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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
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第178話 揺れる冒険者たち

 五〇〇〇年前に起こった聖戦が終わった後、戦うことしかできない英雄たちの新たな居場所となるべく設立された冒険者ギルド『アルカディア』には、ギルドで定められた規則はあまり多くない。


 その数少ない規則の一つに、『緊急招集』というものがある。


 これは、『戦争や内乱などを除いた国政に関わらない非常事態に限り、冒険者はギルドの招集に従わなければならない』というもので、主にダンジョンから大量の魔物が溢れ出す『氾濫(スタンピード)』や災害救助活動のような、多くの人手が必要となる非常時にのみ使用されるものだ。



「諸君、集まったな」



 冒険者ギルド『アルカディア』フェアファクス皇国スルピキウス公爵領領都ガルス支部のエントランスホールにて、一人の男が集まった冒険者たちの前に立って言う。鍛え抜かれた巨躯に額に大きな十字の傷のある厳つい顔付きの男の名前はドミニクと言い、このガルス支部の支部長をしている元冒険者だ。



「もう聞いている者もいるだろうが、現在このガルスに向かって大量の魔物が移動している。偵察に出た斥候職(スカウト)たちによれば、Cランクが大半だがBランクが数体、Aランクも一体確認されている。そしてその数は――およそ七〇〇〇」



 驚愕の数に場が騒然とする。



「七〇〇〇!? もしかして『氾濫(スタンピード)』か!?」


「しかもAランクもいるだと!?」


「そんなの……街の壁ももたないだろ!」


「に、逃げた方が良いんじゃ……」



 この場にいるほとんどの冒険者はBランクだ。迫り来る魔物の多数がCランクとはいえ、七〇〇〇という異常な数の前では一人何体倒せばいいのか分かったものではなく、そもそも体力がもたない。


 冒険者たちの気持ちが『逃げ』に傾きかけた時、「聞け!」と支部長が注目を集めた。



「この異常事態、『氾濫(スタンピード)』が起こったと予想されるが、これも斥候職(スカウト)たちが確認したところ、近くのダンジョンはいつも通りだったそうだ。『氾濫(スタンピード)』は起こっていないが、それに類する事態が発生していると認識してくれ」



 原因そのものは後に調査するだろう。しかしそれも、目先の脅威を排除しなければどうにもならない。



「疑似『氾濫(スタンピード)』に対し、ギルドは防衛戦を行う!」


「防衛!?」


「AランクやBランクの魔物もいるんだろ?! そんな相手に勝てるわけがない!」


「避難するしかないだろ!」


「その避難に一体どれだけの時間がかかると思っているッ!!」



 言い返され、冒険者たちは口を閉ざした。



「魔物の大群が到着するのは明日の正午だ。ベテランの諸君らなら、魔物の大群から逃げ切ることはできよう。だが一日余りでガルスの領民全員が避難することなど到底不可能だ」



 やってみなければ分からない、なんて言うほど彼らは馬鹿ではない。領都のような規模の大きい街だと住む領民の数も比例して多くなる。その領民全員を僅かな時間で逃がすことがどれだけ無謀か。


 魔物による被害が身近に存在するアストラルでは、どの国においてもいざという時のために避難先や避難ルートは事前に取り決めてある。それ以前に『氾濫(スタンピード)』の対策として都市部には街全体を覆う結界を発生させる魔道具が設置されている。


 通常の『氾濫(スタンピード)』ではダンジョンの状態から前兆を確認し、そこから何日で『氾濫(スタンピード)』が起こるのか予想できるため、周辺の村に住む村人たちの都市部への避難を結界の展開を数日かけて行う。


 しかし今回のような、過去に例のない疑似『氾濫(スタンピード)』への対策など想定されていない。


 前兆も何も分からず突如発生した魔物の大群から逃げようにも、そのために時間がない。下手をすれば避難の最中に魔物の大群に襲われることも充分にあり得る。


 それらのことをすぐさま理解した彼らは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いた。



「それにガルスはスルピキウス公爵領における主要都市だ。そう易々と放棄することはできない。……だが、そうはいっても我々は諸君らに強制することはできないのも事実だ。こちらが立てた作戦を聞いてなお無理だと思うなら降りてくれて構わない」



 『緊急招集』はあくまでも冒険者を強制的に集めるだけのものであるため、依頼を受けるか受けないか、戦いに参戦するかしないかは個々人の判断に委ねられる。だからギルドは冒険者たちに参加を強制することはできない。



「だが少しでも勝算があると思ったなら、どうか諸君らの力を貸してほしい」



 この通りだ、と支部長は深々と頭を下げた。


 元冒険者といえども、支部長という立場は決して軽いものではない。それを分かった上で、こうして下げるべき時に頭を下げることができる者は果たしてどれだけいるだろうか。



(見た目はその筋の人っぽいけど、良い人だな)



 それでいてきちんと防衛戦の作戦も立案しているというのだから、支部長の役職に就くだけはある。


 その支部長とて、無茶なことは百も承知なのだろう。承知の上で作戦を立てたと言った。それはつまり、守り切るための算段があるということに他ならない。それに(ダンジョンにもよるが)Aランクの魔物がいるという点を除けば七〇〇〇という数は『氾濫(スタンピード)』ではそう珍しい数ではないため、作戦によっては凌ぎ切る可能性はある。


 逃げるか、戦うか。


 どちらにすれば良いのか判断に悩む冒険者たちの様子を見ながら、阿頼耶はミオとクレハに小声で話し掛ける。



「(なぁ、俺とクレハが龍状態になって一掃することはできないか? その方が被害は最小限に、かつ早く決着が付くと思うんだが)」



 それにカルダヌスにはここにいるクレハとオクタンティス王国に潜入しているヘルマン・ニーズヘッグとカミラ・リンドヴルムを除いた『灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)』の面々が揃っている。


 彼らを呼び寄せれば大幅な戦力アップが望めると阿頼耶は考えたが、クレハは否定した。



「(難しいですわね。たしかに【龍の咆哮(ドラゴン・ブレス)】を使えば大半は倒せますが、衝撃と輻射熱で周りに甚大な被害が出ますわ。それに、いきなり龍族(ドラゴン)が現れればパニックは避けられませんし、龍族(ドラゴン)の気配を感じて怯えた魔物の大群が散り散りに逃げてしまうのではなくて?)」


「(……ん。そうなると、殲滅は難しくなって、被害が拡大してしまう?)」


「(えぇ。ですが呼び寄せるだけはしておきましょう。人の状態のままでも充分戦力になりますわ)」


「(となると、セリカたちも呼んだ方が良いか。ミオ、念話で連絡を頼む)」


「(……ん。でも、アルフヘイムから、戻っているかな?)」


「(戻ってないようなら椎奈とテオドールとテレジアさんだけでも来てもらおう)」



 本当はセツナも呼びたい阿頼耶であるが、ガルスに呼ぶとエリノア嬢と顔を合わせてしまうかもしれない。いくら【認識阻害】の魔道具があろうとも、正面から姿を見られて会話をしてしまえば正体がバレる可能性があるので断念する。


 阿頼耶たちの意見はまとまったが、他の冒険者たちはいまだ結論が出ずにそれぞれのパーティメンバーと話し合っている。悩むのも仕方ないことではあるが、このまま時間を浪費するわけにもいかない。行動を起こすのであれば早い方が良い。



「悩むのはドミニク支部長の立てた作戦を聞いてからで良いんじゃないか?」



 だから、阿頼耶は揺れ動く場の空気に差し込むように言った。


 全ての視線が阿頼耶へと集中する。その視線を一身に受けながら、阿頼耶は言葉を重ねた。



「作戦の内容も碌に聞いていないのに悩むなんて時間の無駄だ。それにドミニク支部長だって『無理だと思うなら降りてくれて構わない』って言っていただろ。なら作戦を聞いてから逃げるか戦うか、判断すれば良い」



 違うか? と聞けば、冒険者たちはお互いに顔を見合わせてから遠慮がちに頷いた。



「そう、だな」


「あぁ、よく考えれば元Aランク冒険者の支部長が立てた作戦なわけだし」


「無謀なわけない、よな」



 緩やかに流れが変わり、戦うとまではいかずとも話を聞く雰囲気になった。



「感謝する」



 それが分かったドミニク支部長は今一度深く頭を下げ、作戦内容の説明を始める。


 そうして、決戦の時は訪れた。

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