第180話 剣を以て偉業を成す者
駆け出した阿頼耶とセツナよりも先に、ハイナーガと接敵している者たちがいた。ミオ、クレハ、セリカの三人だ。阿頼耶たちが駆け出したタイミングでその意図を汲み取った四人が、【念話】による指示を受ける前に行動に移していた。
壁のように立ちはだかる魔物の群れを飛び越えるようにして三人が迫れば、ハイナーガは大きく口を開けて空気を吸い込む。初見の三人は知りようもないが、威圧系コモンスキル【雄叫び】で行動不能にしようとしていた。
三人は何をしようとしているのかは分からなかったが、何かをしようとしているのは分かった。それがこちらにとってプラスになるものではないことも。
「――【雷電】」
なので、すかさずミオがスタン効果を持つ雷系統の技を浴びせてハイナーガのスキル発動を潰す。ほんのわずかだが動きが止まったハイナーガへ、タタンッとステップを踏んで飛び乗ったクレハは着地と同時にナイフを突き刺した。
「グオオッ!」
突き刺した、と言っても巨大な体躯のハイナーガからすれば微々たるもの。鬱陶しそうに体を振れば、突き刺したナイフが浅かったようでクレハはあっさりとその勢いを利用して飛び退いた。
「思ったより硬いですわね」
「でしたらこれはいかがでしょう? ――【狂飆の刳】!」
クレハが地面を滑るようにして制動をかければ、その後ろで魔法弓の『ロビン・フッドの弓』を構えていたセリカが風の精霊魔術によって高密度に圧縮した暴風を纏わせた矢を射った。
ドリルのように抉る矢がハイナーガに当たるが、鱗を僅かに削ぐにとどまった。中級レベルの攻撃でも思った以上の成果が出なかったことにセリカは顔を顰める。
すると、今度は【雷電】を打つために体に帯電させていた『雷霆』を魔剣『モラルタ』と『ベガルタ』に纏わせたミオがすれ違い様に斬り付けた。
鋼鉄であろうとバターのように溶断するほどの高電圧を刀身に纏わせた技――【紫電清霜】。
だがしかし相手はAランク相当のハイナーガで、何より相性が悪かった。それぞれ人間と獣に対して威力を上げる二振りの魔剣では、鱗に浅い傷を付ける程度の効果しかない。
向き直ったミオにハイナーガの手が伸びる。あわや捕まるかと思われたが、ハイナーガの手がミオに届くよりも先に横から割って入ってきた黒い影が彼女を回収し、ハイナーガの手は空を切った。
横から引っ張られる感覚の後、手を離されたのか地面に落とされる。
視線を向ければ漆黒の刀を握った少年が、その黒い瞳でハイナーガを見据えていた。
「……お師匠様」
そう。
猛スピードで向かっていた阿頼耶が、ハイナーガに捕まる前にミオを助けたのだ。
「遅いですわよ、兄上様!」
「これでも急いだんだ、大目に見てくれよ」
遅い到着に文句を言うクレハに肩を竦めた阿頼耶はすぐさま思案する。
(ハイナーガ、思った以上だな。ミオの【紫電清霜】でも有効打は与えられないか。物理的な強度というよりは魔術的な防御力で防がれている感じだな。じゃないと、タングステン鋼だろうと切断できる【紫電清霜】で斬られてあの程度で済むわけがない。……とはいえ、まったく効いていないわけじゃない)
ハイナーガやナーガの鱗は鎧や楯といった防具の素材に使われるほど堅固だ。実際にその鱗によってミオとセリカの攻撃は防がれている。しかしそれでも傷を付けるくらいには効いていた。
となればハイナーガの泣き所は鱗以外の箇所、あるいは……その鱗の下か。
(なら邪魔な鱗を剥いでやる!)
極夜を鞘に収めた阿頼耶は『虚空庫の指輪』から赤と白で統一された二振りの小太刀を取り出して駆け出す。
合口拵えで作られた小太刀の名称は『ウェルシュの小太刀』。赤い方がパウル・ドライグの、白い方がルーカス・グウィバーの牙を材料に阿頼耶が【鍛冶】スキルで作った代物だ。
迫る阿頼耶を討ち取ろうとハイナーガは右手に持った三叉槍を突き出すが、軽やかな跳躍で躱して腕に乗る。
そのまま駆け上がっていくと、なんと阿頼耶が走った箇所をなぞるようにして鱗が弾け飛び、鮮血が舞ったではないか。
夜月神明流小太刀術奥伝――【上り月】。
新月から満月へと次第に満ちていく月の如く、相手の間合いの内側に入り込み下から上へと連撃を浴びせる技だ。
これを阿頼耶は器用にも小太刀の刃を鱗の間に差し込み、無理やり剥がしたのだ。しかもそれをハイナーガの腕の上という不安定な場所を走りながらやってのけたのだから、恐るべき速度と正確さである。
晒された堅固な鱗の下にあるピンク色の肉に向かって、高く跳躍して接近していたセツナが魔法銃『コメット』と聖銃『サンダラー』の照準を合わせ、それぞれ二発ずつ撃ち込んだ。
「グギャアアアア!!!!」
激痛で絶叫を上げたハイナーガはセツナの方に顔を向けるが、その時にはもう彼女は【魔力障壁】を足場にして離れていた。
意識が上に向いたその隙を狙って、魔物の群れを倒し終えて合流したテオドールとテレジアも、それぞれ大剣と秘薬で変化させたゴリラの右腕をハイナーガに叩き付けた。
さらには椎奈も十本に分裂した聖鉄鎖『革の戒め』で攻撃しつつ弱体化系のスキルでハイナーガを弱らせているため、時間経過と共に攻撃が通りやすくなっている。
『鴉羽』フルメンバーでの猛攻に、周りの冒険者たちは迂闊に割って入ることもできない。Aランク冒険者パーティの『スティンガー・ホーク』でさえもだ。
何しろ、ハイナーガに張り付くような位置にいる阿頼耶、セツナ、ミオ、クレハの四人の攻撃速度が速過ぎて手出しできないのだ。下手に手出ししてしまえば逆に足を引っ張りかねない。
そのため、魔物の群れを倒し終えて残りがハイナーガだけの状況になっても、周囲は『鴉羽』の高速戦闘を見ていることしかできなかった。
(とんでもないな)
鎖閂式小銃型の魔法銃を抱える獣人族人鷹種の青年、『スティンガー・ホーク』のリーダーを務めている峰風は言葉を失っていた。
(あれほど高い戦闘技術を持っていながら、魔術も実戦レベルで使えるなんてな)
阿頼耶が就いている剣士系統魔術師派生中級職『魔術剣士』やセツナの就いている銃士系統魔術師派生中級職『魔術銃士』のように、戦士と術師の能力を両立できる者はほとんどおらず、いたとしても『本職より数段劣る』といった程度のものでしかない。
化け物呼ばわりされるSランクはまだしも達人と称されるAランクでさえ、戦士か術師のどちらかに別れる。いや、高ランクだからこそ一つのことを極めていくもの。戦士と術師、その両方で実戦レベルの実力を持つとなると相当なレアだ。
(真っ先に浮かぶのは勇者や魔王だが、あの異世界人の少年がそれらしいスキルを使っている様子はないな。そもそも魔王がこんなところにいるわけがない)
実は『鴉羽』には『禁獄の勇者』がいるのだが、椎奈が【勇者禁獄】を使っていないため峰風がそれに気付くことはない。
弱体化スキルの効果もあって追い詰められていくハイナーガは、鬱陶しいハエを払うように三叉槍を振り回した。でたらめな攻撃に思わず阿頼耶たちは飛び退く。
するとハイナーガの胸部が大きく膨らみ、口から水が発射された。地表に傷を付けるほどの高圧水流。龍族には遠く及ばないものの、それでも直撃すれば命を落とす威力を誇るハイナーガの奥の手を、しかし即座に射線上に出た阿頼耶が真正面から防いだ。
右手に持った赤い小太刀『ドライグの炎刀』を横に振れば、刀身から噴き出した大量の炎が渦を巻き、ハイナーガの攻撃を相殺した。
炎転渦。
目の前に渦を巻く炎を展開することで相手の攻撃を防ぐ技だ。【飛剣】や【魔力流し】と同じく魔術ではなく魔力そのものを用いた技とはいえ、龍族の牙から作られた刀身から放たれたもの。その威力はハイナーガの高圧水流などで貫けるようなものではない。
水と炎、二つの相反する性質を持つ属性がぶつかり合い、熱せられた水が膨張して水蒸気を撒き散らした。
視界を奪うほどの水蒸気の膜。それを割る勢いでゴオッ! とハイナーガの三叉槍が阿頼耶に向かって振り下ろされる。阿頼耶は『ウェルシュの小太刀』を『虚空庫の指輪』に収め、新たに武器を取り出す。
全長四メートルという巨大な両刃の魔法剣『大型魔物討伐用試作魔法大剣』。
幅広で厚さもあるので単純計算で総重量が二五〇キログラム近くという、グランドピアノ並みの金属の塊など本来なら振り回すこともできない代物だが、阿頼耶はレベル一〇〇を超えた筋力値にものを言わせて振るう。
二つの巨大な武器がぶつかり合い、三叉槍は大きく弾かれ、大剣は衝撃に耐えられなかったようで激しい破壊音を立てて砕けた。元より耐久性に問題があって試作品に留め置かれていた大剣だ。ハイナーガの三叉槍を一撃でも防げただけ良しとすべきだろう。
一体どれだけの武器を持っているのか。『虚空庫の指輪』からさらに武器を取り出し、剣、大剣、短剣、大太刀、刀、小太刀と目まぐるしく変えていき、次第にハイナーガを圧倒していく。そんな彼や彼女たちから、周囲の者たちは目が離せなくなっていた。
息が止まるような風格のある威圧感に、数々の刀剣で戦うその姿。
(……なにか、その呼び名があったな)
たしか、そう。
彼のような者をこう呼んだはずだ。
数多の剣を以て偉業を成す剣の帝王――『剣帝』と。
峰風が思い出したと同時に阿頼耶が振りかざした漆黒の刀によってハイナーガの首を斬り落とされ、周囲から歓声が沸いたのだった。




