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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第1章 名も無き英雄編
21/214

第21話 意図せぬ救済

ブクマ数が80越え。

いやはや、読者の皆様には頭が上がりませんね。


今月は二日連続投稿です。

ちょっと頑張りました。

どうぞお楽しみください。


今話の文字数が一万字を超えたという不思議

 



   ◇◆◇




 ぼんやりとした意識の中、風に乗ってきた仄かに甘い香りに鼻腔をくすぐられ、俺――雨霧阿頼耶の意識は浮上した。


 ここはどこだろう。

 どこかの部屋みたいだが、見覚えのない天井だ。

 少なくとも、王城にある俺の部屋じゃない。


 何が、どうなったんだっけか?


 確かエルダーリッチを倒して、けれどドロップアイテムは出なくて……あぁ。下層に行こうとして気を失ったのか。ならセツナがここまで運んでくれたことになるんだろうけど……そのセツナはどうなったのだろう?


 自分以外の何かを守るために自分の命を投げ出そうとした女の子。


 彼女の覚悟は、ある意味では正しい理屈だった。綺麗な理由だった。けれどそこに、真っ先に救われなければならないセツナの救いがなかった。だから俺は、自分の都合で彼女の覚悟を圧し折った。


 固めた覚悟を圧し折られるのは、予想以上にストレスを与えてしまう。彼女の呪いが解けた後は、アフターケアもする必要がある。



「……」



 そうは言っても、今の状況を正確に知らなければ行動を起こせない。俺は部屋に何か分かる物はないかと見渡すと、すぐ傍に黄金(こがね)の少女がいたことに気付いた。


 彼女は水が入った桶にタオルを入れて濡らしている。絞って余計な水分を抜き、綺麗に畳んでこちらを向いて……そこでセツナと目が合った。



「せん、ぱい?」


「おはよう、セツナ」



 返事を返すと、彼女は嬉しそうな笑みを溢したが、徐々に瞳に涙を浮かべた。



「っ!? セツナ?」


「良かった。本当に良かった。気を失ったと思ったらいきなり苦しみ出しますし、どうにか私が泊まってる宿に運んだらありえない速度で衰弱していきますし、やっと持ち直して一度起きたら真面に会話もできなくていきなり抱き着いてきますし、かと思ったらまた眠ってしまいますし。もう何が何だか、どうすればいいのか分からなくて、このまま先輩が起きないんじゃないかって思ってたんです」



 彼女の言っていることに一つも身に覚えがない。けれど、涙を流すほど不安に駆られて、心配していたんだろうということは、容易に想像できた。


 自然と俺の手が彼女の頭に伸びる。触れた指先に感じる彼女の髪は猫のように柔らかく、荒れもないみたいで手櫛で髪を(くしけず)ると全く抵抗がなかった。サラサラとしていて、とても手触りが良い。ずっとこうしていたいくらいだ。



「ありがとう、セツナ」



 ふと、感謝の言葉が口を付いた。


 不謹慎かもしれない。けれど、俺のために泣いて心配してくれることが、俺の死を怖がってくれることが、とても嬉しかった。不思議な話だ。第八階層から第十階層へと落ちた時も彼女に本気で泣かれた。あの時は後悔ばかりが心の中を支配していたが、今は嬉しいと感じている。


 どうして俺がお礼を言ったのか理解できなかったのだろう。彼女はきょとんとした表情で俺を見上げた。一つしか年齢は変わらないのにこう思うのも変な話だが、年相応の可愛らしい表情だった。その表情を見て思わず頬が緩み、俺は彼女の(まなじり)に浮かぶ水滴を指先で拭う。


 もう一度頭を撫でてやると、彼女は心地良さそうに目を細めてそれに身を委ねた。

 俺は満足するまで、彼女の頭を撫で続けることにした。








 満足した所で、俺は何が起こったのか聞くことにした。



「それじゃ、何がどうなったのか説明してもらっていいか?」


「はい。えっと、先輩はどこまで覚えていますか?」


「階層主の部屋で気絶した所までだな。気が付いたらこの部屋にいた」


「そうですか。あの後、少ししてから先輩はいきなり苦しみ出したんです。私は治癒系の魔術は使えませんし、回復薬(ポーション)も使い切っていましたし、急いで地上に戻ることにしたんです」



 その時に使ったのは帰還用の転移魔法陣らしい。

 階層主を攻略すると下層へ続く扉の奥にこの魔法陣と下層へ行く階段があるみたいだ。



「最初はギルドに向かおうかと思ったんですけど、色々と説明を求められて時間を取られそうだったので、私が泊まってる宿に運んだんです。先輩の住んでる所は知りませんでしたし」



 いやまぁ、「王城に住んでます」なんて言うわけにもいかなかったからな。



「宿に運ぶ途中で苦しみは治まったみたいでした。けど、次は物凄い勢いで衰弱していったんです。放っておいたらすぐに死んでしまうレベルで。だから、回復薬をできるだけ買い込んでずっと飲ませ続けたんです」



 なるほど。部屋に回復薬の空ビンが転がっているのはそのせいか。

 まだ外が暗いっていうことは、今は深夜か。かなりの時間眠っていたらしい。



「そこで、一つ先輩に謝らないといけないことがあります」


「謝らないといけないこと?」


「実は、回復薬を買うためのお金が私の所持金じゃ全く足りなかったんです。私が持っていた、魔物の素材をギルドに換金して工面もしたんですけど、それでも足りなくて。だから、先輩の【虚空庫の指輪】に保管してある魔物を売ったんです」



 勝手なことしてすいません。とセツナは頭を下げてくる。



「そんなの気にしなくていいさ。必要なことだったし、緊急事態だった。セツナがそうしてくれなかったら俺は死んでいたかもしれない。だから別に良いよ」


「ありがとうございます」


「それで、回復薬を飲ませてくれて一命を取り留めて、その後どうなったんだ?」



 そう訊くと、何故かセツナは俯いてしまった。

 ……何か、また顔が赤くなってませんか、セツナさん?



「えっと……先輩、本当に何も覚えてないんですか?」



 ん? んん?

 何でそんなことを訊くんだ?

 覚えてもないも何も、何かをした覚えなんて…………いや、まさか。



「もしかして、俺なにかしたの?」



 コクリとセツナは小さく頷いた。


 彼女の話によると、どうやら俺は一度目を覚ましたらしい。けれど何度話しかけても「あー、うー」としか返事を返さなくて真面に会話することができなかった。それどころか無邪気に「にへら~」と笑みを浮かべてセツナに抱き着いたのだとか。



「……マジで?」


「マジです。凄く恥ずかしかったです。恥ずかし過ぎて死ぬかと思いました」


「うっ。何ていうか、その……ごめん」


「別に、良いです。恥ずかしかったですけど、気にしてはいないですから」


「赤面してる状態で「気にしてない」って言われても説得力が皆無なんだが」


「~~~~~~~~っ!?」


「ぶふっ!?」



 指摘すると枕を奪われ、そのまま叩かれる。


 待って! ちょっと待って、セツナ!

 痛くはないんだけど顔面はやめて!?



「もう! 先輩はいじわるばっかり言うんですから!!」


「わ、悪かった! 悪かったよ! ごめんって!」



 謝ると、ようやく彼女は枕で叩くのを止めてくれた。枕は抱えたままだけど。

 何かあればまた叩く気なのだろうか。


 随分と印象が変わったなぁ、と思う。初めて会った時は大人しそうな感じだったのに、今では感情を曝け出して遠慮がなくなっている。ダンジョンに潜っていた時も冗談を言っていたりしていたが……もしかしたら、こっちが本来の彼女なのかもしれない。あの時は変態扱いされかけたが。


 今までの彼女も良かったが、今の方がよっぽど付き合いやすくて良い。



「そ、それで話の続きなんだが、会話すらできなかったのか?」


「……はい。何ていうか、“あいうえお”も理解していないような、そんな感じがしました」



 恨みがましい目で見てくるものの、セツナは答えてくれた。

 だが、俺にセツナが言うような状態になった時の記憶はない。


 言葉も理解していなかったって……どういうことだ?



「幼児退行でもしていたのか?」


「どうなんでしょう? あんなの初めて見たので、何とも言えません」



 二人揃って頭を悩ませる。


 どうにも、俺たちだけじゃ分かりそうにないな。

 ……ここは、分かりそうな奴に聞いてみるか。



「何か知ってるか、極夜?」


「え?」



 疑問符を浮かべるセツナ。

 だが次の瞬間、壁に立てかけられている漆黒の刀――極夜から声が響いた。



『驚嘆。まさか私の存在を認識しているとは思いませんでした』



 頭に直接響くような、男性にも女性にも聞こえる無機質な声。

 訳が分からず混乱しているセツナに、手元に持ってきてくれるよう頼む。



「アレクシアたちから受け取った時に、極夜は【意思を持つ武器インテリジェント・ウェポン】だって話を聞いてたからな。普通に会話ができるのか、それとも朧げに思考を伝えてくるのか、それは分からなかったけど。きっちり会話ができるようで何よりだ」



 セツナから極夜を受け取り、膝に置く。



「さて、それでさっきの質問に答えてくれるか?」


『指摘。その話をする前に、会話を円滑に進めるためにもまずはセツナ様に私のことを説明した方が良いと提案します』



 言われてセツナの方を見ると、彼女は「この声って一体……」と目に見えて混乱していた。


 確かに、先にセツナの混乱を解消した方が良いみたいだ。

 けれど、一体どこまで話して良いものか。



「……」



 悩んだ末、結局俺は全てを話すことにした。


 虐められていたことに関しては、話していない。

 さすがにそのことは話せなかった。けどそれ以外のことは話した。


 誕生日を迎えた夜に夢で【聖書の神】と【女神アレクシア】と会ったこと。

 そこで自分の両親がアストラルで【聖戦】時代に活躍した救世主であると知ったこと。

 両親が【聖書の神】と【女神アレクシア】と契約を交わし、自分がアストラルに異世界転移する羽目になったこと。

 本来ならすぐに転移するはずだったが、タイミング悪く勇者召喚の儀式に巻き込まれて召喚されることになったこと。

 勇者召喚の儀式に俺のクラスメイトたちが選ばれたこと。

 勇者召喚の儀式でアストラルに召喚されたが、そのシステムに組み込まれていないため自分は勇者ではないこと。

 【女神アレクシア】と【聖書の神】から神刀【極夜】を貰ったこと。


 その全てを話した。



「……先輩が、伝説の救世主の息子」



 話したのは良いけど、彼女は処理し切れず頭がパンクしたみたいで呆けてしまった。


 まぁ、いきなり目の前にいるヤツが「かつて世界を救った救世主の息子です」って言っても混乱するか。



「そう、ですか。えっと、アラヤ様とお呼びした方が良いんでしょうか?」



 何かいきなり余所余所しくなった。



「いやいやいや。何で様付けなんだよ?」



 何でそんな態度になるんだ?

 意味が分からんぞ。



「えっと……【聖戦】の救世主というのはですね。今も尚この世界に影響を与えているんですよ。アルカディアが分かりやすい例ですね」



 冒険者ギルドの名前を出されて合点がいった。


 そうか。確か冒険者ギルドは【聖戦】時代に活躍した解放者以外の英雄たちが創設した組織だったんだっけか。



「だからその子孫というだけで、かなり位の高い人物になるんです。そうですね……公爵くらいかと」


「公爵と同等!?」


「ちなみに先輩は子孫なんてものじゃなく息子という立場なので、国王ランクは確実です」


「……」



 何というか、まさかそこまで影響があるだなんて、思いもしなかった。



「だから“様”でお呼びした方が良いかと思ったんですけど」



 と、探るような目でセツナはこちらを見る。


 彼女の言い分は分かった。こちらの世界の人たちからしたら、俺は神聖視される存在なんだろう。だけど別に親が凄いからって俺が凄いわけじゃない。親は救世主でも、俺はただのクソガキなんだから。


 だから今まで通りに接してくれとお願いすると、彼女は安堵したような表情を浮かべた。



「良かった。実は私としても、先輩とは今まで通りに付き合っていきたいって思っていたんですよ」


「そっか」



 そう思ってくれるなら、とてもありがたい。

 せっかく仲良くなったのに、余所余所しくなんてされたくないしな。



「ていうか、よく俺の話を信じる気になったな。いきなり救世主の息子だって言っても、普通は信じないぞ」


「普通だったらそうですけど、先輩は黙ってたり誤魔化したりすることはあっても嘘は付きませんから」



 真正面から素で言われた。


 何だか思った以上に信頼してくれているみたいで嬉しいけど、そこまで信頼されると何か気恥ずかしい。


 だが表には出さないぞ。ダンジョンの時でも一度セツナにイジられたんだからな!



「先輩、また照れてますね」


「ちっくしょう! 悟られないようにポーカーフェイスを決め込んでたのに!!」


「ふふふっ。まだまだですね、先輩。いくら取り繕うとも心が乱れてしまったら多かれ少なかれ顔に出るものなんですよ」


「……自分だって散々顔を真っ赤にしてたクセに何ドヤ顔で言ってんだか。お前こそもっと精神を鍛えろよ、この赤面症泣き虫小娘」


「誰が赤面症泣き虫小娘ですか! 赤面させたのも泣いたのも先輩のせいなのにっ! それに私は小娘じゃありません! 立派な淑女(レディ)です!」



 淑女、という言葉に俺は「はっ」と笑い飛ばす。



「淑女って言うのはな。もっとこう包容力があって、窓際で紅茶を飲んでる姿が絵になる優しいお姉さんみたいな感じの人のことを言うんだよ。そしてお前はどちらかと言うと手の掛かる後輩タイプだっ!」


「年下なのは否定しませんがたかが一年程度じゃないですか! それに男性は実年齢よりも精神年齢は幼く、逆に女性は実年齢よりも精神年齢は成熟している生き物です! だから相対的に考えて私の方がお姉さんなんですよ!」



 ギャーギャーと喚きながら言い争いをしていると、極夜から声がした。



『指摘。お二人共、今は深夜なのでお静かに。ご近所迷惑です』


「「……ごめんなさい」」



 武器に説教されると、何とも居たたまれない気持ちになる。

 セツナも同様だったようで、わざとらしく「こほん」と咳払いをして調子を戻す。



「そ、それで、この漆黒の刀がアレクシア様から賜った武器なんですね」



 人差し指で極夜を突きながら彼女は言う。



『肯定。銘を極夜と言います』


「私はセツナです。よろしくお願いします」


『了解。こちらこそ、今後ともマスターをよろしくお願いします、セツナ様』



 武器なのに母親のようなことを言う奴だ。



「【意思を持つ武器】の存在は聞いたことがありますけど、初めて見ました。こんなに意思の疎通が取れるものなんですね」


『回答。それは私が神話級の武具だからです。伝説級では曖昧な意思しか伝えることはできません』



 へぇ。同じ【意思を持つ武器】でも等級によって伝えられる意思に差があるのか。



『指摘。そろそろマスターの質問に回答してもよろしいでしょうか?』


「ん? あぁ、そうだな。セツナも理解したみたいだし、話を戻すとしよう」


『了承。マスターが陥った体調の急変は、私に内蔵されている【波動解放】機能で使用した神力が原因です。そもそも神力というのは、神族(ディヴァイン)にしか使用できない波動です。それを神族以外が使用したら、代償を支払うことになるのは必然です』



 波動解放。

 極夜に内蔵されている機能の一つか。


 波動とは魔力や神力といった力の総称らしい。


 エルダーリッチを倒すためにはその機能が役に立つって何となく分かったから使ったんだけど、その時に使った神力がマズかったのか?



「代償っていうのは具体的には?」


『回答。代償は『激しい苦しみを伴う激痛』、『死に直結する急激な衰弱』、『幼児並みの思考力低下』の三つです。神力の使用時間に応じてそれぞれ発症し、終息した後はその合計時間の睡眠を必要とします』



 つまり神力を一時間使ったとしたら、『激しい苦しみを伴う激痛』に一時間、『死に直結する急激な衰弱』に一時間、『幼児並みの思考力低下』に一時間、そして睡眠に三時間と、真面に動けるようになるまでに六時間もかかるっていうのか。



「だから、先輩はいきなり苦しみ出して、衰弱して、満足に会話もできなくなったんですね」


『肯定。通常であれば『死に直結する急激な衰弱』の代償でマスターの生命活動は停止していました。しかしセツナ様がマスターの体調が持ち直すまで継続して中位回復薬を投薬していたため、一命を取り留めました』


「先輩。今後、神力は使わないでください」



 先回りされて釘を刺された。

 困ったな。



「【波動解放】は強力で、汎用性も充分ある。奥の手として必要なんだけどな」


「それは認めます。けど代償が大き過ぎるじゃないですか。死のリスクがあるものを使うなんて、絶対に駄目です」


「でもそれは、中位回復薬を充分用意していれば……」


「一本辺り銀貨九枚――九万ユルズもする中位回復薬をいくら用意して持ち直したと思ってるんですか。それに先輩が神力を使う時間によって用意しないといけない中位回復薬の数も変わってきます。先輩が無茶をする度にそんな金額を使ってたらすぐに破産しちゃいますよ」



 ちなみにユルズとはこの世界共通の通貨単位だ。日本円とそのまま対応しているみたいだからとても分かりやすい。



「回復系のスキルもしくは治癒系の魔術を覚えるとか……」


「スキルは体力、魔術は魔力が続く限り行使できますが、一晩中も途切れることなく魔術を行使するなんてできるわけないじゃないですか。集中が続かなくて、先輩が代償を払い切る前にこっちがダウンするに決まってます。それに使うなら初級の【治癒(ヒール)】じゃ駄目です。最低でも中級の【大治癒(ライト・ヒール)】じゃないと効果はないでしょう。スキルに関しても同様です」


「じゃあ俺も覚えれば……」


「倒れて気を失った状態でスキルや魔術が使えるわけないじゃないですか」


「う、むぅ……」



 提案する度に却下され、思わず呻き声を漏らしてしまう。



「第一、またあんなに苦しむ先輩の姿なんて見たくありません」



 あ、そっちが本音か。

 まぁ、彼女の気持ちも分からなくはない。


 逆の立場だったら、俺も絶対に神力を使うなと言っていただろうしな。

 ……仕方ない。神力を使うのは諦めるか。


 嘆息を吐き、セツナに「分かった」と言おうとした時だった。極夜が声を発してきたのだ。



『訂正。誤解があるようなので説明をします。【波動解放】は神力を使う機能ではありません』


「……何だって?」



 神力を使う機能じゃない?



「それは、どういうことなんだ? 俺は確かに【波動解放】で神力を使っただろ?」


『肯定。しかし、それは【波動解放】の一側面にしか過ぎません。【波動解放】とは波動――魔力や神力を解放するための機能です。解放に必要な呪文を詠唱すれば、神聖属性及び暗黒属性の力を使用することが可能です』



 極夜の言葉に俺とセツナは顔を見合わせ、目を丸くする。



「そ、それってつまり……極夜さんは神刀でありながら、聖剣にも魔剣にもなれるってことなんですか!?」



 セツナは驚きの声を上げる。

 俺も驚いた。神刀なのに聖剣にも魔剣にもなれるだなんて、チートにも程があるだろ。



「とんでもない武器だな、お前は」


『指摘。何も驚くようなことではありません。神聖属性と暗黒属性は魔力に付加された属性。魔力より高位の波動である神力を使用できて、魔力に属する神聖属性と暗黒属性が使用できない道理はありません』



 いや、まぁ……う~ん。

 確かにそう言われればそうなんだけどさ。

 それでも驚くものは驚くからね?



『申告。それに加え、私には後五つの機能が実装されています』


「え? マジで?」



 まだこれ以上機能があるの?



『肯定。事実です。順に説明します』



 極夜は自身に実装された機能について話してくれた。




ステータスロック

 これは使用者のステータスを大幅に制限する機能。ちなみにこの機能は、俺のステータスが解除されたと同時に消滅してしまったため、二度と制限を掛けることはできない。


不懐属性

 見るからにヤバそうなこの機能は常時発動型で、どんな攻撃でも破壊することはできず、それどころか刃こぼれも折れも曲がりも錆びもしないという、思った通りというか思った以上にヤバい機能だった。しかもその副次効果としてメンテナンスフリーなのだとか。


共鳴成長

 この機能も【不懐属性】と同様に常時発動型で、使用者の成長率をそのまま反映して極夜自体も成長するものだ。注意すべきなのは、俺と同じレベルで強くなるのではなく、俺と同じ成長率で強くなるということ。つまり極夜は、神話級という最高ランクをスタートラインとして、そこから更に強くなっていくということだ。




 それでさっき話した【波動解放】を合わせた四つが、現時点で俺が使える機能だ。他にも二つほど機能があるみたいなのだが、使用するための条件が満たされていないせいで名前すら明かせない……というか極夜自体も、どういう機能なのか分からないらしい。条件を満たして有効化されて初めて、その機能について理解できるのだとか。


 どんな攻撃でも破壊されず、神話級であるのに更に成長していき、神聖属性と暗黒属性、そして神力を使うことができる武器。


 これだけでもとんでもなくヤバいのに、まだ二つも機能があるだなんてな。……なぁ、アレクシア。お前は何と戦うことを想定してこの武器を俺に与えたんだ?


 個人に核兵器を与えたようなものだぞ。


 今も神界にいるであろうアレクシアに対して溜め息を吐いていると、「あっ」とセツナが何かに気付いたような声を上げた。



「どうしたんだ?」


「いえ。ちょっと思ったんですけど、【聖剣適正】も【魔剣適正】も持っていないのに神聖属性や暗黒属性の力なんて使ったら、また代償を支払うことになるんじゃないですか?」


「あっ」



 言われてみれば確かにそうだ。


 神族や龍族(ドラゴン)を除けば、神聖属性は天族(エリオス)、暗黒属性は魔族(アスラ)にしか使えない力だ。神力ほどではないにしろ、それなりの代償は必要だと考えるのが妥当だ。


 そう考えたが、極夜はそれを否定した。



『否定。神聖属性および暗黒属性に関しては、御二方の心配は杞憂です』


「ん? ってことは、代償を払うことなく使えるのか? どうしてだ?」



『回答。論じるよりも実行した方が早いので、神聖属性解放の呪文を詠唱してください』



 言われた途端、頭の中に呪文が浮かび上がってくる。エルダーリッチの時と同じだな。あの時も、ふと頭に浮かんできたんだよな。

 そうか。極夜が俺に伝えていたのか。


 鞘から極夜を抜き、切っ先を天井に向けた状態で呪文を唱える。



「“我が手に勝利をもたらせ”――【極夜】」



 ボッ、とまるで炎のそれのように黄金色の光を放つ魔力が刀身に灯る。

 ふむ。これが神聖属性の魔力か。綺麗なものだな。



 ――【聖剣適正】スキルを獲得しました。



 …………。


 思わず思考が停止した。


 今、何か変なアナウンスが聞こえた気がする。

 いや、まさかね。そんな簡単にスキルが獲得できるわけないって。


 そう思いながら俺は行動に移した。

 ステータスを開き、スキルを確認する。

 そして……俺は自分の目を疑った。




====================

雨霧阿頼耶 17歳 男性

レベル:33

種族:人間族

職業:学生、魔術剣士、冒険者、魔導士、鑑定士、軽業師

HP :1554/1554(+819)

MP :3100/3100(+800)

筋力:1334(+819)

敏捷:1362(+835)

耐久:2820(+820)

スキル:

 言語理解、鑑定Lv.8、隠蔽Lv.8、偽装Lv.4、軽業Lv.3、剣術Lv.5、不屈Lv.5、胆力Lv.5、無属性魔術Lv.4、火属性魔術Lv.4、水属性魔術Lv.3、風属性魔術Lv.3、土属性魔術Lv.4、闇属性魔術Lv.4、召喚魔術Lv.1、気配察知Lv.3、魔力感知Lv.3、物理耐性Lv.2、魔術耐性Lv2、経験値倍化、成長率倍化、聖剣適正

称号:

 異世界人、虐げられし者、名も無き英雄

補助効果:

 隠蔽Lv.8、偽装Lv.4、創造神(アレクシア)の加護

====================




 ……ツッコミ所が多過ぎる。レベルとか、ステータス値とは、スキルの数とか、称号とか、補助効果とか。ツッコミ所は満載だったけど、今はさっき追加されたスキルが問題だ。



「先輩?」



 小首を傾げるセツナ。俺は【隠蔽】スキルを一旦無効化して可視状態にし、ステータスウィンドウを反転。彼女に俺のステータスを見せた。


 瞬間。彼女は目を丸くして驚いた。



「え? 【聖剣適正】スキル?」


「あぁ、さっき追加されたんだ。なぁ、極夜。これはどういうことなんだ?」


『回答。それはマスターの『補助効果』欄にある、【創造神の加護】の効果によるものです』



 言われ、俺は【鑑定】スキルで【創造神の加護】を見た。




創造神(アレクシア)の加護

 創造神であり、女神でもあるアレクシアから贈られる加護。スキル獲得難易度の低下、スキルレベル上昇率の向上、使用魔力減少、各ステータス値補正の効果がある。




 いつの間に加護なんてものをくれたのかはさておき、なるほど、スキル獲得難易度の低下か。これのおかげで【聖剣適正】スキルが獲得できたわけか。それでも簡単過ぎると思うけどな。イージー過ぎるだろ。


 それにスキルレベル上昇率の向上ってのはつまり、スキルのレベルが上がりやすくなるってことか。使用魔力減少ってのは、魔術とか魔道具とか、魔力を使用する時に必要な魔力量を少なくしてくれるってことだろう。これだけでも充分加護としてありがたいのに、各ステータス値も補正してくれるのか。


 ステータス値を確認したが、補正値は800みたいだ。随分と高く補正してくれるな。



「さすが神族から贈られる加護ってところですか。凄まじいですね」



 【鑑定】スキルで調べた結果をセツナに伝えると、驚きながらも、その効果に納得したような声を出した。



「つまり先輩はこの【創造神(アレクシア)の加護】の効果でスキルを獲得しやすくなって、【聖剣適正】も【魔剣適正】もすぐに獲得できるから、神聖属性も暗黒属性も問題なく使えるということですか。ですが、先輩のレベルが急激に上がっているのはどうしてですか? 確かにエルダーリッチは強敵でしたから取得経験値も多いです。けれど、ここまでは上がらないはずです」


『肯定。ステータスロック解除時のマスターのレベルは二十でした』



 いや、ちょっと待って。



「何でそこまで高いんだ?」


『回答。それはステータスロック解除時に蓄積されていた経験値が反映されたからです』



 詳しく聞くと、ステータスがロックされていた時、俺の取得していた経験値の大半は【ステータスロック】機能の副次効果で反映されず、かなり溜まっていたらしい。それが【ステータスロック】を失って俺のステータスが解放された時に溜まっていた経験値が反映され、一気にレベルが二十まで上昇したらしい。


 その時に傷が回復したのも、ステータス値が更新され、HPの総量が増えたかららしい。



「けど、それだけじゃまだ先輩のレベルは二十ってことになりますよね? 今はレベル三十三ですけど、それはどういうことなんですか?」


『回答。それはマスターの持つスキル【経験値倍化】、【成長率倍化】の効果によるものです』



 読んで字のごとく、この二つのスキルは経験値と成長率を倍にするスキルらしい。


 今回戦ったエルダーリッチのレベルは三十六。取得した経験値もかなりあり、そこから【経験値倍化】で倍に増えたため、レベルがこんなにも上がったのだとか。


 じゃあ【成長率倍化】は何なのか。


 これは各ステータス値の上昇率を倍に上げるみたいだ。今回、俺は総合的にレベルが三十上がっている。その人の重視している戦闘スタイルや生活などで上がりやすいステータスの項目も変わってくるのだが、レベル三十台だと各項目は五百台になるらしい。


 けど、実際にはそれを遥かに超える値になっている。それが【成長率倍化】でステータス値の上昇率がアップされたからというわけだからのようだ。



『加えて、マスターは元々のステータス値も高かったのです』



 なるほど。その結果が今の馬鹿げたステータス値というわけか。



『申告。マスターの他のスキルについてですが、これは元々マスターが獲得していたものであり、【ステータスロック】が消失したことで解放されています』


「……いくらなんでも多くない?」


「ですよね」



 同意の声を出したのはセツナだった。

 彼女は何だか驚きを通り越して呆れた表情を浮かべて俺のステータスウィンドウを見ている。



「【偽装】、【軽業】、【不屈】、【胆力】、【気配察知】、【魔力感知】、【物理耐性】、【魔術耐性】。ここまで戦闘向きのスキルが揃うなんて。先輩って実は戦闘狂(バトルジャンキー)なんですか?」


「望んで獲得したわけじゃないからな!?」



 ていうか戦闘狂って言葉、こっちの世界にもあるんだな。

 そっちにビックリだよ。



「俺は別に戦闘狂じゃない。静かなのが好きだし争い事は基本的に嫌いだ。自然豊かな田舎でひっそりと暮らすのが性に合ってるんだ」


「格上のエルダーリッチを相手にあれだけ大暴れした人が今更何を言ってるんでしょうかね。【名も無き英雄】って称号を獲得するくらい、しっかり英雄をやってるのに」


「……不本意だけどな」



 言いつつ、俺はステータスウィンドウの『称号』欄に表示されている【名も無き英雄】に視線を落とす。




名も無き英雄

 大衆に知られることなく、しかし英雄と呼ぶに相応しき偉業を為した者に贈られる称号。




 【鑑定】スキルで確認したが、どうやらこの称号は補助効果を持たない称号のようだ。そもそも称号は補助効果を持たないものがほとんどであり、俺が持っている【異世界人】や【虐げられし者】のように補助効果を持つ称号は特殊らしい。


 今回俺が得た【名も無き英雄】。名も無き、ってのはアレか。大勢に知られることがない、認知度の低い英雄だからそんな名称なのか。


 ……あー、でも、うん。そうか、英雄か。



「……何だか微妙な顔をしてますね。どうしたんです?」


「いや。称号に【名も無き英雄】ってあるから、まぁ英雄なんだろうけど……はぁ。そんなものになるつもりなんてなかったんだけどなぁ」


「なるべくしてなったと私は思いますけどね。あの時の先輩は、まさしく英雄でした。雄雄しくて格好良くて……これが私のパートナーなんだぞって大声で自慢したいくらいです」



 何でそんなに褒めてくるのだろうか。

 そんなに好感度を上げた覚えはないんだけど。



「まぁそれはいいや。それよりも、明日からまたダンジョンに潜る必要があるし、どう立ち回るか話を詰めよう」



 そう言うと、何故かセツナは首を傾げた。

 んん? 何でそんな反応をするんだ?



「エルダーリッチを倒したけど、肝心の魔道具は手に入らなかった。お前の呪いはまだ解けてないんだから、またダンジョンに潜って階層主を倒す必要があるだろ?」



 確かにエルダーリッチは強力だったが、アレはあくまでも【規定外の階層主(イレギュラー・ボス)】だ。滅多に出てくるものじゃない。それに【魔窟の鍾乳洞】にいる魔物の最高レベルは第三十階層の階層主の四十。


 少々不安が残るが、今の俺のレベルでも充分に戦える。


 そう思って彼女にそのことを話したが、彼女は手で顔を覆って天を仰いだ。



「あぁ、そうでした。先輩ってそういう人でした。止まることを知らず、こうだと決めたらどこまでも走っていく人でしたね」



 何を言ってるのか分からないが、何となく馬鹿にされているのは分かった。

 どことなく不機嫌になっていると、セツナは極夜に声をかけた。



「極夜さん。確認をしたいんですけど、先輩はどうして気付いていないんですか? 状況から考えて、神力の効果でアレが消えたのは理解しています。なら、神力を使った先輩が把握していないのは少々理屈にそぐいません」


『回答。その認識に間違いはありません。理由は単純明快で、マスターがエルダーリッチとの戦いに集中していたことと、神力の効力を正しく認識していなかったことが原因です』



 そういうことですか、とセツナは納得しているが、俺は何が何やらさっぱりだ。



「一人で納得してないで、どういうことなのか説明してくれよ」


「先輩、もうダンジョンに潜る必要はないんですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……は?」



 何を言っているのか分からず、思わず間の抜けた声が出る。



「呪いが、解けてる? え? 何で?」



 疑問の声を漏らすと、彼女は呪いが解けた経緯を説明してくれた。


 俺が骸骨兵たちを迎撃しようと神力を解放した時、その光をセツナも浴びていた。始めに感じた違和感は、怪我が回復していることだった。そこからステータスを確認するとHPだけでなくMPも回復していて驚いたのだが、その時にはもう『状態異常』欄から【熱傷の呪い】と【名呼びの呪い】も綺麗さっぱり消え去っていたのだという。



「……そう言えば、俺のステータスの『状態異常』欄にあった【呪詛】も表示が消えてたな」



 遅まきながらその事実にようやく気付いた。

 自分のステータスがあまりにも非常識になってたから、思わず見逃してたよ。



「神力って、呪いまで解けるのか。しかも中級のを二つもあっさりと」


『補足。神力は敵を滅し、自身と味方に祝福を与えます。故に骸骨兵を浄化し、セツナ様にかかった呪いが解かれ、マスターも戦闘の間は回復し続けていたのです』


「じゃあ、本当に……?」



 セツナの方を見ると、彼女は頷いて自身のステータスウィンドウを開き、それを俺に見せた。

 そこには確かに、【名呼びの呪い】と【熱傷の呪い】の表示はなかった。


 けど、実感が湧かない。本当に、俺が呪いを解いたのか?


 疑問に思っていると、セツナが素手で(・・・)俺の手を握ってきた。



「アラヤ、さん」



 そして恥ずかしげにセツナは俺の名前を呼ぶ。


 名前を呼ばれても、心臓の近くにチクリとした痛みが走ることがない。

 直接肌に触れていても焼けることがなく、しっとりとした人肌の温かさが伝わってくる。


 あぁ。俺は本当に、彼女を呪いから解放することができたのか。

 それが段々と染み込むように理解してきた俺は――



「やったじゃないか、セツナ!」


「ひゃああああああああああ!?」



 反射的にセツナを抱え上げ、そのままグルグルと回っていた。



「め、目が回るから下ろしてくださいぃぃ~!!」


「あっはははははは!」


「笑ってないで人の話を聞いてください!」



 セツナの叫びはしばらくの間続いたのだった。

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