言えなくなる。
彼女はあまり、お揃いだとかそういうのは気にしないのかもしれない。
気にしてた俺の方が馬鹿みたいだ。
満足げに笑顔を絶やさないセツナは、武器のコーナーへと足を運んだ。
さすが王都でも一番の店だけあって、武器の品揃えも良かった。【鑑定】スキルで確認したが、魔法剣なんかもいくつか取り扱っているようだ。
うあ~、気になるなぁ。じっくりたっぷりと観察したい所なんだが、今はセツナの方を優先だな。俺のはまた今度にしよう。
刀剣類のコーナーから視線を切ってセツナの方を見ると、彼女は壁一面に飾られているいくつもの魔法銃を見詰めたままピクリとも動かない。
「セツナ? どうしたんだ?」
「……ふへへっ」
何か欲しい物でも見付けたのかと思って声を掛けたのだが、返って来たのは笑い声だった。ただ、様子がおかしい。いつもは控えめな笑い方をするのに、今のは何て言うか、変態的な下品な笑い方だった。
「さすが、王都一番のお店です。素晴らしい魔法銃が揃っているじゃないですか!!」
「っ!!??」
な、何だ!?
このテンションの上がりようは何だ!?
明らかにいつものセツナとは違うぞ!?
セツナの変貌に戸惑っていると、彼女は手近にあった魔法銃を手に取って熱を帯びた声音で言葉を紡ぐ。
「あぁ! これは魔力装填に時間はかかりますが一発の威力が強い【イグナシオ】じゃないですか! それにこっちの銃身に魔術のエングレーブが刻まれた魔法銃は【プロンプト32】!? この魔法銃なんてチェリッシュ工房製のグリップが使われてるじゃないですか! あそこの工房って注文が一年待ちなのに!!」
この熱の入り用に、変に深い知識量は……まさか、そうなのか?
セツナって……銃オタクなのか!!
ま、マジかよ。え? ここに来てまさかの銃オタ発覚?
意外にも意外なセツナの趣味嗜好に呆然としていると、彼女は俺の方に駆け寄り、展示されている魔法銃を指差す。
「先輩、先輩! 見てください! こんなに沢山、一級品の魔法銃がありますよ!」
キャッキャッとまるで子供のように騒ぐセツナ。
なんだろう。すっごく充実してるみたいだ。
まぁ、気持ちは分かるけどね。俺も刀剣とか大好きで、地球にいた時もよく刀剣美術館に行ってたりしてたから。
「やっぱり魔法銃は良いですよね。撃鉄の音に硝煙や油の臭い、撃った時の反動なんてゾクゾクします」
熱を持った息を吐きながら体を抱き締めてクネクネしないでほしい。
「まさかセツナがオタクだったとは」
「むっ。失礼な。オタクじゃないです。ちょっと魔法銃が好き過ぎて魅力を感じているだけです」
「それをオタクって言うんだよ」
はぁ、と溜め息を吐く。
「ほら。早く弾薬を見てこい。魔法銃を買う予定はないだろ?」
「それはそうですけど、ちょっと目移りしちゃいます」
「駄目だ。弾薬を見てこい」
「むぅ。はーい」
頬を膨らませながらも目元はどこか楽しんでいるように見えるセツナは銃本体のある所から弾薬の方へと足を進めていった。
『懇願。マスター、私用の剣帯も購入下さると助かります』
「うおっ!?」
ビックリしたぁ!
いきなり話し掛けるなよ、極夜! ビックリするだろ!
唐突に声を掛けてきた極夜に思考をぶつけて文句を言う。
極夜に対してパーティ間の【念話】は使えなかったが、こちらの思考を極夜が読んでくれるので声に出さずとも対話はできるのだ。
まぁ、【虚空庫の指輪】の中に入れた状態でも会話できるとは思わなかったけど。
『謝罪。申し訳ありませんでした。しかし、これは私とって大事なことですので』
ま、確かに剣帯は必要だな。今持ってる奴は規格が合わないし、買ってやるよ。
『感謝。ありがとうございます、マスター。……時にマスター』
ん? 何だ?
『セツナ様とデートを楽しむのは結構ですが、ちゃんと避妊はするように』
どういう思考回路してたらそんな方向に想像が飛躍するんだよテメェはぁぁ!!
極夜の戯言にペースを乱されつつも、どうにか買い物が終わったのは昼を少し回ったくらいの時間だった。
昼食を食べ終えた俺たちは王都の東門に向かう。こういった門には隣の町に行くための定期便の馬車がいるのだ。さすがにフェアファクス皇国までの直通便なんてないが、近くの村までの便ならある。そこから更に馬車を何度も乗り換えて行って、ようやくフェアファクス皇国に着けるらしい。
道中、俺とセツナは無言だった。けれど、気まずさがあるわけじゃない。また会える。お互いにそのことが分かっていたから、悲壮感なんてものもない。
ただ何となく、この無言の時間も悪くないと感じていた。
しばらく歩いていると、東門に着いた。どうやら馬車の発車時間には間に合ったようで、東門には旅客馬車が停まっていた。
自身が乗る馬車の近くまで移動したセツナは反転して俺の方を振り返る。
「よく考えれば、何だかんだで先輩と一緒にいたのって、たったの五日だったんですよね。もうずっと長く一緒にいたように感じます」
「密度が濃かったからな。俺も、何ヶ月も一緒にいたように思うよ」
ダンジョンに潜って多くの魔物と連戦。
そしてエルダーリッチとの生死を掛けた戦い。
たった五日。ダンジョンに潜っていただけの日数で数えると三日。それだけの日数でしかなかったけど、内容は充分に濃いものだった。
「そろそろ出発しまーす。ご利用の方は急いで乗ってくださーい」
御者台にいる男性が声を張り上げる。
それを聞きつつ、俺たちは改めて目を合わせる。
「先輩。改めてお礼を言います。私の呪いを解いてくれて、私のために命を懸けて戦ってくれて、本当にありがとうございます」
「良いさ。俺としても得る物はあったからな」
自分の出自とか。制限されていたステータスが解放されたりとかな。
かなり驚いた内容だったけど、どれも俺にプラスになるものばかりだった。損なんてしていない。
それに何より、セツナの呪いを解くことができたっていう実績を残せたしな。
発車時刻が近付いているようで、ちらほらと人が馬車へと入っていくのが見えた。
「先輩、ちょっとだけ目を閉じてくれますか?」
ん? はて? どうして目を?
そろそろ乗らないと、乗り遅れてしまうのだが。
まぁ、ここで「何で?」と問うても無駄に時間をかけるだけか。
疑問に思いつつも、俺は彼女に言われたように目を閉じる。すると、ふわりと仄かに甘い香りがしたと思ったら、俺の頬にしっとりと柔らかい何かが触れた。
え? こ、これって!?
「っ!?」
驚いて目を開けると、かなり近くに頬を紅潮させたセツナの顔があった。
「お礼です。唇の方が良かったですか?」
「なっ!? ば、おま……っ!」
「ふふふっ。冗談ですっ」
いたずらな笑みを浮かべたセツナがすたこらと馬車に乗り込むと、まるで見計らったように走り出す。馬車はグングン進んでいき、門を抜けようとする。
「また会いましょう、先輩!」
馬車から身を乗り出して手を振るセツナの姿が見える。
門を抜け、姿が見えなくなるまでセツナは手を振り続けていた。
その姿が完全に見えなくなった所で、俺はポツリと呟く。
「最後の最後で、手玉に取られたなぁ」
まったく。油断も隙もない奴だ。
気付かぬうちにキスされた頬に手を当てていた俺は、気を取り直して踵を返す。
向かう先は勇者たちがいる王城。
さて、セツナと再会するためにも、残った問題を片付けるとしようか。
第1章 名も無き英雄編 完
連載開始から一年以上経ちましたが、第一章完結です!
何だかんだでよく続いたと思います。
で・す・が! もちろん! まだ! 終わりません!
むしろ話としてはこれからなので!
二章、三章と、まだまだ続けていきますよ~!
なので、引き続き【異界渡りの英雄】をお楽しみください!
よろしくお願いします!
 




