第183話 魔族の術式
Q.どうして更新頻度がそんなに遅いの?
A.『夏バテ』『仕事』『そもそも日常パートは苦手』というトリプルパンチで全然執筆が進みませんでした。本当に申し訳ないですm(__)m
魔族には独自の魔術方式が存在する。
属国であるヤマトを除けば魔国領は閉鎖的な国であるため、その術式を知る術はないに等しい。
だからこそ、『魔道の申し子』と呼ばれるほど破格の才能を有するセツナでも、自身を呪った魔術を解除することができなかった。もしも少しでも知っていれば、彼女ならその才能を遺憾なく発揮して自力で解呪することだってできただろう。
そして、セツナの事件がまだ完全に解決してはいない以上、また同じようなことにならないとも限らない。もしもの時に備えるためにも、このチャンスは不意にできない。
袖で口元を隠して考える素振りを見せた燈依さんは言う。
「なら教えるんは俊臣が一番やな。俊臣、教えたって」
「承知しましたぞ、燈依様」
燈依さんの指示に俊臣さんは頷きを返し、セツナへ魔族の魔術の指導を始めた。俊臣さんの言葉を拾って取り出した紙にペンを走らせる。セツナが時折り質問を投げては俊臣さんが答えるが、交わされる言葉に専門用語が多過ぎて内容の半分も理解できない。
俺もアレンジなら得意なんだが、さすがに一からとなるとな。魔族の術式だから初めて聞く単語もあるだろうに、一を聞いて十を知るどころか一を聞いて百を理解して千に発展させる勢いだ。
その様子に感嘆の息を漏らす燈依さんがこちらを見たので、俺は肩を竦めてみせた。これくらいはいつものことだ。彼女の魔術工房に行ったら、もっと凄い魔術の論文やら走り書きした術式のメモなんかが保管されている。
「実はずっと気になっとったんやけど……三人とも、ウチに対して緊張はしとっても警戒はしとらへんかったね」
あぁ、まぁ公にされている聖戦の情報だけなら、普通は警戒するか。
「ティターニア陛下から、色々と聞いているので」
ちなみに、新しく加入した椎奈、テオドール、テレジアさんの三人にも聖戦の真実は伝えてある。
俺の言葉に燈依さんは納得するように頷く。
「やっぱそうなんか。デュランダルを持っとるんやし、五〇〇〇年前の真相を知っとっても不思議やあらへんなって思うてん」
「その口振りだと、そちらも知っているみたいですね」
魔族側、というか魔王側がそれを知っているかは分からなかった。なにせ歴代の勇者たちが聖戦の真実を知らなかったわけだからな。魔王側だって代替わりしているから、知らない可能性もあった。
けれどこの様子だと魔王側も聖戦の真実は知っているようだ。ただ、そうなると気になることがある。
「汚名を着せられていることに対して不満はないんですか?」
普通は、あらぬ罪を着せられたら恨むところだろう。それこそ、他種族たちに対して憎しみをぶつけてきても不思議ではない。
「聖戦が終わってすぐの頃にはあったみたいやな。せやけどすぐに諸悪の根源は邪神教やってなって、魔族全体で意識統一してん。まったくのゼロとはいかんけどな」
そう言って、燈依さんは紅茶を一口飲んで喉を潤す。
「そもそも、魔族は他の種族がおってくれんと困る種族やし」
「と、言いますと?」
「程度の差ぁこそあんねんけど、魔族は他の種族に寄りかかって生きてん。悪魔は契約を交わすことで力を発揮するし、ウチら妖も化かしたり悪戯したりして己の存在を誇示しとる。……あぁ、生きるために同族以外の血がいる吸血鬼や精気がいるサキュバスなんかは顕著やね」
そういえば、と彼女の言葉に反応したのはクレハだった。彼女は三つ編み一本結びにした素鼠色の髪を揺らして言う。
「妖怪は普通の交配でも数を増やしますが、もう一つ、人々が何かに『畏れ』を抱き、どんな存在なのかを定義され、名付けられることで存在を得ると聞いたことがありますわね」
「そうや。せやから、ウチみたいに種族名やのうて固有名を持っとる妖はもっと力が強化されるんやけど、低級の妖なんかは下手に名付けられると『名前負け』して消えてまうんや」
消えるって……そんな恐ろしいことをサラッと言わないでほしい。つまり人の恐怖心が生み出した意志を持つオカルト、というわけか。
「まぁそういうわけで、魔族は他の種族がおらんといろいろと困るから、下手に戦争を仕掛けたりせぇへんねん。個体数が減ったらそれだけウチらが困るしなぁ。まぁ、中には『んなもん関係あらへん!』って輩もおるけど」
「『戦鬼』羅門がそうだった、と?」
「う~ん。あれはちょっと違うやろな」
「え? そうなんですか?」
てっきり羅門は汚名を着せられたことに反感を抱いて、魔族を敵視している他種族に戦争を仕掛けたのだと思ったけど、どうやら違うらしい。
「先代は好戦的でなぁ。邪神教徒に唆された部分もあるんやけど、それを抜きにしても戦うのが好きな御方やったから、『強いヤツと戦いたい。異界勇者が召喚された? なら戦いに行こう』ってな具合で戦争を吹っ掛けてん」
そんなちょっと買い物に行くみたいなノリで戦争を仕掛けたのか!? 邪神教徒の口車に乗せられたのだとしても傍迷惑なヤツだなぁ!!
「ともあれ、魔族は他種族を必要としている、と」
「せやね。これは天族にも言えることでな。アイツらは守ること、祝福すること、導くことを生きがいにしとる種族なんや」
なるほどな。それとさらっと流しそうになったけど、別の大陸にいるにも拘わらず羅門は異界勇者が召喚されたことを知った口振りだった。まぁ、魔王にとって邪神教はもちろんのこと、勇者だって警戒対象だからな。知る術があっても不思議ではない。どんな手段で知っているのかは分からないけど。
……もしかして、今代の異界勇者のこともすでに知っているのか?
訊きたい気もするけど、さすがにそれは機密扱いだろうから俺は訊かないことにした。
対談は滞りなく終了し、燈依さんたちは宿泊しているホテルに帰って行った。一晩泊まって、明日帰国するらしい。
そして、対談を終えた俺たちは屋敷にある図書室に来ていた。扉を開けて中に入れば、壁と室内に等間隔に並ぶ本棚と、そこに収められている大量の本が広がる。全体的に茶色の落ち着いた雰囲気で、漫画や小説なんかで出てきそうなファンタジーな内装だ。
パーティメンバーが思い思いに本を置いているので、ここにある本の種類は雑多だ。小説や歴史書もあれば、武器や防具に関する資料や魔導書もある。
「ビブリア、いますか?」
セリカがそう声を掛けると、本棚の間から宙に浮いて移動する女性が出てきた。
日焼けした紙のような茶色の波打つ長髪に黒と灰色のゴシックドレスに丸眼鏡を掛けた彼女の名前はビブリアと言い、セリカと契約を結んでいる土の亜種上位精霊『本精霊』だ。この図書室に棲み付き、管理している。
この屋敷には彼女のようにセリカと契約を結んだ精霊が沢山棲み付いており、例えば庭の噴水にいる水精霊は水を浄化し、テオドールの畑の近くにいる樹精霊は時折り作物の面倒を見て、暖炉の中にいる火精霊は火の世話をしている。
屋敷の中を歩けばどこかで精霊の姿を見掛けるような状態だが、先ほどまで燈依さんたちが来ていたのでセリカが下がらせていた。今は燈依さんたちも去ったので、こうして姿を見せているわけだ。
自らの契約主であるセリカに呼ばれたビブリアは彼女に近寄ると、傍に浮いていた一冊の古書を前に出して開いた。パラパラパラと物凄い勢いでページが捲れたと思ったら、開かれたページにインクを垂らしたように文字が滲み出る。
『本をお探しですか?』
ビブリアは声を出して話すことはできないが、代わり彼女の本体であるこの古書で文字を浮かび上がらせることで会話をすることができる。
「いえ、今日はこの本を登録してもらいたいのです」
言って、セリカは一冊の本を差し出した。しっかりとした革の装丁をしたこれは、先ほどの会談でセツナが魔族特有の術式を書き出したものを本にしたものだ。どうしてさっきの今で紙束から本を一冊作り上げることができるのかというと、【魔導書作成】というスキルをセツナが新たに獲得したからだ。
魔導書を幾度となく作っていると獲得できるらしい。昔から魔導書――というか魔術のレポートを書き続けていたから獲得できたんだろう。
ちなみに、こういう魔導書はレポートとは違って、悪用を防ぐために専門用語のみならず難解な暗号で綴られているのが常だ。その暗号の方式は筆者によってまちまちで、しかも初級、中級、上級、最上級と上がるとその分だけ解読の難易度は跳ね上がる。
なので、魔導書によっては未解読のまま放置されているものもあるらしい。
『登録ですね。分かりました』
古書にそう綴るとビブリアは古書を閉じて、それを魔導書に触れ合わせる。すると今度はセリカが精霊文字で記された魔法陣を展開し、術式名を唱えた。
「――【本の録】」
すると途端に二冊の本が淡い光を放ち、しばらくすると光は何事もなかったかのように収まった。今のはビブリアの本体である古書に書物に関する情報を記録する魔術で、こうやって彼女はこの図書室に何の本がどこにどれだけあるのかを詳細に把握しているわけだ。
ちなみに俺が以前、S-2級冒険者『剣聖』であり、同時に俺が使う流派の夜月神明流の開祖でもある夜月千歳から貰った極伝の指南書も登録されている。
そういえば、指南書は古い時代の文字で書かれているから読めなかったんだよな。あらゆる言語を聞き取って話せる【言語理解】スキルも文章だけは読めないから、こういう時は本当に不便だ。
指南書を読むためには解読しないといけないが、まぁそれは極夜に頼めばすぐだろう。
『……………………』
何だか極夜から咎めるような意識を向けられている気がするが、かといって千歳さんに聞きにヤマトへ行くわけにもいかないので、まずは極夜の説得から始めることにしよう。




