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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
206/214

第177話 緊急招集

 フェアファクス皇国スルピキウス公爵領、領都ガルス。


 BからCランクの冒険者が好んで使う、それなりに防犯が整っている中堅どころの宿屋の一室に、ミディアムヘアにした胡桃色(くるみいろ)の髪と眼が特徴的な獣人族(シアンスロープ)人猫種(ウェア・キャット)の少女――ミオは床に胡坐をかいて座っていた。


 さらにもう一人、黒髪に黒い瞳をした平凡な見た目の半人半龍の少年――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)もいるが、クレハは所用で席を外している。


 ミオの目の前にあるのは様々な形をした錠前の山にいくつかの宝箱だ。


 冒険者パーティは攻撃職(アタッカー)楯職(タンク)回復職(ヒーラー)支援職(サポーター)の四つを基準とした役割(ロール)が存在する。


 これが五人六人と人数が多くなると支援職(サポーター)強化支援職(バッファー)弱体化支援職(デバッファー)でそれぞれ置いたり、逆に四人未満だと楯職(タンク)攻撃職(アタッカー)を担うというように役割を兼任したりする場合もある。


 ちなみに強化支援職(バッファー)弱体化支援職(デバッファー)は、強化と弱体化の両方のスキルを持っていたとしても両方を伸ばそうとすれば器用貧乏になってしまうことから、どちらかを伸ばすのが一般的であるため、自然とどちらかの職しか置けない。


 その場合は同じ支援職(サポーター)で、宝箱の鍵開けや罠解除のほか索敵に地形把握まで担う斥候職(スカウト)が、専用の薬品や魔術的処理を施した巻物(スクロール)を使うなどして強化支援職(バッファー)弱体化支援職(デバッファー)の立ち回りをすることが多い。


 ミオは『鴉羽(からすば)』では鍵開け・罠解除寄りの斥候職(スカウト)の役割を担っているため、こうして錠前だけを買ったりダンジョンで手に入れた宝箱を再利用したりして鍵開けの練習をしているのだ。



「……さて、と」



 すでに開錠したものとまだ施錠せれているものを選り分け、横に広げていた鍵開けの工具の中から、先端がジグザグに波打つものを手に取って、南京錠タイプの鍵穴に差し込む。さらにL時に曲がった工具も差し込み、上下左右と慎重に動かすと金属のツメが引っ掛かるような感触が返ったところで手首を捻ると、ガチャッと音を立てて開錠された。


 もうこのタイプの錠前なら教本を見ずとも開けることができる。となれば自然と次は別の方式の錠前を開ける練習をすることになる。


 選んだのはダイヤル式だ。


 ちょうどダイヤル式になっている宝箱があったので、それを手元に引き寄せたミオは金庫に付いているようなダイヤル錠を観察して『たしかこの作りだとプレートは五枚だな』と内部にあるプレートの枚数を予想する。


 次に彼女は三角に尖った猫耳を宝箱に押し当てて音を確認しながらダイヤルを右に左にと回し、手に返る感触に注意して鍵開けを試みる。



「……?」



 しかし開く気配がない。何か手順をミスったのだろうかとベッドに放っていた教本を開いて確認してみるも、よく分からず首を傾げた。


 その姿を「頑張っているなぁ」と微笑ましそうに見た阿頼耶は神刀『極夜』を片手に彼女から少し離れた位置にある椅子に移動すると、『虚空庫の指輪』から聖剣『デュランダル』と魔剣『バルムンク』を取り出して寝かせる様にテーブルの上に置いた。


 彼が今からしようとしているのは、『武器との対話』だ。彼が持っているような『意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)』は普通の武器とは違って人格を持っているため、コミュニケーションを取って良好な関係を築いておく必要がある。


 そのために彼は自身の意識を武器の中に入れなければならないのだが、まだ安定して『意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)』の中に入ることはできないので、ここは極夜に手伝ってもらう。



「極夜」


『了解。マスターを内側へお招きします』



 脳内に響く、男性にも女性にも聞こえる無機質な声に導かれて、阿頼耶の意識は緩やかに遠退いた。








 意識が浮上して目を開けば、満天の星と大きな満月が輝く『夜』の空間が広がっていた。眼前に見える凪いだ海に月が映り込んでいる様は何とも風情がある。


 阿頼耶がその風景を眺めていると、クイッと軽く袖を引っ張られた。振り返るとそこには、長い黒髪と黒い瞳に、ノースリーブの黒ワンピースの上から膝丈の黒マントをすっぽり被った黒一色の幼い少女がいた。


 彼女こそが、この内側の世界の主――極夜だ。



「歓迎。ようこそ、マスター」



 見た目は完全に十歳前後の少女なのに、発する声は男性にも女性にも聞こえるので何とも奇妙な気分になる。



「いつも悪いな、極夜。そろそろ一人で自由にこっちへ来られたらいいんだけど」


「否定。問題ありません。」


「それで、アイツらは?」


「回答。あちらにいます」



 指差された方へ視線を向けた先には、鋼色(はがねいろ)の髪に暗い色彩の軽装鎧(ライトアーマー)を着た陰気な雰囲気の男性と騎士服に身を包み黄金色(こがねいろ)の髪を輝かせる美青年が睨み合っていた。



「相変わらずキラキラしているな。派手な聖剣は無駄に眩しくていけない」


「ハッハー! ごめんねー、陰気な魔剣のキミと違って華があるもので☆」


「…………」


「…………」


「「ああん?」」



 やんのかおーやんのか、と不良のようにガンを飛ばし合っている彼らの正体は、阿頼耶が所持している魔剣『バルムンク』と聖剣『デュランダル』だ。魔剣と聖剣、相反する存在であるからか仲が悪そうだ。


 見た目のせいで大の大人と大学生が喧嘩しているように見えるが、今にも戦い始めそうな雰囲気である。その証拠に、お互いに高純度の魔力を放っていた。



「「今日こそ決着を付けてやる!!」」



 言うや否や、二人(二振り?)は腰の剣を抜いて離れて行った。どうやら戦いを始めるようだ。彼らはここに来るたびにこうして喧嘩をしており、もはやお馴染みの展開となったことに阿頼耶は呆れたように息を吐く。


 ここは極夜の内側の世界であるため、本来なら極夜しかいないのだが、一振りずつ個別に内側に入ってコミュニケーションを取るのは手間だと極夜がバルムンクとデュランダルも呼び寄せたのだ。これは極夜が彼女たちより上位の神刀だからこそできる芸当だ。


 しばらく戦わせた満足したら終わるだろうと彼らのことは放っておくことにした阿頼耶は極夜に向き直る。



「じゃあ極夜、今日も確認して良いか?」


「了承。どうぞご覧ください」



 許可を取ったので阿頼耶は【鑑定】スキルで極夜を視る。




====================

極夜

種別:神刀

等級:神話級

機能:

 不懐属性、共鳴成長、波動解放、××××、×××

====================




「まだ残り二つの機能は解放されず、か」



 顎に手を当てて、目の前に映し出された極夜の鑑定結果を見た阿頼耶は呟く。


 『女神』アレクシアによって阿頼耶の魂をサンプルに造り上げた極夜には『ステータスロック』、『不懐属性』、『共鳴成長』、『波動解放』、『××××』、『×××』の六つの機能が備わっている。


 その内、阿頼耶のステータスを一定以上成長させないために用意されていた『ステータスロック』は、彼が極夜を呼び出した時点で役目を終えて消滅したので、実質的に残った機能は五つだ。


 だが、それでも残り二つに関しては解放するための条件を満たすことができずに名称すら判明していない。



「残り二つの機能については、解放条件すら極夜にも分からないんだよな?」


「肯定。手探りで探すより他ありません」


「ちなみに、解放されている他の機能の解放条件は何だったんだ?」


「回答。『ステータスロック』は『「神刀」極夜を召喚すること』。『不懐属性』は『誰かを救う戦いであること』。『共鳴成長』は『自ら戦う意志を示すこと』。『波動解放』は『倒す相手が強大な敵であること』です」


「……なんだか統一性のない条件だな。ていうか何だよ、『自ら戦う意志を示すこと』って。完全に俺の気の持ちようじゃないか」



 どうしてこんなわけの分からない条件になっているのか理解できず文句を漏らす。とはいえ阿頼耶にはその条件を解放した心当たりはあった。



(極夜を召喚したのはセツナの問題を解決した時……たしかにあの時はセツナを救う戦いだったし、戦わせろと願ったし、『規定外の階層主(イレギュラー・ボス)』っていう格上のエルダーリッチが相手だった)



 なるほど、たしかに条件を満たして機能は有効化されている。とはいえそれを確認できたところで残りの機能の条件を調べることはできない。何しろ実装されている極夜自体が分かっていないのだから。


 こうなるともう条件の解明は諦めるしかない。阿頼耶は後頭部を乱暴に掻いて溜め息を吐いた。



「疑問。そろそろ止めた方が良いのでは?」


「……止めないと駄目か?」



 極夜に言われて海の反対側に視線を向ければ、まるで昭和のコメディ映画のようにドッカンドッカンと爆発が起きていた。阿頼耶と極夜以外誰もいないのをいいことにバルムンクとデュランダルがお構いなしに戦っているのだ。



「提案。止めなければずっと戦い続けるかと」


「戦わせておけばいいんじゃないか? というかあの中に割って入りたくない」



 普通の喧嘩でさえできるなら割って入りたくないというのに、誰が好き好んであんな派手な戦闘に介入するというのか。


 幸いなことにここではどれだけ怪我をしても死ぬことはなく、そもそも『意思を持つ武器(インテリジェント・ウェポン)』は本体である武器が折れたり欠けたりしても自動で修復されるという、ちょっとやそっとのことでどうにかなる存在ではないので心配する必要はない。


 しばらくすれば終わるだろうと眺めていると、一際大きな爆発が起き、ようやく辺りが静まった。どうやら決着が付いたようだ。割って入らずに済んだことに安堵しつつ、極夜と共に爆発のあった場所に近付けば、バルムンクとデュランダルは片膝を着いた状態でダウンしていた。



「ハッ! 最強クラスの聖剣と言っても大したことないな」


「なに強がっているんだか。そっちだって僕にやられたくせに」


「それはお前の方だろ。もう剣を振ることもできなさそうじゃないか、青二才聖剣」


「足がガクガク震えている年寄りに言われたくないな、中年魔剣」


「こいつッ!」


「何だよやんのかっ!」



 ボロボロの状態にも拘わらず剣を手放さずに悪態を吐いて再戦しようとする二人。見上げた根性と見るべきか呆れるべきか、阿頼耶は判断に悩む。



「……今さら仲の悪さをどうこう言うつもりはないけど、せめて剣から手を離せよ」


「「なにか文句でも?」」


「あるから言ってんだよ! こんな時だけ息揃えやがって! 無理に仲良くなれとは言わないけど、せめて無難にやり過ごすことくらいはしろ! ここに来るたびにケンカするな! 極夜にも迷惑だろ!」


「否定。私は別に気にしていませんが?」


「そこは気にしろよ!!」



 どうやら味方はいないらしい。


 極夜はともかく、バルムンクとデュランダルがこんな様子でこれから先やっていけるのだろうか、と阿頼耶は本気で悩み出す。頭痛を堪えるようにこめかみの辺りを指でグリグリしていると、ピクリと何かに気付いたように極夜が反応して上を見上げた。


 何の脈絡もない行動を不思議に思い、阿頼耶は問い掛ける。



「どうした極夜?」


「回答。外で何かあった模様。外出より戻ったクレハ様が呼んでいます。『至急戻って来てくださいませ』」



 一度言葉を区切った極夜は視線を阿頼耶に向けて告げる。



「『――冒険者ギルドより、全冒険者に緊急招集がかけられましたわ』と」



 それは、災害級の事案が発生したことを知らせる呼び掛けだった。

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