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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
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第181話 御旗の聖女様は苦労人

 スルピキウス公爵領で起こった疑似『氾濫(スタンピード)』が終息して事後処理が始まった頃。


 フレネル辺境伯領カルダヌス支部の支部長をしているラ・ピュセルは支部長室で書類作業をしていた。かなりの仕事量であるが、もう何年もやっているので慣れたものだ。


 カリカリカリカリと書類に万年筆を走らせる音がしばらく鳴り続けると、ラ・ピュセルは万年筆を置いてインクを乾かしてこの世界の公用語であるユルド語で『決済済み』と書かれた書類トレイに入れた。



「はぁ~、やぁっと終わりまシタ~」



 ググッと手を組んで体を前に伸ばして緊張を解す。


 、かつてはS-3級冒険者として名を馳せた『御旗の聖女』だというのに、こうも事務処理ばかりしていると体が鈍ってしまう。


 仕事も一区切りついたので休憩しようと立ち上がり、戸棚に置いてあるアロマポッドを手に取る。それは阿頼耶がアルフヘイムに行ったお土産にとラ・ピュセルにあげたものだ。



「せっかくですし、これを使いマスカ」



 アロマポッドを壁際の空いたスペースに置き、ラ・ピュセルは初級の水属性魔術【流水(アクア)】で受け皿に水を七分目まで注ぐ。次にアロマオイルが入った茶色の瓶を取り出せば、それを数滴ほど垂らして、今度は初級の火属性魔術【火炎(フレイム)】でキャンドルに火を灯してキャンドルホルダーにセットした。


 少し待つと、ふわりと香りが広がる。ラベンダーの香りだ。鼻から目一杯吸い込んで口から吐くと、ラ・ピュセルは満足そうな顔をして椅子に座り直して淹れていた紅茶を飲む。



(阿頼耶君のお土産、良質なものを使っているみたいデスネ。いい香りデス)



 それに、とラ・ピュセルは手元のティーカップに視線を移す。きめ細やかな手触りに透明感のある白磁に塗られた鮮やかな藍色が見事な一品だ。地球でいうところの有田焼に酷似したこの磁器も阿頼耶のお土産で、ヤマトに行った際に時間を見付けて買った物だ。



「ギルド職員たちにもヤマト特産の羊羹を渡していたようデスシ、意外とマメな子デスヨネ~」



 ただの異世界人かと思えば実は救世主の息子だったり、ギルドの低ランクの依頼を片っ端から片付けたり、一人でもその存在が知られたら騒ぎになるほどの稀少な存在を三人も仲間にしたりと面倒事が絶えないが、こうやって気遣いを見せるのだから困った者だとラ・ピュセルは苦笑を浮かべる。


 正直な話、何だかんだ彼女も助かったのだ。ゴブリンのような最弱の魔物の討伐や下水道の掃除のような雑務依頼は労力のわりに報酬が安いせいで誰もやりたがらない。だからそのまま放置される。



(仕方なくはあるんデスヨネ。ゴブリン退治の依頼を出すのは大抵が小さな村で、でもそんな村で充分な報酬が用意できるわけもナイ。下水道掃除の依頼に関しても、処理にかかった費用や人件費などで報酬が決まりますが、臭いやら汚れやらの酷さを考えるとどうしてもマイナスに傾いちゃいマスカラ)



 他の塩漬けとなっている依頼も似たような理由で誰も手を出さない。報酬を上げればいいのだが、そう簡単に上げることができないのもラ・ピュセルは理解している。


 だから、高い実力を持ちながら提示された報酬で依頼を受けてくれた阿頼耶には、ラ・ピュセルもギルド職員も依頼主も感謝しているのだ。


 もちろん、同僚の冒険者たちも感謝している。でなければわざわざAランク昇格の嘆願書なんて用意しない。



「まぁ、だからと言って面倒事をちょくちょく持ってくるのは止めてもらいたいデスケド」



 一応、釘は刺しておいたから大丈夫だろうと考えて休憩を満喫していると、コンコンコンと三回ドアがノックされた。



「どうぞ」



 失礼します、と入ってきたのは真っ白なウサギ耳が特徴的な受付嬢、レスティだ。



「支部長。スルピキウス公爵領ガルス支部のドミニク支部長からお手紙です」


「ドミニクさんからデスカ?」



 手紙を受け取ったラ・ピュセルは訝しげに顔を顰める。


 隣領というのもあってドミニクと交流はあるため、こうして手紙のやり取りくらいはするが、送られてきた手紙はギルド内で公的な手続きや処理に使用される公式の便箋だ。


 カルダヌスの支部長である彼女は、同時にフレネル辺境伯領にある各支部を取り纏める担当統括官でもある。それはドミニクも同じで、彼もガルスに支部長であると同時にスルピキウス公爵領の担当統括官だ。


 そのため、担当統括官同士ということもあって公的な手紙を使ってやり取りすることもあるが、それも月に一度行われる各領の担当統括官を集めた定例会議に関わる事前の打ち合わせくらいのものだ。


 だが今月の定例会議はまだ先であるため、ラ・ピュセルはドミニクがそれ以外で公的な手紙を寄越す心当たりがなかった。



(そういえば、スルピキウス公爵領の領都ガルスには阿頼耶君たちが行っていたはず……)


「……………………まさか」



 何だか嫌な予感がした。


 手紙を開いて中身を確認する。公的なものだから内容は随分と遠回しに書かれていたが、要約すると『ガルスで疑似的な「氾濫(スタンピード)」が起こった。そちらを拠点に活動している冒険者パーティ「鴉羽」にも協力してもらい、被害は軽微で済んだ。ただ、一番活躍した阿頼耶君についてだが、Aランク相当の実力を持っているのにBランクのままなのはどういうことなのか説明してほしい』といった内容だった。



「……………………」



 あの野郎またか、と言いそうな雰囲気でラ・ピュセルは頭を抱えた。



「し、支部長? 一体どうされたのですか?」



 恐る恐るといった調子で聞いてくるレスティに、ラ・ピュセルは手紙を見せた。それに目を通すと、レスティは「うわぁ」と何とも言えない顔をした。



(さすがにデュランダルは使わなかったみたいですから、彼が救世主の息子だということまではバレなかったようデスネ)



 もし知られていたら、ラ・ピュセルを通さずそのままギルドマスターに報告されていただろう。そして呼び出されて直接説明を求められていたはずだ。


 冒険者ギルド『アルカディア』のトップに立つギルドマスターはラ・ピュセルとは違って元Aランクの冒険者であり、ラ・ピュセルとは顔見知りの仲だ。ギルドマスターは話の分からない人物ではないのは良く知っており、きちんと説明すれば分かってくれるであろうことは容易に想像できる。


 だが転生して間もない頃、右も左も分からず困っていたラ・ピュセルの面倒を見てくれた人物であるため、あまり迷惑をかけたくない。


 そう考えると現状はまだマシなのかもしれない。


 とはいえ、今度の各領担当統括官定例会議では議題に上がるだろう。そうなったら、いくら規程で依頼の達成数を満たしていなかったから昇格を留め置いていたとはいえ、他の担当統括官たちからはネチネチと嫌味を言われそうだ。


 過去に地球で権力者たちからの尋問を口で負かした経験があるとは言っても、すごく面倒臭いことに変わりはない。



「んもおおおおッ!! こうならないためにあれほど自重しろと言ったのに、全然自重してないじゃないデスカアア!!!!!!」



 阿頼耶君のアホォォ!! と執務室にラ・ピュセルの絶叫が響いた。








 所変わって、スルピキウス公爵領の領都ガルス。疑似『氾濫(スタンピード)』も無事に乗り越え、今は事後処理として魔物の死骸を運んでいた。阿頼耶たち『鴉羽』も他の冒険者や騎士たちに混ざって作業をしている。



「固定できた。行ってくれ」


「よしきた、任せろ!」



 倒した魔物を荷台に乗せて固定した阿頼耶が合図を送れば、冒険者の一人が荷台を引いて行った。ギルドが保管している未使用の『虚空庫の指輪』を輸送のために臨時で貸し出してはいるのだが、数が数なだけにそれだけでは足らず、こうして荷台を持って来ては随時運び出している。


 少し離れた場所では私兵の護衛に囲まれてギルド職員と共にヴァレンタイン公爵家の令嬢、ヴァイオレット・ヴェラ・ヴァレンタインも作業に参加していた。彼女は収納系ユニークスキル【ストレージ】を持っているため、それを活用して輸送している。ギルド職員がいるのは何をどれだけ【ストレージ】に入れたのかを記録するためだ。


 彼女のおかげもあって作業時間は大幅に短縮されているが、それでも全ての作業が終わるにはまだまだ時間がかかるだろう。


  次の作業に移ろうとすると、ふと一瞬だけ影が阿頼耶の頭上を横切った。何だろうと顔を上げて見ると、少し高い位置で一羽の白いハトが阿頼耶の周りを旋回していた。



「ラ・ピュセル支部長の使い魔?」



 白いハトから発せられる魔力から主が誰かを察して声に出せば、ハトは阿頼耶を目掛けて急下降し、彼の肩に止まる。嘴には手紙が咥えられており、どうやらこれを届けに来たようだ。



(一体何だろう? わざわざ速達で送ってくるくらいだし、よっぽど急ぎの用事なんだろうけど…………ん? でもこの便箋、ギルドで使われている公式のものじゃないな)



 個人的なもの、しかしそれでも良質な紙を使っていそうな手紙を受け取って目を通す。内容はあまり長くなく、こう書かれていた。



『ガルスでは随分と活躍したそうですね。ドミニク支部長から聞きましたよ、何でも疑似「氾濫(スタンピード)」を終息させたとか。えぇ、それはそれはBランク冒険者とは思えないほどの働きだったと聞いていますよ』


(あれ? これ、何だかヤバそう?)


『帰ったらじ~~っくりと話を聞かせてもらいますから、覚悟していなさい』


「ひいぃぃ!? 支部長めっちゃ怒ってるうう!?」



 疑似『氾濫(スタンピード)』を終わらせた英雄とは思えないほど情けない叫び声に、『鴉羽』のメンバーたちは揃って苦笑を浮かべたのだった。

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